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218話

読んでくださった方、そして、評価・ブクマしてくださった方、本当にありがとうございます!


とても励みになります! 頑張ります! 

 

 アラン兄の睨む先──ブシュウ!とパイプから勢い良く蒸気が放たれたその先にある、コアの部屋の上部に張り巡らされた金網の踏み板に、浮かぶ人影。



「ネイチャー!? あの人が!?」



 吹き上がった蒸気が晴れ、そこに現れたのは、片グラスの眼鏡を掛けた中年男性。その出で立ちを一言で表すのなら、”執事“。


 白髪の混ざる頭に浅く被った黒のシルクハット。黒い燕尾服姿の男性が背筋をピンと伸ばし、僕たちを見下ろしている。あの人が、僕たちが探していたネイチャーさんなのか?!



「まさかこんな所で君に会えるなんて、思ってもみませんでしたよ、アラン君?」

「俺も同じ気持ちだぜ、ネイチャーさんよぉ」



 貴族のお屋敷ならばいざ知らず、場違いの様な恰好のネイチャーさんは、アラン兄に向けて柔和な笑みを浮かべている。まるで、旧知の仲に会った様な、そんな笑み。対するアラン兄は、今にも殴り掛かりそうに歯を鳴らす。まるで、積年の恨みを持つ相手にやっと会えたかの様だ。


 そんな対照的な出会い。すると、ネイチャーさんは少し視線を動かすと、



「おや? そちらに居らっしゃるのは、もしかしてシーラさんでは? シーラさんにお会いするのも、久しぶりですねぇ。どうです? お二人とも、元気ですかな?」

「……」



 シーラさんに気付いたネイチャーさんは、さらに顔を緩める。そんなネイチャーさんを見て、いつものスーツ姿のシーラさんは微動だにせず、ネイチャーさんを見上げる。


 その様子に、ウンウンと頷きながら、



「もしや、あれですか。昔のタッグが復活という事で、それを私に報告に来たと? いやぁ、助かります。この頃色々とありましてね? 人手が全く足りないんですよ。いやぁ、お二方が”裏”に復帰となれば、少しは私の肩の荷も下りるというものですよ。またお二方の活躍が見られるなんて、私も幸せ──」

「──悪ぃな、ネイチャーさん。そんな冗談に付き合う暇は無ぇんだわ」



「ふぅ」と、短く息を吐いたアラン兄が、持っていた鉄の槍、その矛先をネイチャーさんに向けると、



「取り合えず、四の五の言わずに大人しく捕まってくんねぇんかな? なに、昔のよしみだ。痛くはしねぇからよ」

「……その様子ですと、なぜ私がここに居るのかもご存じなのですね?」

「あぁ。依頼者から全て聞いているからな」

「なるほど。──では、私を止めに来たんですね?」

「……そうだと言ったら?」



 ──訪れた沈黙。蒸気が吐き出される音と、ゴォンゴオンという低い音だけが辺りに響く。すると、



「……くく」



 僅かに漏れる嘲笑。それが──



「あーはっはっ!」



 大きいものへと変わっていった。体を折り、シルクハットを押さえてまで笑うネイチャーさん。一体なにがそんなに可笑しいのだろうか?



「何が可笑しい!?」 笑われた事に腹が立ったとばかりに、アラン兄が怒鳴る。



「これは失礼。……くくっ」



 謝りながらも、まだ笑いを収めきれないネイチャーさん。付けていた片眼鏡の下から、白い手袋を嵌めた指をそっと差し込んだ。涙でも拭っているのだろうか。


 そうして一頻り笑うと、後ろに手を回すとアラン兄を見下ろして言う。



「ですが、キミが悪いのですよ、アラン君?」

「どういうこった?」

「どうもこうも、あれほど忌み嫌っていたヤツに“飼われてしまった”んですからねぇ?」



 その言葉尻に、嘲りの笑い声を含ませて。


 飼われる。それは暗に──いや、ハッキリとバカにしているのだ。

 僕は動物を飼った事が無いから、あまり飼うという言葉を使った事が無い。だから、二人の間での、その言葉の深い意味までは分からない。だけど、そんな僕にでもバカにしているという位は伝わってきた。



「……そうだな、ネイチャーさんよ……」



 言われたアラン兄はそっと目を伏せると、「はっ」と乾いた笑いを発し、



「俺ともあろうものが、アレだけ嫌がっていた誰かの子飼いに──しかも一番嫌ぇな奴の犬になるなんて、そりゃあ笑っちまうのもムリはねぇよなぁ」

「……」



 あれほど自分を睨んでいたアラン兄の態度の急変に、ネイチャーさんは目を細める。そこにあるのは、僅かな警戒心。



「……だがな、ネイチャーさんよ。俺はそれでもかまわねぇ。幾ら笑われようともな。自分よりも大事なアイツを助けられるのならば、例え地獄の悪魔にも、喜んで尻尾を振ってやるぜ!」



 拳を握りしめ、ネイチャーさんに吠えるアラン兄。今のアラン兄にとって、一番大事なのは、ノラちゃんを取り戻す事だけ。その思いをネイチャーさんへとぶつける。



「……なるほど、私が導いた者の中に、アラン君の大切な方が居らっしゃった様ですね」



「ふむ」 顎に手を添えたネイチャーさんは、一つ頷く。



「アンタには関係無ぇよ。取り合えず今は大人しく捕まってくれればそれで良い。そうしたら、俺は幾らでもアンタにお礼を言ってやるぜ? だからさっさとその足場から降りてきてくんねぇかな」



