222話
早めに書き上げたので、月曜日の投稿となりました。
★ ユウ視点 ★
「アラン兄!」
床に倒れ、全く動かないアラン兄。その鉄の床面に、アラン兄の流した血が、少しずつ水たまりを作っていく。
(あの出血量はマズい!)
僕は急いで魔力を練る。すると、アラン兄の傍に居たガーディアンの顔がグルリと動き、その赤い目が僕を捉える。その赤い光を見た瞬間、ゾワッとした怖気が全身を駆ける。
と同時に、右腕がひりつく感覚。まさか、あの時のスライムと同じ様に、魔力に反応してるのか!?
(なんで!? 意味が分からないよっ!)
予想もしていないガーディアンの仕草に驚いている僕に対して、グワッとその体の大きさに見合った巨大な鉄の手を伸ばしてきたガーディアン。そこに、
「させないわよ!」
ギィン!
後ろから走り込んできたアカリが高く飛び上がると、《姫霞》でガーディアンの頭頂部へと切り付ける! が、高い金属音が辺りに響いただけで、ガーディアンにダメージを与えた感じはしない。
「もう! 無駄に固いわね!」 空中でクルクルと回転したアカリが僕の傍に着地すると、文句を放つ。クライムの放った弾も弾き、そしてアカリの刀すら弾くのだから、ガーディアンの体は相当固い金属で出来ているのか!
「アカリ、大丈夫か!?」
「えぇ、問題無いわ! ここは私に任せて、ユウは弱犬のケガを診て!」
「うん、わかった!」
「こっちよ、ウスノロ!」 アカリがガーディアンを挑発すると、その言葉に反応したのか、離れていくアカリを追い掛けて行くガーディアン。その隙にアラン兄の元へと急ぐと、怪我の具合を確かめる。
「アラン兄、しっかりして! ……うっ!?」
ぐったりと力なく倒れているアラン兄を抱き起すと、手にヌチャッと、アラン兄の流した血がべったりと付いた。これはかなりの大ケガだ!
「ちょっと脱がすよ、アラン兄!」 一言告げた僕は、アラン兄のお気に入りの黒のジャケット、そしてその下に着ていた黒のTシャツと脱がす。すると、折れたあばら骨の何本かが皮膚から突き出していた。これは酷い。
それでも何とか生きているみたいで、胸が弱々しく上下に動いている。が、この出血だ。いつ死んでもおかしくはない。
「アラン兄、しっかりして! 今、治すから!」
アラン兄の着ていたジャケットを床に敷きその上にそっと寝かすと、練った魔力を杖へと流し込む。そうして、呪文を紡いだ。
「〈世界に命じる! 偉大なる神の躍動をここに!〉」
すると、杖の先にポワっとした薄緑色をした光が生まれる。ここまでなら〈ファーストエイド〉の時と同じだ。だけど僕が唱えたのは、〈ファーストエイド〉ではない。
唱えたのは、治癒魔法の第一位格である〈ファーストエイド〉ではなく、第二位格の〈キュア〉。
アラン兄のケガを治すには、とてもじゃないが〈ファーストエイド〉じゃ時間が掛かり過ぎる。モタモタと回復している間にも、浅い呼吸を繰り返すアラン兄の容態は刻一刻と悪くなり、手遅れになってしまう!
だが、第二位格以上の治癒魔法は、司祭や神父のジョブを持つ【神の担い手】(キャリアー)系の人か、エマさんの魔導士の様な、魔法使い系の上位ジョブの人しか使えない。
無謀でしかないイチかバチかの賭け。不安もあるし、使えない確率の方が高い。だけど──
(あの時、〈ファイアーランス〉を使えたんだ! 出来るっ!)
僕の脳裏に浮かぶのは、闇市での戦い。
迫る二人の憲兵に対し、僕を庇いながら戦うアカリに危機が迫った時に咄嗟に使った、第二位格の火の魔法。
無我夢中だったとはいえ、〈ファイアーランス〉を使えたのならば、治癒魔法の〈キュア〉も使える。そう考えたのだ。
(アラン兄を助けるにはこれしかない! やれる! 自分を信じろっ!)
今もなお、血を流し続けるアラン兄。今この場でアラン兄を救えるのは僕だけなんだ!
