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待ち伏せ

 

 △ ユウ視点  △



「最後まで保たなかったか!?」


 僕の使った〈レコーディング〉の魔法で張られた膜が薄くなり、消えていく。僕の魔力が尽きたのだ。

 魔力が使い切った反動で息が上がる。だが、息を整える暇はなさそうだ。

 何故なら、アカリとカズヤが話していた方から、茂みを掻き分け何かが近付いてきたからだ。


(マズい、見つかる!?)


 カズヤに僕がここに居る事が見つかったら、色々面倒な事になる。

 僕とアカリが一緒に行動しているのがバレて、日下部邸と同じ様に橘邸にも皇軍が押し寄せてくるかも知れない。そうなると、今〈レコーディング〉で録ったカズヤの供述を、お殿様に聞かせる事が難しくなってしまう。最悪捕まってしまうかも知れない。


 僕は右手に握る杖を目の前に構える。魔力を使い切ってしまった僕は、今は魔法を使えない。

 魔力は時間経過とともに回復するが、そんな時間は無さそうだ。


 ガサッ!


 目の前の草むらが勢いよく搔き分けられる。——敵かっ!?


「ユウ!」

「アカリ!?」


 目の前に現れたのは、紅い髪をした女の子、相棒のアカリだった。


「どうしてここに!?」

「説明は後! とにかくここから逃げるわよ!」


 そう言って僕の襟首を掴むと、グイっと引っ張る。


「わわっ!?」


 その瞬間、僕の体が宙に浮く。

 僕は決して重い方では無いが、それでも女の子の細腕で簡単に持ち上げられるほど軽くは無い。


(これが【忌み子】になったアカリの力か!?)


 前に〈サーチ〉の魔法を使った時、【忌み子】になったアカリが教えてくれた。

 なんでも【忌み子】になると、筋力や瞬発力、動体視力など身体的な能力が上がるらしい事を。


(しかもこの状態なら、魔力を生み出させられるんだよな)


 そう、初めは〈サーチ〉に何も反応しなかったアカリが、【忌み子】化した途端、〈サーチ〉の魔法に反応したのだ。

 これに凄く驚いた僕はアカリにこの事を質問した。【忌み子】になると魔力が生み出されると分かっていたのかと。

 が、


『いや、全然。ただ何と無く、こう、体の奥がポカポカするなぁ位にしか……』


 と頭の後ろを軽く掻きながらの答えに、僕は呆れてしまった。


 何故【忌み子】化になると、魔力が生み出されるのかは分からない。

 だけど、何かの合図には使えると、今回の作戦に急遽組み込んだのだ。

 最初の計画では、腕を上げるとか、頬を掻くといった合図を考えていたのだけれど、やはり少し不自然になる。それをカズヤが不審がってしまうと元も子もない。

 もっと何か良い合図は無いかと悩んでいたのだので、渡りに船だったのだ。


 そんな事を考えていると、アカリが走ってきた方向に何かが鈍く光った。

 背中に冷たいナニカを感じ取った僕は、目の前で杖を振るう。


 ッキン!


 それは金属で出来た何かに当たった音。


「ユウ、言い忘れていたけど、今カズヤの追っ手に追われているから!」

「それを早く言えって!」


 首根っこを引っ張られながら文句を言う。


「追っ手って何だよ!?」

「カズヤが私を捕まえる為の追っ手!」

「じゃあ、僕は関係無いじゃないか!? 僕を下ろして」

「いや、あなたは捕まったら、問答無用で殺されるわよ」

「アカリ、もっと早く走れって!」

「むかっ!アンタ、ここで置いてっても良いんだからね!」

「アカリ様、それだけはご勘弁を~!!」


 なんて、バカなやり取りをしている間に街道に出た。追っ手も僕達に続いて茂みから街道へと出てくる。

 その瞬間、追っ手から鈍色の光が放たれる。


 キキン! キンッ!


 何とか杖で落としたそれは、前に見た、クナイと呼ばれる小さなナイフだった。

 あんな物、当たれば痛いじゃ済まないぞ!?

 あと、何本持っているかは分からないが、このままじゃいずれ当たってしまう!

