相棒
△ ユウ視点 △
「〈ウェイキング〉!!」
生成していた魔力が無くなる。途端、目の前で寝ているアカリの体にぼんやりと光が灯る。成功だ。
「ユウさん?」
「——大丈夫です。魔法は成功しましたから。あとはアカリが目を覚ますのを待つだけです」
心配そうに聞いてくるユキネさんに説明していると、
「……うぅ……ん」
アカリが身じろぎした。
そして、
「……ぅん……?」
目を覚ます。
「……ここ……は?」
「アカリさん!」
目を覚ましたアカリに、ユキネさんが抱き着く。
「アカリさん、本当に良かった!」
「姉様? 私、一体……?」
まだ意識がはっきりしていないのだろう。頭を押さえるアカリと目が合った。
「——やっとお目覚めか」
「……ユウ? ——あぁ、そうか。私……」
僕を見た事で、自分に何が起こったのか分かったのか、アカリはそっと目を瞑った。
「——アカリ様、よくぞお目覚めになられましたな」
そんな中、シンイチさんがやってきて、アカリに声を掛ける。
「シンイチ様!? ずいぶんとご迷惑をお掛けしましたっ」
アカリが身を起こそうとするが、
「アカリ様、ご無理なさらず、今は体をお安めくだされ」
「シンイチ様の言う通りだわ。今はしっかり休んでちょうだい」
シンイチさんに止められ、ユキネさんに説得され、再び横になるアカリ。
「ユウ殿も話はおありでしょうが、今はアカリ様のお体を考えてまた明日と言う事で宜しいか?」「……はい」
では、とシンイチさん、ユキネさんと共に立ち上がる。
部屋を後にする前に、もう一度アカリを見ると、アカリもこちらを向いていた。
「——アカリ、ありがとな」
「……気にする事無いわ」
そう言って、ぷいっと顔を逸らしたアカリの耳は、少しだけ赤くなっていた。
△
アカリが目を覚ました次の日、改めてアカリに話をする為、アカリの寝ている部屋へと赴いた。
「アカリ、入るぞ」
「——どうぞ」
スッと襖戸を開けるとすでにアカリは起きていて、普段の着物姿で座布団の上に座っていた。
その顔も血色が良くなっており、体調も回復している事が窺えた。
しかし、雰囲気が僕の知っているアカリとは違う。まるで、あの地下牢に閉じ込められていた時のあの感じ……。
だが、あえて気にせず、卓を挟んでアカリの対面に座った僕は、早速頭を下げる。
「……アカリのお陰で助かった。ありがとう……」
「——昨日も言ったけど、気にすることは無いわ」
? なんだろう、やけに冷たい感じがするな。余所余所しいというか・・・。
頭を上げる。取り合えず、今後の事を話さないとな。ちなみに今日はシンイチさんもユキネさんも居ない。何でも東に位置する国に不穏な動きがあるとかでお城に呼ばれ、ユキネさんはアカリが目を覚ました事を父親であるお殿様に報告しに、これまたお城に行っている。
「……いや、僕を助けたせいでアカリは死にかけたんだ。だから——」
「——私が良いって言ってるんだから、もういいのよ」
僕の話の途中で、割って入る様に言い放つアカリ。やはりおかしい。毒の影響か?
狼狽える僕を見つめるアカリ。しかし、僕を見ている感じはしない。まるで、全く知らない人を見ている様な……。
「そ、そうか。体の調子はどうだ?」
「問題無いわ」
「本当か? 頭が痛いとか、記憶がはっきりしないとかは?」
「無いわ」
突き放す。そう表現するほどのアカリの言葉。
(……どうする? 僕から見てもあからさまにおかしい。このまま話を続けるべきか?)
こんな時、シンイチさんかユキネさんが居てくれたらなぁと、無い物ねだりというか、現実逃避をしていると、
「——ねぇ……」
「ん? 何だ?」
「……あなたは私が怖くないの?」
「……へ?」
どうしよう、質問の意味が分からない……。質問をしたアカリの目は真剣味を帯びていて、ふざけた事なんて言える雰囲気ではない。
(こりゃ、ちゃんと答えるしか無いよな)
顎に手を当てて、う~んと考える。
アカリとの出会いから今まで、ほぼなりゆきでここまで来た。だからか、アカリの事をちゃんと考えた事なんて無かった。
(怖い、か)
ふと、アカリを見る。
すると、小刻みに震えていた。まるで怯える様に……。
自分の事を怖いかと聞いた本人は、一体何を怖れているのだろうか?
