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アカリの邂逅 其の漆

 

 ——狂気に満ちた——。その頃の私を知る人は誰もがそう思うだろう。


 それほどまでに、剣を鍛えた。己に克つ為に。己のみで生きて行く為に。いつしか私の腕前は師範と並ぶほどとなり、師範代を名乗る事を許される程になっていた。


 だが、誰かに教える気すら無い私は、ただひたすら己の剣の腕を上げる事に没頭し、時には他の道場に赴いて、稽古を付けてもらっていた。

 本来ならご法度なのだろうが、姫である私に意見を言う者も居なかった。

 そうして、いつしか私は【凶姫】と呼ばれる様になっていた。畏怖と嘲りを込めて。


 しかし、私は特に気にしていなかった。いや、むしろ喜んでいたのかも知れない。【忌み子】に克つには【凶姫】位の二つ名でなければ克てないとでも思っていたのかも。

【凶姫】と呼ばれる様になってからは、さらに周りの人間は私に寄り付かなくなっていた。その頃にはもう、私の中には友達を作るという考えは全く無くなってしまっていた。


 そんなある日、私は道場内にある師範の自室に呼び出された。


「お呼びでしょうか?」

「あぁ。実は先日、ある道場から対外試合を申し込まれたのだが、その試合に門下生数人と共に参加してもらいたいのだ」

「——対外試合にですか」


 対外試合じたいはそう珍しい事では無い。自分の道場だけではやはり限界もある。それに自分がどれ位強くなっているのかも分からない。そうした中に於いて対外試合というのは自分の力量を測る物差しにもなるし、新たな刺激にもなる。とても有意義なものだった。


「……分かりました。して日時は?」

「来週だ。では頼んだぞ」

「はい」


 試合に参加する門下生は師範が選ぶというので、稽古に戻る。

 私にとって、対外試合などどうでも良かった。ただ強くなる、強くなって【忌み子】に克つ。それだけだったから。


 そして対外試合当日、師範と試合に参加する門下生と共に、試合場である相手側の道場に赴く。

 試合は5対5の勝ち抜き戦で、師範代である私は五人目の大将である。


「始め!」


 審判を務める師範の掛け声で始まった対外試合は、こちら側が優勢で進んでいく。

 しかし、相手の大将を務める師範代が中々に強く、大将戦までもつれ込んだ。


「では、始め!」

「はあぁ!」


 開始の合図と共に、木刀を正眼に構えた相手が気合い声を出す。

 対する私は上段に構え、静かに相手の出方を伺う。

 相手の流派である疾迅一刀流は、文字通り速さを得意とする流派で、相手よりも早く動き、翻弄する戦法だ。

 返し技を得意とする為、もうひとつの有名流派で、手数を得意とする隼獅流太刀術よりも相性が悪い。

  相手もそれが分かっているので、無闇に飛び込まず、じりじりと間合いを詰めてくる。自分の間合いに入れば、己の剣の方が先に当たると踏んでいるのだろう。

  間合いを詰めながら繰り出す陽動にも反応しない私に、ピクリと眉を動かす相手。

 そして、


「きぇぇい!!」


 裂帛と共に、正眼からの鋭い突きが繰り出される。

 返し技が得意とはいえ、速さを武器とする疾迅一刀流だ。間合いに入れば先手を打つ。

 対する私は、上段に構えたまま。

 それを見た相手は勝利を確信したのか、ニヤリと笑う。

 だが、


「ふっ!」


 ガツッ!!

 ガランガランッ


 相手の木刀の剣先が、私の小手先に届く前に、床を転がっていく。

 私の振り下ろしが、相手の木刀を叩き落としたのだ。

 相手の得意な返し技を、逆に私が繰り出した結果である。

 確かに相手の突きは早かった。さすが師範代を任されるだけの事はある。

 ただ、私の方が早かったし、速かった。それだけだ。


「それまで!」


 師範の試合終了の合図。

 互いに礼をした後、相手は他の選手の所に歩いて行く。

「惜しかったですね!」「凶姫相手にあれだけ出来れば凄いですよ」「もっと腕を上げましょう」などの励ましの言葉を掛けられ、「そうだな、一緒に頑張ろう」と決意していた。

