ケルベロス
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
ここアイダ村は、村の中心に、学校と教会にちょっとした広場、それとその広場を囲む十数件の家が建っており、村の北側には、村長さんの家と、比較的裕福な人が住んでいる家が数件建っている。まぁ、裕福と言ってもこんな辺鄙な村なのでたかが知れているが。
東には、雑貨屋や食べ物を売っているお店と、アーネの両親が営んでいる宿兼食堂。それと東の街へと続く道にある通行門がある。
そして村の住人の大半は、村の南側に家を建て生活している。大体が農家や酪農家であり、村の中や外にある畑や牧場で、それぞれ作物や家畜を育て生計を立てていた。
そして村の西には大きな森があり、その森の傍に僕達の家とお隣さんの家だけが建っていた。たまに魔物が出る事もあって、森の近くである西側には、他に誰も家なんて建てたがらないし、猟師や木こりといったジョブの人しか近付かない。
なぜ父さん達とお隣さんは、こんな森の傍に家を建てたのか分からない。村の中心から離れていて、とても不便だし。
教会が近付くにつれ、建物の数も増えてくる。そして信じたくない光景が広がっていた。
そこに有っただろう家々は破壊され、住んでいた人だろう死体が道に横たわっていた。しかも何人も。死体はどれも噛み砕かれ、頭を潰され、四肢が欠損している。無残な姿だ。
「……何よこれ!? 何なのよ~!!」
サラは叫び、その場で立ち尽くす。僕も目の前の現実が受け止められない。この村で一体何が起きているんだ!?
その時、破壊された家の裏から魔物が現れる。その数5体。サラの叫び声を聞いて出てきたのだろう。先頭にいる、三つの頭を持った巨大な犬の魔物は教科書に載っていたやつだ。たしかケルベロスだったか。そしてそのケルベロスの後ろにいた魔物はたしかゴブリンだったか?!
GRYUUUUU!!
KIKEKEEEE!!!
ケルベロスが吠えたかと思うと、その後ろに居たゴブリンたちが前に出て、一斉に襲い掛かってきた! それぞれが短い剣やナイフ、こん棒を手にしている。そしてそのどれもが、赤黒く汚れていた。各々の手に持つその武器で、今まで何をしたのかを物語る様に。
「掛かってきなさいよ!! アンタ達なんて、一瞬で倒してやるんだからっ!」
立ち尽くしていたサラは魔物たちに向かって吼えると、頭上に向けて両手をかざす。
「〈世界に命じる!火を生み出し、舞い踊れ! ファイヤソウル〉!」
すると、サラの周りに火の玉が数多く出現した。一つ一つが僕の拳位の大きさだ。あんな魔法を、魔力の集中無しに放てるのか!? しかも杖無しで!?
僕を含め、一般的に魔法職と呼ばれる人達は、魔法を行使する際は杖を使用する。それは、杖を使用する事で、魔力の循環を補助したり、増加させたりの恩恵があるからだ。どんな杖でも大なり小なりの恩恵が有るので、杖を使用しないという選択肢は無い。なのに、サラは杖無しで、いわば純粋に自分の力だけで、今の魔法を行使した事になる。
しかも、サラが使った魔法は学校の教科書に載っていた魔法の中でも、火属性の【第3位格】だったはずだ! 下のクラスの、まだ12歳の女の子が使える魔法じゃないのに!?
サラの実力を間近で感じ、自分の妹ながら戦慄する。それは隣にいるお爺さんも同じ様で、
「————あの歳であの魔法を、しかもあの数をほぼ魔力集中無しで放てるとは……」
と、顎に手を当てて感心している。いやいや、この状況で冷静に感心しないで!?
魔法には【位格】が有って、位格が高くなればなるほど、使用する魔力も桁外れに上がっていく。なので、己の魔力に依って使える位格も必然と決まってくる。
そして魔法には、位格とは別に【属性】も存在する。
サラの放った火の他にも、水・土・風が有り、得意な属性なども個人によって違う。一つの属性が得意な人も居れば、複数の属性が得意な人も居るらしい。スペルマスターのサラがそうだ。でもサラ自身、火の魔法が好きなのか、火属性の魔法しか見た事が無い。
「行っけぇ~~~!!」
サラが向かってくるゴブリン達に手を向け叫ぶ。すると、周りの火の玉がゴブリン達に向かって飛んでいく! その数30個ほど。火の玉は、先頭を走るゴブリンに次々と着弾し、火柱を上げる! 一部の火の玉は、後ろに控えていたケルベロスにも着弾し、同じ様に火柱を上げていた。す、凄い! これが〈ファイヤソウル〉!?
