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ジョブの授業

※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)

 

「よーし、全員集まったな」


 戦闘職に適正のある生徒が、学校裏の少し開けた場所に集合していた。その様子を見て、ジョブ担当の先生が確認の声を上げる。


 僕のジョブは、父さんと同じ召喚士だ。自分の適正ジョブが召喚士と分かった時、すごく喜んだ僕は、帰ってすぐに母さんとサラに報告した。その日の夕食はいつもより少し豪華で、あまり理解してなさそうだったサラも、すごい喜んでくれた。……ただ単に豪華な夕食に喜んでいただけか?


 僕と同じ戦闘職にはカールのほか数人が居て、カールは戦士だった。ちなみにアーネのジョブは【料理人】で、本人は大層喜んでいた。アーネの料理人の様な、【生産職】や【補助職】である生徒は、そのまま教室で座学を行っている。座学は退屈だとアーネは前に愚痴を零していたっけ。


 そして今、この場には下のクラスのサラが居た。普通、下のクラスの生徒は、試験はおろか実技の授業も行わない。ではなぜ、この場にサラが居るのか。それはサラが、入学時に行う【魔力鑑定の水晶玉(クリオス)】による魔力測定で、水晶玉を、一番魔力量の多い色である白色に光らせた事が発端だ。

 この村はおろか、近隣の村や街でも水晶玉が白色に光った事は無いらしく、学校の先生が慌てた様子で村長や教会の神父さんの元へ報告したらしい。報告を受けた村長と神父さんは、すぐに王都に知らせを出し、どうしたら良いかの判断をあおいだとか。数日後に王都から届いた知らせには、すぐさまサラのジョブを調べる様にと書いてあり、連絡を受けた学校の先生は、サラに魔鏡を使わせた。そこに表れたジョブは【スペルマスター】 魔法使いの最高峰ジョブだった。

 それ以来、サラは下のクラスで唯一、ジョブ訓練を受ける事を許された。兄である僕は妹であるサラを誇らしく思い、また少しばかり嫉妬していた。僕にも才能があれば、父さんの様な村の役に立つ立派な召喚士になって、父さんの悪い噂話を一掃してやるのに、と——。



「今日は昨日の授業で言った様に、試験を行う。普段の力を見せてくれれば問題無いから、あまり無理をしない様にな!」

「「「はいっ!」」」



 実技授業担当である、禿頭で筋肉質の男性教師に言われ、皆が返事をする。が、僕は緊張で返事が出来ないでいた。僕はこれまで、一回も魔法を発現させた事が無いからだ。しかも今日はサラが見ている前である。今までは何かと理由を付けてはサラの見えない所で実技練習をしていた僕だったが、今日の実技試験は1対1形式の模擬戦、皆が集中する。どんなに誤魔化しても、見ている人には否が応でも分かってしまうだろう。いくら、試験の勝敗がテスト結果に影響する事は無いとはいえ、いくらサラがスペルマスターという最高峰ジョブとはいえ、兄の威厳がある、プライドがある。妹の前に惨めな姿は晒せない。それが兄というものだ。お兄ちゃんというものだ!


 とはいえ、魔法を使えない自分の今日の相手は、最近戦士としてメキメキ腕を上げているカールである。勝ち目は無いに等しい。それは僕も分かっている。だが、勝ち目が無いからと言って妹の前で無様に負けるのは嫌だった。どうにかしなくては。一か八かで魔法を使うか……?しかし……。



「————では第1試合、戦士カールと召喚士ユウ、前へ!」



 あれこれ考えている間に、名前を呼ばれた。 第1試合だったのを忘れていた。 これじゃ対策を考える時間が無い。



「どうしたユウ?早く前に出なさい」



 こっちの思惑など知らない先生が、無常にも告げてくる。見ると、反対側ではすでにカールが開始線に立っていてこちらを睨んでいる。 


(睨んでも何も出ないってのに……)