 それは、今なお僕の襟首を掴んで走っているアカリも思ったみたいで、


「ユウ! あんた、前の眩しい奴を後ろに向けて放ちなさいよ!」


 アカリが言っているのは、おそらく〈ライティング〉の魔法の事だろう。

 この暗闇に慣れた目ならば、その効果は絶大だ。だが、


「さっきの〈レコーディング〉で魔力が尽きたよ!」

「ったく、肝心な時に使えないわねっ!」

「そんな事言ったってしょうがないだろ! ならアカリがやっつければ良いじゃないか!」


 話合いでも流石に丸腰は有り得ないとの事で、アカリは腰に愛用の刀を差していた。


「幾ら私が強くても、腕利きを六人なんて相手出来ないわよ。あなたを守りながらじゃね。それに、追っ手がこの六人だけとは限らないじゃない!」


 確かにアカリの言う通りだ。もし追っ手(六人も居るのか!?)を相手している時に別の追っ手が来たら、詰んでしまう。


「とにかく、今は逃げる事だけ考えて! 私のこの状態も長くは続かないわ!」


 前にアカリは言っていた。【忌み子】化は完全には制御出来ていないと。

 多分、時間に制限が有るのかも知れない。それとも別の何かがあるのかも。


「私は前方に集中するから、ユウは後方からの攻撃に対処して!」


 幾ら街道だからといっても所々に木は林立しているし、道には石も転がっている。それらの障害物等に注意を払わらなければ、この暗闇の中、全速力で走れないのだろう。


「分かった!」


 そう返事をして、僕は追っ手が迫っている方に集中する。

 追っ手はぴったりとすぐ後ろを走ってくる。


 そして、


 ブワッ! 


「——っ!? くっ!?」


 ガキン!


 不意に追っ手の一人が、跳躍しながら持っている剣を振るう。

 その予想外の攻撃を、僕は何とか弾き返す。


「頑張って! 番所まで行けば何とか!」


 アカリが息を切らしながら言う。

 番所とは、町の警備をしている侍が詰めている建物の事だ。

 そこまで行けば人目も有る。こいつらも攻撃を止め、退くかも知れない。


 しかし、


 シッ。


「っく!?」

「ユウ!? 大丈夫!?」


 足に痛みが走る。

 先程の跳躍を警戒していた僕の、意識外からの攻撃。

 みると、太ももに飛んできたクナイが掠った傷がある。

 痛みに意識を取られるが、そんな事をすれば追っ手の攻撃の対応が遅れ、次々と攻撃を受けてしまう。

 そして、そんな好機を逃してくれる追っ手では無い。


 シュ! シュシュッ!


「!? ぐわっ!」

「ユウ!」


 先程とは比べられない程の激痛。

 左腕と太ももにクナイが刺さってしまった。


「う、うぐ……」

「ユウ!!」


 走る速度を弱めようとするアカリ、しかし、


「僕は大丈夫だから、走るのを止めるな!」

「でもっ!」

「大丈夫だからっ!」

「……分かった」


 再び速度を上げるアカリ。

 そっと、クナイの刺さった左腕を触る。


 ——ぴちゃ。


「くっ」


 クナイが刺さっている傷からは、量自体は少ないが、血が止まる事無く出ており、服を濡らしていた。

 恐らくクナイが刺さっている太ももも、同じ状態だろう。


(止血しないとマズい、か?!)


 このまま意識を失ってしまったら、せっかく取ったカズヤの供述が詰まっている、〈レコーディング〉の珠を落としかねない。


 だが、この状況では止血なんてとても出来ない。


 (どうする!? いっそ、この珠をアカリに渡して、僕はここで——)