覚悟を決め、グッとお腹に力を込める。渦巻く魔力を杖へとどんどんと供給していく。使った事の無い第二位格の治癒魔法に、一体どれだけの魔力が必要になるのか見当もつかない。今はただ、自分の魔力を魔力効率の良い父さんの杖に流し込むだけだ。
すると、薄緑色の小さな光が、徐々に大きくなっていく。まるで、小さな火に薪を足して大きくなっていく様に。そして、ある程度の大きさまで広がった光が球状となって、杖からフワッと浮き始めた。──ここだ!
「〈──キュア!〉」
以前、興味本位で教わった〈キュア〉の詠唱を最後まで唱え切ると、浮き始めた薄緑の光の玉が温かな熱を発し始めた。〈ファーストエイド〉でも見られる、治癒系魔法の特徴。だけどその光の玉は、〈ファーストエイド〉よりも大きくて。
(出来、た?)
フヨフヨと浮かぶ光の玉。たぶんこの光の玉が〈キュア〉だと思う。キュアが使えた事に普通なら喜ぶんだろうけれど、今の僕は喜べなかった。なぜなら──
(光の玉をどうすればいいのさ!?)
〈ファーストエイド〉だと緑色をした癒しの波動──“神気”が手に宿って、それをケガ人に当てて治癒するんだけど、〈キュア〉で出たのは神気を宿した光の玉。この玉を一体どうするんだ!?
「……ぅ……」
「──アラン兄!?」
すると、床に寝かせていたアラン兄が小さく呻き声を上げる。が、目を覚ました訳じゃない。逆に、痛みに堪えているのか、その目はギュッと固く閉じられ、油汗が顔から吹き出していた。顔色もさっきに比べて悪くなっている。モタモタしてられない!
(落ち着け! この光の玉からは神気を感じるんだ。なら、〈ファーストエイド〉と同じはず! だったら、この光の玉を手に取って、アラン兄に近付けてみよう!)
フヨフヨと漂う薄緑の玉。それを杖を置いて両手でそっと受け止める。〈ファーストエイド〉に比べると、さらに温かく感じたその光の玉を、苦しんでいるアラン兄にそっと近付ける。
すると、指の隙間から滑る様にして抜けて行った光の玉が、折れたあばら骨が突き出て、血が溢れているアラン兄の胸元に触れると、なんの抵抗も無く、そのままアラン兄の身体の中へと入ってしまった。
(え? どうして?!)
初めての〈キュア〉の動きに慌てる僕。すると、アラン兄の身体が淡い緑色に包まれた。これは一体?
呆然と見つめる。すると、折れて突き出たあばら骨がカタカタと小刻みに揺れ出すと、次の瞬間にはシュン!と消えて無くなった! あばら骨の他にも、血を流していた傷も次々と塞がれていき、痛々しかった紫色の痣も、キレイになっていった。
「……す、すごい……」
傷だらけだったアラン兄の身体が次々と治っていくその様子に、思わず目を見開く。これが、〈キュア〉なのか……。
そうしている間にも、アラン兄の身体に出来ていた傷のほとんどが消え、そして、包んでいた緑の光もフッと消えた。
「……あ、アラン兄……?」
流した血の跡が見られる以外、傷が治ったアラン兄はただ寝ているだけに見えた。そんなアラン兄に声を掛けてみたが、反応は無い。
「アラン兄……?」
さっきよりも大きな声を掛ける。でも、相変わらずアラン兄からは何の反応も帰ってはこなかった。
(まさか、手遅れだったとか──!?)
バっと寝ているアラン兄の胸に耳を当てる。すると「トクン、トクン……」と音が聞こえた。良かった~、生きてる。
「ふぅ」と息を吐いた。そして、身体を揺すりながら「起きてよ、アラン兄!」と強めに起こす。
と──
BUSYUUU!!
「──え?」
返って来たのはアラン兄の声ではなく、蒸気の吹き出す音。そちらの方にゆっくりと首を巡らすと、金属で出来た箱型の置物、その奥に居たのは、さっきクライムを吹き飛ばしたのと同じ大きさのガーディアンだった。
(嘘だろ!?)
冷や汗が頬を伝う。ここに来ての、新たなガーディアンの登場は完全に誤算だ!
床に置いた杖を急いで拾うのと、新たに現れたガーディアンの赤い目がこちらを向いたのは同時だった。
SYUUUU!!