 愚痴りながら、仕方なく開始線に向かう。僕が自分の開始線に着いた時、「では、始め!」と開始の合図が出された。


 実技の模擬戦の1対1には、前衛も後衛も無い。実技の先生曰く、実際の戦闘に於いて後衛職である自分に、相手の前衛職が来ないという事は無いし、前衛職の相手が戦士だけとは限らないという判断だ。 だから僕の相手も様々で、今日の様に前衛職であるカールと模擬戦をやるのも、特に珍しい事ではなかった。



「——逃げても良かったんじゃないか? どうせこれ以上評判は落ちないだろう?」



 試合開始時に行う挨拶をする為、近付いてきたカールは薄く笑いながらそう言った。普通なら拳を合わせたり武器を合わせたりして、「宜しくな!」とか「互いに頑張ろう!」とか言う所じゃないのか。 さすがはカールである。



「魔法の一つも使えんお前が、戦闘職だなんて笑わせるな。だから、召喚士は無能って言われんだよ」

「……勝ってから言えよ」

「……よく吠えた、無能……」



 カールから発する圧力が増した。単純な奴である。


 別にカールが嫌いで怒らせた訳ではない。いや、嫌いなのだが、それだけでこんな問答はしない。この模擬戦、普通にやったら十中八九僕の負けである。なので、ほんの少しでも勝率を上げる為に、わざと相手を怒らせたのだ。ただでさえ油断しているカールである。さらに怒らせた事で、冷静さを失わせるのが目的だった。


 開始線まで戻ったカールは、実技授業で使用する木剣を横に構えると、何やら唱え始めた。



「〈自分に命じる。身体強化だ。エンチャントケルパー!〉」

身体強化(エンチャント)だって!? おいおい、遠慮無しだな!)



 唖然とする僕をよそに、カールの全身が淡く光りだした。戦士系ジョブの基本魔法である【エンチャント】だ。


 戦士系ジョブは、魔力が少ないが筋力や運動神経に優れている人に適正のあるジョブで、エンチャントは、その少ない魔力を使って、自分の感覚や能力を強化する魔法だ。

 エンチャントにも色々と種類があり、カールが使用した全身を強化するものから、視力など体の一部だけを強化するものなど様々だ。戦士系が好んで使用する、戦士系しか使えない魔法である。


 全身を淡く光らせたカールが、木剣を横に構えたまま通常よりも段違いな速度で、こちらに迫ってきた! どうやらカールは、魔力のほとんどを全身の強化につぎ込んだらしい。


(思った以上に速いが、いけるか!?)


 勢いそのままに、カールは木剣で横薙ぎしてきた。やはり怒りで冷静さを失っているのか、剣筋は一直線で、僕の脇腹を目指している。僕の狙い通りだ!

 魔術系ジョブである召喚士の僕でさえ、いくら剣筋が速かろうが一直線なら躱せる!躱した後、その隙だらけの頭に、こちらも実技試験用である木の杖で、一発お見舞いする作戦だ。なに、薬師や修道士といった回復系ジョブの先生も同行しているから、大事にはなるまい。少し気絶していてもらおう!


 カールの放った横薙ぎを何とかギリギリで避け、日頃のお返し×100倍と言わんばかりの一撃を、カールの頭目掛けて放つ。だが──!



