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235話

 

 鉄の床に倒れているガーディアンの体から、ゴォン、ゴォオンと低い音が伝わってくる。その音が鳴る度に、ガーディアンの体はさらに赤みを増していき、失った足から、少量ではあるが水蒸気を噴き出していた。


 その姿を見ながら、父さんの杖を支えにして何とか立ち上がった僕。すると、少し先にスッと人影が現れる。執事服にシルクハット姿──ネイチャーさんだった。



「そう、なりましたか……」

「ネイチャーさん」



 シルクハットの鍔をそっと持ち上げ、天を仰ぐネイチャーさん。その口が小さく動いていた。まるでここには居ない”誰か”に語り掛けているかの様だった。



「それにしても、まさかガーディアンがオーバーヒートとは……」



 どこか納得しない様子のネイチャーさんは続けて、



「火の精霊のコアをその身に宿しているガーディアンをオーバーヒートですか……。少年の放った火は、コアの熱を上回ったと言う事ですね……」



 と、一人納得していた。まぁ、僕としても原因や理由は分からないけれど、ガーディアンに勝ったのなら、良しとしよう。



「何よ? 今さらとやかく言わないわよね? ユウの勝ちで良いのよね?」



 相変わらず、倒れているガーディアンの首元に《姫霞》を突き付けながら、アカリがネイチャーさんに向けて言うと、ネイチャーさんは上げていた顔をアカリに向けて、



「えぇ、残念ながら、コレが火の精霊の意思、なのでしょうね」

「やったわ! ユウ!」

「うん! やったな、アカリ!」



 アカリが嬉しそうに僕へと拳を突き出してきたので、震わせながらも腕を上げてそれに応えた。



「……敗北を認めたところで、オフタリにお伺いしたい事があるのですが、宜しいかな?」



 と、ネイチャーさんが被っていたシルクハットを取ると、どこか愛おしそうに胸に抱える。その姿はとても自然で、アラン兄の言うようなシステムという機械には見えず、同じ人間の所作に見えた。



「なに? 勝負を無かった事にするのとかは無し、よ?」



 《姫霞》を鞘に納めると、こちらに歩いてくるアカリ。だけど、足の傷が痛むのかひょこひょこと足を引きずる様に歩き、その足元には血が滴り落ちている。アカリを迎えに行きたいけれど、魔力切れによる怠さが酷くて、一歩も歩けそうになかった。ほんとに情けない……。



「えぇ、私もこの結果にケチをつけるつもりはございません」

「なら良いわ。それで? 私たちに訊きたい事って?」



 歩きながらもその視線をネイチャーさんから外さないアカリが、ネイチャーさんに返すと、ネイチャーさんは「ありがとうございます」と深々と頭を下げた後、



「はい、では率直に。……お二人はいったい何者なのです?」

「……」



 頭を上げたネイチャーさんが、あかりでは無くまっすぐ僕を見つめてはそう質問してきた。それに対し、僕は沈黙を返す。すると、手に持っていたシルクハットをゆっくりと被り直し、



「誰も扱う事の出来なかった火の魔法を操り、そのうえ、火の精霊のコアを持つガーディアンをすら倒してしまった。それも最終型のガーディアンを。もう一度問います。お二人はいったい何者なのでしょうか?」

「それは──、うっ?!」



 ネイチャーさんの、どこか神妙さを感じられる視線に、僕はそれに答えようかと決断した時、グラリと頭が揺れた。次いで襲ってきた強烈な眠気。



「ま、マズい……。ここに来て、今までの反動が、全部、来た……」

「ユウ!」



 もはや立っているのも無理で、膝から崩れ落ちそうになっている所をアカリに受け止められた。アカリだって魔力切れを起こしているから、僕とそう変わらない眠気と疲労感が来ているだろうに。ほんと凄いな、アカリは。



「少年!?」

「……すみ、ません、ネイチャー、さん。その答え、は、また、後、で……」

「ふっ、そうですね。私とした事が何を焦っていたのやら。約束通り、私は大人しく捕まりましょう。そうなれば、時間は幾らでもありますからね。しかし、困りました。私はAI。どうやって捕まってあげればいいものか……」



 相変わらず演技じみた言葉使い。しかし、さっきまでの僕だったらそれを見て腹を立てていたのだろうが、今はそれがネイチャーさんの特徴、癖の様なものだと理解したので、微笑ましくも思う。



「は、は。そうで、すね……」



 今まで何度も襲ってきた眠気を無理やり誤魔化してきた反動のせいで霞む思考。ネイチャーさんを捕まえるとか、今は考えられない。消費した魔力は、自然に漂う魔力を体内に吸収する事で回復する事もあるが、この世界の魔力はそこまでの濃さは無い。ならば、枯渇した魔力を回復させる一番手っ取り早い方法は寝てしまう事だ。今はとにかく眠い。ガーディアンを倒した今、まずは寝かせてくれ……。