 そんな事を考えていると、アカリが


「ユウ、ごめん。そろそろこの状態も限界かも」


 と、肩を激しく揺らしながら言ってきた。

 見ると、アカリの髪の毛が、紅から黒へと変化している。走る速度も遅くなって来た。

 そして、とうとう僕の首根っこを掴む力も無くなったのか、引き摺られる様に下ろされた。このまま走って逃げたいが、太ももの傷で、歩く事すら困難だ。

 そんな中、ついに追っ手が追い付き、囲まれてしまった。

 追っ手達は暗闇を味方にする為なのか、全員黒い服を着ていた。


「……ユウ、あなただけでも逃げて……」


 僕の隣に来たアカリを見ると、腰の剣を抜き、構えていた。


「私は捕まっても、また牢屋に容れられるだけで済むわ。でもあなたは殺されてしまう。だからここから逃げて。追っ手は私が食い止めるから」

「いや、君こそ逃げろ。そしてそのまま番所に行って助けを呼んで来てくれ。それまでは僕が何とかするから」

「その足と腕じゃ無理よ!」

「なら逃げるのも無理だ! だったらアカリが助けを呼ぶ方に賭ける!」


 だが、追っ手も馬鹿じゃない。そんな話を聞かされて、はいそうですかと、逃がすなんて有り得ない。

 徐々に僕達を囲む輪が狭まる。

 僕とアカリは、追い詰められる格好で背中合わせになる


「……もう逃がしてくれないわよ」

「——なら仕方ない。やるしか無いな」

「あなた、もう魔力が無いとか言ってたわよね」

「あぁ。でも僕にはこれがあるから」


 そう言って杖を構える。

 カールに叩きのめされるのが嫌で、杖術を頑張ったのだ。


「——解ったわ。でも良い? 絶対死なないでよね!」

「ああ。アカリこそやられんなよ!」


 互いに檄を飛ばしあってから、一気に離れる。一つの所に固まっていると手数で負けてしまうからだ。そのままアカリは町の方へと街道を走って行く。

 背中に感じていたアカリのぬくもりが消えていき、代わりに夜の冷たい空気が撫でる。

 それは、否応が無く僕に死を意識させた。

 アカリと離れた僕の所には、追っ手が二人付く。アカリよりも与し易いと思っての事だろう。

 それも当然。剣を持っておらず、尚且つ腕と太ももに傷を負っているのだ。


(そう簡単にやられたりしない!)


 逆を言えば、この追っ手二人さえ倒してしまえば、アカリの援護に行ける。そうすれば、助けも呼べる。

 僕は、もう一つの相棒である杖を目の前に構え、相手を見る。

 追っ手は左右に別れていて、僕の様子を観察していた。


「来ないならこっちから行くぞ!」


 あまりモタついていると、四人を相手にしているアカリが危ない。

 意を決して向かって右側の追っ手に向かっていく。そして追っ手の体目掛け、杖を打ち付ける。


 スッ


「おわ!?」


 が、呆気なく躱されてしまい、逆に太もものケガのせいで踏ん張りが聞かない僕は、体勢を崩してしまう。


 ザシュ!


「ぐっ——っ?!」


 そこに左側の追っ手が、取り出した小さ目の刀で僕を斬り付ける。

 体勢を崩していた僕は躱す事が出来ず、右肩を小さく切られてしまう。


「——っ!? この!」


 反撃を試みるも、相手は早い動きで杖が当たる範囲から遠のいてしまう。


 シュッ!


「くそっ!?」


 今度は右側の追っ手が、クナイを投げ付けた。

 すんでのところで何とか躱す事が出来たが、その隙を見逃さず左側の追っ手が距離を詰める。


(マズっ!?)


 無理に躱したことで足がもつれ、迫る追っ手の対応が致命的に遅れてしまった。

 迫る追っ手、そして手に持つ鈍色の得物を僕に突き入れようとした、その時、


 キイィン!



 ————一迅の風が追っ手の凶刃を弾き返す————。



「!?」


 弾かれるとは思っていないかった追っ手が、たたらを踏みながら数歩引いた。

 僕は突如目の前に現れた、頭巾を被った人影を見る。

 目の部分しか開いていない為はっきりしないが、僕よりも数十ケンチも背が高いので、男の人だと思う。

 着物姿の男の手には刀を握られていて、今はそれをだらんと下げていた。

 一見隙だらけに見えるが、後ろに居る僕でさえも判るほど其の実全く隙が無い。

 それは向かいあっている二人の追っ手も判っているのか襲う事はなく、突如現れた異例の存在の様子を見ている感じだ。


(誰なんだ、この人!?)


 追っ手の攻撃を防いでくれ、なおかつ今も追っ手から僕を庇う様に立っていることから、敵では無いと思うんだけど……。

 この場に僕とアカリが来るのを知っているのはユキネさんだけ。でも目の前の人は間違いなくユキネさんじゃない。他に知っている人は居ないはずだ。じゃあ、一体?

 その時、不意に


「行け……」


 頭巾の男が喋る。

 行け? 僕に言っているのかな? それとも追っ手にか?

 少し悩んでいると、


「……俺に任せて行け」


 と男が再び喋った。

 幾ら馬鹿な僕でも、これは誰に対して言っているのか判る。


「——良いんですか?」

「——ああ」


 どのみち、今の僕にはあの追っ手二人を相手するのは無理だ。

 ここはこの人の言う通りにしよう。


「なんで助けてくれるのか分かりませんが、ありがとうございます!」


 僕は傷ついた体を引き摺る様にして、その場から離れる。


(取り敢えずアカリを探さなきゃ!)


 アカリが走った方向はおおよそ判っている。

 痛む体になんとか力を入れ、僕はアカリの元に向かうのだった。


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