直訴
中々戦闘シーンになりません……
一悶着も二悶着もあった大広間。
「さて————」
と場を仕切り直すお殿様。流石にいつまでもあれでは、話も出来ないしな。
「今日の事、先の速文に大まかな事は書いてあったが、直接そちらから話を聞きたい」
居ずまいを正しこちらを見るお殿様に、ユキネさんも真剣な眼差しを向けた。
「はい。皆様、今から話す事は他言無用でお願い致します」
そして後ろを振り返り、
「アカリさん、お願いします」
と場所を譲る。
「はい……」
と、アカリがユキネさんの空けた場所に移動した。そして一つ深呼吸をすると、話し始める。
「私が、宰相様のご子息であるカズヤ様と婚姻の儀を行う事は、ここに居る皆さんがご存知の事と思います」
そう言って周りに視線を向けるアカリ。
頷く周囲の大人たち。すると、お殿様の隣にいたお爺さんが、
「はい、私の息子であるカズヤとのご婚儀、この爺も嬉しく思っております」
と、目をウルウルさせている。え、あのお爺さんが宰相なのか? 知らなかった・・・。
その宰相さんを見たアカリは一瞬悲しそうな顔をしたが、何かを振り払う様に首を振り話を続ける。
「私は一昨日、婚姻の儀の準備や打ち合わせの為、カズヤ様のお屋敷へと向かったのですが……」
それからアカリは、自分があの屋敷で何をされ、僕と出会い、どうやって屋敷から抜け出したかを淡々と話した。そして、
「私が牢に入れられている時、カズヤは私に向けて確かに言いました。————自分はこれから謀反を起こし、この国を統べる、と」
すべてを話し終えたという様に再び深く息を吐くアカリ。周りはシンと静まり返っている。
今、アカリが話した事は、確実に国家の大事件なのだ。一国の宰相の息子が、国の主の姫を監禁するだけでも大事なのに、さらに国家転覆すら狙っているなんて。
この国を揺るがしかねない今回の出来事。さぞ、お殿様や宰相様を始め、ここに居る周囲の大人たちも大騒ぎになると思っていた。だが、予想に反して誰一人声を上げない。不気味なほど静まり返っている。だが、それも無理はない。ここで何を発言するかによって、自分の、今後の行方が決まると言っても過言ではないのだから。
「お父様?」
長い沈黙。それはアカリの目の前に座るお殿様も同じだった。だが、お殿様は発言しても問題無いはずだ。だって、この国で自分よりも偉い人は居ないのだから。何を発言しようが、それを咎められる事は無い。
ならば、自分の娘の発言を信じ、宰相さんの息子であるカズヤに、何らかの罰を与えるのが道理だろう。ユキネさんもアカリもそう思っていたはずである。なのに、相変わらず黙り込んでいるお殿様。
さすがに訝しんだアカリがお殿様に声を掛ける。見ると、お殿様は険しい顔をしていた。隣にいる宰相様も同様に。そりゃ自分の息子がそんな事をしでかしたのだ。無理も無いよな。
暫しの沈黙の後、お殿様が重い口を開けた。
「……アカリよ、その話、本当なのだな?」
「……はい。残念ながら……」
「……そうか、本当に残念だ……」
そうお殿様が呟いたと同時に、
ザザサッ。
何処からともなく突然現れた、黒い装束を来た覆面達が僕の周囲を囲む。
「!? 痛っ!?」
そして、僕の腕を取り押し倒す。
「え?!」「お父様?!」
ユキネさんとアカリが抗議の声を上げる。
「いきなり何を!?」
いきなり取り押さえられた僕も非難の声を上げた。先程のアカリの話の中に、僕がこんな目に合う理由は無いはずだ。
そんな中、
「————どうです?僕の言った通りでしょう?」
そんな声と共に、一人の男が屏風の裏から姿を現す。
藍色がかった長髪を背中まで流し、緋色の着物に長身を包んだ、僕より少し歳上であろう美男子だ。
「!? カズヤ!?」
アカリが驚く。
無理もない。そこに現れたのは、アカリを監禁し先程の話で、国家転覆を狙うと話題に挙がった張本人だ。
「何であんたがここに?!」
アカリが睨み凄む。
そんなアカリを、嘲笑うかの様な表情で一目見た後、カズヤは流麗な動作でお殿様の前で正座すると、頭を下げる。
「————殿、自分が不甲斐ないばかりにご迷惑をお掛けしました。しかし、これでアカリ様に掛けられた幻術も覚める事でしょう」
