街中の妨害
△???視点 △
「梟から連絡だと?」
カズヤから、私室用にと与えられた一室にて、部下からの報告を受ける。
結局カズヤに貸し与えた6人は誰一人として戻らず、今朝未明の企てが失敗に終わったと報告を受けた後、別の部下が頷き懐から紙切れを取り出し渡してきた。
「——。ふむ、あの小僧が持っている珠が怪しいと」
橘邸に放っている梟からの報告だ。
なにやら、例の小僧の着替えを手伝った際、懐に見た事も無い色をした珠を抱えていたと。そして、理由は判らないが【忌み子】と小僧の話によると、その珠が何やら私達の作戦の脅威になる——らしい。
「本国には一昨日連絡をしたばかり。向こうも動き始めている。ここにきての予定変更は難しい……。ならば、小僧の持つその珠とやらを何とかしなければ」
そう考えた私は、目の前の部下に指示を出す。
「残った奴らを連れて、その小僧の持つ珠とお姫様を奪ってこい。その際、隙あらば小僧を始末しても構わん。それと、この事をあの甘ったれにも伝えておけ。……行け」
私の指示に部下が一礼して去って行く。
「何をしようとしているか知らないが、この作戦、我々の勝ちは目に見えている」
部屋の窓から本国のある方角を眺める。この国が我々の物となる日はもうすぐそこまで来ていた。
△ ユウ視点 △
「——では行って参ります」
「はい。道中気を付けてね」
アカリを見送るユキネさん。僕もアカリに続いて、ユキネさんに挨拶する。
「ユキネさん、全て終わらせてきます」
「はい。 美味しい物、たくさん用意して待っていますね♪」
優しい笑顔でそう言うユキネさんにお辞儀を返し、僕も城へと歩き出す。
城へは僕とアカリの二人だけで行くことになった。
ユキネさんは心配して、数人でも良いから護衛を連れてったらどうかと言われたが、あまり大人数で行くと目立つので断った。
目立つ行動をすると、下手をしたらカズヤを刺激しかねない。そんな事をしても、メリットは無いし。
少し先を歩くアカリの後ろを歩く。本来なら並んで歩きたいのだが、あの庭での一件以来機嫌が悪い。
「ね、ねぇ、アカリさん? 僕が何か悪い事をしたなら謝るから、機嫌直してくださいな」
「つーん」
こんな感じである。
(ほんと、勘弁してほしいよ……)
思い当たる節が全く無いので、何を謝ったら良いのかも判らない。下手に謝るとさらに拗れそうだし。
そんな調子で城下町を歩いて行く。
お尋ね者なので、なるべく人通りの少ない道を選んで歩く。
それでも昼前だからか、少なくない人が歩いていたり、仕事をしていたりしているので、僕たちは人目を避ける様に端を歩く。だが、
「思った以上に人が多いわね。少し遠回りになるけど、違う道にしましょう」
アカリはさらに人目が少ない道を選んだ様で、小道に入る。
先程とはうって変わって、人が誰も通っていない。何とか大人が二人並んで歩ける位の幅で道も均されておらず、あちらこちらがデコボコしていて歩き辛い。
壊れた桶やたらい等が転がり、古びて少し朽ち果てた家屋が軒並ぶ裏道といった感じで、あまり治安が良くなさそうな雰囲気だ。
今の僕たちには好都合だけど、あまり長居したい場所ではなかった。
「さっさと行きましょう」
それはアカリも同じ様で、先を急ぐ。
たまに見かける住人からは、よそ者を毛嫌いする様な鋭い視線を投げ掛けられた。
そんな状況の中暫く歩くと、角にあるボロボロの小屋から、男が三人道を塞ぐようにして出てくる。
継ぎ接ぎだらけで粗末な着物を流し着ている姿は、この三人が普通の人間で無いことを物語っているようだ。
男たちの眼はぎらついていた。まるで獲物を見つけた狼の様に。
「よぉ、お前さん達、何処に行くんだい?」
真ん中に立つ、禿頭の男がニヤニヤしながら声を掛けてきた。
言葉こそ親しみのある感じだが、手にはドスと呼ばれる短刀を握っているので、そんな雰囲気は全く無い。
「別に……。行きましょ」
アカリが男たちを無視して素通りしようとするが、男たちは通せんぼする形で腕を広げる。
「……何かしら?」
アカリが腰の刀に手を掛け、禿頭の男を睨み付ける。
僕も杖を構え、何かあればいつでも対応出来る様にする。
「ここは俺たちの縄張りなんだよ。解るだろう?」
そう言うと下卑た笑みを浮かべ、アカリに向け手の平を差し出す。
