戻らないあの日々
◇
「おにいの為だもん」
うん、ありがと。
「もう、おにいのバカ!」
はいはい、ごめんな。
「さよなら、おにい」
何言ってるんだよ?
「おにいなら大丈夫」
そんな事ないって。
「じゃあね……」
待って! 行かないでくれ、サラ!!
◇
————さ……。
——ユ……さん。
——ユウ、さん。
ん、だれ?
ユウさん!
「はい!」
「きゃっ?」
名前を呼ばれ、起き上がる。
急に起き上がったせいでユキネさんを驚かせてしまった。
「あ、すみません」
「いいえ。あの、大丈夫ですか?」
とても心配そうな顔で、覗き込む様に僕を見るユキネさん。
照れ臭くなった僕は、少し距離を取りつつ、
「は、はい。大丈夫です!それより……」
僕は周りを見る。
ユキネさんとシンイチさんと話をしていた部屋だ。
隣の部屋にはアカリが寝ている。
「僕はどの位?」
それだけで、質問の意図を理解してくれた。
「多分10分位だと思います」
10分というのは、この国の時間の単位だと教わってる。
細かい時間までは分からないけど、そんなに時間は経っていないみたいだ。
「シンイチさんは?」
ここに居ないので尋ねた。
「ユウさんが倒られたので、いま医者を呼びに」
「そうですか……」
迷惑を掛けてしまったな。
「僕はもう大丈夫ですので、シンイチさんをここに連れてきて貰えませんか?」
「でも」
「ほんとに大丈夫です。それにこれから話す事は、シンイチさんにも聞いといて貰いたいので」
「ユウさん?」
「お願いします」
「……分かりました」
ユキネさんは不承不承といった感じでシンイチさんを呼びに行った。
それを見届けた後、隣の部屋を見る。
僕を庇った事で怪我を負い、今も目覚めないアカリ。僕はその姿に、同じく僕を庇って命を落としたサラを重ねる。
もう、喋る事も、笑いあう事も、会う事も出来ないサラ。
「……う、うぅ……」
サラを忘れていた事よりも、その事が僕には耐えられない悲しみだった。
何故僕なんかを庇って!
こんな駄目な兄なんか放っておけばよかったのに!
「うぐぅ、……ひっく……」
今すぐにでも死んで、サラに謝りに行きたい。
しかし、それでは自分を省みず、僕を救ってくれたサラに会わす顔が無い。こんな顔さえも見せられないと、流れた涙を強引に拭う。
「————それに」
再びアカリを見る。
このまま意識を戻さなければ、サラと同じ様に命を落としかねない。
「ごめんな、サラ。まだ僕はそっちに行くわけには行かないんだ」
もう、おにいは!
「ほんとごめんな。もう少し待っててくれ」
おにいなら大丈夫。
「あぁ、お前が見ていてくれるしな」
そこで涙が一筋流れた。
泣いてばかりだと、また馬鹿にされちゃうよな。
目を閉じ、強引に涙を拭く。
瞼の裏に映ったサラが、笑った気がした。