 槍の矛先をネイチャーさんから微動だにせずにアラン兄が言い放つと、ネイチャーさんはさらに顎を撫で付けながら、



「ふむ、そういう理由であるならば、捕まって差し上げるのも、吝かでは無いのですが」

「お、そいつは良い心掛けだな! よっしゃ、待ってろ。今、そっちに行くから──」

「──ですがその前に、私がなぜ彼らをこのバクスターにお呼びしたのか、その理由を聞いてからでも、遅くは無いんじゃないですかね?」

「あぁ?」



 キョロキョロと辺りを見渡して、何かを探すアラン兄。おそらく、ネイチャーさんの居る所へと上がる為の階段を探していたアラン兄に、ネイチャーさんはそう投げ掛けた。



「……別にどうだって良いぜ、そんな事はよ。どうせまた、アンタの考えた事なんだろ? ならば、ロクな話じゃねぇよ。それにな、俺はアンタさえ捕まえられればそれで良いのさ。それで万事解決、めでたしめでたしって寸法さ」

「……そうですかねぇ?」

「……あぁ?」



 ノラちゃん達をこの町に呼んだのには理由があるというネイチャーさんの話を、訝しむアラン兄。でも確かに、その話はおかしい。だって、ノラちゃん達は、ノインちゃんを救う為にこの町へと来たのだ。決して、ネイチャーさんに言われたから来た訳じゃない。



「アラン兄。その話は変だよ。だって──」

「おい、お前は黙ってろ!」

「……おや、そちらの方は?」



 ネイチャーさんの興味が僕へと移る。片眼鏡の奥がキラリと光った、気がした。その視線を遮る様にアラン兄が僕の前に立つ。そして、



「別に何でもねぇよ。ただの同行者さ。それにアンタのさっきの話は、かなり無理があるぜ? ただ助かりたい一心での出まかせなんだろうが、そんなもの、このアラン様には通用──」

「私が彼らをこのバクスターにお呼びしたのは、バクスターの都市長に頼まれたから、と言ったらどうです?」

「──!?」



 思わず目を見開いた。それほどに、ネイチャーさんの言った事が衝撃的だったからだ。あまりに突拍子すぎて、唖然としてしまう。


(え、今、何て言ったの? 頼まれた? キャンベルさんに? ネイチャーさんが?)



「……そんなホラ話。誰が信じるとでも? 捕まりたく無ぇのは分かるが、この期に及んで、そんな事を言うなんて──」

「──“人類還元”」

「……?」



 ニタリと笑いながら言ったその言葉を、理解した人は居なかった。──ビクリと震えたシーラさんを除いて──



「シーラ、さん?」

「ん? おいシーラ、どうした?」



 シーラさんのいつも浮かべている凛とした表情は驚きに崩れ、その顔から色が失われていた。大きく目を見開き、ネイチャーさんを見ている。明らかに何かを知っている様子だ。


 そうする内に身体の震えが大きくなり、立っているのも難しいのか、震える膝から崩れ落ちる様に鉄の床に膝を突くシーラさん。すでにネイチャーさんから外れたその目は淡くくすみ、何も映していない様に見える。



「シーラさん、どうしたの!?」

「おい、シーラ! 何か知ってんのか!?」



 自らの身体を抱き締めるシーラさん。明らかに様子の変なシーラさんに声を掛ける。何やらブツブツと呟いていて、僕とアラン兄の呼び掛けは届いていない。一体なにが!?


(あのシーラさんがここまでおかしくなるなんて! さっきの言葉にそれほどの意味があるのか!?)


 シーラさんに寄り添っていた僕とアラン兄が、同時にネイチャーさんを射竦める。すると、ネイチャーさんはどこか満足気な感じで、



「宜しい! 良い機会だからお教えしましょう! この世界が歩んできた愚かな歴史を!」

「愚かな歴史だぁ? けっ! 大層な言いっぷりじゃねぇか! だがな、誰も頼んじゃいねぇんだよ!」

「まぁ、そう言わずに──。そもそもアラン君たちは、この世界の歴史をどの位ご存じですかな?」

(この世界の歴史?)


 この世界の歴史の事なら、僕も知りたいと思った。いきなり飛ばされた、僕の住む世界とあまりにかけ離れたこの異世界。今も見つからないサラの手掛かりを得るにしろ、僕たちの世界に戻るにしろ、この世界の事は知っておいた方がいいと思ったからだ。



「あぁ? 歴史なんてモンは、教会の説法で耳タコなんだよ。だから今さらテメェの口から聞かされなくても、十分だってんだ!」



 だけど、アラン兄は別に興味も無いとばかりに肩を竦めた。そんなアラン兄の冷たい視線を受けても特に動じず、ネイチャーさんは「コホン」と一つ咳払いをすると、



「あぁ、アレですか……。あれは真実ではありませんよ?」

「──なんだと?」



 アラン兄が反応を返してくれたことが嬉しかったのか、ニヤリと笑うネイチャーさん。だがその笑みは、執事の心象とは程遠いほど、意地の悪いものだった。



「この世界はね、その昔に一度死んでいるのです。人間の手によってね」


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