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アカリの敗北

 

 △  アカリ視点   △



「……居ません」


 それは敗北宣言に近いものだった。

 証人が居なくたって、私があの地下牢に閉じ込められていた事は変わらない。

 あの薄汚い男に襲われそうになった事は変わらない。

 そして何より、カズヤが計画している謀反の事実は消えない。

 なのに、自分の力不足でそれらを証明する事も出来ず、尚且つ私と一緒に来たユウが、逆に冤罪を被ってしまった。


「アカリ、君からも言って!」


 連行される前に、ユウが私に訴える。しかし、何を言えばいいんだろう。

 後で助けるから? ユウの無実を訴えるから? お父様にお願いして、出してもらうから?

 それは無理だ。後で助けようにも、無実を訴えようにも、それらを示すものが何も無い。

 お父様にお願いするなんてさらに無理だ。一国の主が、何の確証も無しにそんな事をすれば、配下の者に示しが付かない。そんな事になれば、この国は大きく傾いてしまう。

 それが分からない自分では無い。


(何も出来ないのか。今の自分では・・・)


 悔しさで唇を噛みしめてしまう。顔を見られたくなくて、俯いてしまう。


「アカリ・・・」


 そんな自分を見て、ユウが声を掛ける。それは諦めを含んだ声だった。


 そしてユウはそのまま連れて行かれた。私は結局何も出来なかった。


「……これにて、この件は落着とする。尚、ユウとやらの尋問は……」


 私の頭上をお父様の指示が飛んでいくが、私の耳には入らない。


 その間に、他の者達はお父様の指示を受け、それぞれが動き出す。

 しかし、何も耳に入らなかった私は動きようが無かった。


「————アカリ様、これで良かったのです。あなたがあんな奴に操られるなんて、私には我慢ならない!」


 そんな中、カズヤが私の横に座り、私を労わる。


「先ほどまでの言動も奴のせいでしょう。アカリ様のせいではありません。私は全て許します。 すべてはあのユウとやらのせいです!!」


 そして、私の手を取り、


「ささっ、参りましょう。隣の小天守にて、うちの呪い士が、アカリ様に掛けられているであろう幻術を解く準備をしておりますので」


 さあと、カズヤが私を導こうをする。

 先ほどまでの悔しさも何処へやら、全くの無気力になってしまった私は、カズヤの言われるままに付いて行こうとする。が、


「————カズヤ様、アカリさんは今は何も考えられないご様子。暫く私がアカリさんの面倒を見たいと思います」


 と、カズヤとの間に入った姉様がカズヤに言うと、半ば強引に私の手を取り、階下へと導く。


「え? あ、その!?」


 突然の横槍に対応しきれないカズヤを置き去りに、私は姉様と階下に降りるのだった。



 ☆



 姉様の後に続いて階下に降りた私は、そのまま姉様の後ろを歩く。今は姉様と私、そして昔から仕えてくれている侍女の3人だけである。

 どうやら、姉様が向かおうとしているのは、この城の南隣にある小天守の姉様の部屋の様だ。

 大天守から続く廊下を歩き、姫天守と呼ばれる女人だけが入れる小天守に入る。

 ちなみに、北にそびえる小天守は彦天守と呼ばれ、男子専用の小天守がある。そちらは別に女人禁制では無いので誰でも入れるが、姫天守は女子しか入れない。

 その姫天守に向かう間、姉様は一口も離さない。怒っているのか、悲しんでいるのか、その心情は分からない。

 暫く無言で歩き、姉様の部屋に着く。そして、姉様に続き中へと入る。中は屋敷とは違い、質素な造りで、軸などの装飾品は無い。小さな飾り棚に文机、中央に座卓があるだけだ。


 部屋に入るなり、侍女がお茶の準備をする。私と姉様は座卓の前に座り、お茶を待つ。

 待つ間、姉様の顔を見る。何か考え事をしているのか、目を瞑っていてその心情は読み取れない。

 程なくして、侍女が淹れたお茶を卓に置き、部屋から出て行った。その折を見て、姉様が閉じていた目を開け、目の前のお茶を一口すする。私も姉様に習い、お茶を一口含む。お茶のほのかな甘みが口に広がり、私は無意識に深く息を吐いた。


 そこで、姉様が口を開いた。


「————アカリさん、一つ確認しても良いかしら?」

「……はい」

「先ほどカズヤ様が仰っていた事なのだけど、アカリさんはユウさんに操られているとか、幻術に掛かっているとかは無いのよね?」



 ————衝撃、だった。



 信用していた姉様の口からそんな言葉を聞きたくなかった。私は咄嗟に否定したかったが、あまりの事に茫然となる。知らぬ間に私の目から一筋の涙が頬を伝う。


 それを見た姉様は、ふっと私から顔を背け数度頷くと、立ち上がり私の横に座る。

 そして、


 バチン!


 と、私の頬を平手打ちした。叩かれた頬を押さえ、茫然自失している私に向かって、


「アカリさん!しっかりなさい!あなたはこの国を統べる橘家の人間なのよ!」


 そして、私の頬を両手で挟み、


「これからどうしたいのかはっきりなさい!」と、私の目を真っ直ぐに見る。


(……私はこれからどうしたいのか……?) そんなのは決まっている。

「……この国を護りたい……。謀反なんて起こさせない……」

「————それで?」

「ユウを助けたい。ユウは私を助けてくれた……」

「……そうね」


 そこで姉様は、私を強く抱き締めた。


「————アカリさん。もう一度言うわ。私はアカリさんを信じます。だから一緒に頑張りましょう」

「……姉様ぁ……」


 私はそこで涙を我慢出来なくなってしまった。こうして人前で泣くなんていつ以来だろうか。

 きっと母様が亡くなった以来かも知れない。


 侍を目指す以上、人に弱い所を見せてはならないと強く思っていたし、実際にそうしてきた。だから、どんなに辛い事があっても、決して涙は見せないと心に誓っていた。

 でも、姉様の優しさに触れ、私は嗚咽を押さえる事すらなく、子供の様に泣いてしまった。その間、姉様は私の頭を優しく撫でてくれていた。


 一通り泣いて落ち着いた私に、姉様は私の顔を見て、


「アカリさん、まずはどうしたいかしら?」と、再び問う。


 私は泣いて赤くなった目を擦り、姉様を見ながら、


「————まずはユウを助けたい。あの馬鹿、今頃私に毒づいているはずだもの。助けに行って、その事を謝らせてやるんだから! まぁ、後はこっちもごめんって謝るかも……」


 最後の方は姉様に聞かれたくなかったから、小さな声にしたのだけど、目の前の姉様が微笑んでいるから、きっと聞こえてしまったわね。 恥ずかしい……。


「では、行きましょうか。 ユウさんが待っていますしね」

「でも、姉様。どうすれば?」

「大丈夫です。私に任せなさい」


 そう言って張り切る姉様を見て、あぁ、やっぱり私たちって姉妹なんだなと改めて思ってしまった。

 そうだ、カズヤの好きになんかさせない!私はこの国が好きだ。この国に住む人達も好きだ。そんな大好きなこの国を、混乱させようとしているカズヤはやはり放ってはおけない。

 さっきは準備不足で色々失敗したけれど、次はうまくやらなければ!

 私が、うぅん、私たちがこの国を護るのだ。私を護ってくれた、何時かの侍の様に!

 まずは、泣きべそを掻いているに違いないユウを助け出すべく、私は姉様の後に続き、部屋を後にした。



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