だけど動き出したのはガーディアンが先だった。近くにある金属の箱を避けながらこっちに近付いてくるガーディアンに対し、僕は動けないでいた。杖を握ったとはいえ、あのガーディアンとやり合うのは無理だ!
「アカリっ!」
「ゴメン、無理! ユウが対処して!」
大声を張り上げ、少し離れた所でデカいガーディアンの相手をしているだろうアカリに対応を願う。だけど返って来たのは、切羽詰まった声と金属同士がぶつかり合う甲高い音。その様子から、アカリもかなり不利な状況が伝わってくる。早くアカリの援護に行ってやらなくちゃいけないのに!
(僕がやるしか、ない!)
まだ目を覚ます様子の無いアラン兄をチラと見る。
(アラン兄は僕が守る!)
腹を括った。そして、体内で魔力を練り始める。今、僕が出来る最大の攻撃は〈ファイアーランス〉だ!
グッとおへそに力を入れ、杖を握り締めた。さっきの〈キュア〉でだいぶ魔力を消費してしまったからあまり余裕は無いけど、それでも〈ファイアーランス〉の詠唱を唱え始める。
「〈世界に命じる! 火を生み出し穿て!〉」
詠唱しながら杖に魔力を流し込む。すると杖先に赤く染まる魔力が集まり、やがてゴアッと火を上げる!
BUSYAAA!!
と同時に、こちらに近付いていたガーディアンの速度が上がる! さっきまで注意して避けていた金属の箱を倒しながら、こちらへと迫って来た! は、速い!?
(うくっ!)
このままでは〈ファイアーランス〉が出来る前にガーディアンが来る! そう感じた僕は、魔力を練る速度を上げる。そんな事──自分の力量よりも早く魔力を練ると、頭が痛くなるのだが、今はそんな事言ってられない! このままじゃあ、二人ともあのガーディアンに殺されるのだから!
(早く早く~!)
ガーディアンの迫る速度を前に、遅々として進まない魔力の練成。焦る気持ちを必死に抑え、ただただ魔力を練るのに集中する。
その甲斐あってか、何とか魔力を練り上げた僕は杖に魔力を流し込んで、詠唱を完結させ──
SYUOOO!!
「──なっ!?」
が、それよりも早くガーディアンは僕たちとの距離を詰めていた! そして、勢いそのままに銀色の固い鉄で出来た拳をまっすぐに突き出してきた!
「──ひっ!?」
短く悲鳴を上げ、床に倒れているアラン兄を守る様に覆い被さると、来るべき痛みと衝撃に耐える為に目を瞑って歯を食いしばる! が──!
ギイィィン!
金属の上げる悲鳴! この音! もしかしてアカリが来てくれた?!
ガバっと顔を上げる! そこに居たのはこちらに拳を突き付けたガーディアンと、灰色のスーツの袖に嵌めた青い手甲でそれを受け止めたシーラさんの姿!
「シ、シーラさん!?」
「ユウ、くんっ、早く、退いてっ!」
「──!? はい!」
ガーディアンの拳を受け止めていたシーラさんが、苦しそうな顔で怒鳴る。
慌ててアラン兄を抱えながらその場から離れると、それを確認したシーラさんが飛び退き、僕たちの元に駆けてきた。
「大丈夫!?」
「はい! 有難うございます! 助かりました!」
「お礼なんて良いのよ。私の方が迷惑を掛けちゃったし」
そう言うとしゃがみ込み、アラン兄へと視線を落とすシーラさん。
「このバカはまだ目が覚めないの?」
「……はい。傷の方はほとんど治したんですが、まだ目を覚まさなくて……」
「……そう。思った以上に、怪我が酷かったのね」
「私の事を守って……。ほんと馬鹿なんだから」 手を伸ばし、アラン兄の前髪を優しく撫でる。
「──今度は私が守らないと。ユウくん。アランの事、お願いね」
「シーラさん一人じゃ危ないですよ!」
「大丈夫よ。こう見えて、私強いのよ?」
手に嵌めた手甲をキラリと見せてくるシーラさん。が、その後ろに潜む大きな影!
「危ない、シーラさん!」
「え?」
大きな影の正体は、いつの間にか近付いて来ていたガーディアンだった! そんな! 蒸気の音なんてしなかったぞ!?
