小さな村の攻防戦
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
それから程なくして、村の東地区に立っている店や建物が見えてきた。だが、激しい炎と煙が上がっている家や、焼き崩れて火の粉が舞っている家などを見ると、こちらも例外無く魔物に襲撃された事が伺える。アーネの住む宿屋も村の東地区にある。アーネは無事だろうか……?
さらに近づくにつれ、喧噪が聞こえてくる。そしてたまに聞こえる爆発音。そんな喧噪に包まれた村の東地区に着くと、やはりあちこちに魔物が跋扈していた。
だけど、村の中央とは違い、ここの住人達はそんな魔物と迎え撃っていた。どうやら、アーネの住んでいる宿の前で、壊れた家の柱や家具等でバリケードを作っており、そこで魔物と相対している様だ。
見ると、戦士系や武闘系のジョブを持つ村人だろうか、たまにバリケードから出て魔物と戦い、魔法使い系はバリケードの中から援護魔法を、僧侶系は傷ついた人たちの回復と、効率良く対応していた。す、すごい! あの恐ろしい魔物と、互角以上に戦っているなんて!
その理由がすぐに分かった。バリケードから飛び出して魔物を攻撃する村人の中に、学校の実技担当である禿頭の先生の姿が見える。村の自警団、その中心を担う学校の先生が居るここは、戦力的に他の地区よりも充実していた。中には見た事の無い顔が数人いる。運良く──彼らからしてみれば運悪くか──アーネの宿にたまたま宿泊していた冒険者なのだろう。彼らは大きな鶏の様な魔物に、持っていた片刃の剣で切り掛かっていた。
この辺りには、倒された魔物の死体や壊れた家の残骸等は転がっているが、村の人の死体や肉片は無い。村の中央や、ここに来るまでに見た惨劇は、ここではまだ起こっていないようだ。それだけで、ここで戦っている人達の頑張りが判る。
「お兄、あそこ! あそこにアーネちゃんが居るよ!」
言ってサラが指差す方向に、見慣れた橙色の頭がバリケードの中に見えた。どうやらアーネは無事だったようだ。アーネが死ぬとは思えなかったけど、その顔を見るまでは、やっぱり安心出来なかっただけに、その姿を確認出来た事に安堵した。
僕達はそのままバリケードの傍まで近寄ると、バリケードに掛けられていた簡易な梯子を登って、中へと駆け込む。ずっと走って来た為、やっと一息付く事が出来た。
「ユウ! サラちゃん! おば様!」
早速、僕達を見つけたアーネがやってくる。その目は潤み、今にも泣きだしそうだ。
「良かった! 3人とも無事で! 本当に良かった!」
来るなりサラに抱き着き、涙ながらに言うアーネ。良いやつだなぁ。
「アーネちゃんこそ無事で良かったわ」 母さんがフワリと包み込む様に二人を抱く。
「おば様こそ無事で良かった」
アーネは母さんの腕を抱き、笑顔を向けた。そんな時、
「おい無──ユウ! 感動の再開もほどほどにして、こっちを手伝え!」
声の方を見ると、少し崩れたバリケードの隙間を強引に突破しようとしている、鶏の魔物が繰り出す大きく鋭い嘴による攻撃を、手に持つ木の盾で必死に受けているカールが居た。母さんが居る手前なのか、いつもの様な呼び方では無く、前での呼び掛けなのだが、見下している感は変わらない。
「早くしろってんだ!」
さらにその向こう側にはカールの取り巻きも居て、持っているナイフを懸命に振り回して、鶏の魔物の注意を何とか引こうとしていた。
カール達は、先ほどの冒険者の一人を含む3人で、鶏の魔物の対応していたのだが、如何せん連携が取れていない為、苦戦しているようだ。知らない人といきなり連携を取るのは難しいから、仕方ないんだろうけれど、ここを破られたら、アーネを含む戦闘職じゃない村の住人が殺されてしまうんだから、しっかりしてほしい!
