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告発

 

 △ ユウ視点   △



「見えた! 正門よ!」


 先を走るアカリの声が弾む。

 僕たちは裏道での謎の襲撃から逃れ、そのまま大通りを一直線にお城まで走ってきた。

 走っている僕たちに、通りに面した家屋やお店の住人は様々な顔を向けていたが、ほとんどがお尋ね者の僕に対する嫌悪の表情だった。


「ハァ、ハァ、やっとか……」


 そんなに体力の無い僕はもう息も切れ切れだ。


「もう!早く来なよ、ユウ!」


 アカリといえば、すでにお城の正門に着き、こちらに手を振っている。

 その正門には、門番であろう侍が長い槍を持って左右に二人ずつ立っており、僕とアカリを見て怪訝な顔をしていた。

 やっと正門の前に着いた僕を待つ事無く、正門に居た門番に近付いていくアカリ。


「これはアカリ様」

「警備ご苦労様です。お城に入りたいのだけれど、通してくれるかしら」

「……申し訳御座いません。殿より、アカリ様とあちらに居る男が一緒に来た場合は通すなと命を受けているものですので」

「……そう。では、これをお父様か宰相様に渡してくれないかしら?」

「——これは?」

「渡せば解ります。お願いね」


 そう言ってアカリはユキネさんが書いてくれた手紙を門番に渡す。

 そして、用は済んだとばかりにこちらに向かってきた。


「とりあえず渡す物は渡したから、ここで少し待ちましょ」

「……そうだな」


 僕とアカリは正門の端に寄りかかる。


「——カズヤは城に居ると思うかい?」

「……どうかしら。 でも今朝あれだけの事をしておいて、何も警戒しないとは思えないわ。普通なら城に登城して、私たちが何をするのか行動を監視すると思う」

「確かにそうだな」

「でも、そんなに気を張る必要は無いと思うわよ。お城で下手な事をしたらすぐに御用よ。知ってる? お城の中では帯刀は認められているけれど、刀を抜くことを禁じられているの」

「へぇ~、そうなんだ」

「……何よ、その反応……」

「いや、そういう風になったのは、もしかすると誰かさんがむやみやたらに刀を抜いていたせいなのかなって」

「誰かさんって誰よ!」


 等と、緊張感などまるでない会話をしていると、お城の中から正門をくぐって一人の侍がこちらに来た。


「——アカリ様、殿がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ」


 侍はそういうとお城の中へ僕たちを促した。


「いよいよね」

「あぁ」


 僕は懐に入っている〈レコーディング〉の珠を、着物の上からそっと撫でた。



 ☆



 案内してくれる侍の後ろを、アカリと並んでお城の中を歩く。

 前に来た時と同じく、天守に案内される様だ。

 お城の中に居た侍や女中、使用人達が不思議そうに僕たちを見ている。

 確かに、アカリはともかく、お尋ね者の僕が堂々とお城を歩いているのだ。不思議に思う方が当たり前だと思う。


「——ここで暫くお待ち下さい」


 そして、大広間前の階段に着き、案内してくれた侍にここで待つように言われる。


「……警戒されているのかな?」

「違うわよ。お殿様ってのはね、会いたいからってすぐに会えるものじゃないのよ」

「なんで?」

「——威厳かしらね。こうやって相手を待たせる事で、自分は尊い存在なんだぞって思わせるのよ」

「ふーん、面倒なんだな」

「どこもそんなものよ」

「——殿の許可が出ましたので、大広間へどうぞ」


 アカリと話をしていると、お殿様の居る大広間への入室許可が出たので、階段を上がり大広間に入ると、正面の上段の間にはアカリ達の父親であるお殿様が座っており、下段の間には殿様の右前側にカズヤの父親である宰相が座ってこちらを見ていた。他の侍や、アカリが教えてくれた地方大名と呼ばれる人達、およそ三十人位が少し離れた場所に左右に別れて座っている。