(——通行料って事か)
おそらく、この3人組はこうやってここを通る人間から、通行料と称して金銭を奪い取るのを生業としているのだろう。そんなにここを通る人間が多いとは思えないけど。
僕としては、さっさと通行料を払って通してもらいたいところだが・・・、
「嫌よ」
案の定、前に立つお姫様は断固として拒否した。
「んだと~? もう一遍言ってみろ!」
「嫌と言ったのよ」
禿頭の右隣に立つ、右目に眼帯をした男がアカリに顔を近付けて脅す。
しかし、そこは橘家のお姫様。そんな事では何の脅しにもならないみたいで、すぐさま同じ事を繰り返した。
だが、時間が無い今は悪手である。
「なんだと~!?」
眼帯の男がアカリの胸倉を掴もうとした所で、割って入る。
「済みません、僕たち金目の物なんて持っていないんです。見逃してください」
そう言って着物の前を軽くはだけ、両手を広げ何も持っていないアピールをする。
アカリにも同じ事をさせたいが、そこは女の子、そんな事をさせたら僕の方が殺されてしまう。
しかし、
「ん? 小僧。お前、そのふくらみは何だ?」
眼帯の男が、僕の着物のふくらみを目ざとく見つけた。
そこには、風呂敷と呼ばれる布に、〈レコーディング〉で録音した珠が入っていた。
「これは……」
「いいから、つべこべ言わずにさっさと寄こしな」
眼帯の男が、僕の着物の中に手を入れようと腕を伸ばすが、
ゴン
「痛っ!? 何しやがる!?」
僕は咄嗟に伸ばしてきた腕を杖で、叩き落とす。
(あ、つい条件反射で)
「この野郎っ!! 歯向かうってんなら、やってやる!」
そういうと、眼帯の男はドスを突きだしてくる。
しかし、カールやアカリの速さに慣れている僕からしてみれば、避けるのには何の支障も無い速さだった。
僕は余裕を持って、僕の脇腹目掛けて眼帯の突きだしたドスを躱した——はずだった。
躱したはずのドスが、僕の脇腹を斬り付けようと、横薙ぎに変化した。
「——えっ!?」
「貰った!」
「危ない!」
ガキン!
僕の脇から刀が生える。背後のアカリが抜いた刀だ。その刀が、ドスを受け止める。
「ちっ!」
「気を付けて、ユウ! こいつら、ただのゴロツキじゃないわ!」
ドスを止められた眼帯の男は禿頭の男の隣まで退く。
アカリも刀を引き、僕の前に出て三人を牽制する。
「あーらら、バレちまったよ」
ニヤついていた禿頭の男がそう言うと、急に真顔になる。
「姫さんは拐え、男は殺しても構わん」
禿頭の男が、他の二人に物騒な指示を出す。
(何故アカリが姫だと知っているんだ!?)
「——行け」
その合図で、眼帯の男と腹巻きをしたもう一人の男が滑るように向かってきた。
「速い!?」
僕の前には眼帯の、アカリの前には腹巻きの男がそれぞれ相対する。
「坊主、さっきは良くもその棒っきれで叩いてくれたな」
対峙した眼帯の男が持っているドスを舐め上げる。
「んじゃ、殺るか」
ヒュン
僕に向かって突きだしたドス。先程とは比べられない程速い。
「くっ!」
カンッ!
突き出されたドスから身を守る様に杖を振るう。躱せない程では無かったけど、さっきの事があるので杖で防ぐ事にした。
そして、後ろに下がって距離を取る。
(だけどっ)
何とか当てられたが、そう何度も防げる自信は無い。もともと打ち合う事が得意では無いのだ。
僕一人ではジリ貧である。
(アカリは!?)
アカリと二人掛かりならばと、アカリの方を見る。
「……え?」
アカリは腹巻の男を相手にしていたはずだが、すでにそいつは地面に突っ伏していた。
「……これでも免許皆伝なの。舐めないでよね」
アカリは持っている刀を軽く振るい、倒れている腹巻の男に一瞥する。
「カカッ! こいつは面白れぇ! さすがは【凶姫】!」
禿頭の男が興奮しながら言う。
そして背中に腕を回すと、ドスよりも長い刀を手にした。
「小太刀……」
アカリが目を細め警戒を強める。
持っていた刀を正眼に構え、禿頭の男を睨み付けた。その時、
「俺と殺っているのに、余所見をするなんてな!」
「——しまっ!?」
戦っている最中に相手から目を離してしまった代償は大きく、すでに対応出来ない所まで眼帯の男の接近を許してしまった。ドスを脇に構えて。
(やられるっ!)
