219話
初めて週別のユニークユーザー様が200人を超えました!
読んでくださった皆様、ほんと感謝です!
『目指せ、300人』をモチベに頑張ります!
──ブシュウ~!!
卵型の容器──コアから延びる管の内、一番太い管から大量の蒸気が吹き出し、辺りを霞ませる。
まるで、誰かの目から隠す様に── それは誰にとって、都合の悪いものなのか……。
「……どういう事だ?」
シーラさんに寄り添っていたアラン兄が立ち上がり、ネイチャーさんを鋭く睨む。すると、金網の踏み場に掛けられた手すりに寄り掛かり、
「そのままの意味ですよ、アラン君。この世界は死んだのです。……いや、人の手に掛かって死んだと言った方が正しいでしょうかね」
手を大きく広げ、見上げるネイチャーさん。そこには鉄板の天井しかないのだが、ネイチャーさんには別の何かが見えているのか、ずっと天井を見上げている。
「ふん!」と鼻を鳴らすアラン兄。両手を広げ、肩を竦めると、
「なんだ、そりゃ。何バカな事を言ってやがるんだ、テメェは。世界が死んだだと? なら、いま俺たちが生きているこの世界はなんだってんだ!? 世界が死んでいるのなら、この世界で生きている俺たちだって死んでんだろうがよ?」
「はん、笑わせやがるぜ!」 アラン兄がネイチャーさんを笑い飛ばす。と、その態度に特に怒る様子も無く、組んだ腕を手すりに乗せたネイチャーさんは、ウンウンと大袈裟に頷き、
「確かに、アラン君の言う様に、世界が死んでいるのなら、私たちも生きてはいませんね。私が間違っていました」
「ほら見ろ! 俺様を騙そうとしてもそうは──」
「──世界は死の直前にある、と言った方が正しかったですね」
「……なんだと?」
アラン兄の声質が、明らかに下がる。その反応が嬉しかったのか、ネイチャーさんは逆に声質を上げ、
「アラン君、あなたは今まで生きていて一度もおかしいと思った事は無いのですか? こんなコンクリートに覆われた悲しい町並みを見て、何とも思わなかったのですか?」
「あいにくと、生まれてこのかた、そんな景色しか見た事が無ぇからな。そんな事、これっぽっちも思った事はねぇぜ」
「では、時折流れる公共放送、そこに映る花や森、川や山を見て、何とも思いませんでしたか?」
「はんっ! あれは昔の話だろ? まだ外が殺人ウイルスに汚染される前のな!」
「殺人ウイルスって、あの時言っていたやつ?」
トップタウンのレストランで、アラン兄と話した事を思い出す。その殺人ウイルスってやつは、昔の戦いの後にいきなり発生した、致死性の高いウイルスとの事だ。まぁ、ウイルスっていうのが良く分かってないんだけど。
「あぁ、そうだ! その殺人ウイルスのせいで、人類は絶滅しかけたんだ。だがその時、開発中だったこのバクスターみてぇな移動自律型都市のお陰で人類は絶滅せずに済んだんだ」
一つ一つを確認する様に、言葉にするアラン兄。その内容は、レストランで説明してくれた時と同じだった。誰かに確認した訳じゃないけれど、おそらくアラン兄が言っている事が正しいのだろう。
しかし──、
「──可哀そうに……」 被っていたシルクハットを深く被り直すネイチャーさん。その声は同情が多分に含まれていた。
「誰が可哀そうだって……?」
「そんな浅はかな捏造で納得してしまっているあなた方が、ですよ」
「何が言いたい?」
アラン兄の棘のある問い。だが、ネイチャーさんは帽子を深く被り、その顔を見せる事は無い。
プシュ! プシッ~! と断続的に不定期に吹き上がる蒸気。それに伴い上がる室温。すると、痺れを切らしたアラン兄が、ビシッとネイチャーさんを指差して、
「だったら聞かせてみやがれ!」
「宜しい! 良い機会です! 私が懇切丁寧に教えてあげましょう!」
その言葉を待っていたかの様に、深く被っていたシルクハットをパッと掴み上げると、ネイチャーさんは優雅に体を折る。その一連の動きに、まるでお芝居でも見ている様な錯覚に陥る。
「ちっ! ムカつくヤローだぜ!」
「まぁ、そう言わずに。……さて、まずは何から、あぁ、アラン君。君たちが致死性のウイルスだと思っているモノ。実はそれ、違うんです」
「ちっちっ」 ネイチャーさんが、立てた人差し指を顔の前で振る。その所作もどこか芝居掛かっていた。
「どういうこった?」 アラン兄が疑いの目を向けると、まるで内緒話でもするかの様に、口の横に手を添えて、
「実はアレ、昔の人間が産み出した、危険物質なのです」
「危険物質だぁ?」
思わず大きな声で訊き返すアラン兄。呆れも混ざっているのだろう、かなり大きな声に、ネイチャーさんは少し耳を押さえて、
「えぇ、そうです。まぁ、アラン君が驚くのも無理はない。ですが、これが真実なのです」
「はっ! 何を言うかと思えば、人類が産み出した危険物質だって? そんなもん、バクスターに住む奴はおろか、世間知らずなこの二人でさえ信じないぜ?」
「なあ、お前等?」と、僕とアカリに話を振ってくるアラン兄。だが、世間知らずを言われて、「うん」と頷くとでも思っているのだろうか?
