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アカリの邂逅 其の伍

 

 ◇




 姉様と和解?してから、私はあまり周りの目を気にする事は無くなった。

 自分には姉様が居る、姉様さえいれば良いと思っていた。

 あれから二年余りは、城や屋敷で姉様にべったりの生活を送っていたのだが、私が十四歳を過ぎたある日、


「もっと見聞を広めなさい♪」


 と姉様に言われてしまった。


 別に見聞などどうでも良いと思っていたけど、そんな事を言うと根様が悲しむだけなので、ならばと、私は前に例の侍に教えてもらった、東の町外れにあるという剣道場の話をした。

 剣そのものは嫌いでは無かったし、相変わらず忌み子として恐れられていた事が影響してまともな護衛も付けてもらえなかったので、だったら自分の事は自分で護ろうと思っていたのだ。

 姉様にその事を話すととても喜んでくれ、思い立ったが吉日とばかりにその日のうちに剣道場へ行くようにと言われてしまった。


 城を出て、いつもの様に渋々と言った顔の頼りなさそうな護衛達を引き連れ、城下町を東へと歩いていた。

 日乃出城の城下町である日之出町は、日乃出城を北に、東丁、西丁、南丁があり、東丁は市民の住む長屋が多く建てられ、西丁には侍などの住む武家屋敷が、南丁には商人が店を広げる商店街と、住み分けられていた。


 これから向かう剣道場は、東丁の外れ。そこは主に貧しい者や、他の町や村から来た人達が住む区画らしい。町外れに近付くにつれ、周りに立っている長屋も古びていく。ここの住人だろう、たまにすれ違う人達の恰好も、ぼろやほつれが目立つ。暫く歩くと、何処からか声が聞こえてくる。それに何かを振る音も。


 その声や音の方に向かうと、やがて一軒の建物の前に着いた。

 周りの長屋に負けず劣らずあちこちにガタのきているその建物から、例の声や音が聞こえてくる。

 何とか原型を留めている門柱には、ここが例の剣道場である事を示す看板が立てかけられていた。


「……剛毅一刀流?」


 聞いた事も無い流派だった。

 私が聞いた事のある流派だと、有名どころでは疾迅一刀流や隼獅流太刀術がある。しかし剛毅一刀流とは一度も聞いた事がない。

 だが、私の知らない流派など幾らでもあるかと思い直す。

 先ほどから、打ち込みだろうカンカンという木刀を打ち合わせる音や、気迫の篭った声が外に漏れ出ている。それらから、かなり熱心に指導しているのが伝わってきた。

 敷地外から声を掛けたが、返事も無かったので、勝手に敷地内に入る。

 敷地外よりもさらに大きく聞こえる様になった声に、意味のある言葉が加わる。


「そこ、脇が甘い!」

「お前は打ち込むのが早すぎるんだ!」


 道場主であろう男の声が、門下生に指導している声が聞こえた。


「よし!少し休憩にしようか」


 道場主が休憩の合図を出すと、あちこちから嘆息が聞こえる。よっぽど稽古が厳しいのだろう。

 ちょうど良い機会だと、開いている玄関から道場の中を覗き込む。

 そこは、他の剣道場と変わらない、思ってたよりもずっと綺麗な、板張りの稽古場だった。

 壁には木刀が掛けられ、奥の床の間には、剣の神様が奉られている。


「あの、すみません」

「ん、どちら様かな?」


 休憩の合間をみて声を掛けると、近くにいた男の人が反応してくれた。

 歳は20台後半位だろう、男にしては長い、癖の強い黒髪を一つに束ね、紐で結わいていて、人懐っこい目を私に向けている。


「私は材木問屋の娘で、アカリと言います。道場主の方にお願いがあって参った次第です」


 そう言って私は頭を下げる。

 材木問屋の娘という設定は、私の身分を隠す為に姉様が考えたものだ。それもあって、町娘の変装をしているのだが。


 私が言った事に驚いたのか、目の前の男は少しだけ目を丸くすると、頭の後ろを掻きながら、


「これはご丁寧にどうも。私がこの道場の主で、権兵衛と申します」


 そう言って、頭を下げる権兵衛さん。

 一通りの挨拶が済んだところで、頭を上げた権兵衛さんが問い掛けてきた。


「……して、こんなぼろ道場に、あなたのようなお嬢さんが一体何用で?」


 当たり前の質問だった。

 材木問屋の娘と名乗る若い女が、護衛を引き連れ尋ねてきたのだから。


(さて、どうしようかしら……)


 身分を隠している為、私が襲われたあの事件の事は言えない。

 という事は、あの時に私を助け、この剣道場の事を紹介してくれた侍の事も言えないのだ。

 単に剣術を習いに来たと言ってもいいが、材木問屋のある南丁には、他派の剣道場がたくさん有る。それこそ、有名無名問わずに。


 なのに、わざわざ遠い東丁の、しかも言葉は悪いがこんな鄙びた場所にある道場にだ。

 無い頭であれこれと、何か良い言い訳は無いかと考えていると、どこからか視線を感じた。


 ひょいと権兵衛さんの後ろを見ると、継ぎはぎだらけの道着を着た子供達と目が合った。下はまだ成人前であろう、十にも満たない子供から、上は私よりも少し上の人までが十人程。その子供達が全員私達を、いや私を恐る恐ると言った感じで見ていた。


「あぁ、近所の子供たちです。私が稽古をつけているんですよ。お前たち、挨拶はどうした?」

「「こんにちわ……」」

「あ、こんにちは」


 普通の挨拶だったが、何だろう、何か違和感が?


「——で、用件なんですが」


 その違和感について考える前に、権兵衛さんが再び私の訪問理由を聞いてきた。

 あまり考える時間も無かったし、しょうがないか。


「はい、じつは前から剣術を習おうと思っていた所、知り合いからこちらを紹介されまして……」


 誤魔化す事はせず、ありのままを正直に答えた。強くはなりたかったし、あの侍からここの事を聞いたのだから嘘は付いていない。

 あの事件と、私の身分は隠してだけど。


「……で本日、こうしてお邪魔させて頂きました」

「そうですか……」


 話を聞き終えた権兵衛さんは、うーんと唸ると、顎の無精ひげを手で撫でる。そんな人、心当たりが無いとでもいう様な顔である。

 私はてっきり、あの侍はここの師範の知り合いだと思っていたのだが、どうやら違ったみたい。


(じゃあ、あの侍はどうしてこの道場を?)


 私が新たな疑問に思慮しているのと反対に、権兵衛さんはどこか納得したのか受け入れたのか、うんうんと頷くと私を見て、


「分かりました。アカリさんの入門を認めましょう!」


 そう言って右手を差し出す。

 私はあれこれ突っ込まれなかった事に安堵して、


「ありがとうございます。これから宜しくお願い致します」


 権兵衛さんの右手を握るのだった。


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