「……お見通しだ、無能——」



 そんな冷酷な声が聞こえたと思った刹那、頭に衝撃が走り、抵抗する間も無く僕は意識を失った。



 ☆



「……ん……」



 光を感じた僕は、うっすらと目を開ける。



「ここは……、治療室か……」



 首を動かし周りを確認する。薄く白いカーテンの奥には、僕が横になっているベッドの他にもベッドや椅子が置いてあり、薬品などが収納されている棚などが目に入る。どうやら僕は、カールとの模擬戦でケガを負い、学校の治療室に運ばれたらしい。今は誰も居ないが、普段なら治療室勤務の先生が居て、治療を行ってくれる。居ないという事はどうやらまだ実技試験が行われているという事だろう。

 他の教室は授業中なのか、シンとした治療室に先生の講義の声が聞こえてきていた。



「──今何時か、痛っ!?」



 起き上がろうとした途端、頭に痛みが走ってまたベッドへと倒れ込んでしまった。頭を触ると布の感触がする。どうやら包帯が巻かれている様だ。──その時、



「あ、お兄、気が付いたんだね。良かった~。痛い所無い?」



 ガララッと治療室の扉が開き、サラが入ってきた。身体を起こそうとする僕に、「無理しないで、そのまま横になってて!」と注意すると、はだけた毛布を掛けてくれる。



「サラ、心配掛けてごめんな。僕は模擬戦の後、どうなったんだ?」



 僕の質問に、少し言い辛そうに身体を揺らしたサラは視線を逸らして、



「お兄がカールさんに負けた後、すぐに治療室に運ばれたんだよ。私はお兄が心配だったから、付き添ってきたの」

「そうか……」

(僕はサラの前で負けたんだ……。しかも、意識を失う失態まで見せてしまった……)


 ──負けたくなかった。妹の前で、いじめっ子であるカールに、勝てないまでも一撃位入れてやるつもりだった。魔法が使えなくても僕はやれるって所を、妹を通じて自分に見せたかった。

 父さんが認めてくれなくても、自分はやれるって所を信じたかった。決して自分のせいで父さんが居なくなったわけじゃないと思う。母さんもそう言ってくれた。でも、あの日、僕が召喚士を目指したいと父さんに言ったせいで、父さんは居なくなったんじゃないかと、僕は今でも心のどこかで自分を責めていた。魔法一つも使えない息子が、自分と同じ召喚士を目指すと言われた親は、一体どんな気持ちになるのだろうか。 息子の前から消えたいと思っても、不思議な事では無いのではないだろうか?と。だからそうじゃないと、自分のせいじゃないと思いたかった……。


 しかし、毎朝鍛錬しても一つも魔法を使えない事で、やっぱり自分のせいでという不安は日々大きくなっていた。でも、そうじゃないと心の片隅で、ギリギリの所でそれを否定し、踏ん張ってきた。


 妹が居たからお兄ちゃんとして、母さんが居たから息子として、自分が頼れる存在だと示したかった。父さんが居なくても僕がなんとかしようと、ぼくが居るから大丈夫だよと。

 でも、今日カールに負けてしまった事で、自分の中の何かが崩れた気がした。なりふり構わず、使えない魔法を最初から捨てて、セコイ策まで実施しての惨敗。自分はやはり、何も無い人間なのか……。父さんが居なくなってしまう位、何も出来ない自分なのか……。



「お兄は頑張ったよ。でもお兄は召喚士なんだから、魔法を使えば良かったのかも。そうすれば、お兄は誰にも負けないよ!」



 ベッド脇に立つサラが精一杯僕を励ましてくれようとするが、今の僕には逆効果だった。むしろ何で魔法が使えないの?と聞こえている気さえした。このままじゃ、サラに当たってしまう。



「……サラの模擬戦の時間じゃないのか?僕は大丈夫だから」

「え、でも——」

「大丈夫だよ。僕の代わりに模擬戦で良い結果を出してきなよ」

「ほんとに大丈夫?」

「あぁ、平気さ」

「じゃあ、チャチャとやってくるね。お兄はちゃんと寝てるんだよ?」

「分かった、分かった」



 行ってきますとサラは治療室から出ていった。サラが居なくなり誰も居なくなった治療室、カールにやられた部分が痛みを伴いながら主張してくる。お前の努力は無駄だと。お前は、無能だと……。



「誰か助けてくれよ……」



 しんと静まり返った治療室に、僕の独り言が静かに響いた————。



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