「……どういう事かしら?」
静かに事態を見ていたユキネさんがカズヤに問う。
すると、芝居掛かった態度でカズヤが事の顛末を説明し始めた。
「————あの日、僕がアカリさんと婚姻の儀の段取りについて話し合った後、時間が遅くなってましたので、うちの屋敷にて夕餉をとお誘いし、召し上がれていかれる事になったのですが、アカリ様は大層お疲れになられていた様で、夕餉の後、屋敷にてお休みになられる事になったのです。本来ならば、婚約者ではあるのですがまだ婚姻前の身の上なので、あまり良い判断では無かったと思うのですが、いかんせんアカリ様がお辛そうになさっていたものですから」
そこで話を区切り、アカリに対し労わる様な視線を向ける。
今カズヤが言った事に間違いは無いようで、アカリは睨みこそすれ、特に異議は無いようだ。
それを見たカズヤは満足そうに頷いた後、話を続ける。
「アカリ様が客間でお休みなられた事を侍女に確認してもらい、私も休む事にしたのですが、あれは丑の刻を少し過ぎた位でしょうか。突然侍女の悲鳴が聞こえてきたのです。急ぎ客間に向かった僕が見たのは、倒れた侍女と、アカリ様を攫おうとするそこの男でした!」
そこで僕を指差すカズヤ。
「私は携えていた剣で斬りかかりましたが、やつは怪しい幻術を使い、まんまとアカリ様を攫っていったのです」
そこで自分の額に手をやり、項垂れるカズヤ。なんだろ、うざったいな。
(ってか、なんで僕がアカリを攫わなきゃいけないんだ!?)
アカリもそう思ったらしく、
「何で私がユウに攫われなきゃならないのよ!?」
と非難する。が、聞く耳など無いかの様に、相手にしないカズヤ。
「攫われたアカリ様を取り戻すべく、部下や家の者を総動員して全力で対応しましたが、中々手掛かりが掴めず焦っていた所、朝方になってアカリ様がフラリと帰ってきたのです。特に害された様子も無く安堵していましたが、アカリ様にお声掛けしようとした所、突然護衛の持っていた刀を奪い取ると、私に切り掛かってきたのです!」
そこでカズヤは両腕を胸の高さまで上げると、拳を握りしめる。なんだろ、下手な芝居を見させられている様な。何かムカつくな……。
そんな僕の気持ちなどお構い無しに、話を続けるカズヤ。
「最愛の人に刃を向けられ、私は対応に苦慮しましたが、斬られる直前にどうにか自分の刀を抜き、ギリギリの所で弾き返したのです!」
すると、周りの大人たちが、
「おお!」「さすがカズヤ様だ!」「是非とも次の侍候補に!」
と、合いの手を入れている。
それに気分を良くしたのか、カズヤはさらに饒舌になる。
「あぁ!愛するアカリ様に剣を向けてしまったと酷く後悔しましたが、アカリ様を良く見ると、何処か様子がおかしい事に気付いたのです。目の焦点が合っていない様な感じでした。足取りもフラフラしており、普段のアカリ様とは思えませんでした」
そこでアカリを見る。何のアピールだろうか。僕からの角度ではカズヤの顔は見えない。一体どんな顔をしているのだろ?……あ、アカリが嫌な顔してる……。
「そこで私は考え、そして思い出したのです。昨日、アカリ様を攫った男が幻術を使った事を!そして結論に至ったのです。これは昨日の男が、アカリ様に幻術の類を掛けたに違いないと!」
「おおお!」「さすがカズヤ様だ!名推理だ!」「やはりカズヤ様を侍に!」
(……いつまで続くのかな、これ……)
「なんで私が幻術に掛からなきゃならないのよ!」
アカリが再び非難する。しかし、やはり何の反応も無い。今のコイツには通じないぞ、アカリ。諦めろ。抑え込まれた所から、唯一見えるアカリに目でそう伝える。
「アカリ様は剣を握ったまま、ブツブツと何やら呟いていました。何とか聞き取ったその内容に、私は愕然としました」
カズヤは再び額に手をやり、首を振る。……早く終わらないかなー……。
「……して、アカリは何と言ったのだ?」
お殿様も痺れを切らしたのか、カズヤに先を促す。
カズヤはお殿様の方を見据え、
「————カズヤを殺す。あの人との約束、あの人を天下人に、と」
その言葉に周囲がざわつく。しかし、お殿様は視線を向けるだけでそれらを黙らせる。それにしても、天下人って何だ?
