第一章 アイダ村最終話 本物の絶望
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
火に包まれるアーネの宿! 中には母さんやアーネ、カールの他、けが人や避難してきた人が居るというのに、だ!
そして、突如現れた悪魔。その状況に理解が追い付かず、皆が茫然とする中、
「お母さん!!」
サラが宿に向けて走る。すると時間が動き出したかの様に周りの人達も、
「おい、水だ!」「火を消せ!」「壁を壊して、中の奴らを助けだすぞ!!」
と、燃える宿の中から救助しようと各々動き出した。しかし!
「ンー、五月蠅いザマスネ」
魔族は、宿の中に居る人達を助ける為に向かっていた村の人に向けて、何故か今は左右一本ずつしかない右腕を振るう。
ただそれだけで、無数の火の玉が生まれ、人々に襲い掛かった!
「ぎゃあああ!!」「熱い、熱いぃ!!!」「助けてくれぇ!!!」
火に包まれ、焼かれ、息も出来ず、燃やされていく。ただの一撃で生まれる阿鼻叫喚!
「──サラっ!?」
先頭に立って、宿に向かっていたサラも巻き込まれた。全身に震えが走る! ま、まさか!?
だが──
「けほけほっ」
煙の中からサラが飛び出す。どうやら無事だった様だ。良かった……。
「もー、突然なんなのよ、アイツ!」
見ると、手に魔力を集中させ、火の玉を弾いて守った様だった。あんなの学校では習ってないはずなのに。あんな事も出来るのか。器用なやつだ。
しかし、周りを見回すと、サラから離れていた人たちだろう、黒く焦げ煙をあげた死体がそこかしこに横たわっていた。宿の中の人を助けに行こうとした人達だろう。なんて酷い……。
(……一瞬であの数の人間を焼き殺せるなんて……)
と、同時にその力に愕然としていた。そこで僕は思い出した。あいつと戦っていた存在を。震える声で、悪魔に質問する。
「──おまえ、お爺さんとお婆さんはどうした……?」
「ンー? 聞こえないザマス?」
耳に手を当て、僕をからかうように言う魔族。それが癇に障り、僕は声が震えない様に、お腹に力を込めて、
「お前が教会の前で戦っていたあの二人はどうした!?」
すると、「アァ」とわざとらしく気付いた振りをして、
「ソレナラ……」
と、履いているズボンの中からおもむろに何かを取り出し、こちらに投げる。カランと地上に落ちたそれを見て、僕は血の気が引いた。
ボコボコに歪んでたっぷり血の付いた銀色の兜と、真っ二つに折れ、先端が焦げ付いた杖……。それはあの二人が装備していた兜と杖であり……。
「──中々愉しませてくれたザマス」
顎に手をやり、思い出しながら嬉しそうに語る魔族。しかし、
「デモ、すぐ壊れちゃったザマスが」
と嘲る様に、ニタっと笑った。
(ウソだ!? トライデントであるあの二人が、あのイーサンさんとエマさんが負けるはずが!?)
「いやあぁぁぁ!!」
サラが悲鳴を上げる。いつも優しくしてくれていた二人殺されてしまった事を、受け止めきれないのだ。
「サテ……」
魔族はこちらを見ると、優雅にお辞儀をした。
「遅れながら、ワタクシの名はザファング。一応、四天王と呼ばれる存在ザマス」
いきなりの自己紹介に面食らう僕とサラ。だが、そんな事はお構いなしに、
「──では、自己紹介も済んだことデスシ、そろそろ死んでもらうザマスカネ?」
そう言うなり全身を覆う炎が増し、こちらに向けて歩を進めるザファングと名乗る魔族。その時──!
「〈世界に命ずる! 風を生み出し穿て! ウィンドランス〉!!」
怒りの表情でザファングに魔法をぶっ放すサラ! 螺旋状の風の槍が、ザファングに向けて飛んでいく!
「いっけぇ!!」
サラが叫ぶ。それに応える様に、速度を増した風の槍は、ザファングにぶつかる!
