再びの逃走
「……ん、静かになったな」
先ほどまでけたたましく鳴っていた警鐘が、聞こえなくなる。
(皇軍が引き上げたのか? ……いや、それは無いな)
僕を捕まえる為に、別の所属の侍にケガを負わせる連中だ。手ぶらで帰るとは到底思えない。
(考えられるとしたら、アカリ達の交渉が上手くいったというところだけど……)
それだって実際ここから出て確認しなくちゃ判らない。もし、それが間違っていて敵に見つかったら、敵の皇軍では無く、間違いなくアカリに殺されてしまう。
どうするのが良いのか判断出来ず、身を隠している押し入れの中でうーんと考えていると、突然押し入れの襖がスッと開いた。
(マズいっ!?)
音を立てない様にして、中に入っていた布団の影に隠れる。頼むからあっち行ってくれっ!
しかし、僕の願い空しく、押し入れを開けた人物は中々立ち去らない。それどころか、押し入れの中にまで入ってきた。やばい!見つかるっ!!
「————ユウ! 居るんでしょ!? 早く出てきなさい!」
この声はアカリ!?
アカリが声を押し殺しながら叫ぶという器用な事をしていた。
「アカリ? どうしてここに?」
布団の影から顔を出し、アカリ本人だと確認した僕は、押し入れから這い出る。
「説明はあと! とにかく今はこの屋敷から出るわ!」
「出るって言ったって、この屋敷は今皇軍に包囲されてんだろ!?」
すると、アカリは腰に手を当て、
「いい? この屋敷には、万が一の時用に、秘密の抜け道が用意されているの。今から、その抜け道を通って、ここから脱出するわ!」
「秘密の抜け道だって?!」
男の子なら、秘密の抜け道と聞いて、ワクワクしない奴は居ないんじゃないか?
そう思えるほど、その言葉にはドキドキが詰まっていた。
「どこ?! どこに秘密の抜け道があるんだ!?」
「ちょ、ちょっと近い、近いわよ!」
「っと、ごめんごめん」
「まったく、落ち着きなさいよ。子供じゃないんだから」
アカリはむすっとした顔をしたかと思うと、今居る部屋の床の間の前まで歩く。そして徐に、そこに掛けてあった掛け軸と呼ばれる絵を捲った。
すると、その後ろには、大人が一人、なんとか潜れる位の大きさの穴が開いていた。
「おぉー!?」
「うるさい! さ、行くわよ」
アカリが身を低くして、その穴に入る。アカリに続き穴に入ると、真っ暗だった。
「暗いな。 痛っ!?」
「狭いから気を付けなさい」
「そういうのは先に言ってくれよな」
穴の先は暗くて良く分からないが、人が一人何とか通れる広さの通路の様だった。
隠し通路に置かれていたのだろう、アカリが行灯に火打石で火を灯すと、それを持って歩き出す。
暗いので手を壁に沿わせて進む。こうしないと怖くて前に進めない。音を立てない様気を付けながら、アカリの後ろを歩く。
すると、どこからか、
「おい、居たか!?」
「いや。そっちは!?」
「まだだ。 くそ! 情報は流言だったのか!」
「いや、まだそうと決まった訳じゃない。まだ調べていない部屋が有るはずだ! 行くぞ!」
皇軍と思われる声が聞こえる。
あのまま、あの押し入れに隠れていたら、すぐに見つかっていたのかも知れないな。アカリが先に来てくれて助かった。
「さ、今のうちに脱出よ」
「分かった」
僕がこの屋敷に居ると思っている今のうちに、この屋敷を脱出してしまおう。隠し通路を歩く速度が若干早くなる。
————そういえば、
「なあ」
「何よ?」
「この通路は何処に繋がってるんだ?」
僕は気になったのでアカリに聞いてみる。
「この通路の行き止まりの床が外せるようになっていて、その床を外すと、下に穴が隠してあるみたいなの。その穴は地下通路になっていて、この屋敷の隣に立っている小屋に続いているみたい」
「それは凄いな!」
「その小屋に、東夷軍の侍を待機させているから、合流したら一旦私達の屋敷に向かうわ」
この屋敷を抜け出したら、アカリ達の屋敷に身を隠して、東夷将軍であるシンイチさんの帰還を待つという事だ。うちらの頼みの綱は、シンイチさんなのだ。シンイチさんが帰還するまで、何とかして身を隠さないと。
それから暫く進むと、行き止まりになっているのだろう、アカリがしゃがんで何かをしていた。
おそらく、床を外しているのだろう。
「あなたも見てないで手伝いなさいよ」
「はいはい」
二人で床を外すと、ゴザと呼ばれる敷物が敷かれた地面が姿を表す。すると、アカリが懐に手を入れると、何かを取り出した。
「はい、あなたの分」
見ると、草履だった。
「履いたことあるわよね?」
「ああ」
草履を履いて地面に降りる。
そして、ゴザを取り除くと、梯子の付いた縦穴が出てきた。
「じゃあ降りるわよ」そう言って、アカリが先に降りようとするので、
「僕が先に降りるよ」と、穴に続く梯子に手を掛ける。
大丈夫だと思うけど、万が一穴の先で敵が待ち伏せしてたら、アカリを危険な目に合わせてしまうからな。
すると、何故かアカリがムスッとした顔をしているのが気になった。
「なんだよ?」
「あなた、そう言って覗こうとしているんじゃないの?」
「覗く?」
「……もういい、何でも無い。ほら、先に降りるんでしょ。そのかわり、梯子を降りてる途中で上を向くんじゃないわよ!」
「? 何を言って? ……あっ」
「もういいって言ってるじゃない! ほら、早く降りる降りる!」
「わわっ、押すなって!」
(まったく、敵が迫ってきているのにそんな事するわけないだろ。それに万が一、そんな事をしたら、後でどんな目に合わされる事になるか位、短い付き合いでも解るって)
つまらない疑いを掛けられた事に少し腹立たしく思ったけど、モタモタしてるとアカリに穴に落とされかねないので、しょうがなく梯子を降りる。意趣返しに覗いてやろうかと思ったけど、下らないので止めておいた。