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226話

 ★  ユウ視点   ★



「ほんとに皆さん、素晴らしいです!」



 興奮した口調でそう言ったのは、黒いシルクハットを被った執事服の男性──ネイチャーさんだった。天井にほど近い高さにある金網状の足場に立っていて、こちらを見下ろしていた。



「ネイチャーさん?」

「はい、そうです」



 ペコリと優雅にお辞儀をするネイチャーさん。その仕草に思わず見入ってしまう。だけど、どうしてここに?!



「どうして私がここに現れたのか、不思議に思っていますね?」



 ネイチャーさんは姿勢を戻すと、部屋の明かりが反射したのか、掛けていた片眼鏡がキラリと光った。



「なんで僕が思った事を!? まさか──」

「ユウ、落ち着いて。あの人は別にユウの心を読んだ訳じゃないわ。誰もが疑問に思った事を口にしただけよ。現に私もそう思ったもの」

「アカリ……」

「ふむ。聡明なお嬢さんだ。益々素晴らしいですねぇ」



 戸惑う僕の肩に、そっとアカリが触れる。そのアカリを横目でチラリと見た後に視線をネイチャーさんに戻すと、何故か嬉しそうにウンウンと頷いていた。


 その姿に苛立ちを覚えた僕は、杖の先をネイチャーさんに向かって叫ぶ。



「なんでそんなに嬉しそうなんですか、ネイチャーさん! 僕を騙す様な事をして、楽しいんですか!?」

「あなたを騙すつもりはありませんでしたが、そういう反応を見るのはとても楽しいですよ。ここ百年ほどの中では特に、ね」

「ひゃ、百年?」



 ネイチャーさんの言葉を聞いて困惑してしまった。実際の年齢は分からないが、見た目だけで判断するならば、六十歳位だと思う。なのに百年って、生まれてないじゃないか!



「そんなすぐにバレる嘘、吐かないでください!」

「う~ん、嘘では無いんですがねぇ」



 頬を掻くネイチャーさん。その芝居掛かった姿に、さらに怒りが募る。



「仮に百年も生きていてその姿なら、あなたは一体何なんですか!? どうしてそんなに人間を恨むんですか?! 滅んでしまいそうだって分かっているのなら、なんで一緒になってそれを解決しようってならないんですか!?」



 溜まっていた怒りの全てをぶつけるかの様に、ネイチャーさんへ次々と質問を、不満をぶつける。

 そんな僕の怒りを受けてもなお、ネイチャーさんは嬉しそうに頷くだけ。そして──



「うんうん、少年の言いたい事はもっともですね。ではお答えしましょうか。と言っても、ここには居ない他の皆さんは気付いていそうではありそうですがね」



 そう言うと、被っていた黒いシルクハットをゆっくりと持ち上げ、そして胸に抱えた。



「改めまして。私はネイチャー。”裏”の統率者にして、“バクスターを管轄するAI”でございます」

「……えーあい……?」



 深く頭を下げたネイチャーさん。その言葉の中に出て来た”えーあい”という聞き慣れない言葉。だけど、何故か纏わりついてくる言葉……。聞いた事、あるのか……?


(僕の世界では聞いた事が無いと思う……。だとしたら、アカリの居た世界か?)



「……アカリ。“えーあい”って知ってる?」

「いえ、知らないわ。ユウは──って、私に聞くという事は知らないって事よね」



 横に居たアカリへと顔を向けると、静かに首を振っていた。僕もアカリも知らないって事は、この世界固有の言葉か?



