登校
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
「——ただいま~……」
そっと玄関を開け、家の中に入ろうとしていたその時、
「お兄ぃ~!!」
「うわっ!」
サラが右側の洗面所から顔だけを出して睨んできた。
「もう!なんでお兄は一人で行っちゃうの!?私も一緒に行くってあれほど言ったじゃない!」
「あはは、ごめん」
頭の後ろに手をやった僕は、笑って誤魔化す。これもいつもの事だ。
以前、森の鍛錬場に行く所をサラに見られた時、自分も一緒に行くとサラは言っていた。それ以来、次はいつ行くのかと催促をしてくる様になったのだけど、色々と理由を付けてははぐらかしている。理由は幾つかあるのだが、一番の理由は、鍛錬に集中出来なくなると思ったからだ。
「グッスリ寝ているサラを、起こすのが可哀そうかなと思ってさ」
「うそ! 私が行くと邪魔になると、思っているんでしょ?!」
理由を伝えると、洗面所から出てきたサラは、腰に手を当てジト目で僕を睨んでくる。妹ながら鋭い……。
でも理由はそれ以外にもあった。確かに最初の内は、鍛錬の邪魔になるかもと思っていた。けれど、前に一緒に行こうかなとサラを起こしに行った時、朝に弱いのか少し揺すった位では全く起きず、諦めた経緯がある。それからも何度か起こしに行ったが全く起きなかったので、最近では起こしにすら行っていない。一緒に行かないのは純粋にサラが起きなかっただけである。……いつもお腹を出して寝ているというのは、本人には内緒にしておいてあげよう……。
「フンだ。そうやって一人で森の奥に入って、【魔物】に痛い目に遭えばいいんだわ」
──【魔物】──。 この世界で忌み嫌われる存在。 人間を始めとする人類種の共通の敵。昔、この世界から人類種を根絶やしにしようとしたモノ。
サラの言うように大陸の最西端であるこの村にも極めて稀にだが、魔物が目撃されている。この家の裏にある森。そのさらに奥の深い森には魔物は生息しているらしく、猟師をしている村の人がたまに見かけると言っていた。魔物といっても、見かけた猟師によると、弱い部類であるスライムやコボルトといったものらしいけど。
「魔物かー、まだ一回も見た事が無いんだよな」
「え、そうなの?」
「あぁ、ウサギとか鹿なら何度か見かけたけど」
朝の鍛錬以外でも、キノコ採りなどで森に入る事はあるが、魔物には出くわした事が無い。けど、スライムやコボルトといった程度の魔物なら、油断しない限り今の僕ならまず殺される事は無いだろう。いざとなれば逃げればいいし。
「二人ともー、そろそろ学校に行く時間よー。早く朝ご飯食べちゃいなさーい」
玄関でサラと話しているのが聞こえたのだろう。リビングにいる母さんが僕たちに声を掛けた。気付けば、玄関に居る僕たちのところまでパンの焼ける匂いしている。
「「はーい」」
僕は手を洗う為に洗面台に向かい、サラはブツブツ言いながらも朝食を摂る為リビングに向かった。
☆
「「行ってきまーす」」
朝食を食べ、身支度を整えた僕たちは、母さんに見送られ学校へと向かった。僕のクラスもサラのクラスも同じ時間に授業が始まるので、毎日一緒に登校していた。
辺境のこの小さな村に学校があるのは、別に珍しい事ではない。なんでも国の方針らしく、僕の生まれるずっと昔に発生した、魔物達による【大災害】では、魔物に対して何の知識も無かった街や村に大きな被害が出た。その中でも、特に力の無い老人や子供の被害が多かったらしく、【大災害】が終焉し国が立て直しを図る際、その事を問題視した国の偉い人が、魔物の知識や対処を教える機関として各街や村に学校を建て、8歳から15歳までの子供を対象に教える事となったのだ。 ちなみに大人の人で、何か聞きたい事が有った時は、教会等に行けば神父さんが教えてくれる。
学校といってもそんなに大きな建物ではないが、村の中では教会に次いで2番目の大きさである。だから、村の子供達が全員集まってもまだ余裕があり、年齢によってクラス分けがされている。クラスは8~12歳、13~15歳の二クラスだ。ここアイダ村には8~15歳までの子供が30人程居て、上のクラスである僕のクラスには、10人程が一緒に学んでいた。
朝の通学路、空は晴れ渡り、晩秋の少し寒いが澄んだ空気が辺りを包み、気持ちの良い朝だけど、昨日の学校の出来事と今日の授業内容のせいで、僕は朝から憂鬱だった。
「どうしたの、お兄? 難しい顔をして」
どんよりとした僕の空気を察したのか、隣を歩くサラが心配そうに僕を見上げる。濃い茶色の髪が朝日を受けてキラキラと光っている。
「いや、今日の実技試験、大丈夫かなぁと思ってさ」
「お兄なら大丈夫だよ。リラックスしてやれば問題無いよ」
「……うん、そうだな。頑張るか」
「うん♪ 頑張ってね♪」