だが、ネイチャーさんは「ふぅ」とこちらに聞かせる位の大きな溜息を吐くと、
「いけませんねぇ、アラン君。”裏”の時にしっかり教えたではありませんか。情報はちゃんと精査する様に、と」
「精査するまでもねぇさ! そんなバカな話、誰が信じるんだってんだ」
「──そうですか……。では」
そう言うと、ネイチャーさんはいつの間にか持っていた黒のステッキを横に振るう。すると、シュゴッ!という音とともにあちこちの管が、一斉に蒸気を吹き出した!
「うお!? おい! 一体何をしやがった!?」
「良いから、アレを御覧なさい」
ネイチャーさんがステッキで何もない空間を指す。するとそこに吹き出した蒸気が集まり、どこからか光が当てられると、やがて何かが映りだす。──それは、何て説明したらいいのか分からない、凄惨な映像だった──。
ロワ―タウンで一回だけ視た、動く絵図。公共放送と呼ばれたそれには、バクスターでは見た事が花や木、川や山が映っていた。だけど、蒸気に映るのは、全く違うシロモノ。まるで、どこかの地獄を切り取った様なものだった。
銃を大きくしたモノを持ち、向かい合った人間を殺戮する場面。大きな鉄の塊が吐き出す炎に焼かれる人々。そして、見た事もない大きな日の玉を生み出しながら、全てを焼き払う爆発……。
「──どうです? これがあなた達の知っている“世紀末戦争”の真実です。そして、いま流れている“核の応酬”によって撒き散らされた大量の危険物質──放射性物質が、世界中に広がり全てを作り変えていってしまったのです。──何もかもを失った世界に、ね」
「……」
「“世紀末戦争”は人類同士が醜く争い合った、最もバカげた行為です。そのせいで、この世界は死んだのです……」
「んな訳あるかよ? “世紀末戦争”は、人類が生き残る為に火の精霊との間で繰り広げた戦争の事だろうが!」
アラン兄の力強い否定。けれど僕は唖然としていた。この世界に精霊が居ると言う事、そして、その精霊と戦争をしたという事に──。
(どういう事!? 人と精霊が戦っただって!? そんなバカな!?)
見たことは無いけれど、僕の住む世界にも精霊は存在すると教科書に書いてあった。そこには、精霊たちは世界中の魔力の秩序を守っているのだという。つまりは、世界を司る存在だ。そんな相手に戦いを挑むなんて!?
「いえ、そこが違うのです。火の精霊と争ってはいません。当時存在した大国同士が、飲める水を巡って起こした核戦争、それこそが“世紀末戦争”の正体なのです」
蒸気に映し出された映像が切り替わる。草木が枯れ、動物たちが死に絶え、そして人々が苦しみながら倒れて行く。……そして映像は途切れ、蒸気が霧散していった。
「……ではなぜ、人類は滅びなかったのか……。それはご存じですよね?」
「……滅びかけた人類を救ったのが、当時開発中だった数基の移動自律型都市。残った人類はそこに生活圏を移し、今日に至る……」
「はい、良く出来ました」
まるで教科書を読み上げる様にそう口にしたアラン兄に、パチパチと拍手を送るネイチャーさん。
それが気に障ったのか、アラン兄が霧散してすでに無くなった蒸気を払う様に腕を振るう。まるで、ネイチャーさんの言い分を認めないとばかりに。
「じゃあ何故だ!? なぜ俺らは火の魔力を使えねぇ!? 火の精霊と戦った代償じゃねぇのか?!」
(代償?)