「そのご様子ですと、AIをご存じないようですね。まぁ、あまりメジャーな存在ではありませんし、致し方ありません。簡単に言うならば、このバクスターの街を管理するシステム、という所でしょうか」

「管理するシステム……」

「えぇ。バクスター内の環境を管理、調整し、住人の生活を補佐しています」



「お見知りおきを」と、ネイチャーさんが下げていた頭を上げ、胸に抱えていたシルクハットを被る。



「……という事は、この町に住む人達を守る立場って事ですか?」

「はい。その通りでございます。私の存在理由は、この街に住む人々の為に最善を尽くす事」



 そこで初めて、優しい笑顔を浮かべるネイチャーさん。それがかえって僕の疑問を膨らませる。



「じゃあなぜ、ネイチャーさんはまるで人を憎む様な事を言うんですか!? この世界が滅びそうだって言うのなら、そしてネイチャーさんがこの町を守る存在だって言うのなら、ネイチャーさんがやるべき事って、滅びの危機に瀕しているこの町の人を、人類を守る事でしょう! なのに何故、そんな悲しい事を言うんですか!?」



 僕は聞いた。アラン兄とネイチャーさんの二人の会話を。その中でネイチャーさんはこう言ったのだ。『人類など滅べば良い』と。人類を守る立場だと言う人間がそんな事を言うなんて、間違っている。

 すると、ネイチャーさんは一転して悲しい顔となり、



「良い質問ですね……。それはね、私も絶望したからなのですよ」

「絶望した?」

「はい。私には私を造った、親というべき方が居らっしゃいます。覚えてはいませんがね」



 照明が配された天井を見上げるネイチャーさんが、言葉を続ける。



「その方は、あなた方と同じ人間です。まぁ、当たり前なのですが。その親たる人類が、火の精霊に見放される様な愚かしい事をしたというのに、自分たちが破壊した世界から人類を救えと言う。その役目を私に担えと。世界を破壊しておきながら、私に人を守れと言う。そんな愚かな存在が私を造ったというのなら、私も同類。愚かな存在となってしまう。私はそれが許せない! 我慢出来ません!」

「ネイチャーさん……」



 それはネイチャーさんの心の叫びに感じた。まるで悲鳴だ。そう感じてしまったのは、ネイチャーさんは質問した僕に一度も視線を向けない。相変わらず天井を見上げてはいる。一向に視線を変えない事に、そこには天井以外の何かが見えている様に思えてならない。



「己の手によって住めなくなったのなら、その責任を取って滅んでしまえばいい! それが、責任を取るという事でしょう!? 他の生物を滅ぼしてまで、なぜ生き延びているのです?! 血が濃くなりすぎるからといって、アラン君の様な幸せに暮らしている家族を引き裂くなんて、そこまでする様な事なのですか!? 移動自律型都市(シベロポリス)にしか生きる場所を見出せなかった時点で、静かなる終わりを受け入れるべきでしょう!」



 上げていた顔をようやく僕たちに向ける。だが、自分の抱えていたであろう葛藤を、感じた絶望をぶつけてくるかの様に、ネイチャーさんの叫びは止まる事は無かった。

 ネイチャーさんの感じた苦しみ。だけど、だからといってこの街を守るというネイチャーさんが、滅べば良いなんて言っていいとはならないはずだ。



「……だから、この街に住む人をどうにかしようとここに来たんですか? それともここが“えーあい”であるネイチャーさんの居るべき場所なんですか?」

「いいえ、違います。私がここに来た理由。それは私自身の心臓と言えるコアに問いたかったからです」

「心臓……? コアが?」

「はい。私はバクスターを司る存在ですから、そのバクスターの中心にあるコアは、まさに私の心臓です、人も悩んだ時に行うでしょう? “自分の胸に聞いてみろ”っていうヤツです」



 寂し気に微笑んだネイチャーさんは、自分の胸を着ていた執事服の上からそっと撫でる。システムっていうのは機械の一部らしいけれど、ネイチャーさんのその姿は、やけに人間じみて見えた。