GYAAAAAAAAA!!
魔物の悲鳴だろうか。不気味な声が、上がる火柱から聞こえる。着弾時に上がった塵と煙で良く見えないが、どうやらサラの放った魔法で魔物たちを倒せたようだ。サラも、「私に掛かればこんなもんよ!」と腰に手を当てて頷いている。
しかし!
「──まだじゃ!」
お爺さんが剣を抜いて、サラの前に飛び出す。と同時に、煙と炎の中から黒い影が飛び出してくると、お爺さんが振り下ろした剣を上手く躱し、体当たりをかましてきた!
「むぅっ!?」
腰を落として、なんとかその場で踏み止まるお爺さん。
「そんな……。私の魔法が効かないなんて!?」 手を口に当て、茫然とするサラ。
火柱から飛び出してきた黒い影──ケルベロスは、三つある頭の内、真ん中の頭で、目の前にあるお爺さんの首に噛み付こうとする。
「ふっ!」
しかし、お爺さんが足でケルベロスを蹴り飛ばし、噛み付かれるのを防ぐ! そのまま少しの距離を置いて、睨み合う両者。すると、お爺さんはケルベロスから目を離さずに、
「ユウ、サラちゃん! こいつはワシが引き受ける!おぬしらは先に教会へと向かってくれ!」
と、教会の方を顎で指した。そちらに顔を向ければ、壊れ崩れた家々の向こうに、教会の屋根の先端に設えられた紋章が見える。
「おじいちゃんはどうするの!?」
問うサラに、同じくこちらを見ずに、
「──なぁに、コイツと遊んでから、ゆっくり向かうわぃ」
と答える。顔は見えないが、きっとニヤっと笑っているに違いない。
「僕も手伝います!」「私も手伝うよ!」 僕とサラ、二人揃ってお爺さんに訴える。しかし、
「ダメじゃ! 早く行きなさい!」
怒気を込めたお爺さんの声に竦む僕とサラ。その瞬間、お爺さんの気が逸れ好機と思ったのか、ケルベロスが再度突進してくる。──僕に向かって──!
「──!?」
マズい、全く魔力を集中させていない! しかも、今からじゃ到底間に合わない!
(何かしないと殺される!)
一直線に向かってくるケルベロス。このままでは確実に殺されてしまう! 何かしなければと思う気持ちが、僕をより一層混乱に陥れた。
それでも日頃の鍛錬のお陰か、あのスライムとの実戦の賜物か、持っていた杖を無意識に目の前に突き出す。少しでも時間稼ぎになれば御の字だ。だが、先ほどお爺さんの剣を簡単に躱した相手だ。カール相手に、何も出来なかった僕の突き出す杖なんて、いとも簡単に躱し、こちらを攻撃してくるだろう。だけど混乱した頭では、それしか出来なかった。
横を見ると、お爺さんが懸命にこちらに向かってくる。が、間に合いそうも無い。
──その時、横からドンっと衝撃を受けた。
「———え?」
受けた衝撃で、ケルベロスの攻撃範囲から逃れながら、僕はその衝撃の元を見やる。──そこには、サラが両手で僕を突き飛ばしている姿──。
(サラ? 何で?!)
突き飛ばし、突き飛ばされたサラと僕の視線が交じる。その瞬間、さらはフッと薄く笑いながら、「お兄ぃ……」と————。
──その顔はこれから起こる事を受け止めている顔で……。でも僕を助けられた事に安堵した顔で──。
標的をサラに変えたケルベロス。もう息使いも聞こえてくる位の距離だ! 自分の狙っていた獲物が、僕からサラに変わってしまった事すら構わず、むしろ柔らかい生娘の肉にありつける事を悦ぶ様に、残忍に嗤いながら三つの頭、その全ての口を大きく開ける!
