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△ ユウ視点 △
「……ん」
(ここは?……あぁ、アカリ達の屋敷か……)
たしか、黒馬の上で意識を失ったんだっけ。
布団から起き上がると、ちゃんと寝間着に着替えていた。その様子に、少なくとも、僕は捕縛されたわけじゃなさそうだ。
布団から出て、体を伸ばす。節々がバキッと音を立てる。昨日は馬の背で、落とされまいとずっと力を入れていたからなぁ。何とかアカリを届ける事が出来たな。
(──そうだ!アカリは!?)
周りを見るが、アカリの姿は無い。当たり前か。
じゃあ何処だ!? この屋敷に居る事は間違いない筈だけど。
すると。僕が起きた音が聞こえたのか、部屋の外から声が掛けられる。
「……お目覚めですか?」
そして、侍女の方が障子襖を開けて、中に入ってくる。
「はい、昨日は済みませんでした。ぐっすり寝れました」
「? そうですか。それは良かったです」
「それで、アカリは?」
「その事で、ユキネ様がお部屋にお呼びですので、宜しければ」
「はい!今着替えますから待っててください」
侍女の方が退室して、僕は急いで用意された着物に着替える。それにしても、ユキネさんは何時この屋敷に来たんだろう?
着替え終わった僕は、廊下で待っていた侍女の方に声を掛ける。
「お待たせしました。 行きましょう」
侍女の方に案内され、ユキネさんが待つ部屋へと向かう。
今は朝なのか? 明るいが、空にはどんよりと雲が掛かり、今にも雨が降り出しそうだ。
そして、案内された部屋の前へと着く。前にユキネさんが居た部屋とは別の部屋だった。たしか、客間として使われていた部屋だったと思うけど。
「失礼致します。ユウ様をお連れしました」
「ありがとう。入って貰って」
すると、侍女の方が僕の方を見て、一歩下がると頭を下げ、障子襖を開ける。
すると、そこにはユキネさんと、ボサボサな黒い短髪の大男がどっかりと座っていた。
無精ひげを生やしたその大男は、右頬に斬られた傷があり、歴戦の戦士の様な印象を受ける。
もしかして、この人が?
「急な呼び立てをしてしまい、御免なさいね。ユウさん」
二人の対面に置かれた座布団に座るなり、ユキネさんが頭を下げる。
「止めてください、ユキネさん。僕の方こそのんびり寝てしまい、済みませんでした」
僕もそこで頭を下げる。二人が頭を下げている光景は他から見たら、変に見えるだろうな。
「——ごほん!」
そんな中、この部屋に居るもう一人が大きく咳払いをする。
「二人とも、頭を上げなさい。じゃないと話すものも話せん」
そう言われ、頭を上げる僕とユキネさん。
それを見て、
「自己紹介が遅れたな。俺の名は日下部シンイチ。一応東夷将軍をやっているもんだ」
宜しくな!とニカッと笑う。
やっぱり、この人がユキネさんの旦那さんで、東夷将軍のシンイチさんか。
「初めまして。僕はユウと言います。ユキネさんとアカリには大変お世話になっていて——」
「あー、堅苦しいのは止めよう。なーに、困った時はお互い様って言うじゃねーか。な?」
「……ありがとうございます」
見た目通りの豪傑な性格なのだろう。僕より10歳も変わらないと思うのに凄く大人に見えた。
「——で、だな」
そう言うと、シンイチさんはユキネさんに目配せをする。
それを受け、ユキネさんが立ち上がると、続きになっている隣の部屋の襖をそっと開ける。
そこには、布団で横になっているアカリの姿があった。
「!? アカリ!?」
僕は立ち上がろうとするが、
「——おっと、ちょっと待ってくれ」
その声には、逆らえない、逆らってはいけないと無意識に思わせる程の迫力があった。
僕はシンイチさんを見る。シンイチさんの目は、まるで野生の肉食動物の様な鋭さが込められていた。
「——お前さんに一つ聞きたいんだが、良いかい?」