(しょうがない、ここは僕たちも!)
「──サラ、援護しよう! このまま放っておく訳にも行かないだろ」
バリケードを昇る際に、腰に差してあった父さんの杖を抜く。
「そうだね! あいつ等の言い方はムカつくけど、お兄の言う事も解るし、やっちゃおう!」
サラも賛同してくれた。っていうか、言葉が悪いんですけど……。まぁ、良いか。非常時だし。
「二人とも気を付けてね」
「ユウ、サラちゃん。あいつらに負けんな!」
母さんとアーネが僕達を励ます。いやいや、アーネさん。今はカール達じゃなくて、魔物に負けちゃダメなんだよ?
バリケードの上で、三人が応戦している鶏の魔物は、全長250センチはあろうか。かなり大きい。三人との戦い方を見ると、嘴による突っつき攻撃と、足による爪攻撃が主な攻撃らしい。体が大きい割に動きは早いので、連携が取れないとまともな攻撃が出来そうに無い。
僕たちはバリケード内で魔力を練り始める。先ほどのケルベロスの時とは違い、離れた所でなら魔力がちゃんと練れそうだ。魔力を練り始めた途端、隣に居るサラが呪文を唱える。は、早過ぎる!?
「〈世界に命じる!火を生み出し穿て!ファイアーランス〉!」
サラの前方に、火で出来た無骨な槍が出現、魔物に向かって放たれる!
KOKE!?
カールを嘴で突こうとしていた魔物が、目前に迫る火の槍に気付き怯む。そして素早い動きで魔法の射線上から逃げようとするが、
「おらぁ!」
冒険者の体当たりを首に食らい、体勢を崩す。そこに、火の槍が直撃した!
KYUKUEEEEE!? 身体を火の槍で貫かれ、悲鳴を上げる魔物。バタバタと暴れ藻掻いている。そこに──!
「今だ!うらぁああ!」
「くそぉ!」
「ひ、ひぃ!」
チャンスとばかりに剣で切りつける冒険者。遅れてカールと取り巻きも切り掛かる。そして、
KUEEEE……
冒険者が振り下ろした片手剣が首に命中、その首が半分ほど切れた所で、大量の紫色の血を垂れ流しながら魔物は絶命した。
「よっしゃぁあ!!」
冒険者が勝鬨を上げる! その様子を見て、バリケード内の他の人達も歓声をあげた。
(す、すごいぞ! 僕たちでも魔物を倒せるんだ! なら──!)
僕も負けてはいられないと、他の魔物と戦っている人たちに目を向ける。すると、少し離れたバリケードの向こう側で、同じように鶏の魔物と戦っている人達がいた。その中には実技を教えている先生の禿頭姿もあった。片手斧と皮盾に茶色の革鎧を身に着けている。戦士の代表的な装備だ。
(よし! 練り上がった!)
ようやく練り上げた魔力を杖に乗せ、僕は呪文を唱え始める。
「〈世界に命ずる! 火を生み出し飛ばせ! ファイアボール〉!」
すると、杖の先から自分の拳大の火の玉が現れ、魔物に向かっていく! よし! やっぱりちゃんと集中出来れば、問題ないな!
KOKEE!?
火の玉は、魔物の顔に当たり燃え上がらせ,魔物を怯ませる事に成功する! でもあれで良い! 初めから、僕の魔法程度で倒せるとは思っておらず、怯ませる事が狙いだ。その隙をあの人なら──!
「よし! ユウ、良くやった! うぉぉおっ!!」
僕の期待通り、実技の先生が怯んだ魔物に片手斧を振り下ろす! 村の人達も、先生に続けと魔物に向かっていった。
が、僕の魔法の威力ではそこまで怯ませる事が出来ず、魔物はすぐに臨戦態勢を整え、先生達を迎撃する!