「なぜ、お前を殺すと?」
「……恐らくですが、奴がアカリ様を攫うのを私に見つかってしまった事への口封じかと」
「……ふむ。それで?」
「あの人とは奴の事だと思われます。奴を天下人にする為、アカリ様は操られていたのです」
「————して、何故アカリはお前を謀反の張本人だと?」
「それは、私の口封じに失敗した事で、ならば謀反の罪を着させようとしたと」
「……辻褄は合うのぅ」
お殿様は肘掛けに体重を乗せ、目を瞑る。今のカズヤの証言について考えているのだろう。
しかし、良くそこまで嘘が出てくるものである。逆に感心してしまった。
(そうだ、アカリは……?)
アカリを見ると、顔を真っ赤にして俯いている。よく見るとプルプル震えていた。あー、こりゃマズイなー。
案の定、顔を上げたと思ったら、その顔に怒りの表情を浮かべ、
「カズヤ!!あなた、何嘘ばかり言っているのよ!謀反を企てているのはあなたでしょうが!お父様!こんな奴の言う事なんか聞かなくても良いわ!全て嘘ばかりよ!!」
一通り怒鳴ると、今度はお殿様の方を向き、と訴える。しかし、聞こえているはずなのだが何の反応も示さない。
「……お父様?」そんな態度を不思議に思ったアカリが再び声を掛ける。そんな中、
「————アカリ様、こちらには証人もいるのですよ」
と、満面の笑みを浮かべてそんな事を言うカズヤ。
「何よ、証人って?!」 訝しむアカリ。アカリが質問すると、カズヤはパチンと指を鳴らす。
すると、階下に繋がる階段から、一人の男が現れた。
「「あっ!?」」 僕とアカリが同時に声を上げる。その男は、アカリが檻に居た時に夕御飯を持ってきて、アカリに襲い掛かり僕に頭を殴られた男だった。頭に包帯を巻いていて、痛々しい。
(そんな男が一体!?)
頭の傷が痛むのか、頭を押さえながらお殿様の前までやってくる。その途中ちらりとアカリを見る。目があったのだろう、アカリが睨み付けた。だが、男は特に反応する事無く、お殿様の前まで進むと正座をし、頭を下げる。
すると、カズヤが男の隣に座り、
「殿、この男が証人で御座います。私の家に使えている小間使いでして、アカリ様が私に斬りかかった時に、側に居た者でございます」
「……うむ、ではお前が見聞きした事を言うてみよ。嘘は付くなよ?嘘と解ればその時は……」
睨み付けるお殿様。すると、小間使いの男は頭を下げたままブルリと震えて、「へ、へぇ!」と返事をした後、頭を上げて、
「あの日、オイラは朝から庭仕事をしておりました。すると、何処からか争うような声が聞こえてきやして、声の方に向かうとちょうどカズヤ坊っちゃんがアカリ様と打ち合っておりました。しかし、よく見るとアカリ様のご様子が少しおかしくて。俯きながら何やらブツブツ仰ってまして、耳を傾けますと、カズヤ坊っちゃんを殺す、あの人を天下人にすると」
当時の事を思い出しながらなのだろう、少したどたどしく話す小間使いの男。すると、隣に座るカズヤが満足そうに、
「殿、証人もこう言っております。なので————」
「————して、その後はどうなったのだ?」
カズヤの言葉を遮る様に小間使いの男に質問するお殿様。質問を受け、小間使いの男は少しの間をおいて、
「へ、へぇ。暫くカズヤ坊っちゃんとアカリ様は対峙してましたが、突然男が現れたかと思うと急に閃光が走り、それが収まった時にはアカリ様は居なくなって居たのでございます」
小間使いの男はこれで全て話し終えたとばかりに大きく息を吐いた。よほど緊張していたのだろう。見れば、額に大量の汗をかいている様で、着物の懐からタオルを取り出し、拭いていた。
(ってか、閃光ってあれか?カズヤの屋敷から逃げる時にやったやつか?)
