再びの逃走 2
梯子を使って縦穴を降りた先は、人二人が並んで通れる位の横穴になっていた。屋敷の隠し通路よりも真っ暗で、足元もはっきりしない。
しかし、ここなら灯りを灯しても、誰かに見つかる心配は無さそうだ。僕は持っていた杖に意識を集中させる。
「〈世界に命じる。灯りをともせ。ライティング〉」
すると、前と同じ様に杖の先端にボゥっと拳大の光の玉が発現する。光に照らされ、周囲の様子も見えてきた。
そこは、人の手で掘られた地下道で土がむき出しになっており、所々木の板で補強されていた。
灯りが無い状態でこの地下通路を通るのは、少し怖く感じる。
緊急用というのは確かなようだった。
「相変わらずあなたのそれは便利よね」
アカリが杖の先に生まれた光の玉を撫でる様に触れる。
未だにどうして光が生まれるのかは判らないが、便利なので今は余計な事は考えないでおこう。
灯りの灯った杖を持った僕を先頭に、地下道を進む。
途中、気になった事があったので、アカリに聞いてみた。
「そういえば、ユキネさんはどうしたんだ? まさか敵に捕まったんじゃ」
すると後ろからわざとらしい溜息が聞こえた後、
「私と姉様が揃って居なくなれば、いかにも私達は怪しいって言っている様なものじゃない。だから姉様は日下部の屋敷に残っているわ。姉様はシンイチ様の奥方なんだから、違和感無いし。それに、何も無いのに姉様を捕縛したら、それこそ大事だわ」
「それもそうか」
「だから私達は、早くここから抜け出しましょ。せっかく姉様が残って時間を作ってくれているんですもの」
ほら早くとアカリが背中を押す。
杖の灯りがあるとはいえ、そこまで足元ばかりを照らしてはいないので、押された拍子に何かに躓き、転びそうになる。
「危ないから、そう押さないでくれって」
僕の抗議に対しても素知らぬ顔で、やれやれと腰に手を当てるアカリであった。
△
——少し前から異変は感じていた。
さっきから、軽く袖を引っ張られるなぁとは思っていた。引っ張られるたびに後ろを振り向くも、アカリだけしか居ない。気のせいかと思いつつ歩き始め、少し経つとまた袖を引かれる。
そしてまた後ろを振り向くも、何も無い。何だろう、少し怖い。
「なぁ?」アカリに声を掛ける。
すると、何故かビクッと体を震わせる。
「……なによ」
「いや、さっきから何か感じないか?」
「私は何も感じないわ。きっと気のせいよ!」
何故か顔を合わせない。
「……そうか」
……怪しい。実に怪しい。だが、取り敢えず知らんぷりしておこう。
そう思ったが、やはりというか、歩き出したらすぐに袖を引かれた。
しかし、今度はすぐには後ろを振り向かない。気付いていない振りをして、そのまま歩く。
そして、一気にグイっと引っ張られていた袖を引く。
「あ!?」
思わずといった感じで声を上げるアカリ。
見ると、アカリが袖口をチョコンと摘まんでいた。
「——これは?」
なるべく穏やかな声で聞いてみる。
しかし、アカリは顔を背けてしまい、返事が無い。突然の事で混乱しているのか、まだ袖口を掴んだままだ。
「アカリさん?」
そんなアカリに、もう一度問い掛ける。
すると、顔を真っ赤にしたアカリが、消え入りそうな声で、
「……だって、……んですもの……」
「ん、なんだって?」
すると、アカリがこっちを向いたかと思うと、目尻を少し濡らして、
「——怖いのよ!」
と、大きな声で白状する。
こんな狭い空間で、大きな声を上げたせいか、耳がキーンとなった。しかも、声が木霊している。
アカリは開き直り、
「えぇ、そうよ! 私はこういう狭くて暗い所が怖いの! 悪い!」
そして、再び赤い顔を背け、消え入りそうな声で、
「……だって、何が出るか分らないじゃない……」
後半は、少し涙ぐんだ声だった。
普段、お姫様然としていて、何も分からない僕を助けてくれたりと、しっかりしている印象が強いけど、やはりそこは女の子だ。
良く見ると、微かに震えてもいた。もしかすると、この地下道にも来たくなかったのかもしれない。頑張っているんだな、アカリは。
「……ん」
僕はアカリに手を差し伸べる。
「……?」
その手を見て、キョトンとしているアカリ。
(あぁ、もう!) 意を決して、強引にアカリの手を握る。
「ちょっと!?」
アカリが抗議の声を上げるが、
「これなら、怖くはないだろ!」
少し強引に手を繋ぐ。
「……ほら、行くぞ!」
照れ臭くて、アカリの顔をまともに見れない僕は、杖を先に向けて歩き出す。
手を繋がれたアカリは、特に何を言うわけでも無く、僕の横を歩く。
そして、聞こえない位の小さな声で、
「まったく、似合わない事をするんじゃないわよ。……でも、ありがと」
そして、強く握り返してくる。だが僕は、聞こえなかった振りをした。