「私の心臓であるコアは、火の精霊が最後に残した己の魔力の塊です。いわばこの世界に残された、火の精霊の意思というわけです。その存在に問いたかった」

「何を問いたかったのですか……?」



 目を軽く伏せるネイチャーさんに、僕は質問した。すると、ネイチャーさんは「ふう」と息を吐くと、伏せていた目を大きく開け、僕を見る。



「あなたですよ、少年。火の魔法を放ったあなたがいきなり現れた。イレギュラーな存在である君が」

「ぼ、僕ですか!?」



 思わず自分を指差してしまう。



「えぇ、あなたです。先ほども言いましたが、あなたは長い間、誰も使えなかった火の魔法を使う事が出来た。そんな存在が突然現れたのですから、そこに意味があると思うのは当然でしょう。そして私はその意味を考え、コアの炎に問い掛けた。火の魔法を使ったあなたは本当に火の精霊に許された存在なのかどうかと。そして一つの結論に至りました。私以上に絶望を味わったであろう火の精霊が許されたのなら、私もまた絶望の淵にある人類を許し、救おう、と」

「救う……」

「そう、救いです! 己の手で壊したこの世界に! 己のエゴによって愛する家族を引き裂く罪に! そして、私を不完全な存在として生み出した罰に! 全てにおいて救いを求めるのです!」



 手を大きく広げ、恍惚とした表情を浮かべるネイチャーさん。と同時に、近くを通っている大きな金属の管から、ブシュウウ!と大量の水蒸気が噴き上がった。



「さぁ、話は終わりです! 本当に火の精霊が人類と許したのか!? その答えを照明してください!!」

『各ガーディアンのリミット解除に成功しました。繰り返します、各ガーディアンのリミット解除に成功しました。職員、および関係者は直ちに避難してください』



 ネイチャーさんの言葉が終わるとすぐに、部屋の至る所から警報が鳴り響く! 「ちょっと嫌な感じね……」と、アカリが《姫霞》を低めに構えた。僕も持っていた杖をギュッと握りしめると、知らずの内に手汗を掻いていたのか、握っていた箇所がじっとりと濡れていた。リミットっていうのが何だかは分からないけれど、アカリの言う様に、嫌な予感しかしない。


 ビィ~!ビィ~!とけたたましく鳴っていた警報が鳴りやむと、


 ブシュウウウ!!



 これまでとは比べ物にならない程の水蒸気を吹き出して、ガーディアンが立ち上がる。その体は人型ではあったが、さっきまでの鉄鎧の様な姿とは違って、節目の一切無い、滑らかな形に変わっていた!



「さきほどまでのガーディアンと思ったら、大間違いです。さぁ、全力で掛かってきなさい!」



 SYUOOO!!



 継ぎ目一つ無い姿へと変わったガーディアンは、これまでとは違い背後からではなく、頭の正面に付いた真四角の口から真っ白な蒸気を吹き出す。まるで呼吸しているみたいだ。



「……あれ何なの? なんか形が変わっているのだけど?」



 カチャリと《姫霞》を鳴らしたのは、隣に立っていたアカリだった。そのアカリが、姿を変えたガーディアンを見つめながら、僕に訊いてくる。



「分からないけれど、多分アレのせいじゃない?」



 ギュッと握っていた杖から片手を離すと、その指先を片腕を無くした胴体へと向ける。そう、目の前のガーディアンは片腕が無い。アラン兄を治療する為に、アカリがガーディアンを連れ出した時には両腕ともあった。という事は、アカリが斬り落としたのだろう。やっぱりアカリは凄いな!



