アカリの邂逅 其の参
◇
「忌み子……」
若い侍はそう、呟いた。私の眼を見ながら。
「何故アカリ様が?」
動揺する若い侍の持っている刀がカチャカチャと鳴る。
【忌み子】
それは、この国に於いての最高禁忌。国に終焉をもたらすとされる、忌むべき存在。
お城に有った国の文献により、遙か昔よりその存在が確認されていた。
飢饉をもたらしたとか、疫病を流行らせたとか、戦を起こしたなど。
一説には、地獄の鬼との間に生まれた子だともされる。
そして、忌み子には特徴があるらしい。それは、文献によって色々と違いがあるが……。
角が生える、翼が生える、牙が生える等から、人肉を食らう、言葉が発せない等まで。
どれもこれも眉唾ものだったけど、唯一全ての文献に共通している特徴があった。
それが、
「なんでアカリ様の眼が赤いのだ!!」
そう、忌み子と呼ばれた存在に於いて、一人の例外も無く発生した特徴。
両目が赤くなるのだ。
地獄の炎が目に宿るやら、食った人の血がそうさせるとか、原因は分からないのだけれど。
忌み子と呼ばれた私は、何故か可笑しくてニヤっと笑ってしまった。
それを見て怯む若い侍。
目の前に、国に災害をもたらすとされる存在が居て、笑っていれば無理も無い。
若い侍は、私に対してどう接するか悩んでいる様だった。
忌み子だとしたら、対処しなければならない。捕縛するか、斬るか。
しかし、相手はこの国の姫でもある。迂闊な事は出来ない。
悩む侍はふと、私たちが乗っていた馬車へと目を向ける。
そこには馬車から半身を投げ出した状態で、事切れているお母様がいた。
もっと近づけば、もう一人のお母様も中で倒れているのが見えるだろう。
「コトハ様——!まさか母様も——!?」
若い侍は、私に向けていた刀を上段に構える。
「アカリ様。——いや、忌み子が……」
どうやら、お母様たちを殺したのが私だと思い込んでいるのだろう。
私じゃなく、外套の男がやった事なのだが、何故か私は否定せず、若い侍に刀を向ける。
この若い侍の登場によって、外套の男を逃がしてしまったのだ。それを許す気にはなれなかった。
私と対峙する若い侍。その表情に先ほどまでのためらいは感じられない。
「日之出国、第一軍三番隊侍頭、×××。参る!!」
若い侍が私に向かってくる。
対して私は待ちの姿勢で、刀を正眼に構える。
「ふっ!!」
若い侍は間合いに入った瞬間、刀を振り下ろす。
その若さに見合わない速さの太刀筋。鍛練を重ね得た、必殺の一撃。
しかし、悲しいかな、外套の男に比べるとまだまだ足りない。
私は余裕を持って、それを避ける。
そして、
キィィン!
横薙ぎでもって、相手の刀を弾き飛ばした。
「あ……」
自分の刀を弾き飛ばされ、唖然とする若い侍。
その胸元に刃を突き入れようとした時、
「何事だ!?」「侍が襲われているぞ!」「こっちだ、早く!!」
私たちの剣撃を聞き付け、仲間の侍が駆けつけた。
ことごとく入る邪魔に、私は憤る。
全部斬ってしまおうか。
自然と出たその考えに疑問を抱く事無く、若い侍の援護に来た他の侍に、剣先を向けた。
しかし、
「兄さま!!」
その侍たちの間から、一人の小さな少年が割って出てくる。
歳は自分と同じ、七歳位か。
その少年が、私の前に蹲る若い侍に寄り添う。
「馬鹿、早く逃げろ!」
「嫌です! それに母様もあの馬車に!」
言って馬車に近付こうとしたが、
「あ……」
馬車の入り口には、お母様が血を流して倒れている。その光景は幼い子供には、かなり衝撃的だったはずだ。
しかし、呆けるもそこそこ、すぐに自分の目的を思い出したのか、
「母様! ご無事なら返事してください! 母様~!!」
大声で呼び掛ける。
しかし、もう一人のお母様もすでに事切れているので、当然ながら返事は無い。
「母様――!!」
幼い少年の、悲痛な叫びが周囲に響く。
その姿に、目の前の若い侍は地面を叩き、他の侍は天を仰いだ。
「——許さない……」
馬車に向かっていた少年が振り返る。
「——お前を絶対に許さないからな!!」
雨が激しく地面を叩く中、その声は雨音に邪魔される事無く、真っ直ぐに私に突き刺さった。
その少年の姿が、さっきまでの自分と重なって。
「——私だって……」
止めてって言ったのに止めてくれなかった。
殺さないでって言ったのに。
カシャン。
私は刀を手放した。
私が誰かを傷付けたら、あの外套の男と同じになってしまうから。
刀を手放した私は、取り囲まれた侍に捕縛されたのだった。