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シンイチの遠征

 

 ・  ・   ・



「もうすぐ村だ! 気を引き締めろ!」


 殿の勅命を受け、統括する軍を率いて東隣りの国[東雲国]と国境を接する村にやってきた俺は、馬上から兵たちに檄を飛ばす。


「「おぉ!」」


 騎乗している者や、歩兵の部下たちから気迫溢れる返事が返ってくる。

 勅命を受けてから昼夜問わずの強行軍だったのだが、部下の兵士たちは疲れた様子を些かも見せない。

 普段の並々ならぬ訓練の賜物だろう。俺はそんな部下たちの様子を満足気に見つめた。

 そして、ここに来る事になった一昨日の事を思い出す。



『シンイチよ、そなたに頼みがある』


 アカリ様が目を覚まされた翌日、殿からの知らせを受け、城へと赴いた俺に殿はこうおっしゃった。

 天守のこの部屋には殿と自分しかおらず、ここに呼ばれた件が内密で有る事を窺わせた。

 俺は下げていた頭を上げ、殿の目を真っ直ぐに見つめながら、


「このシンイチ、殿の一番の配下と自負しております。なんなりとご命令を」


 そこまで言って再び頭を下げる。


「うむ、お前の変わらぬ信義、余は嬉しく思う。それでじゃ——」


 その後殿からは、東雲国との小競り合いが絶えない事。それにより国境の村に被害が及んでいること。それに対して東雲国に質問状を送っているが、何の音沙汰も無い事を説明された。


「東雲とは例の事件後、多少の小競り合いはあるにしても特に大きな動きは無かった。それがここに来ての蛮行。何かあるのかもしれん」


 言って殿は肘掛を手繰り寄せ肘を置き、頬杖をつく。


「そこで東夷将軍であるお前に、様子を見てきて欲しいのだ。軍を連れてな」

「軍を、ですか?」

「うむ」


 内密にする理由は何となく判る。最近巷に於いても「やれ、戦争だ」と聞こえてくる時がある。

 今までの様な小さな小競り合いが噂の発端だろうが、そんな噂がある中で東雲国との小競り合いが、大きくなり村の一つに被害が出ている等が知れ渡れば、その噂話に油を注ぐようなものである。

 だが、軍を率いるとなると内密性は皆無に等しくなる。それが判らない殿ではあるまい。


 そんな俺の考えなどお見通しだと言わんばかりに殿は悪戯気な笑みを浮かべて、


「——お主が今何を考えているか判るのう。だが、先に言わせてもらえば、すでに東夷の一番隊と二番隊で馬を扱える者を、東の街道から少し離れた古びた集落に召集させてある。余の命令でな」


 城下町から、東夷将軍である自分が東夷軍を率いて東の国に向かえば、ただでさえ戦争という言葉に敏感になっている国民に無駄な不安を与えかねない。殿はそれを案じ、先に手を打っていたのだ。


