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脱走

 

 それから暫く、洞窟内を歩いたが特に変化は無く、僕たちは無言で先を急ぐ。

 途中で、杖の先に点いた灯りの方が明るい事に気付いたアカリが、「あなたが先を歩きなさいよ」と僕を前に突き出してからは、僕が先頭を歩いていた。

 そうして歩く事程なくして、上へと昇る階段が見えた。どうやらこの洞窟めいた通路はあそこで終わりみたいだ。


「どうやらあそこが出口の様ね」


 後ろでアカリが階段を見て言う。


 階段に着き、辺りを伺うが怪しい所はない。普通の石で出来た階段だった。後ろを振り向き、アカリに向かって首を縦に振る。


「上に昇ってみるしか無さそうね」


 アカリが僕の前に出て、先に階段を昇って行く。それに続いて行く僕。

 階段は先程までの通路とは違い、左右に蝋燭の置かれた燭台が等間隔に設置されており、そこまで暗さは感じられなかった。階段の昇降は危ないから、設置されているのかも。


 そのまま階段を昇って行くと、木の板が出口を塞いでいた。


「……この先が出口みたいね」 アカリが言う。

「アカリはここに連れてこられた記憶が無いの?」 僕は疑問に思っていた事を聞いてみた。


 するとアカリは不機嫌そうな顔をして、


「無いわ。屋敷でご飯を食べていたら急に眠くなって、目が覚めたらあの牢の中に入れられていたのよ」

「ならこの先がどこなのかは分からないんだね?」


 僕の問いに、さらに不機嫌さを増した声で、「いえ、知っているわ」と答える。


 その不機嫌な声に、僕はこれ以上聞かない方が良いと判断し、話を変える。


「……ここから出たら、まずはどうする?」


 ここが何処だか、自分が何者か分からない僕では、これからの予定は立てられない。なので、必然と、彼女の予定=僕の予定になる。

 彼女は腰に手を当て、うーんと考えていたが、答えが出たのか僕を見て、


「まずはこの屋敷から出るわ。その後は私の屋敷に向かいます。今後の事は、私の屋敷に着いてから考えましょう」と答えてくれた。


 どちらにしろここから出なくては話にならないというわけか。


「ならば、早くここから出よう」


 そう言って、頭上の木の板を押し開けると、ヒュウっと風が入ってきた。「あ、ちょっと!?」と後ろからアカリが声を上げる。

 ヒョイっと、頭だけを出すと、辺りは先ほどの通路の様に暗かった。空を見上げると、低い位置が橙に染まっているだけで、そのほとんどには星が瞬いている。もうすぐ夜になる時間だろう。

 周りを見渡す。そこは広場みたいな場所だった。木や石が置かれ、周りは木の板で出来た壁に覆われて、すぐ側には見た事の無い造りの家屋が建っている。

 さらに状況を確認しようと身を乗り出す。すると、何処からか声が掛けられた。


「どうだった、あの嬢ちゃんの具合は? 次は俺の番だからな」

「!?」


 僕は驚いて、慌てて声の掛けられた後ろを振り返る。そこにはアカリが着ている服、着物と言っていたが、それよりも丈の短い物を着た男が大きな石の上で座っていた。


(まずいっ、見つかった!?)


 だがよく見ると、声を掛けた男は背中を向けている。どうやら、僕の事を檻の中でアカリを襲った男と勘違いして、話し掛けたらしい。

 ホッと溜め息をつき、僕はそーっと男に近付く。後ろではアカリがやっちゃえー!と腕を振り回している。見た目によらず野蛮なお姫様である。


「おい、どうだったんだよ?」


 と振り向いた男の顔目掛けて、杖を振り下ろす。


「——へ?」


 ドガッ!!


 ドサっと倒れる男。頭から血を流しているが、死んでいないよな?しかし、思いの外大きな音がしてしまった。マズい!


「なんだ、今の音は!?」


 やはり気付かれてしまった様で、他の所に居たであろう人間がこちらに向かってくるようだった。

 どうしよう!? パニックに陥っている僕の首根っこを掴み、


「こっち!」

「うわっ!?」


 と、アカリが引っ張り込む。僕が引っ張りこまれたのは、傍に建っていた建物の廊下?の下だった。

 口に指を当て、シィ~と言いながら、


「縁側の下に隠れて、やり過ごしましょう」とアカリが提案する。


 縁側と呼ばれた廊下の下に身を潜める。程なくして殴りつけた男と同じような恰好をした男が、数人やって来た。


「見ろ、誰か倒れてるぞ!」「おい大丈夫か!?」「コイツはひでえ」


 僕が殴り倒した男を取り囲んで、口々に騒いでいる。マズい、このままだと見付かってしまうかも知れない。アカリもそう思ったらしく、


「ここから離れましょう」


 と、頭を下げて、縁側の下に隠れながら進んでいく。「待って」と、僕もその後に続く。


 そのまま縁側の下に隠れながら移動する僕達。その後も何人かが走り去って行ったが、運よく僕達には気付かなかった様だ。しかし、なんて大きな建物なんだ。暫く歩いているけど、ずっとこの縁側が続いているぞ。前を行くアカリは、この家の構造を知っているのか迷わず行くが、僕一人なら確実に迷子になっている所だ。


