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228話

 

 黒く長い髪。それを紅色に染めたアカリのその変化に僕は思わず喉を鳴らす。


 アカリの切り札である【忌み子】化。

 髪を、そして目を紅色に変えた忌み子と化したアカリは、通常よりもかなり身体能力が上がる。日乃出で、そしてアイダ村を襲ったオーガの魔族──ゴンガとの戦いにおいても、その力は圧倒的だった。その忌み子と化したアカリが、赤色に淡く色づいた《姫霞》をスッと構えると、胸に出来た傷を撫でるのを止めたガーディアンへと向けて、



「こうなった私は強いわよ?」



 その言葉の意味からすると、お茶らけた声で普段なら言うのだろうが、忌み子化したアカリがそんな表情をする事は無い。言い終えたアカリは笑いもせずにただまっすぐに敵を──ガーディアンを睨み付けるだけだ。



「アカリ、無茶するなよ?」

「……解っている、わ!」



 僕の忠告をその背で聞いたアカリが、《姫霞》を構えたままガーディアンへと突進していく。は、速い!



「はぁあ!」



 一気に距離を詰めたアカリが、速度を緩めずにそのまま跳躍すると、《姫霞》をガーディアンの頭頂部へと振り下ろす!

 が、ガーディアンは銀色の腕を頭上に上げると《姫霞》を向かえ撃つ。ギリィ!と金属が擦れ合う音が辺りに響く。



「くっ! やっぱり硬いわ、ね!」



 そう言うと、アカリはガーディアンの腕を蹴り付けて、その場から離れる。忌み子化したアカリの力でも、ガーディアンの体は切れないのか!?


 空中でクルクルと回転すると、キレイに着地をするアカリ。遅れて紅色の髪がパサリと背中に戻った。とそこに──!



 SYUOO!!



 口から蒸気を吐き出しながら、ガーディアンが振り上げていた腕を振り下ろす! ズズンッと鈍い音がし、鉄の床が窪み、ひしゃげた! なんて力だ!?



「アカリ!」

「こっちの事は良いから、早く魔力を練りなさい!」



 つい叫んでしまった。すると、アカリが鋭い口調で返事を返してくる。ここからでは見えないが、どうやら無事みたいだ。おそらくは、あの大きな腕の内側へと逃げ込んだのか?


(ほんとに無茶はするなよな!)


 そう心で毒吐くと、握っていた杖に魔力を通す為、体内の魔力を練り始める。アカリはああいうが、実際に危険な所を見せられると、気が散ってしまって魔力を練るどころじゃない!


(だからって、目を瞑るわけにはいかないし。全く、頼むよ、アカリ!)


 無茶はしないというアカリの言葉を信じ、なるべく二人が戦っている所を見ない様に意識して、魔力を練る。


(さっきの〈ファイアランス〉の時って、どの位の魔力を込めたんだろ?)


 魔力を練りながら考える。一方で、何やら金属の交じり合う甲高い音が聞こえてくるが、一切無視する事にした。


 あのデカい〈ファイアランス〉は間違いなく一発分の魔力量では無かった。下手をすると二発分の魔力を込めたかもしれない。


(〈ファイアランス〉二発分の魔力が、今の僕に残っているか?)


 グルグルと練っている魔力を意識する。元々持っている僕の魔力量はそんなに多くは無い。【レベルアップ】したとはいえ、魔力の量はそんなに変わらないと思う。


(〈キュア〉と〈ファイアランス〉の二発分で、合わせて第二位格(ダブル)3回分か……)


 今日ここまで使った魔法は第二位格3回分だ。でもまだ、あの限界まで魔力を使った、疲労感というか、倦怠感というのが襲ってきていない。


(魔力切れなんて起こしたら、もう戦うことなんて無理だ。ここは慎重に魔力を練らないと)


 深く息をしながら、自分の中にある魔力を探っていく。と同時に魔力を練り上げながら、杖へと通していく。くっ、思った以上に難しいぞ!