「御見逸れ致しました。それでは?」

「うむ、人目に付かない様注意しながら、早急に調べて参れ」

「ははっ!」


 俺は殿に退室の礼をした後、城にある自分の部屋で支度をし馬を走らせ、殿が召集した軍と合流し、今ここに至るのであった。




「——将軍、村が見えて参りました」


 考えに耽っていると、部下である一番隊隊長、藤田が(くつわ)を並べ、報告してくる。


「うむ」


 見ると、街道の先に家々が見て取れる。が、


「私の目には、特に争いがあった様な感じには見えませんが……」


 藤田が戸惑った表情で言う。

 それも当然だ。俺の目にもただの長閑な農村の風景にしか見えない。

 おそらく昼飯の煮炊きの煙であろう家々から上がる煙も、ぽつりぽつりとしか見えない。


「……とにかく行ってみるしかないようだ」


 俺は全軍に停止を命じ、藤田に一番隊から偵察として何人かに村の様子を見に行かせる様伝える。

 そして、偵察隊が戻ってくるまで一休みをしていると、


「将軍~!」


 馬の蹄音がしたかと思うと、殿(しんがり)を努めていた二番隊を率いる関が息を切らせながらやってきた。


「関か、どうした?」

「どうしたもこうしたも御座いません! 突然の停止命令、何があったのかと」

「あれを見てみろ」


 くいっと顎で村の方を指す。相変わらず長閑で、牛であろうか、村の方から鳴き声が聞こえてくる。


「こ、これは一体?」

「今、偵察に何人か向かわせている所だ。そろそろ帰って来る頃だと……。お、噂をすればだ」


 丁度よく偵察に向かわせていた侍達が帰ってきた。そして、俺の前で跪くと偵察結果を報告する。


「——只今戻りました。偵察を行った結果、村には特に異常は見られませんでした」

「村の裏手まで回って参りましたが、こちらも特に異常無しであります」

「うむ、そうか。ご苦労だった」

「「はっ!」」


 偵察に向かっていた侍達が一礼して下がる。


「これは一体どういう事でしょう?」


 一緒に報告を聞いていた関が、顎に手を当てる。


「さて……」


 殿が自分を騙すとは考えられない。騙す理由も利得も無い。ならば……。


 ——ガササッ


 その時、近くの草むらが揺れる。

 一緒に居る藤田と関が腰の刀に手を掛け、音のした草むらを凝視する。


 ガサッ——


「何奴?!」

「おわっ! こいつはおったまげた。 どうしてこんな所にお侍様が?」


 草むらから出て来たのは、(くわ)を抱え着ている服のあちらこちらに土をくっ付けた百姓だった。


 誰何した藤田が腰の刀から手を離し、出て来た百姓に向け質問する。


「驚かせて済まない。我らは東夷軍だ。訳有ってあの村に用が有ったのだが、お主、あの村の者か?」

「へ、へぇ、そうでございますが?」

「そうか。ならば一つ聞きたい。最近何か争い事は有ったか? 例えば東雲の者が攻めて来たとか?」

「ん~、……いえ、最近は大人しい物でございますよ。確かに東雲から人は来ますが、それは旅をしているモンだったり、行商人だったりでございます」

「そうか。では他に何か困った事は無いか? 家が荒らされたとか、家畜に被害があったとか?」

「いえ、……あ、そういえば最近」

「!? 何かあったのか!?」

「へ、へぇ。村の畑が猪に荒らされて、芋に被害が有りました」

「い、猪……」


 質問した藤田が呆気に取られている。その後ろでは、関が笑いを必死に堪えているのが見えた。


「そうか、いや、時間を取らせて済まんな。これから昼飯だろう? これは俺からの礼だ」


 俺はそう言って質問に答えてくれた百姓に、途中で狩った鴨を渡す。


「こ、これはありがとうございます。しかし、こんな物頂ける様な事、おらは何も」

「——良いから取っておけ。それと、俺たちに会った事は内緒な? その鴨は石を投げたら当たったとでも言えば良い」

「へ、へぇ」


 渡した鴨を大事そうに懐に抱えこみ、頭を何度も下げながら村へ去って行く百姓。

 それを見送っていると、俺の前に藤田と関が来た。


「シンイチ様、これは……?」

「落ち着け藤田」

「いえ、シンイチ様。これは何かおかしいですよ」

「藤田の言う事は尤です。何故何も無い村に我々は来なければならなかったのか」

「……」


 殿は俺に直に命令してきた。それは他の人間に悟られたくないからで。

 では、何故こんな国境の村までなのか……。


「……俺が居ない方が、都合が良い奴が居る——?」


 その考えに至った時、不意に何かが頭を過る。


「ちっ! そういう事かよっ!!」

「シンイチ様!?」


 俺は愛馬の元へ駆け寄ると、勢いそのままに跨り手綱を握る。


「おいお前ら、急いで城に戻るぞ!」

「「?! ……はっ!」」


 藤田も関も釈然としないものがあるだろうが、それでも俺に付いてきてくれた。

 今は一刻も早く城に辿り付かねばならない。行きと同じく強行軍になるだろう。

 愛馬の首を人撫でなで、また無理をさせる事を詫びながら、腹に蹴りを入れる。

 それに応えるかの様に嘶き、走り出す愛馬。


「殿、待っていてくだされ!!」


 願わくば俺の予想とは異なっていて欲しいと願う、しかし絶対にそれは無いと思いながら、俺は馬を走らせるのに集中した。



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