 すると、そっと僕は抱き締められ、次の瞬間には頬にフヨっと柔らかい感触。なんだろ、これ。とても、落ち、着く……。



 ~  ~  ~  ~  ~



「……っ……」



 どこか遠くで、何かが騒いでいた。ん~、なんだよ。もっと寝かせてくれって……。



「……やく、……せよ……」



 う~ん、うるさいなぁ。僕は眠いんだから、静かにしてよ……。


 その不快感から逃れる様に身体の向きを変えると、頬に当たる柔らかいものが、一瞬だけ強張る。だが、それもつかの間、またさっきまでの柔らかさを戻す。うん、これは最高だ……。


 だけど相変わらず止まない騒音。しかもさっきに比べその音が大きくなっているようだった。そして──、



「おい、坊主! いい加減起きないと、嬢ちゃんの顔が真っ赤だぞ!」



 ~  ~  ~  ~  ~



 うっすらと瞼を上げる。どうやら僕は知らないうちに眠ってしまった様だ。まぁ、魔力が枯渇すれば、そうなるよな。


 僕は鉄の床に寝ていた様だ。どうりで体が痛い。だけど、頭だけは痛くなかった。ちょうどいい高さの、この柔らかいモノのお陰だな。



「──きゃっ! ちょ、ちょっと、ユウ!?」

「……ん?」



 有難うとお礼を籠めてその柔らかいモノを撫でると、ビクリと震えるソレ。そして、かなり聞き覚えのある声が、すぐ近くから聞こえる。



「んあ?」



 僕は目を擦りながら、上を見上げる。さっきまで瞑っていたせいか、天井から射す白い光がとても眩しい。そして、その白い照明の中心に、とても見知った顔があった。



「……やぁ、アカリ。おはよう──」

「おはようじゃないわよ、ユウ! 起きたなら、さっさと退きなさい!」

「え? ぐえっ!?」



 アカリの顔が一瞬で無くなると、不意に頭が浮遊する感覚。が、その後にガンッ!と後頭部に痛みと衝撃が走る。



「くぅう~! 痛い~!」



 突如として襲ってきた後頭部の痛みを紛らわせようと、頭を必死に擦る。最悪の目覚めだ。頭を擦る内になんとか痛みも引いた所で、意識もはっきりしてくる。



「あ~、痛かった! あれ、アカリ? 顔が赤いぞ?」

「なんでも無いわよ!?」



 上体を起こすと、正座していたアカリと目が合う。腕を組むアカリの顔は赤くなっていた。なんだろ、何かあったかな?



「まぁそう言うな、坊主。嬢ちゃんはな、お前さんが寝ている間、ずっと膝まく──痛ぇ!?」

「それ以上言ったら、膝から先が無くなるわよ、弱犬」

「おいおい、怖い事言うなよ嬢ちゃん。なんだ、照れてやがんのか? なら、しなきゃよか──」

「ほんと、弱犬は自分の体が大事じゃないようね……」



 《姫霞》を鞘から抜いたアカリの視線の先には、ボロボロになった黒い服を着た男の人──



「──!? アラン兄!? それにシーラさんも! 無事だったんですね!?」

「あぁ、当たり前だろ? ガーディアン如き、俺様の敵じゃねぇって」

「その割には、ボロボロにやられていたみたいですけど?」

「あん? そうだったか?」



 アカリの皮肉に、シラを切るアラン兄。



「まぁ、そんな事はどうだって良いじゃねぇか! それよりも今は、さっき見れた面白いものの方が大事だぜ?」

「ふ~ん、この弱犬はせっかく助かった命を無駄にしたい様ね!」

「揶揄うのはよしなさいよ、アラン。子供じゃないんだから」



 アラン兄がアカリを揶揄うと、《姫霞》をスッと振り上げるアカリ。そこにシーラさんが割って入ると僕を見て、頭を下げる。



「ユウ君。全てネイチャーから聞いたわ。あなたのお陰で私たちは助かった。有難う」

「い、いえそんな! 顔を上げてくださいよ、シーラさん! それに僕一人の力では無く、アカリも頑張ったんですから!」



 シーラさんのお礼に対し、ブンブンと手を振って否定していると、アラン兄がガバっと僕の肩に手を乗せてくる。



「なに謙遜してやがんだよ! お前も頑張ったんだろ? なら素直に受け取れって! な?」

「あなたはもう少し謙遜した方が良いわよ、アラン」



 アラン兄の態度に「はぁ」と溜息を吐くと、おでこに指を添えるシーラさん。それを気にせずアラン兄は僕の肩をグイっと引き寄せると、



「それにしても、お前ならやってくれると思っていたぜ!」

「ア、アラン兄。うん、有難う!」

「おいおい、なんでお前がお礼を言ってるんだよ! おかしな奴だな」



 笑いながら、背中をバンバンと叩いてくるアラン兄。それを見て、《姫霞》を鞘に納めたアカリが冷たい視線で見ていた。

 すると、痛いほどだった叩く勢いが徐々に弱くなると、ピタリと止まる。



「ありがとな、坊主。お前のお陰でネイチャーを捕える事が出来たぜ。これでサラが戻ってくる……」

「アラン兄……」



 振り返ると、アラン兄が「へへっ」と鼻の下を擦る。その鼻先も少し赤くなっていた。


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