230話
「来るわよ、ユウ!」
「──うん!」
アカリと同じように体勢を低くして、ガーディアンを警戒する。まだモヤモヤが残るが、今はネイチャーさんの事はひとまず忘れよう! まずはあのガーディアンをどうにかしなくちゃ!
そのガーディアンはグググっと体を沈めたあと、ドンッ!と床板を蹴り付けてこちらに迫る。そして、残った片腕をグッと前に突き出してきた! その腕の先に居たのはアカリだ! アカリを捕まえようというのか!?
「くっ!」「ふっ」
ガーディアンの突進を左右に分かれて躱す僕とアカリ。だが、ただ躱した僕とは違い、
「……くぅ、やっぱり硬いわね!」
ガーディアンを挟んで向こう側へと飛んで避けたアカリが、その顔を歪める。その言葉からすると、避け様にガーディアンの腕を切り付けたのかもしれない。僕にはそんな余裕は無かったけど。
ズザザッと足を横に滑らせながら、体勢を整える。顔を上げると、こちらに背を向けているガーディアン。その背中も滑らかで、一つも隙間が無かった。前の姿だった時には、大きな穴が二つ開いていたと思うけれど、それすらない。
「アカリ、大丈夫!?」
「えぇ、問題無いわ! それにしても考えたわね! さっきまでの形なら、もう一つの腕も斬れたというのに!」
ガーディアンから視線を外し、向こう側に居るアカリへと声を掛けると、勇ましい答えが返って来た。ほんと、お姫様なんだよな?
「あいつの腕を切り落とすなんて、流石だよ! だから、もう一回同じこと出来るよね?!」
「それは無理ね! すれ違いざまに斬ってみたけれど、無駄だったわ」
期待を込めた言葉だったが、それをあっさりとアカリは否定してきた。やっぱりさっきの突進を躱した時に攻撃していたのか。凄いな!
(だけど、やっぱりダメージはなさそうだな……)
ブシュウと小さく水蒸気を吐き出しながら、ゆっくりと振り返るガーディアン。その体をマジマジと見つめてみるが、新たな傷が増えている様には見えなかった。
振り返ったガーディアンは再びググっと足を曲げて体を低くする。その顔の部分にある、赤く光る両目と蒸気を吐き出す真四角の穴からは、一切の表情を読み取る事が出来ない。何を考えているのか分からない相手っていうのは、こうも戦いづらいのか!
「ユウ! どこを攻撃すれば良いの!?」
向こう側から届く声。そちらに目を向けると、ガーディアンとは違って、ありありと困惑の表情を浮かべるアカリ。きっと同じような顔を僕もしているんだろうな。
「分からない! どこだと思う!?」
「分からないから聞いているのよ!」
BUSYU!
再度床を蹴り付けて、僕たちへと突進してくるガーディアン! 今度はその残った片腕を僕たちに向けて振るってくる!
「うわっ!」
「くっ!?」
横に薙がれた銀色の腕を思いっきり横に飛んで躱す僕。速度は変わっていないから何とか避ける事は出来るけれど、こっちも反撃出来ない。
(いや、反撃したくてもどこを攻撃すれば良いんだ!?)
受け身を取り、すぐさま立ち上がる。とにかく今はアイツの攻撃を避けながら、反撃の糸口を見つけないと!
「アカリっ!?」
「大丈夫よ! でもいつまでも逃げているだけっていうのも嫌だわ!」
「それは僕も同感だって。でもどこを攻撃すれば──」
さっきよりも離れてしまったアカリとそんなやり取りを交わしつつ、またゆっくりとこちらへ向き直るガーディアンを観察すると、有る事に気付いた。いや、もっと早く気付くべきだったのかも。
「アカリ、一つ試して欲しいんだけど」
「あら、何か良い案でも思い付いたのかしら?」
「うん! って言ってももっと早く気付くべきだったのかも知れないけどね」
「何よそれ。で? 何を試したいのかしら?」
「うん、それはね──」
こちらへと正面を向けたガーディアン。その体の一部──アカリが斬り落とした腕があった場所を、僕は指差した。
「あそこなら、隙間がありそうじゃない?」
ニッと片方の口許を上げる。そう、僕はやっと気付いたのだ。アカリが斬った腕のあった場所ならば、穴はまだしも少しくらいは隙間があるのではないかと。
「良く見てないから分からないけれど、責めるならあそこじゃないかな?」
学校の授業で習った戦いの基本。自分の出来る事をキチンと把握する事と、相手の弱点を責める事。その中にあった相手の弱点には、負傷した箇所も書かれていた。ならば、あの場所はガーディアンの弱点になりえると思う。
鉄壁の中に見つけた唯一の綻び。それを見出した僕は、やった!とばかりにアカリに言うが──、
「……そうね、確かにユウの言う通りね。でもすでに試したわ」
「え?」
つい間抜けな声を上げてしまった。え? 試したって、何を?