これから来るであろう痛みに、目を瞑り身を固くしていると、
シュッ!
僕の耳を掠める音。
目を開けてみてみると、短剣が地面に刺さっていた。
眼帯の男は突然飛んで来た短剣に驚き、後ろに飛び去る。
「誰だ!?」
眼帯の男が、短剣が飛んできた方に向かって叫ぶ。
僕も叫んだ方を見た。
そこには、カズヤの追っ手二人に追われて今にも殺されそうな僕を助けてくれた、黒い頭巾の人が立っていた。
腰に刀を二本差し、黒い着物姿のその立ち姿は、あの時僕の前に表れた姿と同じ。
「——誰だ、テメェ?」
眼帯の男が警戒した様子で誰何する。
僕もその正体を知りたい。何故僕達を助けてくれるのか判らないから。
だけど、黒頭巾の人は、眼帯の男の誰何には答えず僕の前に立つと、するりを腰の刀を抜く。
「チッ!」
カラン
眼帯の男は黒頭巾の人の気迫を迫力を感じ取ったのか、持っていたドスを道に投げ捨てる。
(降参するのか?)
しかし、僕の思い違いだった。
男は腰の裏に手を回すと、禿頭の男と同じ様な短い刀を手にした。
「こっちじゃねえとヤバい、か」
そして右目にしていた眼帯を外す。するとそこには普通に目が有った。
「せっかくここのゴロツキどもの犯行のせいにするつもりだったんだがなぁ」
「……いいのか、そんな事を喋って?」
ブツブツ言う元眼帯の男に、黒頭巾の人が問う。すると、元眼帯の男が後頭部をガリガリ掻きむしりながら、
「まー、あんまり良くねぇんだがよ。すでにコイツを見せちまっているしな。それに俺は元々お喋りな性格なんでな。ま、後はよ」
小太刀とアカリが呼んだ刀をクルクル回していたかと思うと、スッと小太刀を斜めに構え、
「どっちにしろ、お前さん達はここで死ぬんだしなぁ!!」
黒頭巾の人に向かってくる。
黒頭巾の人も、そのタイミングで来ると予想していたのか、刀を構え迎え撃つ。
その攻防の度に小太刀と太刀がぶつかり合う音が周囲に響く。
黒頭巾の人は間合いを取ろうと後ろに下がるが、元眼帯の男がそれを許さず間合いを詰めていく。
元眼帯の男が手にする小太刀の方が取り回しが良い為、短い間合いの方が有利なのだろう。
キン、キィン、カキン!
連撃を繰り出す、それを弾く音が周囲の建物で返り、幾度と無く鳴り響く。
「おらおらどうした!? 黒頭巾のだんなぁ!」
得意な間合いと手数で有利に戦っている元眼帯の男が、顔に愉悦を浮かべる。
対する黒頭巾の人の表情は、その黒頭巾のせいで良く判らない。
……いや?
たまにチラリと僕と目が合う。
……ん?
今も小太刀の剣戟を捌きながらではあるが、確かに僕の方に視線を送ってきた。
(——あ)
気付いて見ると良く判った。二人は最初は僕のすぐ近くで戦い始めた。が、今ではかなり離れている所で戦っている。
(これってつまり、そういう事だよな)
そう、黒頭巾の人は戦いながら、元眼帯の男を僕から遠ざけていたのだ。
この場から逃げろという意味なんだろう。
(有難う御座います!)
僕はその意を汲む形でその場から走り出す。
「——!? あ、坊主! 待ちやがれ!!」
元眼帯の男が、僕の動きに気付いたが、
ガイィン!
「っく!」
その隙を見逃す筈も無く、黒頭巾の人が元眼帯の男の頭に刀を打ち下ろす。
それを必死に小太刀で受け止める元眼帯の男。
少し間合いが開いたせいか、黒頭巾の人の方が有利な間合いになったらしく、先程とは打って変わって黒頭巾の人が攻める形が増えていた。その様子から黒頭巾の人が負ける事は無さそうだと何故か確信した。