しかし、
「フフッ」
とザファングが微笑み、風の槍にそっと触れる。それだけで、風の槍が消え失せる。
「「なっ!?」」
驚愕する僕とサラ。
先ほどのサラの様に、魔法を弾くという事は前からあった。が、魔法そのものを消え去るなんて聞いたことも無い。しかもただ触れただけで……。
(こいつはヤバ過ぎる……!)
背中に冷や汗を感じる。こいつとは戦うなと本能が訴える。──その時、
「よーし、ここから中に入れるぞ!」
実技の先生の声が聞こえた。どうやら、燃える宿の壁を壊して、中の人を救助するらしい。ならば、少しでもこいつを引き付けて時間稼ぎしないと!
(先生、母さん達を頼みます!)
「サラ!」 後ろに居るサラに声を掛ける。
「……うん!」 それに応じるサラ。さすが兄妹。言わんとする事を理解してくれたようだ。
「何ザマス? 死ぬ前に、ワタシを愉しませてくれるンザマスカ?」
風の槍を消して、またこちらへと進んでくるザファング。その顔に蔑むような薄ら笑いを浮かべて。
「お兄!さっきのやつもう一回やるから、少し時間稼いで!」
サラが言う。さっきのとはミノタウロスを倒したあの魔法だろう。元トライデントで騎士のイーサンさんと、魔導士のエマさんが殺された今、こちらの最高戦力は間違いなくサラである。そのサラが放つ魔法に全てを掛けるしかない!
「うん!」
頷く。それを見てサラが魔力を練り上げる。アイツの意識がサラへと向かわない様に、そしてあいつをサラから遠ざける為、僕は走り出す。
「オヤ? 二人同時じゃ無いザマスカ?」
首を傾げるザファング。
「マァ、ワタクシの目的はアナタですから問題無いザマス」
そう言って、僕の方へと向かってきた。サラからかなり離れた事を確認した僕は、立ち止まると振り返り魔族と対峙する。
(っていうか、アイツの狙いは僕だったのか!?)
あの魔族に狙われる理由が解らない。今まで生きてきて悪い事はおろか、誰かに迷惑を掛けた事すら無いのに! その理由を考えるけど、恐怖と混乱で、頭はちっとも働かなかった。
威嚇する様に、持っている杖を前に突き出す。正直言って何したら良いのか分からない。こうして向かいあうだけで、足がガタガタ震えだし今すぐ逃げ出したくて仕方が無い。
しかし、逃げる訳には行かない! アイツの目的は僕で、その僕がここに居る限り、アイツがサラや他の人達を狙う心配が無い。それは不幸中の幸いだ。
震える足を叩き、気合いを入れる。取り敢えずはと魔力を練り始める。
「……?」
すると、ザファングが意外そうな顔をする。
「……チョット聞きたいンザマスが、ソレッて何してるンザマスカ?」
「……どういう意味だ?」
もしかすると、僕の集中を妨げる為の戯れ事かも知れない。僕は集中を途切れさせる事なく、質問の意味が分からないと逆に問う。
するとザファングは本当に分からないといった様子で、両手を開き、肩の高さまで持っていくと、
「ドウもコウも、そのままの意味ザマス。良く見ると魔力が体内を廻っている様に見えるザマスガ……?」
首を捻る。そこで、ザファングが一拍置いて、
「──ソレをしないと魔法を使えないンザマスカ?」
(……どういう意味だ? こいつの言っていることは、まるで魔力を練る事が変だと言っている様な……?)