僕を励ます様ににっこりと笑ったサラの頭を撫でる。サラは少しくすぐったそうに、それでいてとても嬉しそうだった。
まばらに小石が敷いてあるだけの、周りを木に囲われた通学路を歩く。木の間から朝日が差し込み、寒くなってきたからか、少しだけ立ち込めていた朝霧をキラキラと輝かせている。幻想的な光景だ。その中を暫く歩くと、周りに生えていた木立も少なくなり、代わりに家や畑などが多くなってくる。そして、他の生徒の姿も見掛ける様になってきた。
学校は教会と並んで村の中央部にある為、いろんな方向から生徒が学校に集まってくる。その生徒たちが、足早に学校の中へと消えて行く。もうすぐ始業の時間だ。
僕たちも学校に着き昇降口に入ると、外から見知った女子生徒がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あ、お兄、アーネちゃんだよ! おーい、アーネちゃーん!」
サラもその女子生徒に気付いて、手を振っている。アーネは僕の幼馴染で、村に唯一ある食堂兼宿屋の娘だ。この辺境の村では、泊まり客なんてほとんどいないらしいけど、たまに、家の奥にある深い森の中を探索する冒険者や、村の農産物などを買い付けに来た行商人が泊っていく事があると、この前アーネが言っていたっけ。
「お、サラちゃんにユウじゃない。今朝も仲の良いことで」
アーネが僕たちを見つけると、パタパタと走ってくる。そしてつまらない事を言っては、僕とサラの間に入った。あ、サラがむくれている。
アーネは僕と同い年で、オレンジ色の髪を短くした、快活な女の子だ。背は僕とサラの間位、母さんと同じ位か。アーネも僕と同じクラスなので今日は実技試験があるからか、淡い緑のシャツに茶色のズボンを履いていた。動きやすい恰好にしたらしい。まぁ、アーネは普段でもズボン姿なんだけど。本人曰く、スカートは子供の履き物らしい。意味が分からん。
ちなみに僕も朝の鍛錬時と同じ服装だ。サラは白地に花柄のワンピースを着ていて、中には丈の長いタイツを履いていた。
「ユウ、今日こそは実技試験で良い結果出さなきゃダメよ? それであいつらをギャフンと言わせなさい!」
アーネが僕に拳を突き出し、言った。こういう所はほんと、昔と変わらないなぁ。
「はいはい、分かっているって」
「ほんとに分かっているの? あいつら図に乗ると厄介よ?」
「お兄、あいつらって誰?」
すると、いつの間にかアーネとは反対側の隣に来ていたサラが、クルリとした大きな目を僕に向けた。アーネに入り込まれたからか、ギュッと僕の腕を掴んでいて、とても歩き辛い。
サラの質問、それに答えたのは僕じゃなくアーネだった。アーネは反対隣に居るサラに、
「決まっているじゃない、村長の息子の、むぅ~~~!?」
「わわっ!?」
アーネが名前を言う前に、手でアーネの口を塞ぐ。 サラに余計な心配は掛けたくない!
僕に口を塞がれ、「むぅ!? うぅ~!?」と顔を真っ赤に染めたアーネが、塞いでいた僕の手を剥がすと、
「~~~ぷはっ! ちょっとユウ!? いきなり何するのよ!」 怒ったアーネが僕の足を蹴り飛ばす!
「痛っ~! 何すんだよ、アーネ!」
「それはこっちのセリフよ! いきなりあんな事して!」
昇降口で口喧嘩を始める僕とアーネ。登校してきた他の生徒が、またかという様な目で僕たちを一瞥し、サラはどっちを止めるべきか迷っていてオロオロしている。言葉だけでは足らないのか、アーネは僕の胸倉を掴み掛かろうとしている。アーネはすぐに手が出るタイプなのだ。昇降口で朝から女の子に叩かれるなんて勘弁してほしい。もうすでに蹴られているけれど。
そんな時、
「おい、邪魔だ。無能」
その声に振り替えると、一人の男子生徒が立っていた。僕と同じクラスに通う男子で、名はカール。この村の村長の息子で、僕やアーネと同じ14歳だ。背は僕より高い。僕が165センチだから170センチは超えているかもしれない。細身の体を生地の良いシャツとズボンを履き、村長の息子然とした恰好をしている。もう一人、カールの付き人みたいな男子生徒がいるのだが、このカールこそが僕をイジメている張本人なのだ。カールは黒い瞳で僕を睨みつけたが、隣にアーネが居る事に気付くとフンと鼻を鳴らして教室へと向かって行った。
「……今日も嫌な態度ね」
僕の胸倉を掴みながらアーネは言う。人の胸倉を掴むのは良い態度なのだろうか。
「チャイムが鳴るから、そろそろ教室に行こうよ~」
カールの登場が、良いタイミングだったとばかりにサラが言う。確かに朝のチャイムがなる時間だ。朝のチャイムが鳴る前に教室の自分の席に付いていなければ、遅刻扱いになってしまう。
「そうだな、早く行こうか」
「ちょっとユウ、話は終わってないわよ?!」
「遅刻するわけにはいかないだろ」
「ったく、覚えてなさい!」
普通の女の子が到底使わない言葉を口にしながら、アーネは僕達と一緒に教室に向かうのだった。