「……ユウが言う前に試したって言っているの。けれど駄目だったわ」
「駄目?」
「攻撃したけれど、駄目だったって言っているのよ。悔しいけどね」
「そんな!? だって腕が無いんだよ!? だったら穴の一つも空いている筈じゃあ」
「そうね。でも穴はおろか隙間一つ無かったわ」
そう言って、唇を噛むアカリ。そんな!? せっかく取っ掛かりを見つけたと思ったのに!?
(じゃあ、アイツに弱点なんて無いじゃないか! どうしろって言うんだよ!)
僕の睨む先で、ガーディアンがまたググっと体勢を低くする。また突進するつもりだろう。
「せっかく見つけたと思ったのに!」
「イライラしないで、ユウ! 今はあの鉄人形の攻撃を避けながら、反撃の糸口を探りましょう!大丈夫よ、きっと何かあるはずだから!」
「アカリ……」
見ればさっきの僕と同じように、片方の口許を上げていた。
(そうだな、焦っても仕方ない! ここはアカリの言う様に、もっとアイツの動きに注意してみよう!)
三度、ドンと鉄の床を蹴り付けて、僕たちに襲い掛かるガーディアン! 今度は腕を伸ばさずに、その巨大な体を僕たちへとぶつけてくる!
「ちょっとぉ!?」
その大きさゆえ、ギリギリの所でそれを何とか躱すと、横を通り過ぎるガーディアンを見る。やっぱりどこにも隙間は無さそうだ。少しでも隙間があれば良いんだけど、隙間はおろか継ぎ目すら見えない。あれだと幾らアカリとはいえ、刃が立たずにその表面を滑っていくだけだ。文字通り歯が立たない!
(なんて詰まんない事を考えている場合じゃないな!)
早く対策を練らないと、いつまでも躱しているだけじゃあこっちの体力だって尽きちゃう。その前になんとか!
それはアカリも思い至ったのか、通り過ぎていくガーディアンを追い掛けると、その無防備な背中に向けて──
「──桜舞!」
水平に構えた《姫霞》のその切っ先を連続で突き立てる! ギン! ギィン!と金属同士のぶつかり合う音が、周囲に木霊した。
(なるほど! 刃が立たないなら、最初から突き立てればいいのか!)
僕が感心している中、アカリの連続突き──桜舞が面白い位にガーディアンの無防備な背中へと決まっていく!が──
「ダメ! やっぱり無理! 刃が滑っちゃう!」
悲観するアカリの声! 見ると、《姫霞》の切っ先がガーディアンの滑らかな体の上を滑っていた。あれでも、切っ先が通らないのか!?
無駄だと踏んだのか、最後にガギン!と大きく突き入れた後、大きく後ろへと飛び退くアカリ。するとそこに、ガーディアンの腕が薙ぎ払われる!
「アカリ! 大丈夫か!?」
「大丈夫よ! というか、さっきから私の心配ばかりね。そんなに私が心配かしら?」
ガーディアンから距離を取ったアカリが、笑みを浮かべながら首を傾ける。確かに僕はさっきからアカリの心配しかしていない。
「そんな事は無いよ。僕よりもアカリの方が強いからね」
「そんな事言われても、女の子は嬉しくないわよ! それに少しはユウも攻撃してみなさいよ!」
浮かべていた笑みがジト目へと変わる。女の子って言うのなら、その目は止めなって……。
「そうは言っても、僕はアカリみたいに剣を振るう事は出来ないんだよ?!」
「なら、自分の出来る事を試しなさい!」
「誰もユウに刀を振るえなんて言ってないわよ?」 ジト目で僕を見るアカリは、そのまま視線をずらす。その視線は僕の手──父さん譲りの木の杖へと向けられた。
「──僕の魔法がアイツに効くと思う?」
アカリの攻撃が効かない時点で、魔法も聞かないって思っていた。けれど──
「そんなの試してみなくちゃ解らないじゃない?」
こてりと首を傾けるアカリ。浮かべていたジト目を止めると、今度はどこか挑戦的な視線へと変える。まったく、この相棒は。
だが、アカリの言う事も分かる。攻撃の糸口が見つからないのなら、何でも試してみればいいのだ。例え効かなかったとしたら効かなかったなりに、違う手を考えればいいだけだ。
「……分かった! いっちょ、ぶち噛ましてみるよ!」
杖をギュッと握り締める。「期待してるわよ?」とアカリが軽口を叩いてきた。それにコクリと頷き返すと、嬉しそうにアカリも頷いた。
(さて、何を唱えるか? って、考えるまでもないか)
ブシュウ!と口から水蒸気を吐き出してこっちを向くあのガーディアン。アカリの攻撃すら跳ね返すあの鉄壁の巨体にダメージを与えられるとしたら、自分が使える最大の攻撃魔法しかない!