「ソレに……」 言葉を続けるザファング。
「──アナタのソレ、本気ザマス?」
さらなる疑問に、僕の集中も途切れてしまう。
「さっきから何なんだ、一体!!」 集中を切らされ、ザファングに怒りをぶつける。
「ナンだと言われましても。そのままの意味ザマスガ……。ダッテ、本気を出して頂かないとつまらないンザマス♪」
ザファングは、僕の怒りなどどこ吹く風と言わんばかりに平然と答えると、挑発するかの様に、両手をさらに上げて嗤う。
「全力の殺し合いが愉しいンザマスから、サッサと本気を出して欲しいザマスから♪」
「こ、こいつ……」
「よぉしっ!!」「こっちだ! こっちに来てくれっ!」「もう、大丈夫だからなっ!!」
その時、宿の方から歓声が上がる。ちらりとそちらを見ると、燃え上がる宿の玄関から、中に居たであろう人々が続々と救助されている所だった。
「お母さん!アーネちゃん!」
少し離れた所に居るサラが声を上げる。どうやら、助けられた人々の中に母さんとアーネが居たようだ。良かった、助かって。本当に……。
すると、
「あぁ、そういう事デスカ……。フム、なら……」
呟いたザファングは、手のひらに魔力を込める。そして、今まさに救助活動が行われている宿屋の前に向けて、右手を突き出した。
「なっ?!」「止めてっ!?」
僕とサラの制止を無視し、手のひらに魔力の塊を発現させるザファング。そして、
「コレで本気になってもらうザマス♪」
残虐に笑うと、魔力の塊を宿に向けて放った。
「逃げろおぉぉお!!」「逃げてえぇえ!!」
宿に向けて絶叫する僕たち。その声を聞いてこちらに注意を向ける人々が、迫る魔力弾を見て、恐怖を浮かべる。
「うわぁぁあ!?」「逃げろおおぉ!!」
だが、逃げる間もなく!
ズドオォォォオンッ!!!
宿屋の前に魔力弾が炸裂した! 上がる砂煙。そして、後から来る衝撃に、僕は腕で顔を庇う。
衝撃が去った後、腕を下ろすとそこには火と煙を上げる半壊した宿屋。……そして、散らばっている肉の破片。先程まで居た人々は誰一人としてそこに姿はなかった。先生も、アーネも、そして、母さんも……。
「……か、母さん? アーネ……?」
人間、受け入れられない現実に直面すると、何も考えられないと言うが、まさにその通りであった。目に映る、色の無い現実を直視出来ない。理解出来ない。受け入れられない。
だが、何度見ても、目を瞬いても、擦っても、頭を振っても、そこにあるものに変わりは無かった。
「……フゥ、さっぱりザマスね」
ザファングが一仕事を終えたとばかりに額を拭う仕草をする。その時!
「うわああああああああああああああああ!!!!!!」
響くサラの絶叫。
「〈世界に命じる! 風を生み出し暴れろ!! ウィンドストーム〉!!!」
目から涙を流しながら、呪文を唱えると、
「お前なんか死んじゃえ~~~~!!!」
サラはザファングに向けて両手を突き出した。
すると、サラの前に生まれた小さな旋毛風は、やがて3メートルを超えるほどの大きな渦となり、ザファングに襲い掛かった!
暴風に曝されるザファング。ゴォォォオウ!!という凄まじい風に少し離れた所に居る僕も、顔を腕で庇いながら状況を見る。
余りの渦の強さに、ザファングの姿は見えない。
その時──
『……すけて』
と、頭の中に直接聞こえてくる誰かの声。
「誰だ!?」誰何するも返事は無い。僕が辺りをキョロキョロと見回していると、
「ウーン、こんなもんザマスカ」
風が生み出す、唸る様な轟音のなか、ふっと耳に入る声。〈ウィンドストーム〉による豪風が鳴り響いているのに、何でソレが、こんなにもはっきりと聞こえてしまうのか!?