「私があの鉄人形の片腕を落としたからって事?」

「多分ね。いつまでも弱点を晒しておけるほど、気の大きいヤツじゃないんじゃない?」



 アカリに軽口を返す。けれど、僕は内心かなり焦っていた。

 銀色に光るガーディアンの体。そこには細かい傷はあれど大きな傷は一か所も見られない。形を変える前のガーディアンは、肩やひじ、股関節や膝の部分に大きな隙間があった。そこがガーディアンの弱点だったと思う。硬い金属に覆われた胴体とは違って隙間がある事で、その部分は胴体よりも薄くなっているはずだからだ。だから、ガーディアンを攻撃するのならそこを狙うのは当然だった。そして実際に、アカリはその薄い部分である関節の隙間を攻撃して、ガーディアンの片腕を切り落としたのだろう。


 その弱点である関節部の隙間を無くしたガーディアン。頭の先からつま先まで、節という節が見当たらない。つまりは弱点が、攻め入る部分が無くなってしまった。


 アカリが《姫霞》であのガーディアンの頭に攻撃していたが、その時は簡単に弾かれていた。それ以降、戦っている所を見てはいないけれど、ガーディアンの体の細かい傷を見るに、アカリはガーディアンの胴体にも攻撃したはずだ。なのに大きな傷が無いってことは、アカリの攻撃では今のガーディアンに傷を与えるのは難しいって事だ。


(ガーディアンの胴体は硬すぎて、アカリでさえ傷を付けられなかった!)


 唯一の弱点である関節部分の隙間を無くしたガーディアンは、まさに鉄壁と言える。


(どうやって攻撃したらいいんだ!?)


 頬を冷や汗が流れる。それを見た訳じゃないだろうけれど、ネイチャーさんが上から声を掛けて来た。



「そこのお嬢さんの他にも、街の犬やアラン君たちもガーディアンの一部を破壊しましてねぇ。これ以上破壊されると困るのですよ。ですからガーディアンの弱点を無くさせてもらいました。ただ単純にガーディアンを倒されても意味がありませんしねぇ」

「……どういう事です?」

「さきほども言ったではありませんか、少年。私はあなたを通じて火の精霊に問いたいと。あなた方人類が本当に許されたのかどうかを問いたい、と」

「……それはあまりに身勝手じゃないですか!」

「身勝手、ですか?」



 流線形という言葉がふさわしい程に丸みを帯びたガーディアンから目を離さずに、ネイチャーさんに怒鳴る。だが、僕の言葉が予想外だったのか、ネイチャーさんがすぐさま同じ言葉を返してきた。



「そうです、身勝手です! 許すとか許さないとか、ネイチャーさんは一体何様なんですか!? それに、キャビダルさんの要望だか何だか知りませんけど、言われるがままにノラちゃんをこの町に連れてきたりして、あなたは何がしたいんですか!?」



 そう、身勝手なのだ、ネイチャーさんは。だから僕は怒ったのだ。自分の事のくせに決断を下さない事に。

 すると、少しの間を置いた後、少しだけ冷たさを感じさせる様な声質で、



「AIである私は、良くも悪くも公平なのですよ。だから悪あがきだと知っていて、無駄な延命だと解っていても、キャビダルに協力しました。人類の存亡が関わる事柄に関しては少年、あなたの言う様に私は決断出来ない。そういう風に造られてしまったのですから。だから他者に委ねて何が悪いのです! 自分自身の考えだけでは答えが導き出せないのですから、致し方ないことでしょう!」

「それが身勝手だとなぜ気付かないのですか!? 造られたとかそんなのはどうだっていい! 結局はあなた自身に問えばいいでしょう! だってネイチャーさんは自分の口から言った! 『自分の心臓であるコアに問いに来た』って! ならば自分で決めましょうよ!」

「……もういい、少年。あなたとはいつまでも平行線のままです。だから──」



 気付けばネイチャーさんへと怒鳴っていた。すると、ネイチャーさんは嫌々しそうに首を振ると、その姿を淡くする。そして、



「私が身勝手だと言うのなら、ガーディアンを止めて見たまえ! それが出来たのなら、私は考えを改めよう! コアが、火の精霊が如何なる答えを出そうとも、私は自分の役割を──人類を守ると約束しましょう!」



 それだけを言い残し、姿を消したネイチャーさん。それと入れ替わる様に、


 BUSYUUU!!!


 四角い口から水蒸気を吐く流線形のガーディアンが、その体をググっと低くした。



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