 ギィイイン!


 突然大きな金属音。魔力を練る事に集中したかったが、さすがに気になった僕は、薄く開けていた目に意識を移す。


 すると、アカリが《姫霞》でガーディアンの拳を受け止めている所だった。あの巨体の拳を受けるなんて、忌み子化したアカリの力はどの位凄いんだ!?


(腕はそんなに太くなってないから、きっと魔力とかを上手く体に巡らせているんだろうな)


 戦士系のジョブは、〈エンチャント〉という魔法を使う事が出来る。前にアカリもあのゴンガ戦の時に使っていた。〈エンチャント〉は、身体全体はおろか望んだ所を強化出来る魔法である。


(でも、身体が光っていないからエンチャントじゃないよな。エンチャントは魔力を使うし、そもそもアカリはまだ魔力に慣れていない。だから本当にギリギリにならないと〈エンチャント〉は使わないだろうし)


 エンチャントは、強化した部分が金色に光る。それは自分の魔力が高まっている証拠だと、実技の先生が言っていた。そして、戦士系のジョブは総じて魔力量が少ない。それは侍であるアカリも例外ではなかった。


 だけど、アカリには忌み子化がある。忌み子化中もおそらく魔力を消費しては居るだろうが、〈エンチャント〉ほどでは無いと言っていた。であるならば、忌み子化の方が長期戦には向いていると思う。


(まぁ、忌み子化にも弱点はあるんだけど)


 一見便利に見える忌み子化だが、実は少なくない欠点もある。使い続けると意識が無くなるとの事だし、口調も変わる。そして、性格も──



「どうした、木偶人形! お前の力はそんなものか!?」



 《姫霞》でガーディアンの拳を受けながら、アカリが挑発する。相手は機械だというから、そんな挑発に意味があるのとは思えないけど、アカリはあまり気にしていないみたいだ。



 BUSYUUU!!



 アカリの挑発を受けたわけじゃないだろうけど、ガーディアンが口から蒸気を吐きながら、拳に力を籠める様に、ググっとその巨体を前のめりに傾ける。



「やれば出来るじゃない! 木偶人形!」



 腕の力に加え、その巨体の重みも加わった事で、アカリが押されていく。だというのに、アカリの口から出るソレは、まったく変わらない。



「ふっ!」



 すると、アカリが小さく息を吐いたのが見えた。そして──



「はぁ!」



 あろう事か、両手で握っていた柄から片方の手を離すと、その離した手を握り締め、《姫霞》の峰を下から思いっきり殴りつけた! あの子、何してんの!?


 あまりに粗暴な行為。だが、殴りつけた衝撃で、なんとガーディアンの拳が一瞬だけフワリと浮き上がる! す、凄い!?



「はっ!」



 アカリはその隙にガーディアンの拳の下から抜け出すと、《姫霞》の柄を両手で握り締める。 そして、フワリと浮いたままとなっていたガーディアンの拳目掛け、《姫霞》を薙いだ!


 コォン──


 金属が硬い床に落ちる音。



 見れば、ガーディアンの4本ある手の内の一本が無くなって、そこに隙間が出来ていた。



「やっぱり、指程度なら落とせるのね……」

「う、うそ……」



 あまりの出来事に魔力を練るのを止めて、呆ける僕、そんな僕に、アカリはフッと軽く笑うと



「モタモタしていると、私が倒しちゃうかもしれないわよ?」



 そんな挑発めいた事を言ってくる。



「う、うるさいな! やってるよ!」



 すかさず言い返した。さっきまでの僕ならば思わず喜んでしまう所だが、男の子としてはあれだけ女の子に言われたら、さすがに負けて堪るか!ってなる。ここでアカリに負けたら、この先ずっと言われっ放しになる可能性が高い。いや、別に勝ち負けじゃないんだけど。


(ちくしょう! 今に見てろ!)