 負けたと言うのに、悲しむ所かむしろ士気が高まっているといった感じである。

 対する私はどうだろう。

 勝ったというのに、一緒に戦った者は誰一人近寄って来ない、声さえ掛けてこない。

 いや、むしろ私の強さに異様なものを見たといった感じの表情をしていた。

 その顔が、如実に物語っていた。やはりお前は化け物なのだと。


「……」


(……もう慣れた……)


 特に気にする事無く、帰り支度をしていると、


「アカリ、ちょっと良いか?」

「師範、何でしょう?」

「……ちょっと外で話すか」


 また対外試合でもあるのかしら。

 帰り支度を終えた私は、師範の後に続いて、外に出る。


「……アカリ、お前は強くなったな……」

「……いえ、それほどでは」

「謙遜すんなって。疾迅相手に後の先なんて、俺には出来ねぇよ」

「……」

「最近、他の門下生とはどうなんだ?仲良くやってるか?」

「……はい」

「……そうか……」


 そこで、師範は深く息を吐くと、


「——アカリ、もうお前さんは道場に来なくても良い。来てもこれ以上強くなれん——」


 突然の言に、私は驚く。

 ……いや、驚いたふりをする。

 私も前から思っていたのだ。師範の言う様に道場に通ってもこれ以上強くなるのは難しいことは。

 だから、他の道場にも行ったりしていたのである。今の道場では、師範の他に私の相手が出来る人間が居ないのだ。その師範と毎回手合わせをしていると、やはり癖というのか手の内が分かってしまう。師範とて剣に生きる人。強くなりたいと常に思う生き物。それでは、互いの強さには結びつかない。


「……分かりました。今までお世話になりました」


 私は深々と礼をすると、背を向ける。

 その背に、師範が声を掛ける。


「——アカリ、師範としての最後の助言だ。一人で強くなるのは限界がある。だから仲間を作れ。切磋琢磨出来る、気心のしれた仲間をな」

「……失礼します」


 私は振り向く事無く、屋敷へと向かって歩き出した。



 △



 道場を卒業(師範がそう言っていたらしい)した私は、それからも己の剣の腕を上げる為に、他の道場に赴いたり、城や屋敷に居る侍に手合わせしてもらったりしていた。

 しかし、頭の中は最後の師範が言った言葉が離れなかった。


『一人では強くなれない。仲間を作れ』


 仲間? 友達? そんなもので私が強くなるはずがない。師範の言葉は的外れだ。

 一心不乱に木刀を振るう。しかし、吹っ切れる事は無かった。


 そうした中、一度城にある文献室にて、仲間や友の意味を調べた事があり、そこには、こう書かれていた。


 〈仲間〉

 何かに向けて共に歩む者。


 〈友〉

 心許せる者。


(……【忌み子】と、【凶姫】と呼ばれた私と共に歩く者など、心許せる者など私には……)


 私は怖かったのかもしれない。あの蔑む目が、耳に入る嘲笑が。

 だから私には要らない。もうあんな思いはしたくないっ!

 気付くといつの間にか周りが暗くなっていた。ただ昏い空間に私は膝を抱え、顔を埋めていた。

 このまま一人で、ずっと……。

 姉様の悲しむ顔が浮かぶ。


(ごめんなさい、姉様。私はもう……)


【忌み子】と呼ばれたくなくて一生懸命強くなったのに、今度は【凶姫】と呼ばれて……。

 涙が絶えず流れる。どうしてこうなったの? 【忌み子】だって、私はなりたくなかったのに!


(もう、どうして良いか分からなくなっちゃったよ……)


 だからこのままこうしてれば、誰にも迷惑掛からないよね?

 だから許して。


 ……。


 ん?

 何だろ? 気のせいかな?


 ————ろ……


 誰?


 ……きろ——。


 膝から顔を上げると、昏いだけの空間にほんのりと灯りが見える。

 その灯りがフワフワと私に近付くと、肩に止まる。


(ふふ、なーに? 私に何か用かな?)


 肩の灯りにそっと、手を伸ばそうとすると灯りはフルフル震えたかと思うと、


「起きろ~~~っ!!」


 と、絶叫した。




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