「——僕は」
「待ってっ」
問いを止めるアカリ。
俯き、自分の腕を掻き抱く。自分の意思に反して震える、己の体を止めるかの様に。
「……いいわ」
落ち着いたのか、少し震えが収まっていた。俯いてはいるけれど。
「——僕は怖くないよ」
「それは何故?」
予想していた答えとは違ったのだろう、俯いていた顔を上げ、僕を見るその目は驚きで少し見開いている。
「前も言ったけど、僕はこの国の人間じゃない。だから君がお姫様だとしても、僕には——」
「それだけじゃないわっ!」
叫び。
「私はね、【忌み子】なのよ! この国の人間全てが忌避する存在なの! 誰も彼もが私を恐れ、怯え、畏怖するの!」
哭び。
「それにね、【凶姫】なの! 負けない為に、守れる様に強くなったの! でも誰も認めてくれなかった! 分かってくれなかった!さらに恐れられただけだった! さらに離れていくだけだった!」
咆び。
「私はいつも一人だったわ。襲われて一人になって、【忌み子】になって一人になって、【凶姫】になって一人になって……。私には誰も居なかった;」
哮び。
アカリは気付いているのだろうか? 自分の目から涙が流れている事を。
気付いているのだろうか? その目が僕から離れていない事を。
気付いているのだろうか? その手は卓の上で僕の手を強く握り締めている事を。
「——アカリ」
ビクッ。
握るアカリの手が小さく揺れる。
「僕はね、君に感謝しているんだ」
「感謝?」
「うん。君が居なかったら、僕はここには居なかった。きっと、あの地下牢で殺されていたよ」
「……」
「最初はね、アカリに冷たい印象を持っていたんだ。どこか冷めた様な、一歩引いた様な、そんな印象だった」
「……」
「でも、一緒に過ごしていく内に、それが間違いだって気付いたんだ。この子は冷めてなんかない。その胸の内には揺らぐことの無い、強い意志があるんだって」
「意志……」
「君は言った。侍になりたいと。守りたいと。もし君が本当に一人っきりで冷めた人間なら、周りの言うように災いを招く【忌み子】だっけ? そんな子だったなら、きっとそんな想いは抱かなかったはず」
「それは——」
「ユキネさんが、シンイチさんが居たと言うのも大きいんだろう。けど、それだけじゃない。君が、アカリ自身が心からそう想ったから、だから僕には君の本心に聞こえたんだ」
「……」
「僕は怖くない。アカリはアカリだから。【忌み子】のアカリも、【凶姫】のアカリも全部君なんだ。そして、この国を護りたいと侍を目指す君も、僕を助けてくれたのもアカリ、君なんだ」
「じゃあ……」
「ん?」
「怖くないなら、私はあなたの何? 【忌み子】でも、【凶姫】でも無いなら、私は一体何なの?」
再び流れる涙を堪える事なく、アカリは質問する。
「……と、友達? そ、それとも仲間?」
恐る恐る問うアカリ。その目は今まで見たことが無いほど、怯え、期待し、憂い、望む。
「……いや、違うな」
「————っ!」
驚愕し、蒼白させた顔を下に向けながら、弱々しく、
「そ、そうだよね。私とした、ことが、また、同じ、間違、いを——」
目に涙を溜め、嗚咽混じりに言うアカリの耳にしっかりと届く様に、顔に笑みを浮かべながら、
「————相棒、かな」
「……えっ?」
アカリが、ばっと顔を上げる。
「だから、アカリは相棒だと言ってるんだよ。一緒に戦ってきた仲間、命を預けられる友達。だから相棒だ」
「……相、棒……」
「それが1番しっくりくるな、うん。アカリは相棒だ。これからも頼むぜ、相棒!」
そう言って、拳を突き出す。
こんなにも可憐な女の子に向かっていう言葉では無い。
でも、アカリは友達よりも仲間だし、仲間よりも相棒なのだ。
「一緒に戦おうぜ。 この国を救う為、そして何より、君自身を救う為にさ」
ニカッと笑う。
そんな僕を、アカリは口を開けポカンと見つめると、今度はぎゅっと唇を閉じ、顔を横に反らして、
「な、何が相棒だか……」
ポツリと呟くと、は~と大袈裟にため息を吐く。
そして、
「——相棒なら、私をちゃんと守れるのかしら? ユウ?」
こちらに顔を向けずに聞いてきた。
「当たり前だ。もう、アカリの知る僕じゃないぞ? 思い出したからな、全てを。だから、君の力になるよ!」
そう、宣言した。
全てを思い出したからといって、全て上手くいくわけじゃない。絶対じゃない。でも、僕は僕に出来る全てをかけて、アカリを守ろう。
少し恥ずかしいその宣言を聞いて、アカリは顔を上げる。
「私もあなたを守るわ、ユウ。だって、相棒だものね!」
さっきまでとは温度の違う涙を流しながら、引き込まれる程の笑顔でアカリも宣言し、拳を突き合わせるのだった。