「それは違います。この世界の人間が、火の魔力を扱えないのは、火の精霊と戦ったせいではありません。火の精霊が人類に絶望したからなのです」
「絶望、だと?」
絶望――、その言葉が予期しない言葉だったのか、アラン兄が問う様に言葉を反復する。
「そうです、絶望です。まぁ、それも当然ですよね。己の加護たる火の魔力よりも強大な物を生み出し、それを自らと同じ種を絶滅せんとばかりに使用したのですからね」
「やれやれ」と、シルクハットを押さえながら首を振るネイチャーさん。
「本来であれば、四大精霊の一つであり、世界の浄化に寄与する火の精霊がその役割を放棄してしまったのです。であるならば、この世界は死んだも同然なのですよ」
「……」
押し黙ってしまったアラン兄。自分の中にある、当たり前だった常識を覆されれば、それも当然と言えるだろう。
再びの沈黙。蒸気の噴出す音が辺りを支配する中、そんなアラン兄に、さらに言葉を続けるネイチャーさんは、顔を振りながら、
「そうして、浄化されない大地は腐り、何者も存在出来ない場所となってしまった。そして移動自立型都市に、逃げる様に生活の場を移した人類もまた、滅ぶ運命にあったのです。一つの都市にずっと留まっていれば、種としての交配にも限界が訪れます。そこで生まれたのが、──人類還元。当時、一人の女性が提言した、人類の未来を担う国家的なプロジェクト」
シルクハットのつばを少し上げると、細めた目を蹲っているシーラさんへと向け、口角を上げる。
「提言された当時は、持て囃されたのですがねぇ。ね、シーラさん?」
「……私は何も、知らない……」
腕を抱き、ネイチャーさんの言葉を否定するシーラさんだったが、決してネイチャーさんを見ようとはしなかった。いったい、何をそんなに怯えているのだろう?
そんなシーラさんを庇う様に前に立つと、アラン兄は持っていたヤリの矛先を向け、
「まるで見てきた様な言い草だが、なんで、お前はそんなに詳しいんだ?! お前は一体なにモンだ?」
「それは──」
「それ以上はぁ、極秘事項違反になるんだなぁ!」
「クライム!?」
パァン!
コアの陰から突如として現れたクライムが、ネイチャーさんに向けて銃を放つ! が、ネイチャーさんの身体を貫通、きんっ!と高い音を立てる。え!? なんで?! 交わした様には見えなかったけど!?
バシュウッ!!
突如吹き上がる蒸気! その霞にネイチャーさんの身体が混ざり合うと、朧気に揺れると、消えてしまうネイチャーさん。
「ホログラム、か!?」
「真実を語る事を違反扱いとは……。自分たちの責任を感じない、愚かな人間の考えそうな事ですね。ですがまぁ良いでしょう。それではお別れですね、アラン君。楽しかったですよ。”裏”の仕事を重ねていく度に壊れて行く君を見るのは、ね!」
「……クソが!」
声は聞こえるのに姿が見えないネイチャーさん。何がどうなっているのか!?
「アラン兄! あの人はどこに!?」
「あん? ありゃホログラムさ」
「ホログラム?」
「そんな事より、あの野郎を追うぞ! きっと、このさらに下に──」
と、アラン兄が言い掛けた時、
『──侵入者デス! 侵入者デス! 直チニ排除イタシマス──』
「な、何!?」
「マズイ!? セキュリティが動き出しやがった!!」
ブシュウ~~~!!!!
部屋を覆いつくす程の大量の蒸気が一斉に吹き出し、辺り一面を白く染め上げる!!
──ガシャン!!
背後から聞こえた不気味な音! 振り返ると、霧の中で二つの光が浮かび上がった!