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トラさん

 

 あれから暫く牢屋の中で過ごした。

 最初の手紙以来何の連絡も無かったが、不思議と焦りも無かった。これが信頼というものだろうか。……言ってて少し恥ずかしいなだが、何もしないのも落ち着かないので、今は牢屋の中で体を鍛えていた。これは、隣に居るトラさんが、


「おい坊主。暇なら体でも鍛えたらどうだ?」


 と言ってきたのが始まりだ。言ってきたトラさん自身、暇があれば何かしら体を動かしていた。

 腕立て伏せと腹筋は前から知っているが、牢屋の中で器用に走り込んでみたり、時には瞑想して、精神を鍛えたりと様々だ。

 僕自身、あの大広間で簡単に取り押さえられてしまった悔しさがあるので、そのトラさんの進言に従い、トラさんの真似事の様に体を動かしていた。

 相変わらず薄暗いこの牢屋では、時間や日にちの感覚が無く、ご飯の回数も1日三度なのか二度なのか分からないので参考にならない。

 ご飯を食べ、暇があれば体を鍛え、眠くなれば寝る。


 そんな生活を続ける事暫く、何時もの様に牢屋の階段が明るくなり、食器を乗せたお盆がガチャガチャと音を立てる。ご飯の時間らしい。

 いつもと同じ様に頭と顔を布で覆い隠した女性が配膳にやってきた。

 しかし、その日は何故か四人居た。

 先の二人がお盆を持ち、後ろの二人は何かを入れた袋を持っている。

 先の二人がお盆を牢の前に置くと、懐から何かを取り出す。

 それを牢屋の鍵に差し込むと、カチャリと鍵が開いた。

 何が起こっているのか分からず呆然としていると、開いた扉から後ろにいた袋を持った女性が中に入ってくる。

 僕は驚き、後ずさるが、


「……なに逃げてるのよ!」


 聞き慣れた、そして相変わらずの上から目線の声だった。


「……遅いんだよ……」

「ふん、偉そうに。どうせ牢屋に容れられてピィピィ泣いてたんじゃないの?」

「僕は誰かさんと違って泣き虫じゃないからね」

「あら? なら助けは要らないわね」


 そう言ってアカリは、持ってきた袋を再び持つと、牢屋から出ていこうとする。


「お、おい、待てって! 分かった、僕が悪かった。助けに来てくれてありがと!」


 出ていこうとするアカリを慌てて呼び止める。


「最初から素直にそう言えば良いのよ。まったく」


 振り向き、アカリは再び持っていた袋を床に下ろす。

 誰のせいでここに入れられたんだと言いたかったが、また機嫌を損ねられたら堪らないので我慢する。僕は大人なのだ。


 アカリは袋の口を開き、中に入っていた物を取り出す。それは着物だった。


「それは?」


 着物を指差すと、


「ここから出るのに、あなたのその格好だと目立つでしょ。だから、拝借してきたの」


 サイズ合うかしらと着物を一枚ずつ取り出しながらアカリは答えた。

 確かに今の僕の格好は、この国の人が着ていないシャツとズボン姿である。このまま牢屋から出ても、目立つ格好のせいですぐに捕まる可能性は高い。であるならば、着替えてここから脱出した方が良いに決まっている。


「確かにそうだな。頭良いな」


 そうして、僕は用意された着物に着替える為に、シャツを脱ぐ。


「これは姉様の作戦なのよ。誉めるなら姉様を、って、何脱いでるのよー!?」


 そう言って、アカリが突然殴り掛かってきた。

 すんでの所で、アカリの拳を避ける。あ、あぶね~!?


「な、何するんだよ、いきなり!?」

「何するんだじゃないわよ! あなたこそ、いきなり脱いでるんじゃないわよ!」

「だって着替えなきゃいけないだろ?!」

「私が居るのに脱ぐんじゃないわよ!」

「暗いから平気だろ?!」

「平気じゃないわよ!」


 その後もあーだこーだと言われ、僕が着替えるまで後ろを向いてもらう事で落ち着いた。面倒くさいなぁ。

 用意された着物はサイズも合っていた。

 ただ、この帯というやつの巻き方が分からない。取り敢えず適当にグルグルと巻いといた。服の前が開かなければ良いのだろう。


「————どう? 終わった?」


 後ろを向いてるアカリが聞いてきたので、着替え終わった事を伝える。


「よし、じゃあここから出るわよ」


 そう言って立ち上がるが、


「このままだと、僕が居なくなった事が直ぐバレるよ?」


 と、懸念を伝える。

 すると、僕の懸念などお見通しだったらしく、アカリは胸を張りながら、


「ふふん、その辺りは大丈夫よ! ちゃんと対策してきたから。……では、お願いね」


 そう言って、お盆を抱えていた女性に声を掛ける。声を掛けられた女性は、「はい」と答えた後、牢屋に入ってきた。

 そして、床に敷いてあった草の敷物を体に掛けると、そのまま横になった。今一つ状況が理解出来ない僕。


「……これって?」

「見て分からない? つまり、彼女があなたの代わりに牢屋に残るのよ」

「それってつまり」

「そ、身代わりってやつね」

「それじゃ、あの人が危なくなるんじゃ!?」

「それは無いわ」


 そう言ってアカリは隣の牢屋を見る。

 何故、そこでトラさんを見るのだろうか?