そうと決まればと早速魔力を練り始める。すると、その魔力に反応する様に、ブシュウウッ!と口から一際大きな水蒸気を吐き出したガーディアン。なんでアイツは魔力に反応するんだ!?
「鉄人形は私が惹き付けるから、ユウはぶち噛ます事に集中なさい!」
こちらを振り向いたガーディアンのその赤い目が、僕を捕える。と、アカリが《姫霞》を正眼に構えて、ガーディアンへと向かって行った。だから、お姫様がぶち噛ますなんて言わない方がいいよ!?
(って、そんな事はどうでも良いか! 今はアカリに言われた通り、魔力を練る方が先だ!)
ガーディアンの放つ圧力に気を取られない様、魔力を練るのに集中する! アカリも心配だが、さっき言われたばかりだしな。
そうして、練られた魔力を杖へと伝えようとした時、違和感を覚える。
(あれ? なんか通し辛い?)
魔力を練りながら杖を見つめる。外からではなんの変哲もないが、いつもに比べ魔力の通りが悪い気がするのだ。例えるのなら、すでに魔力が入っている杖に、さらに魔力を入れる様な……。
(──そういえば、さっき〈ファイアランス〉を唱えようとして、止めたっけ)
そこで思い出す。アラン兄のケガを〈キュア〉で治した直後、違うガーディアンに襲われた時の事を。あの時、僕は新たに現れたガーディアンに対し、〈ファイアランス〉を唱えようとして杖に魔力を通していた。結局は使わなかったけれど、もしかすると、その時に込めた魔力が残ったままなのかもしれない。
(だから通し辛かったのか。でもあの時、どれ位魔力を通したか分からないな……)
あの時は必死だったから、杖にどの位の魔力を通したか解らない。もしかすると、〈ファイアランス〉を唱えられるほどに魔力を通していないかもしれない。
(だったら、ちゃんと通すしかないな)
闇市で使った〈ファイアランス〉。その時籠めた魔力を参照にして、杖に魔力を込めていく。すると、最初に比べると少し通し易く感じた。気のせいだったのかな?
「きゃあ!?」
「アカリ!?」
突如として響くアカリの悲鳴! 顔を上げるとアカリが吹き飛ばされていた! どうして!?
(まさか僕を守る為に、盾になった?)
考えられるのはそれしかない。ガーディアンの突進すら簡単に避け、さらには反撃する余裕すら有ったアカリが、ガーディアンの攻撃を食らうとは思えない。
アカリを吹き飛ばしたガーディアンが、こちらを見る。その赤い目がギラリと光る! が、すぐに視線を外すと、《姫霞》を杖の様にして立ち上がろうとしているアカリに手を伸ばしていく!
「させない!」
魔力を込めた杖の先をガーディアンに向ける! 杖に通した魔力量で〈ファイアランス〉が使えるかどうか分からないけど、これ以上アカリの負担になってたまるか!
「〈世界に命じる! 火を生み出し穿て!〉」
詠唱と共に杖に籠った魔力を魔法へと昇華させる。チリチリと熱を帯びた空気が更に凝縮し、杖の先にボワッと真っ赤な火が灯る。それがどんどんと大きくなると同時に、火の塊が徐々に細長い形になっていく。よし、いける!
「〈ファイアーランス〉!」
魔法を完成させる! すると、細長くなった火の塊が回転を始め、ゴアッ!と一際大きく燃え上がった!
「え?」
完成した〈ファイアランス〉。だけど、それを見た僕は唖然とする。
「で、デカい……」
高々と上げた杖の先に浮かぶ火の槍。その大きさに驚いた。明らかにデカい! 闇市で放った〈ファイアランス〉が一回り以上大きくなった感じだ! な、なんで!?
(まさか、杖に残っていた魔力の分も乗っかって!?)
BUSYUU!!
戸惑い驚いていると、水蒸気が噴き出される音が聞こえる。見れば、アカリに襲い掛かろうとしていたガーディアンが、こちらに向かって足を踏み込んでいる所だった。
対してアカリは、僕に向かってコクリと顎を下げると、バッとその場から飛び退く。今だ!