 魔力を練るのを再開する。取り合えず忌み子化したアカリならば、そう簡単にはあのガーディアンに負ける事は無さそうだ。それが解っただけでも良しとしよう、うん!


 練っては杖へと通していく。が、まだ体感的には〈ファイアランス〉一発分にもなっていないだろう。なのに──、


(ん? また杖に魔力を通し辛くなってきた)


 さっき感じた杖の違和感。それがまたやって来た。


(さっきと同じなら、ここからさっきと同じ量の魔力を籠めれば、あのデカい〈ファイアランス〉を放てるはずだ)


 アカリと戦うガーディアンの胸部分を見る。そこにはさっき僕が放った〈ファイアランス〉による焦げ跡がくっきりと残っていた。アレをもう一回撃てば、またダメージを与えられるだろう。だけど──、


(それだけで良いのか!?)


 そう、それだけなのだ。焦げ跡を残すだけ。ガーディアンはその焦げ跡を気にする素振りを見せはしたが、それだけなのだ。その後のガーディアンの動きを見るに、そんなに影響を与えたとは思えない。ならば、腕はおろか、その硬い指すらも斬り落としたアカリの方が何倍も凄いだろう。


(アイツを倒すなら、さっきの〈ファイアランス〉じゃ足りないって事だ……)



 求めるのは、焦げ跡を残す事では無く倒す事。であるならば、放つ魔法は、先の〈ファイアランス〉を超える〈ファイアランス〉。


 だけど、実際に出来るのだろうか? なぜ杖に魔力を蓄えていられるのか分からないこの状況で、さらに杖に魔力を通し続ける事が。もしかすると、籠めた魔力に耐えられなくなって、杖自体が壊れてしまうかもしれない。杖が壊れないまでも、僕の魔力が尽きてしまうかもしれないのだ。

 果たして僕の魔力が尽きるのが先か、はたまたさっきの〈ファイアランス〉を超える〈ファイアランス〉を放てるほどの魔力を籠められる方が先、か……。


(いや、迷っている暇は無い! やらなきゃ倒せない!)


 それしか無いのならと、決断を下す。そしてさらに魔力を練り上げ、通し辛くなった杖に無理やりに籠めていった。


 すると、



「──ごめんなさい、こうなっちゃうと、力の加減が出来ないのよ」



 不意にアカリの声が耳に届いた。魔力を練りながらアカリを探すと、ガーディアンの肩に乗っているアカリを見つけた。肩に乗られたガーディアンはそれを嫌がる様に腕を伸ばすが、アカリが乗っている肩がその腕のある方なので、いまいち上手く腕を伸ばせないでいる。



「まだ抵抗するのね」



 それを見たアカリが、顔に淡い笑みを湛えながら冷たく言い放つ。そして、アカリを捕まえようと懸命に伸びて来た銀色の前腕に向けて、《姫霞》を横に薙いだ。が、ギィン!と跳ね返されてしまう。



「まだ、こっちは斬れないみたい、ね!」



 アカリの横薙ぎを受け衝撃で少しだけ引っ込めたが、ガーディアンはアカリを捕えるのを諦めずに腕をさらに伸ばし、ついにはアカリの身体にその手が触れそうになった次の瞬間、トンとアカリがガーディアンの肩を蹴り付け宙に舞うとクルリと回転し、



「良いのよ。別に斬る必要は無いの。ただ、壊せばいいのだから!」



 クルリと《姫霞》を反すと──、



「──“降り月”!」



 バギャァン!!



 アカリの放った、刃を反した《姫霞》が、腕のある方の肩へとめり込む! その後に続く、物が圧し潰され、ひしゃげ、そして、床にぶち当たる爆音!



「うわぁ!?」



 あまりの音に、思わず腕で顔を覆う。その隙間から見えたのは、ガーディアンが立ち上げる白い水蒸気の中に佇む紅色の髪のアカリと、床に突っ伏しているガーディアン。そして、床に転がる銀色の腕だった。


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