「さ、時間が無いわ! 早くここから出ましょう!」


 アカリは言うなり、牢屋から出て奥の階段に向かう。

 僕も後に付いていく。

 牢屋から出る際、横になっている女性を見ると、大丈夫ですよと頷いてくれた。

 牢屋から出る。

 そして階段に向かう途中で、トラさんの居る牢屋を見る。

 するとそこには、正座をし、頭を下げたトラさんと、トラさんの前で佇むユキネさんが居た。

 二人は顔見知りなのだろうか?

 そんな疑問を胸に抱えて、アカリが催促するまま、階段を上るのであった。



 △  トラ視点   △



「頭を上げて下さい」


 ユキネ様にそう言われ、頭を上げる。

 そこには、来る時に巻いていた頭巾を外し、自分の知るより少しだけ大人になられたユキネ様が、自分の顔を見るなりニコリと笑う。

 こうして、ユキネ様と面と向かうのはいつ以来だろうか。


(————あの時以来か……)


 相変わらずお美しいが、以前には無かった大人の女性の艶というものが滲み出ており、時の流れというものを否が応でも感じてしまう。


「? どうなさいましたか?」


 ユキネ様が首を傾げる。いかんな、見入ってしまったか。居住まいを正し、


「————いえ、お久しぶりでしたもので」


 と、自分の無粋を詫びる。


「……して、ユキネ様。どうされましたか?」


 見れば隣の坊主、ユウといったか、が、こちらも大きく、そしてお美しくなられたアカリ様から受け取った着物に着替えている。その様子を見るに、おそらくは————、


「……脱獄……ですかな?」


 聞くと、ユキネ様がピクリと反応する。


「……ユウさんからは?」

「————大まかな事は」

「……そう、ですか」


 自分の返事を聞き、少し考える素振りをした後、


「————トラシゲはどうしますか?」


 ユキネ様は優しい声音で聞いてくる。そこには一体どんな思いが含まれているのだろうか。

 しかし、


「……自分はまだ……」


 そこで顔を背ける。


「……そう……」


 それっきり黙ってしまう。

 自分はまだ許せていないのだ。まだここから出る気にはなれない。


「……済みません」

「……いえ。あなたなら、そう言うと思っていました」


 ユキネ様はそう仰ると、少しだけ息を吐く。

 そして、


「トラシゲにお願いがあります」

「……今の自分に出来る事ならば」

「ええ。あなたにしか頼めません」

「……して?」

「まずはここからユウさんが抜け出すまで、協力してください」


 そこでユキネ様が隣を見る。

 つられ自分も見ると、アカリ様に文句を言いながらも着替え終わった坊主と、坊主以上に文句を言いたそうな顔をしているアカリ様が見えた。アカリ様が家族以外の人間に、あれほどまでに心を許している姿など、初めてみるのでは無いだろうか。あのユウとかいう坊主、一体何者なのだろうな。

 そして、アカリ様付きの侍女だろう、女が隣の牢に入り、牢の中に敷かれていた茣蓙(ござ)(むしろ)代わりに体に掛けると、横になった。


「……なるほど。他には?」

「あとは……」


 その後、ユキネ様から色々と仰せつかる。


「……分かりました。このトラシゲ、出来うる限りご期待にお応えいたします」

「無理をしてはいけませんよ」

「ははっ」


 そこで再び頭を下げる。

 ちょうどアカリ様と坊主が牢から出ていく所なのだろう。牢の前を足音が響く。その様子を見て、ユキネ様も立ち上がると、頭巾を被り直す。そして、牢を出て、もう一人の侍女と一緒に、先の二人に続いて階段を上がる。

 しかし、途中で足を止め、こちらに振り返る。


「トラシゲ、私は————」

「……分かっております。しかし、自分自身の事ですので」


 そう言うと、ユキネ様は少し寂しげな顔をなされた後、侍女に促され階段を上り姿が見えなくなる。


「ふっ」


 短く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

 あの時、自分は決めたのだ。

 あの時、自分は決まったのだ。

 今さらどうこう言うつもりは無い。

 今は、今の自分が出来うる事で、あの方をお支えする。

 まずは……。

 そこで隣の牢を見る。


(次の飯までどの位だろうか)


 その時に言う台詞を考えながら、先ほどユキネ様から仰せつかった事への対応を考えるのだった。


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