「いけぇぇぇ~!!」
掲げていた杖を大きく前に振る! するとボワッと嬉しそうに火が爆ぜると、さらに回転を速めた火の槍が杖の先から離れ、加速しながら体勢を低くしていたガーディアンへと突っ込んでいく!!
SYUOOOO!!!
それを見たガーディアンが低くしていた体勢を戻すと、片足を一歩後ろに引いた。まさか、受け止める気か!?
そこに火の槍が激突する! 回転する槍先とガーディアンの硬い金属がせめぎ合い、甲高い音と火花を撒き散らす!
BUSYUUUU!!
残っている片腕を必死に伸ばし、自分の胸に突き刺さる大きな火の槍を抱え込もうとするガーディアン! それを許さないとばかりにさらに回転を上げ、ガーディアンの胸に風穴を開けようとする火の槍! 均衡した力のぶつかり! が、火の槍の方が先に限界を迎える。
回転が徐々に落ちていく火の槍。と同時にその大きさも少しずつ小さくなると、ガーディアンが火の槍を抱え込む。そして、
SYUOOOO!!!
雄叫びの様に口から水蒸気を吐き出すと、抱え込んだ腕を畳んでいく! 抵抗する火の槍だったが、その銀の腕の圧力に負けたのか、バシュウ!と大きく爆ぜるとその姿を消してしまった!
「あぁ!?」
思わず悲鳴を上げる! あの火の槍は僕が出来る最大の攻撃だ! それで倒れなければ、僕ではあのガーディアンに勝てない!
火の槍を力づくで消し去ったガーディアン。すぐに僕へと襲い掛かってくるかと思ったが、そのままの姿勢から全く動かない。あれ? もしかして、やった……!?
「ユウ……」
「アカリ?! 大丈夫!?」
「えぇ、何とか、ね。それにしても──」
ガーディアンの様子を窺っていると、アカリが腕を押さえながらやってくる。その視線は動かないガーディアンへと向けられていた。
「倒したのかしら?」
「どうだろう?」
僕とアカリが期待を込めて見つめる中、「ピピ」と鳥のさえずりの様な音がガーディアンから漏れ出る。そして、ブシュ!と短く蒸気を出すと、ぎこちない動作で動き出す。ダメだったか!
「ごめん、アカリ。僕の魔法じゃ無理そう──」
「見て、ユウ!」
「え? あ──」
思わずアカリに謝りそうになった僕の肩を、どこか興奮したアカリが叩く。その声に顔を上げると、ガーディアンの胸元──ちょうど〈ファイアランス〉が直撃した箇所が黒く焦げ付き、その周囲が赤々と焼けていた。
「ユウ! やったのよ! あなたの魔法が通じたわ!」
「僕の魔法が、通じた……?」
僕の両手を掴んで飛び跳ねるアカリ。その声を呆然と聞きながら、ガーディアンを見る。ガーディアンは、自分の胸に出来た小さくない焦げ跡の状態を確かめる様に手で撫でていた。
「ユウはさっきの魔法をジャンジャン撃っちゃって! その間、私があなたを守るから!」
「無理だよ! どれくらいの魔力を込めたか解らないんだよ!? そう簡単に同じ様には出来ないよ! どの位の時間が掛かるのかも解らない! これ以上アカリを危険な目に遭わせるわけには──」
「いいえ、出来るわ! 大丈夫! だからやりなさい!」
「でも、アカリも辛いだろ?」
アカリを見れば、その青色の着物の所々が切れ、そして黒の袴の膝部分は破け、血が滲んでいた。あの巨大なガーディアンとずっと戦ってきたのだ。体に溜まった疲労も相当なものだろう。けれど、
「いいえ、問題無いわ!」
「そんな! 無理しないで!」
アカリが腰に差していた白い鞘から《姫霞》を抜き放つと、スッと上段に構える。その後ろ姿に声を掛けると、
「確かに今のままじゃあ、ユウが心配するのも仕方ないわね」
「だったら──」
「このままじゃあ無理ね!って事よ」
後ろを振り返ったアカリが、ペロリと小さな舌先を出す。──このままじゃあ無理ってまさか!?
「じゃあ!?」
「えぇ、アレしかないわ!」
言うなり、ブワリとアカリの魔力が高まる! そして、アカリを取り巻く周囲の空気がパァンと弾けた。見ればそこには、目と髪を紅色に染めたアカリが、同じく赤く染まる《姫霞》を構えていた。