 僕達はその間を歩きお殿様の前まで行くと、並んで静かに座り頭を下げる。


「お父様、この度はお父様と宰相様の貴重なお時間を頂きましたこと、誠に有難う御座います」


 アカリがお殿様と宰相さんにお礼の言葉を述べると、


「——うむ、してこのユキネからの文によると、何やら火急の知らせがあるとの事であるが?」


 お殿様がユキネさんの書いた手紙を広げて、傍に居る宰相さんに渡す。宰相さんは、渡された手紙を読むと顔を上げ、アカリに問い掛ける。


「我が息子、カズヤの企ての件で、新たな証拠を持ってきたということですが?」

「はい、前にカズヤが謀反の企てをしていると申しましたが、それに対して何ら証拠も無く、いたずらに騒ぎ立てるだけで御座いました。しかし、今回はきちんと証拠を持って参りましたので、それをこれから皆様にお聞かせ致したく」


 アカリがお殿様と宰相さんを交互に見ながら、今回の用件を伝える。

 すると、背後に居る大名や侍からは、


「なんと、証拠ですと?」「また、おかしな事になりましたな」「アカリ様は一体どういうおつもりなのでしょうな」


 等とぶつくさ言っていた。その声には少し嘲笑も含まれている。

 そんな声を咳払い一つで静めると、お殿様はアカリに向かって怪訝な顔を向ける。


「——アカリよ。そなたは今、『証拠を聞かせる』、そう言ったか?」

「はい、間違いありません」

「ということは、証人でも見つけたのか? まさか、そこの坊主が証人ですとでも言うまいな?」

「——いえ、証人はおりません」


 そのアカリの言葉に再び周りの人達がざわつく。


「証人が居らぬとはな」「これでは先日と変わらないではないか」「やはりアカリ様はやつに操られておるのでは?」


 ……どうでも良いけど、僕がアカリを操ってどうするっていうのだろうか。


「証人が居ないのに、《聞かせる》か……」


 お殿様が真意を探るかの様に逡巡する。

 さすが一国の主だ。普通なら証拠は《見せる》ものであって、《聞かせる》ことは極めて稀である。それは、録音という概念の無いこの国なら尚更だ。

 証人以外で、『聞かせる』事が証拠になる事など普通では無い。その矛盾にお殿様は気が付いたのである。

 それは、お殿様の近くに座る宰相さんも同じく気が付いたらしく、


「——アカリ様、では一体、何を私達にお聞かせしたいのでしょうか?」

「はい、それは——」


 そこで、アカリが隣に座る僕に目配せをした。

 僕は頷き、懐に手を入れる。そして、風呂敷と呼ばれる包みを取り出し、畳の上に置く。


「——それは?」

「はい、これは隣にいるユウが、【魔法】という術を用いて作った珠でございます」

「【魔法】、ですか?」


 宰相さんが困った顔をする。

 それも当然だ。この世界には魔法が存在しないのだから。魔法という言葉も聞いたことが無いだろう。


「それは一体どういった物なのですか?」

「はい。それを説明する前に、ここに居るユウは元々記憶が御座いませんでした。それは前回の訴えの時にも言ったと思いますし、ここに居る皆さんもご記憶にある事と存じます。しかし先ごろ、ユウの記憶が戻りまして、その戻った記憶の中にこの珠の作り方が御座いました。この術は、ユウが暮らしていた東雲国のさらに東側の国の術であるらしく、なんでも《声》を封じ込めることの出来る術だとか」


 アカリがそこまで言うと、周りが騒然となる。


「東雲のさらに奥の国だと!?」「そんな術があるのか?」「やはり変な術がアカリ様に掛けられているのではないか!?」「確かに!そんな怪しい奴はすぐにひっ捕らえた方が良い!」