このままではサラは殺され、先ほど、道に放置された死体と同じ無残な姿になってしまう!
(止めろ! 頼む! 止めてくれ!!)
スライムを倒した時、これで何かが変わると思った。いつでも魔法が使えて、僕を馬鹿にしていた奴らを見返して、もしかすると父さんが帰ってきて……。
それが今はなんだ!妹に助けられたままで良いのか?妹を殺されてもいいのか!?
(何で何も出来ないんだ!何で妹を助けられないんだ。何で!なんで!ナンデ!)
調子に乗った結果がこれだ! 鍛錬をサボった結果がこれだ! 魔法が使えないと体裁を気にした結果がこれだ!
自分自身への怒りでどうにかなりそうだった。すると、ドクンっと胸が揺れると同時に、不意に頭に響く【声】──。
『———ウルサイナ———』
ソレは僕の意識とは別のナニカ。そのナニカが、僕の体を急激に支配し始める。
(何だ、これ!?)
徐々に支配される僕の体。意識もだんだん暗くなっていく。まるで、他人の夢を見ているみたいだ。
ボクの腕が、無意識に杖をケルベロスに向ける。周りの時間がとても遅く感じる。魔力を集中させる。ボクの中で渦巻く魔力。だが、僕の中に生まれたナニカが思っているより、魔力の集中が遅々として進まない様で、その苛立ちがヒシヒシと伝わってくる。
『……オソイナ』
ナニカが、無意識に自分に命じる。すると、ポワリと頭の片隅に《神速》と浮かび、魔力を練り上げる速度が一気に爆発した。なんだ、コレっ!?
ふと、サラを見る。目に涙を溜め、ぎゅっと目を瞑っている。すでに決まってしまった、自分の身に起こるであろう最悪の出来事に対し、僅かにでも抵抗するかの様に。
その姿に胸がギュッと苦しくなる。だけど、僕の中のナニカはそれを気にする事無く、突き飛ばされて崩した体勢を一瞬で立て直すと、スッとサラの前に立った。
(嘘だろ!? サラに突き飛ばされたのに、一瞬で立て直すなんて!?)
驚く僕をよそに、ケルベロスの口はもう目と鼻の先まで迫っている。だが、ナニカは焦る素振りを全く見せずに、呟く。
『〈オイ〇〇〇。火ダ。ファイアボール〉』
聞いた事の無い詠唱。そんな詠唱で魔法が発動するわけが無い!
しかし、その否定に反して、ボクの前に巨大な火の玉が瞬時に生まれた! その大きさは僕の身長を遙かに超えている。ファイアボールなんてもんじゃない!
GYWAA!?
ケルベロスは、自分の目の前に突如として現れた火の玉に狼狽える。だが、火の玉はそんなケルベロスの心情など無視するかの様に襲い掛かり、その体を包み込んだ!
GYRUAAAAAAAA!!!!!
この世のものとは思えない絶叫を上げ、のたうち回るケルベロス! その火の勢いは凄まじく、近くにいるだけで全身がチリチリと焦げ付きそうだ。
「————す、すごい……」 その光景を茫然と見るサラ。
「……う、うむ。ただのファイアボールがこれほど、とは……」 お爺さんは頬に冷や汗を流しながら息を飲む。
やがて、火の勢いが収まると、そこには全身から残り火と煙を上げ、倒れ伏しているケルベロスの姿があった。三つの頭の内、二つの頭は完全に焦げ、ドロドロと皮膚が垂れている。
GUU…………。
ケルベロスの弱々しい声。あれだけの火に曝されながらも、まだ生きているとは。どんだけ強いんだ!?
しかし、ダメージは相当だったらしく、ケルベロスはフラフラと立ち上がると、焼きただれた五本の尾が生えているお尻を見せる。逃げの態勢である。
「あ、逃げちゃう!?」
サラもケルベロスが逃げようとしているのに気付き、慌てて魔法を放とうとする。が、
「っむん!」
GYUAA?
それよりも早く、お爺さんのロングソードによる一撃がケルベロスの体を両断した。それを見た僕は安堵し、フッと意識を手放した。