第二章 日乃出国 失ったものと得たもの
この話から、第二章となります。
「……ん」
頬に伝わる冷たい感触で目を覚ます。だが、目を開けたのに暗い。あれっ、目、開けたよな?
上体を起こして目を擦り、何度か瞬きをする。すると、暗闇に目が慣れたのか、薄ぼんやりと辺りが見えてきた。
どこかの洞窟だろうか、やけにゴツゴツとしたシルエットが目に入った。肌に伝わる感触は、石の様な、岩の様な。どちらにせよ何時までも寝ていたいとは思えない寝心地である。
ゆっくりと立ち上がった僕の頭に、ピチョンと水滴が落ちてきた。頬に当たっていたのは、この水滴か。
起き上がった僕は、改めて周囲を見る。やはり洞窟状の空間に居るらしい。ただ、自然と出来た感じでは無く、人工的に石や岩を積み上げて出来た通路といった感じだ。しっとりとしたカビくさい臭いが、僕の鼻を刺激する。
しかし、暗くてそれ以上の事は分からない。遠くに揺らめく、薄ぼんやりとした明かりは見えるが、それだけでは周囲を照らすには至っていない。
「ここは何処だ?何故僕はこんな所に?」
ここに至るまでの記憶が無い。自分の名前は分かる。僕はユウだ。しかし、それ以外が思い出せない。
「痛っ?!」
深く思い出そうとすると、ズキリと頭が痛くなった。そして激しい動悸に見舞われる。何かを否定する様に、何かを守る様に。ただ、強い焦燥感だけが残る……。
これ以上思い出す事を一旦諦め、僕はこれからどうするかを考える事にした。改めて、手探りで辺りを調べても特に何も無い。洞窟状の通路は左右に伸びており、どちらも先が見えない。それにかなり寒い。ブルルっと体が震え、腕を抱く。このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
「と、取り敢えずはここから出るないとな」
このままここに居ても、状況が変わるとは思えない。ここから出ようと歩き出す。すると、カランと足元に転がる何かを蹴っ飛ばしてしまった。
「何だ!?」
咄嗟に身を低くして辺りを見回し、警戒する。しかし、特に変化は見られない。
ふぅと息を吐き、安堵する。そして、先程蹴ってしまった物を手探りで探し当てた。
それは棒状の物体だった。周りが暗いのではっきりとは分からないが、多分木で出来た杖みたいな物だろう。
それを手に取る。すると、不思議とそれがとても大切な物だと分かる。二度と手放してはいけない物だと本能が訴える。
僕は首をひねりながらもその本能に従い、杖をギュッと握る。取り敢えずは何か武器になる様なものが欲しかったから、ちょうど良かったのかも知れないな。
もっとはっきり見たいと思い、遠くで揺らめいている明かりに向かい歩き出す。が、少し進めど、相変わらず石と岩で出来た通路に代わり映えは無い。ここは一体?
明かりに近づくと、それは通路に設置された燭台だった。短くなった蝋燭が、ジジッと燃えている。
人間、明かりを見ると何故かホッとするもので、ふぅと息を吐き緊張を解す。そして、蝋燭の明かりを頼りに手に持つ杖を見る。
それは何の変哲も無い、でこぼことしたただの杖に見えた。しかし、それを見て何故か凄くホッとした。相棒と会えた様な妙な安心感があった。
———すると、その安心感に答えるように、いきなり頭に文字が浮かび上がる。その文字を僕は無意識にそれを口にしていた。
「〈世界に命じる。明かりをともせ。ライティング〉」
フッと、自分の中から何かが抜けると同時に、持っていた杖の先に拳大の光の玉が生まれる。
「これって……?」
呆然と杖の先に生まれた光を見る。何かを触媒に燃えている訳では無い。その証拠に煙が一切出ていない。
「なんだ、これ?」
(意味が分からない。こんなのは見た事が……。)
と、突然頭がズキリと痛んだ。(……いや、僕はこれを知っている、のか……?)
その考えが正しかったかの様に、おへその裏側がほんのりと温かくなる。おへそを中心にその温もりが体中を巡っていく。不思議な感覚。血とも神経とも違うナニカ。でも、どこか懐かしい。
(……この感覚は覚えておこう。きっと後で役に立つはずだ……)
何故か本能的な、絶対の確信を持ってそう言えた。
杖の先の明かりのお陰か、先程よりもハッキリと周囲の状況が見て取れた。やはり、人の手によって積まれたであろう石や岩が剥き出しになった通路であった。明るくなった所で周囲を少し調べたが、特に新しい発見があった訳でも無い。
(しょうがない、もう少し奥に進んでみるか……)
杖の先を進行方向に向け、僕は通路の先へと進んで行った。