 程なくして、前を行くアカリが止まる。そして後ろを振り向き、


「——あそこ、見える?」


 んっと、右側を指差すのでそちらを見ると、壁と壁の間に木で出来た扉が見える。


「あそこの勝手口から脱出するわよ」


 良い?と目だけで聞いてくるアカリ。誰も居らず、絶好の機会っぽいが、どうも罠くさい。


「——あの壁を登るのは難しい?」 


 そう言って、僕は木の壁を指差す。この家を囲むかの様にある木の壁だが、高さは2メートルちょっと位と、頑張れば登れそうな気がするが。

 するとアカリは少しだけ考える素振りを見せた後に、首を振って、


「塀を登るのは大変よ。それに登っている最中に襲われたら対応出来ないわ。それならあの勝手口から出た方が得策よ。今なら誰も居ないし」


 良いから私に付いて来なさいと、言わんばかりである。確かにアカリの言う通り、あの塀だかを登っている間に見つかってしまったら面倒だ。ここはアカリの言う通りにしよう。


「分かった。行こう」 僕はアカリの意見に賛成を示す様に頷いた。


「じゃあ、行くわよ」 アカリが縁側から頭を出し、辺りを見回す。どうやら誰も居ないようだ。


「——よし、今のうちよ!」


 そう言って、ダッと走っていくアカリ。そのまま勝手口と呼ばれた扉に張り付く。そこでこちらを振り向くと、「早く来なさいよ!」と手招きするが、嫌な予感がする。暫くこのまま様子を見た方が良いと、本能が訴えてきた。

 なかなか来ない僕に痺れを切らしたのか、「もうっ! 先に行くからね!」と小さい声で器用に怒って見せるアカリ。そのまま扉をガタガタやっているが、様子が変だ。


「何よこれ!鍵でも掛かっているの!?」


 剥きになり、さらにガタガタと扱いが乱暴になる。おいおい、もっと静かにやらないと見つかるぞ!?


 だが、僕の心配は遅かった。どこからともなく、アカリに向けて、


「———ここに居られたのですね」


 と、男にしては少し高い声がした。アカリはびくっと驚き、声の主に目を向ける。ちょうど僕の隠れている縁側の上に居るようだ。


「————————カズヤ……」


 ぎりっと歯軋りするアカリ。 その声には多分に怒気が含まれていた。


「探しましたよ、アカリ様。急に居なくなられて心配しておりました」


 カズヤと呼ばれた男は、まるで心配などしていない声音で言う。


「……それはどうも。では、これ以上心配掛けたくないから、さっさとここから出て行く事にするわ」


 だから、放っておいてと言わんばかりにアカリは言い放つ。しかし、


「……それは困りますねぇ。アカリさんにはここに居てもらわないと————」


 その台詞を皮切りに、ザザッと他の人間も集まってきた。やはり罠だったか。

 アカリを見ると、悔しそうな顔をしていた。まんまと罠に嵌まった己の軽率さが許せないのだろう。

 そんなアカリを見て観念したと思ったのか、カズヤの部下と思われる人たちが周りを取り囲もうとする。


「そうそう、大人しくして頂ければ、こちらも悪い様には致しませんよ」


 それを見て、カズヤも勝ち誇る。

 このままではアカリは捕まってしまう。幸い誰も僕には気付いていない。ならば、僕が何とかしなくては。しかし、今の僕に出来る事は杖で殴る事と、明かりを灯す事だけだ。どーする?


(……いや待てよ? 明かり?)

「いや、近寄らないで!!」


 ハッとしてアカリの方を見ると、アカリを取り囲む人の輪がかなり小さくなっている。時間は無さそうだ。やってみるか。


(〈世界に命じる。明かりを灯せ〉————)


 僕は考えた作戦を実行するべく、言葉を紡ぐ。そして、


「おい!」 縁側から出て、大声で注意を引く。


「誰だ!?」 カズヤの誰何にアカリを取り囲んでいた人達が一斉に僕を見た。今だ!


「————〈ライティング〉!」


 僕の力ある言葉に応える様に、杖の先に光が生まれる。その生まれた光は周りを優しく照らす光では無く、閃光の様な一瞬の光。


「「うわっ?!」」「「目が見えん!?」」


 狙い通りに、その場に居る者の目を眩ませる事に成功した僕は、走り出す。狙いはアカリの居る木の扉だ!


 走る勢いそのままに木の扉に向けて体当たりをする。バキッと派手な音を立てて壊れる扉。


「こっちだ!」 僕は近くにいたアカリの手を引っ張る。

「ちょっと!?」


 アカリも目が眩んでいるらしく、目を瞑ったまま僕に引っ張られていた。そしてそのまま扉から外に出る。

 そこには左右に伸びる、砂利道があった。正面にはこの屋敷と同じ様な塀と呼ばれる壁がある。


(どっちに行けば良いんだっ!?)

「くそっ、居ねぇ!」「何処行きやがった?!」


 後ろでは早くも、目眩ましから回復した人が居る様だ。急がないと捕まってしまう。


「何をやっている!?早く追え!」


 カズヤはまだ目が眩んでいるのか、自分では終わずに部下に命令を出している。


「右に行って!」 アカリが叫ぶ。

「分かった!」 僕は言われるまま、アカリの手を引き走りだすのだった。


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