 といった感じである。たしかに自分達の知らない物をいきなり言われても簡単には信じてくれないだろう。

 だが、こうなる事は僕たちも先刻承知、ちゃんと対策も考えてきている。


「皆の者、静かに。アカリ様、それだけでは我々も納得出来かねますが」

「解っています。ここは論より証拠。この場でその術を皆様にお見せ致します」


 アカリがそう言うと、僕は手筈通り魔力を練り始める。


「一体何を始めるのだ?」「ここに来て嘘だと見抜かれるのを恐れているのかも知れませんよ」


 後ろの方でそんな声が聞こえてくるが、それで魔力の集中に乱れる事は無かった。僕も成長したもんだと実感する。

 そして、程なく魔力を練り終え、魔法を行使する。


「〈世界に命じる。時を記録せよ。レコーディング!〉」


 すると、自分を中心に魔力の膜が広がっていく。そしてこの大広間の半分を覆った。

 と同時にアカリに頷くと、アカリはお殿様に向けて質問した。


「——お父様、今日は朝餉をお召し上がりになりましたか」

「ん? あぁ、食べたが、それが?」

「朝餉の献立を聞いても?」

「献立? たしか、麦がゆに焼き魚、漬物と味噌汁だったがそれがどうした?」

「その献立は事前に誰かが知る事は出来ますか?」

「いや、それは出来ん。そなたも知っている通り、余の口に入る物は直前まで秘密になっておる。毒を盛られる危険が有るからの」

「それを事前に知る事が出来るのは?」

「ここにいるじいと料理長くらいじゃのう」

「有難う御座います、お父様。では、次に宰相様、この大広間で会う前に、今日私とお会いになりましたか?」

「いえ、アカリ様とお会いしたのは、この大広間が初めてでございます」

「もう一つ、私が許可無く料理長殿とお会いする事は出来ますか?」

「それは無理でございましょう。理由は先ほど、殿が口にされました」

「宰相様も有難う御座いました。以上です」


 そう言うと、アカリは僕の方に視線を向けた。僕はそこで、〈レコーディング〉を止める。

 大広間を覆っていた魔力の膜が溶ける様に消え去り、僕の手に薄く七色に光る一つの珠が現れる。


「何だ、今のやり取りは?」「気でも狂ったのではないか?」「嘘を誤魔化す事が出来ず思わずした茶番では無いのか?」「麦粥に漬物だけでも良いな!」


 ……最後のは何だ? そろそろお昼だからかな。


「——父上、宰相様、これが証拠でございます!」


 アカリの言葉と共に、新しく出来た珠を手で割った。

 途端、中から《声》が溢れ出す。


 《「お父様、今日は朝餉をお召し上がりになりましたか」「ん? あぁ、食べたが、それが?」

「朝餉の献立を聞いても?」「献立? たしか、麦がゆに焼き魚、漬物と味噌汁だったがそれがどうした?」「その献立は事前に誰かが知る事は出来ますか?」「いや、それは出来ん。そなたも知っている通り、余の口に入る物は直前まで秘密になっておる。毒を盛られる危険が有るからの」「それを事前に知る事が出来るのは?」「ここにいるじいと料理長くらいじゃのう」

「有難う御座います、父上。では、次に宰相様、この大広間で会う前に、今日私とお会いになりましたか?」「いえ、アカリ様とお会いしたのは、この大広間が初めてでございます」「もう一つ、私が許可無く料理長殿とお会いする事は出来ますか?」「それは無理でございましょう。理由は先ほど、殿が口にされました」「宰相様も有難う御座いました。以上です」》




 ——《声》が収まっても、誰も何も発さない——



 外で鳥が鳴く声がやけに大きく聞こえる。ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が大広間に響く。


 やがて、アカリが周囲に向け、凛とした口調で発する。


「……判っていると思いますが、これは事前に用意出来る物では御座いません。それは、今の会話を聞いていた皆さんなら判ると思います。お父様、宰相様。これが私達が用意した《証拠》でございます」


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