「くそっ! 大人しくしやがれっ!」
先生がなんとか嘴攻撃を避ける。が、無理に避けたせいか、体勢が悪い! よろけた先生に向け、鶏の魔物の足が襲い掛かる! い、いけない!?
「〈世界に命ずる! 風を生み出し穿て! ウィンドランス〉!」
その時、僕の横を飛び過ぎた螺旋状の風の槍が、今まさに鋭い爪で先生を切り裂こうとしていた魔物の胴体に突き刺さった!
GYWAAAA!!
胸から吹き出した紫色の血で、白い羽を染めた魔物の絶叫が響く。サラの放った風の槍が、魔物の胴体を深く抉っていた。そして、そのまま鶏の魔物は、白目を向いて息絶える。
「よし!」
サラは小さくガッツポーズする。そのサラの活躍に、ひと際大きな歓声が上がった。
「すまんサラちゃん、助かった!」 先生が片手斧を持ち上げ、サラにお礼を言う。その姿に、僕の心の中で、灰暗い色が生まれる。あぁ、これはあまり良くない感情だ……。
(……やはり、サラとは実力が違いすぎるな……)
サラとの実力差など、初めから分かりきった事なのでそこまでショックでは無い。無いのだが、それでも素直に受け止められなかった。先生の命を危険にさらしてしまった事も少なからず影響を及ぼしているかもしれない。
──しかし、
「ユウも良かったぞ!その調子で頼む!」
「──!? ──はいっ!」
先生のその言葉で、沈み掛けていた心が救われる。迷いが消えていく。
(そうだ、魔法が使えなかった今までと違って、今なら魔法で皆を手助けする事が出来るんだ! 実力なんて後から何とかすれば良い!!)
先生の言葉を励みに、また魔力を練り上げる僕。すると不意に、後ろから声を掛けられた。
「おい無能。お前、召喚士なんだろ? なら、魔法以外に何か出来ねぇのかよ?」
カールだった。カールはその手に持つ、どこか品を感じる片刃の剣に付着した魔物の血を、強引に剣を振って落としながら、僕を睨んでいる。
「……そんな事を言われても、召喚士のジョブ自体、学校の教科書にも載ってないんだから、解る訳無いだろ?」
「……ちっ! 使えねぇ無能だな」
そう言い捨てると、カールはバリケードの傍で、へたり込んでいた取り巻きの元へと向かって行った。 なんなんだ、あいつは!? こんな時にまで、嫌みを言いに来たのか!?
召喚士っていう位だから何かを呼び起こせるのだろうけれど、それすら僕の勝手な想像だ。そんな僕が召喚士の魔法として唯一知っているのは、父さんがやっていた雨を降らせる事だけ。燃えてしまった家々に雨を降らせて消火するなら便利で良いけど、魔物相手に雨を降らせてもしょうがない。それこそカールに笑われてしまう。
父さんの杖をギュッと握りしめる。そりゃ僕だって、ちゃんと召喚士の勉強をしたい! でも、父さんも居ないし、教科書にも載ってないんじゃ、何も学べないだろ!
カールの嫌みにムカムカしていた僕に、また誰かが声を掛けてきた。
「ユウ、今の呪文って?」
母さんだ。母さんは不思議な物を見るような顔をしていた。
「ん? 学校で習った魔法だけど?」
「いえ、魔法じゃなくて、詠唱の方よ」
「詠唱? いや、そっちも学校の先生に教わったやり方だけど」
「……そう」
そう言って母さんは顔を伏せる。なんだろ? 何か違うのだろうかな? でも、現に習った詠唱で、魔法が使えているし、おかしな所は無いと思うんだけど……。
「ユウ、あのね。その詠唱はね————」
顔を伏せていた母さんが、僕を見上げて何か言おうとしたその時、
「デカいのが来たぞおぉ~!!」
その声に、二人ともその方向に顔を向ける。すると、アーネの宿の角から大きな手がニュッと現れ、掴まれた家の壁にヒビが走ったかと思うと、ほぼ同時に本体も姿を表した!
