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アカリの邂逅 其の陸

 

 権兵衛さんに入門を許可してもらった次の日から、早速私は道場に通う事になった。

 行かないという選択肢もあったのだけれども、そんな事をして姉様を悲しませたくは無かったし、なにより、私自身、心の中でこのままでは駄目だと思っていたのかも知れない。

 それに、〈剛毅一刀流〉が私に合っていたのも幸いしていた。

 〈剛毅一刀流〉はその名の通り、初太刀に全力を込めて相手を倒すという教えで、ちまちました事が嫌いな私に向いていると思った。


 権兵衛さんの道場に通うようになってから、一年半、ほぼ休み無く道場に通っていた私の剣の腕は、師範である権兵衛さんも認める程になっており、護衛よりも強くなっていたと思う。だから護衛はもう必要無いと殿様であるお父様に言ったのだが、まだ心配だ、お前より強い刺客が襲ってきたらどうするのだ!と言われてしまった。なので、今でも護衛を伴っている。


 姉様も喜んでくれていた。姉様もまさか私が一年半も続くとは思っていなかったらしい。

 そして、


「次はお友達ね♪」


 と、いつもの誰もが惚れ惚れする笑顔でそう言われてしまった。

 私はとても困った。なにせ今まで生きてきて友達と呼べる存在など皆無だったから。

 家族であるお父様や姉様、護衛である侍や、世話人である女中を除けば、城や屋敷ではこれと言った知り合いすらいなかった。

 それでも生活できていたから、友達なんて必要無かったのである。冗談抜きで、友達って何?と言えるほどだ。

 見聞を広めろとは桁違いの無理難題に、私は途方に暮れた。


「取り合えず師範に相談してみよう……」


 いつもの様に支度をし、いつものやる気の無い護衛を伴って、道場に向かう。


 あれは入門したての頃だったか、稽古の準備をしている私に師範がそっと近づいてきた。

 そして、


「アカリさん、何か困った事があったらいつでも相談に乗りますからね」


 と、仰った。多分、私が何か訳ありだと思ったのだろう。

 無理も無い。護衛を雇えるほどの大店の材木問屋。そんな大店の娘が、剣術を習うというのだから、訳ありだと思わない方がおかしい。きっと私を不憫に思い、そんな事を仰ったのだろう。


 それからというもの、何か分からない事等が有るたびに、師範に相談していた。

 きっと、今回の事でも力になってくれるに違いない。

 もしかすると、同じ門下生である他の子供たちに、友達になってくれないかと言えば、案外簡単に出来るかもしれない。……友達になって何をするのかは分からないけど……。

 そしたら、姉様に自慢出来る。私にも友達が出来たのだと。きっと姉様は喜んでくれるに違いない。それを想像しただけで、私の心は嬉しさに溢れる。

 いずれにせよ、今から向かう剣道場しか頼るは無い。

 私は祈る気持ちを抑え、そして、門下生に言う言葉を頭で反芻しながら歩くと、道場が見えてきた。

 まだ朝早いこの時間でも、師範を始め、数人の門下生は来ている。

 それを示す様に、道場から漏れ出た稽古の喧噪が聞こえてくる。


 私は門柱にもたれ掛かると、二、三回深呼吸をする。

 何もおかしな事を言う訳では無いのに、ここまで緊張するのだから、私という奴は……。

 自虐気味に笑うと、意を決して敷地内に入る。


「よし、そこまで! 休憩だ」


 稽古を止める師範の声。そして、門下生の「ふー」だの、「疲れた」だのと声が聞こえてくる。

 よし、門下生が居るな。

 私は道場に入ろうと玄関に向かう。が、


「なぁ、今日はまだ来ていないな」

「誰がだ?」

「ほら、例の」

「——あぁ、【忌み子】か」


 ————世界から色が消えた————


(え? 何で? どうして?)


 私は何も喋っていない。 ただの町娘としか言っていない。なのに、ナゼ?

 愕然としている私をよそに、門下生の話はさらに続く。


「大体、なんで変装しているんだ? バレバレだっての」

「ただの町娘が護衛なんて伴わないし、ましてや国の姫さまの顔なんて、読売で何度も見てるからな」


 確かにそうだ。

 この国には、巷で起こった様々な事件や、政などを市井の人に知らせる為、読売と呼ばれる物が発行されている。

 そこには文章だけでは無く、絵描き職人による人物像も描かれており、その人に会った事が無くても分かるほど、緻密に描かれているのだ。

 姫である私も何度も描かれた事があり、事件の有ったあの日の翌日に発行された読売にも描かれていた。

 あの事件については、お父様を始めとする専門委員が、事の揉み消しに奔走したと聞いていたけれど、人の口に戸は立てられないと言った所だろう。

 あの騒ぎだ。あれを見ていた人は少なからず居たのだろう。


「……ははは……」


 気付けば、私の口から渇いた笑いが出ていた。


(また、【忌み子】か……)


「まったく、良い迷惑だよ。【忌み子】と一緒に稽古なんてさ」

「あぁ。いつ【忌み子】になるか冷や冷やするぜ」

「まったくだな」


 ————さっきまでの私を殴りつけてやりたい。

 何が友達なんか簡単に出来るだ。何が姉様に喜んでもらえるだ。

 これが現実なのだ。どんなに頑張っても、私から【忌み子】というものは離れてはくれないのだ。

 すーっと涙が流れた。報われない思いが上げた(こえ)だった。


(……もういい、私に友達なんか要らない。そんなもの必要無い)


 私は一人で強くなる。誰にも頼らずに【忌み子】に決着を付けてやる。


「おい、お前ら、休憩は終わりだぞ。とっとと——」


 ガララ。


「ぬ? アカリか。どうした?今日は遅い、な……?」

「すみません、師範。早速稽古のほど、お願いします」

「あ、あぁ」


 師範の少し驚いた声。その時の私は一体どんな顔をしていたのだろうか。

 それからの私は、我を忘れる程稽古に明け暮れる事となる。


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