僕がその時の事を思い出していると、カズヤが再びお殿様に、
「そして私は、昨晩急ぎ城に赴き、私の考えをお殿様と父上に御報告した次第であります」
と、言った後、後ろに居る僕とアカリに振り返り、
「いずれ早い内に、奴と、奴に操られたアカリ様がこの城を訪れ、事実と異なる事を殿や父上に通告する。そしてこの国に混乱を招き、それに乗じた謀反を起こすに違いないと!」
そこでまた、お殿様の方へと向き、
「そして、奴がのこのこと城に来た時が取り押さえる好機だと進言した次第で御座います。その結果、こうして見事に奴を捕らえる事に成功致しました」
そこでカズヤは再び頭を下げる。
「なるほど!!」「さすがカズヤ様だ!先見の明だ!!」「これで次期侍はカズヤ様だ!!」
カズヤへの称賛ここに極まれりとばかりに、盛り上がる周囲。しかし、
「そんなの詭弁だわ! そこの男だって、カズヤとグルよ! 私が地下牢に入れられている時、私に襲い掛かってきた奴なんだから!!」
アカリが立ち上がって、カズヤと小間使いの男を指差し叫ぶ。その言葉の内容に、お殿様の眉がピクリと動く。その顔を見たカズヤがやや慌てた様子で、
「な、なら、証拠があるのですか?」と、アカリに問う。
「え、証拠?」
「そうです。アカリ様が操られていない証拠。もしくは証人でも良い。居ますか?」
アカリがそこで僕を見る。その様子を見たカズヤが、
「ははは! アカリ様、罪人では無く証人ですよ!」
と、笑いを隠す事無く言う。それを受け、アカリがぐぬぬと唸る。だから、それを止めなって……。
「あ、あなただって、そこの男が証人だっていう証拠はあるの!?」
アカリが小間使いの男を指差す。すると、カズヤは笑うのを止め、自分の父親である宰相さんを見た。
宰相さんは厳しい顔をカズヤに向けたがそれもつかの間、アカリに対し、
「————アカリ様、確かにそこの者はカズヤの屋敷にて働いている者。その事は保証致しますぞ」
「そ、そうですか……」
ガッカリするアカリ。その様子に、カズヤが勝ち誇った様にフフンと笑う。
「————してアカリよ、そなたの言を保証する者はいるのか?」
お殿様がアカリに、改めて質問する。
アカリは迷い、ユキネさんを見る。が、僕の後ろに居るユキネさんがどういう表情をしたのか、この状態では見えないが、その後のアカリの浮かない顔で何となく予想が付いた。
「どうなのじゃ?」
再度問うお殿様。
俯くアカリがポツリと、
「……居ません」
「……そうか……」
アカリの答えを聞いたお殿様は、深く息を吐く。そして、
「————そこのユウとやらを引っ立てい」
「「————はっ!」」
お殿様の命令で、僕を押さえつけていた黒装束の人が僕を無理やり起こし、どこかに連れて行こうとする。
「え、ちょっと待ってよ!? 僕は何もしていないよ!? ちょっとアカリ、君からも言って!」
しかし僕が見たのは、悲しそうに俯くアカリだった。唇を噛み、悔しさを我慢している姿だった。
「アカリ……」
そして、抵抗空しく、僕は部屋から連れ出されたのだった。