「コレなら、先ほどのお二人の方が愉しめたザマスネ」
ガッカリするザファングの声。そして、
「フッ!」
と息を吐くザファング。それだけであれほどの暴風が消え失せる。その消えた暴風の中から、まるで無傷のザファングが、ズボンに付いた埃を払う仕草で、姿を現した。
「「……え?」」
唖然とする僕とサラ。
サラの放った【第四位格】の魔法。この国で果たして第四位格の魔法を使える人間が何人いるだろうか。それほど第四位格というのは強力な魔法なのだ。なのに無傷なんて……。
「そんな……」
全力で放った魔法をいとも簡単に、しかも何のダメージも与えられなかった事に、サラもかなりのショックを受け、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
「サテ……」
とザファングは僕を見る。
「アナタは何もしてこないンザマスカ?」 首を捻り、問うように聞いてくる。
だが、今さら何をすれば良いというのか。トライデントの二人を殺し、サラの本気の魔法を軽く消した相手に……。もはや、魔力を練る気さえ無くなっていた……。
ぺたりと、膝に両手を突く。その手にハラリと、白い小さな真綿の様なものが触れ、フッと掻き消える。冬の訪れを告げる白い雪が降り始めた。
「……フーン、デハ……」
そんな僕を見て、何かを思いついたザファング。その姿が、フッと掻き消える。
「──え?」
顔を上げ、その姿を探すが、何処にも見当たらない。そこに……
「──お、にぃ……」
サラの声が僕の耳に届く。その声はとても儚く、弱々しく……。
「サラ?」
振り返ると、──そこには、胸をザファングの腕で貫かれ、口から血を吐いているサラの姿があった……。
「なん、で──?」
──何でサラがそんな胸を貫かれ口から血を吐いて虚ろな目で僕を見て──
そんなサラが、口から血を吐きながら何かを口にしている。が、血の影響なのか、胸を貫かれた影響なのか、言葉になっていない。「ヒュウ、ヒュウ」と、か細く浅い呼吸の音だけが聞こえてくる。
……それでも、必死になって何かを伝えてくるサラの口の動きで、何を言おうとしているのかが分かった……。
──「逃げて」、と……。
「フンっ」
ザファングは強引にサラから腕を引き抜く。するとサラは、ゴボリと血を吐きながら前のめりに倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
こちらを見るサラの目に涙が浮かんでいるが。その瞳にはすでに光は宿っていなかった。
流れ出る赤い血溜まりに、ハラハラと白い雪が落ちては解ける。だが、その赤色が、薄まる事は無かった。
「……サラ?」
足の力が抜け、ガクンっと膝を突く。四つん這いの姿勢から顔を上げ、サラに問い掛けるも反応は無い。──当たり前だ、死んでしまっているのだから……。
「サラ……?」
あんなに一緒に居て、僕の後ろをくっ付き歩いて、頭を撫でるとくすぐったそうに笑って、僕を困らせる事をたまにして、僕を一生懸命励まして、僕が泣くと一緒に泣いて、僕が笑うと一緒に笑って……。
「サテ、どうザマスカネ?」
遠く、遙か遠くから聞こえるザファングの声。しかし、僕には毛の先ほども気にならない。
母さん、アーネ、そしてサラ……。大切な人達を相次いで殺されたショックで、僕の心は壊れかけていた。
『……たすけ……』
──そんな時、また例の声がする。ザファングの声は気にもならないのに、その声は焼けに僕に張り付いてくる──。
『……助け……』
その事が、今は非常に腹が立った。
(助けて欲しいのは僕の方だ!!サラを。母さんを、アーネを助けて欲しいのは僕の方だ!!)
ガシガシと爪を立て、頭を掻きむしる! そんな姿を見て愉快そうに、残念そうに、「アラ、壊れちゃたザマスカ?」と、こちらに歩いて来るザファング。
「──なら、トットと殺してしまうザマス」
右の手をゆっくりと上げ、大きな火の玉を出現させる。
『……助けて……』
変わらず頭に響く例の声。その声は、先ほどよりも明瞭になっていて、声の主が女の子だと分かる。と同時に、僕の意識が明滅し始める。
「では、サヨナラザマス」
言って手の平に浮かべた火の玉を放つザファング。それがゴォウ!と音を立て、こちらに向かってくる。だが、僕は、身動き一つしなかった。逃げる事も、身を守る事も、そして、抗う事も……。
迫る火の玉が、炸裂する直前、
『──助けて!!』
と一番大きく声が聞こえ、僕の意識も真っ白になり……。
──ドォーン……と、遠く響く音を聞いたのを最後に、僕の意識は途切れた──。
ここで第一章の物語が終了になります。
次回からは第二章となります。
読んで頂きまして、有難う御座います。