鍛錬
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
「——ん……」
翌朝、陽が昇ると同時に起きた僕は、顔を洗い着替えてから、家の傍にある森の奥へと出掛けた。僕の家は森のすぐ傍にあり、その奥にはさらに鬱蒼とした深い森が広がっている。僕は毎朝、家の裏にある森の中に自作した鍛錬場で、鍛錬をする事を日課としていた。
秋も終わりに近付いているこの時期、さすがに朝はかなり冷える。鍛錬時にいつも着ている、動きやすさ重視のシャツとズボンでは少し寒く、思わず腕を擦る。
「う~、さすがに寒くなってきたなぁ」
すでに葉を落とし、これから来る冬の準備を済ませた木々がうっそうと茂る森の中を、落ち葉を踏みながら歩くと、程なくして鍛錬場所へと辿り着いた。鍛錬場といっても、森の中のちょっと開けた場所に、木で作った的と少し大きな丸太を立てただけの簡素なものだ。
「今日は使いこなせるかな」
身体の筋を伸ばし、軽く準備運動をし終えた僕は右手に握る、特訓時にいつも使っている杖を見つめた。
この杖は、以前父さんが使っていた物で、見た目は普通のデコボコとした木の杖なのだが、母さんの話だと、昔、父さんが修行時代にお師匠さんから頂いた、由緒ある杖らしい。なんでも、召喚士と相性が良い杖らしく、魔力を通すと杖の周りが召喚したい事象の色に光り、魔力の練成効率を何倍にも上げてくれるのだとか。本当かどうかは分からないけれど。
(いや、今日こそは光らせてやる!)
この毎朝の鍛錬も含め、僕はまだこの杖を光らせた事が一度も無かった。僕自身の魔力の量は普通らしいので、魔力が不足しているからこの杖を光らせられない、という事は無いはずだ。
魔力の量は、学校の入学式や進学式でまず初めに行う恒例行事、【魔力鑑定の水晶玉】で測定してもらい判明する。学校の先生が言うには、“魔力とは、自分の中にある、この世界に対する強制力の強さ”で、この世界に生きる生き物には誰にでもあると、授業で習った。
【魔力鑑定の水晶玉】で測定すると、水晶玉の色が魔力の多い順に、【白・赤・黄・緑・青・灰・黒】に変化する仕組みになっていて、現段階でどの程度自分に備わっているのかの目安を把握する事が出来る。新しく入る新入生や、新学年になった生徒には身体測定と同じ位人気の行事で、誰もが測定が行われる春をとても楽しみにしていた。ちなみに、今年測った僕の魔力量は去年と同じ青色で、成長していない事にとてもガッカリしたっけ。
(あれからも、毎日欠かさず鍛錬してきたんだ! 今日こそは出来る!)
弱気な考えを吹き飛ばす様に顔を振る。人間、弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるもんな!
僕は大きく頷くと、おへその裏側を意識しながら、自分の中にある魔力を練り上げる。かなりの集中力を必要とするので、練り上げるだけで額に汗が浮き出てくる。そうしている内に練り上がた魔力が、おへそを中心にグルグルと渦を巻き始める。
「……よし!」
おへそ辺りが暖かくなるのを感じながら、体内で練り上げた魔力を右手に持つ杖へと通していく。イメージは火、赤色だ。
徐々に自分の中から魔力が抜け、杖に集まっていくのが分かる。今までに無い位良い手応えだ。これならひょっとして——!
「〈世界に命ずる、火を生み出し飛ばせ! ファイアボール〉!!」
杖に充分魔力が伝わった所で、少し離れた木の的に杖の先端を向け、僕は呪文を唱えた。朝早くから活動していた鳥たちが、僕の声に驚きバタバタと木から飛び立って行く。
しかし、杖に込められた魔力は飛散してしまい、何も起きなかった。……失敗だ。
「——ダメか、今日は良い感じだったんだけどな……」
もう何十回目か、何百回目かも分からない、いつもと変わらない同じ失敗に、僕は落胆した。……いや、今日のは今までに無い手応えだったから、余計に落ち込んでしまう。
「やり方は間違っていないと思うんだけどなぁ……」
学校で使っている教科書には、残念ながら召喚士については殆ど載っていなかった。なので、父さんと同じ召喚士である僕は、学校で召喚士の授業を受けた事が無い。そこで、『同じ魔力を使う職業だから』と先生の勧めで、魔法を扱う魔法使いの職業が習う授業を受けている。魔力の練り方など、授業で教わっているやり方と同じ様に行っているので、問題は無いはず。なのに出来ないのだから、根本的に何かが違うのかも知れないな。
「父さんが居れば、原因を教えてもらえたのに。……それはないか」
父さんが居なくなる前日に交わした会話を思い出して、首を振った。僕には出来ないと言った父さんの顔と声。それはあまり思い出したくない事だったから。
(こういう時は、気分を変える為に体を動かそう! それが良い!)
昔の嫌な思い出を振り払う様に、右手に持った杖を握り締め、立て掛けてある丸太に向けて打ち込んでいく。召喚士だからといって、接近戦の練習もしなくては体が鈍ってしまうし、弱い肉体には弱い精神しか宿らないと、昔の偉い人が言っていたからだ。
(……少し違う気もするな……)
それから暫く打ち込みを続けた後、掻いた汗を拭き、空を見上げる。森の中を吹く、少し冷たい風が火照った体に心地良い。が、思ったよりも日はかなり高くなっていた。あれ、もうそんな時間!?
「まずい、家に戻らなきゃ!」
杖を持ち、家まで全速力で戻るのが日課になっているのも、今さらの事ではなかった。