襲撃 2
△ アカリ視点 △
ユウと別れ、急ぎ屋敷の玄関に向かう。その間も、日下部家の私兵や、東夷を担当する第二軍の侍とすれ違う。皆、それぞれ武器を持ち、戦いに備えていた。
玄関に向かうまでの間、色々と考える。
(さっき、ユウにも説明したけど、こんなにも早く皇軍がこの屋敷に来るなんて、やはりあの脱走は罠だったんだわ)
あの脱走に関しては、姉様の作戦だった。あの城の中で、ユウが連れて行かれるとしたら、あの牢屋しか無い。
そこで、あの牢屋の配膳を担当している女中を調べ、交渉した。交渉と言っても、こちらがお願いすれば大抵の事は通るのだけども。
案の定、女中は私達の言うことを聞いてくれた。中の様子、中に居る人数、食事の配膳の仕方や時間など。その中で、牢屋の中に居る人数について訪ねた時、姉様の様子が少し変だったのは何だったのだろうか。
とにかく、事前に調べ、そして無事にユウを脱走させる事に成功した。しかし、簡単に事が運んだ事に、幾ばくかの疑念はあった。が、私と姉様が居ればこんなもんなのだろうと思ってもいた。
(そんな油断が、こんな形で厄介事になるなんてね)
「————アカリさん!」
そんな考え事をしていたからか、知らず玄関に到着した私に、姉様が声を掛ける。姉様の元に行って、状況を確認する。
「姉様、どうですか?」
「私の見た限り、あれは皇軍の二番隊で間違いありません」
「……そうですか」
この国の軍は三部隊あり、それぞれが皇軍、東夷軍、西夷軍を担当している。
そして、各軍も三つの隊に分かれていた。これはお爺様である先代のお殿様が組織化した結果だ。
なんでも隊を分けた方が切磋琢磨するし、不正も起こりづらいと当時の宰相に助言されたかららしい。その助言が功を奏したのか、各軍の能力は向上し、たまに起こる隣国との争いごとにも連戦連勝しているとか。その結果、今では隣国が攻め込んでくる事も無く、平和な時が続いている。
閑話休題。
その皇軍の中でも、最近良い噂を聞かないのが、今この屋敷を包囲している二番隊だ。
町の警備を担当している皇軍だが、こと二番隊においては、町の代官と結託してやりたい放題の町や村もあるとか。賄賂は当たり前で、町で見かけた若い女性を連れ回す、気に入らない人が居れば難癖を付けて牢へと入れる等、枚挙に暇がない。
当然、そんな噂話が聞こえる度に、違う隊の侍が調査に行くのだが、なぜか問題無かったと報告されていた。おそらくは、買収されたに違いないと私は思っている。
そんな曰くのある皇軍の二番隊が、わざわざこの日下部家の屋敷まで来たのだ。これは間違い無く、ここにユウが居るという情報を、確実に掴んでいると思った方が良い。
「————まずは状況を確認しましょう。何故皇軍がここに来たのかを確かめなくてはいけません。もしかするとユウさんとは別件かも知れませんしね」
そう言うと姉様は、屋敷の正門の横にある、勝手口から外に出る。それに私も続く。
夜の暗闇を裂く様に、皇軍の物と思われる松明や提灯が何本も掲げられ、周囲は昼間の様な明るさだ。
そんな門の外はまさに一触即発の状態だった。
切り付けられたであろう侍が、血の流れる肩口を押さえて正門に蹲っており、その周りを抜刀した日下部家の侍が守る様に囲んでいた。
対して、皇軍側も下馬した侍が抜刀して対峙しており、何かの切っ掛けさえあれば交戦が始まってもおかしくは無い。
「————双方、刀を収めなさい!」
そこに姉様の諫める声が響き渡る。その声に、抜刀していた侍達は刀を下ろすと、姉様に注目した。
「私は橘家が長女、ユキネです。この騒動は何ですか、皇軍! 軍旗を見た所、二番隊所属の者みたいですが、責任者はどなたです! 説明なさい!」
普段怒った所を見せない姉様の、見た事の無い迫力に、双方の侍達は委縮する。そこに、
「————これはこれはユキネ様。お初にお目に掛かります」
とても侍に見えない、でっぷりと醜い体をした、歳の頃四十前後の黒髪の男が、乗馬したまま人垣から姿を現す。そして、姉様の前まで来ると、近くにいた侍の手を借りて下馬をし、姉様の前に立つ。
「————どなたです? 名乗りなさい」
「私は皇軍所属、二番隊隊長の金本アリフミと申します。以後お見知りおきを」
そう言って軽く頭を下げるが、私は気付いていた。
頭を下げる際、まるでねめる様に姉様の体を見ていた事に。一体姉様を何だと思っているのか!
「————では金本とやら。この騒動は一体何事ですか? ここが東夷将軍の日下部家と知っての事ですか?」
姉様は厳しい顔で、金本と名乗った侍を睨み付ける。しかし、何食わぬ顔をした金本は、頭をボリボリと掻きながら、
「えぇ。なんでもこの屋敷に、先日そちらのアカリ様を拉致、洗脳した下手人が、城の地下牢を抜け出しこの屋敷に身を隠していると、密告がありましてね」
と薄ら笑いを浮かべる。あの顔は、ここにユウが居ると確信している顔だ。やはり、バレている様ね……。
「……それは不思議ですね。今、私共もこの屋敷にご厄介になっているのですが、そんな人は見た事がありません」
「左様ですか? こりゃ無駄足だったかなぁ」
「ええ。ですから一刻も早くこの場から立ち去りなさい。今なら、私の言にて穏便に事を済ませられますから」
言って、くるりと金本に背を向け、屋敷内へと歩き出そうとした時、
「————ですが、なんでもその下手人。一人で地下牢から脱け出した訳では無いみたいで。何でも協力者が居たとか。密告によりますと、その協力者はユキネ様とアカリ様、お二人と良く似た様な背格好だったそうです」
と金本が言う。その言葉を聞いた姉様は、ゆっくりと金本の方へと向く。
「————で?」
「はい、その下手人の牢はもちろん、隣の牢に居た奴も居なくなっていたので、確証は御座いません。ですが、ここで私達の邪魔立てをするってぇ事になると、その密告の信憑性が増すって事になりませんかねぇ?」
「……分かりました」
すると姉様は、正門の前に居た日下部家の者に声を掛けた。
「私達の事で、こんな事になってしまい、本当に済みません」
「何を仰いますか、ユキネ様! 大丈夫、奴らが血眼になった所で下手人どころか、ねずみ一匹見つかりませんよ!」
「そうだそうだ!」「おい、とっとと検分でもなんでもしろってんだ!」
「皆さん……」
姉様は口元に手を当てて、頭を下げる。
「……ちっ。おい! とっとと始めるぞ!」
それを見て気分を害したのか、金本は部下を引き連れ、開いた正門から屋敷内に入っていく。
途中、私の事を見つけた金本は、私にも舐め回す様な視線を向け、ニヤッと笑った。
体がブルリと震える。あ~、気持ち悪い!なんなのよ、あいつ!
(っと、そんな事よりも、このままではユウが見つかっちゃうわ)
もし見つかってしまえば、再びユウが牢に容れられてしまうし、私達や日下部家も関係を疑われてしまう。そうなってはカズヤの謀反を止める所では無い。
(今のうちにカズヤを屋敷から逃がさないと!)
なるべく見つからない様にしながら、ユウの居る部屋へと足を向けた。