特徴的な牛の顔、頭の横からは角を生やし、身長は3メートルを超えているだろうか。引き締まった裸の上半身に、お情け程度のぼろ布を下半身に巻き、手にはサラの身長位の、丸太を乱雑に削っただけの棍棒を持つ魔物、ミノタウロスだ!
(ミ、ミノタウロス……!)
足が震える。教科書にも載っている有名な魔物の登場に、人々の間に緊張が走る。確か、ミノタウロスを相手にする時の推奨レベルは27で、カテゴリーは3以上だったはずだ。ここに居る人達の中で、レベルやカテゴリーが一番高いのは、実技の先生か片手剣の冒険者だろう。それでも25位だとすると、二人掛かりでも苦戦する相手だ。
GWUMOOOO!!!
ミノタウロスが吼える! その咆哮で、バリケード内に居た住人は竦み上がり、バリケードの外に居た学校の先生や冒険者達も、その顔を恐怖で引き攣らせていた。この場に於いての絶対的強者の登場に、先程までの楽観的な雰囲気は完全に消え失せる。
それを見たミノタウロスは醜い笑みを浮かべ、手近に居た冒険者の一人に向かって行く。大きさ故にその動きは先程の鶏の魔物と比べ鈍重だが、恐怖で足が竦み上がっているのか、その迫力に押されているのか、狙われている冒険者の動きが鈍い。
(あれじゃあ、殺される!)
僕は急いで魔力を練り始めるが、到底間に合わない! 誰もがあの冒険者が、ミノタウロスの棍棒によって殴り潰されると覚悟した時!
「〈世界に命ずる! 風を生み出し飛ばせ! ウィンドカッター〉!」
サラの魔法が完成する。いつの間に?というほか無い程の早さで、魔法を行使するサラの前方に、三日月状の大きな風の刃が出現、放たれる!
ミノタウロスの足に向かう風の刃。狙いは足止めだろう。あの鈍重さに加え、足にダメージを与えられれば、ミノタウロスの動きは封じたも同然、戦況はこちらに大きく傾くはずだ!
しかし、風の刃が足に当たる寸前、ミノタウロスはその巨体をググっと縮めると、大きくジャンプし、風の刃を躱す。そして、ドズン!とミノタウロスが着地すると、地面が揺れた。
「うわぁ!?」 それに足を取られる前衛の人達。それを見たミノタウロスが、揺れで足を取られていた身近の冒険者に棍棒を振り下ろす!
BUMOOU!
「く、この!?」
取られた足では逃げる事は出来ないと、持っていた両手持ちの大剣で受け止めようとしたが、
グチャア!
そのまま棍棒に潰されてしまった。何という膂力だ!
ニチャアと棍棒を持ち上げ、それに付いた肉片を舐め取るミノタウロス。その姿に、僕の近くに居たアーネが短い悲鳴を上げる。
潰された冒険者の強さが幾つだか分からない。が、こちらの戦力の中では上位だったはず。そんな人が、いとも簡単にやられてしまった……。
(勝てない……。この化け物に……)
誰もが認識させられた。皆ここで殺されると。
「ひ、ひぃ~~!?」
すると突然、バリケードの向こう側に居たカールの取り巻きが、情けない声を上げながらバリケードのこちら側に来ようとする。しかし──、
「バカっ! 伏せろ!!」
カールの怒声。見るとミノタウロスが、今しがた潰した冒険者の大剣を拾い、こちらに向けて投げてきた。
ヒュン、ドスッ!
風切り音に続き、何かが刺さる音。音の方を見ると、取り巻きの腹部から大剣が生えている。
「……えっ?」
と呟くと、口から血の泡を吹き出し倒れ込む。その後、ピクピクと体を震わすと動かなくなった。即死だ。
GUMWUMOOO!!
ミノタウロスは愉快げに吼えると、さらに歩を進める。今、絶望の幕が上がった──