「くっ!?」 僕たちを背中に隠すようにしてガーディアンと対峙するシーラさんが、手甲を上げて構える前に、ブシュー!と蒸気を吐き出したガーディアンが放った横蹴りを繰り出す!
ガギン!
それを何とか手甲で受けたシーラさんだったが、その顔は苦悶で歪んでいた。
「シーラさん!」
「早く、逃げて……、アランを、……早くっ!」
ギリギリと金属の擦れ合う音。その擦れ合う音が、徐々に僕たちの方に近付いてくる。それを必死に押し返そうとするシーラさんだったが、逆に押し出される様にその体自体が徐々に滑り始めていた。このままだと吹っ飛ばされる!?
「僕も加勢を──!」
「ダメよ! 早く、逃げてっ!」
「でもこのままじゃあシーラさんが──」
と、僕の目がガーディアンの腕がググっと上がっているのを捉える! マズい! シーラさんは蹴りの対応で精一杯だ!
(僕が!)
「ユウ、くん!?」とシーラさんが声を上げる。その声を無視して、杖をグッと握りしめ立ち上がる。今から魔法は間に合わない! なら、杖で受けるしかない!
だが僕が杖を構えるよりも早く、すでに準備が出来ていたガーディアンがシーラさんの頭上目掛け、振り下ろす! ダメ、間に合わない──!
「──シーラさん!!」
「──うるせぇなぁ」
ガギン!?
中途半端に構えた杖の、さらに先に延びる黒い槍が、ガーディアンの振り下ろされた腕を受ける。と同時に、下から聞こえたのんびりとした声。
「……まったく、宜しくないお目覚めだぜ」
「アラン兄!」
「アラン!」
そこに目を向けると、フラフラと上体を起こしたアラン兄が、黒い槍を持つ右手をグッと伸ばしながら、力なく笑っていた。
「アラン兄! 大丈夫!?」
「ダメだって言った所で、寝かせてくれねぇだろうが。 大丈夫だよ、大丈、夫!」
最後に「ふっ!」と気合を込め、ガーディアンの腕を受けていた黒い槍を跳ね上げる! すると体勢を崩したガーディアン。その隙をついて、手甲で蹴りを受けていたシーラさんも押し返す!
「う~、血が足りねぇ」 その姿を確認したアラン兄が呟きながらヨロヨロと立ち上がると、
「んだよ。俺が寝ている間にもう一体増えたのか?」
「うん、そう。だけど、シーラさんが守ってくれたんだよ!」
「そうか。悪いな、シーラ」
「ううん、私の方が先に助けてもらったもの……」
「そうか。ならこれで貸し借り無しだな?」
「何よ、それ」
アラン兄と向き合ったシーラさんが、フッと顔を崩す。なんだろ、二人の世界ってやつ?
「……それで? 嬢ちゃんとあの二人は?」 アラン兄がふと周りを見る。二人とはグッドベリーさんとクライムの事だ。
「グッドベリーさんとクライムは、別のガーディアンと戦っている。アカリは最初のデカいガーディアンと戦っているよ」
「──!? 一人でか!?」
「うん」
「バカ野郎! なら早く行ってやれ!」
「アラン兄?」
怒鳴り、僕の胸倉を掴むアラン兄。「ちょっと!?」と戒めるシーラさんに、槍を握った手を突き出して、「お前は黙ってろ」と制すると、
「俺のせいで一人で戦っているなんて思われたら、今後あの嬢ちゃんに何も言えなくなるだろうが」
「……なに、それ」
アハハと笑う僕に、アラン兄は照れた様に顔を背ける。
「ここは大丈夫だ! 俺様とシーラが居るからな! だからお前は嬢ちゃんを助けてやれ!」
言って僕の胸倉から手を離すと、そのまま胸をドンと叩く。
「……うん、分かった! ゴメンね、シーラさん! アラン兄の事、任せたよ!」
「バカ野郎! さっさと行きやがれ! 俺とシーラの邪魔なんだからよ」
「ちょ、ちょっとあなた!? 何を言っているの!?」
そんな二人のやり取りに安心した僕はクルリと二人に背を向ける。そしてアカリの元へと走り出す!
そんな僕の耳に、アラン兄の弾ける様な声が届いてきた。
「さぁ、んじゃ一丁遊んでやっか!」