質問という形で話しているが、決して断れない雰囲気だ。
僕は、唾を飲み込む。
「何でしょう?」
「何、簡単な事だ。お前さんが、家内殿と別れてアカリ様とここに来るまでの間に起った事を、全部聞かせてくれねぇか?」
「……分かりました」
僕はシンイチさんに説明する。
皇軍が包囲する日下部の屋敷を、アカリと一緒に脱出した事。
脱出した後、近くの厩に行った事。
その厩で黒装束の男に襲われ、そこでアカリが毒矢を受けてしまった事。
護衛が殺されていた事。
最後に、その厩にいた黒馬にこの屋敷まで連れてきてもらった事。
最後までじっと話を聞いていたシンイチさん。
だが、黒装束の話と、護衛が殺された話をした時、僅かに眉根がピクッと反応していた。隣の部屋で話を聞いていたユキネさんもだ。
「……そうか。よく話してくれたな」
シンイチさんが下を向き、ふぅと溜息を吐く。そこで、僕の方からも質問する。
「アカリは大丈夫なんでしょうか? 昨日よりもだいぶ落ち着いている様には見えますが」
そこで、隣の部屋で寝かされているアカリを見る。
あの晩の様な、苦しそうな表情は消え、絶え絶えだった息使いも今は規則正しい寝息が聞こえてくる。
すると、シンイチさんが僕を見て、
「あぁ、今は落ち着いているな。一時期はかなり危なかったらしいんだが、お前さんが早くこの屋敷に届けてくれた事、その後の迅速な対応で、何とかなった。だがな……」
「? どうしたんですか?」
「体は大丈夫なんだが、意識が一向に戻らないんだよ」
「……え?」
意識が戻らないって?
「さすがに一日二日では、意識も戻らないんじゃないですか?」
幾らアカリといっても、生死の淵を彷徨ったのだ。一日二日で意識を戻す方が凄い。
しかし、僕の言葉にシンイチさんは深刻な顔を崩さず、
「お前さん、もしかしてあれから何日経ったか分からないのかい?」
「? え?」
「お前さんが、アカリ様とこの屋敷に逃げ込んできたのは、今から五日前だ」
「……え」
あれから五日?
「お前さんも、馬の背で気を失ってから、四日間目を覚まさなかったのさ。皆、お前さんも毒矢を受けたんじゃないかと心配したよ」
そんなシンイチさんの言葉も耳に入らない。
あれから五日間、目を覚まさない?
「それって……」
「ん?」
「……それってマズいですよね? 五日間も目を覚まさないって!?」
「あぁ。ただ、医者が言うにはそんな事もある様だ。何せ毒を受けたからな。だが、このままってのは正直な。何せなんも栄養が摂れないだろ?体が衰弱していく一方らしい。そして……」
「そんな……」
アカリは僕を庇って毒矢を受けてしまった。
それが原因で、今でも目を覚まさない。
ぼくが原因で……。僕を庇って……。
——ドクン。
「痛っ?」
なんだ?こんな時に限って、例の頭痛が?
——ドクン!
「ぐぅ!?」
「おい、どうした!?」
「ユウさん!?」
頭痛が酷くなる。それに伴い、頭の中に何かが思い浮かぶ。
————ドクン!!
「あぁ!?」
「大丈夫か!? おい、医者だ!」
アカリが僕を庇い毒矢を受ける。
誰かが僕を庇い、腹を貫かれる。
————ドクン!!!
「~~~~っ!?」
言葉にならない程の衝撃が頭に響く。
何だ、僕は何を思い出そうと!?
毒矢を受け弱っていくなか、アカリが僕に向けて笑みを浮かべる。
腹を貫かれた誰かが、僕に向かって口元に笑みを浮かべる。
君は誰だ?
アカリと誰かの姿が被る。
僕は前に同じ経験をしている?大事な人を助けられなかった事が?
誰だっけ? 大切なその人は。いつも僕の傍で笑ってくれたその子は?!
ドックン————!!!
「!!!!!」
一番大きな衝撃が頭の中を駆け巡る。
「……そうだ、思い出した……」
そして、僕は長い暗闇から抜け出した。
「……サラ……」
それだけを口にし、僕は意識を失った。