母さんとの会話
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
サラが落ち着くのを待って、僕たちは家に帰ってきた。気付けば、もうすぐ昼という時間だ。今日は学校をサボってしまったが、これはしょうがないよな。あとで、アーネにでも授業の内容を聞くか、ノートでも借りよう。
家に帰る道中、サラはずっと母さんに抱き着いていた。まるでもう二度と何処にも行かせないとしているかの様だ。実際、何日も家を留守にしてきたのだから、母さんには反省の意味も込めて、少しの間我慢してもらおう。
鍵を開け、家に入った僕たちは、とりあえずリビングに入る。母さんが台所でお湯を沸かす間、僕とサラはテーブルの椅子に座り、お湯が沸くのを無言で待つ。
お湯が沸き、母さんがそれぞれのカップにお茶を注いで僕たちの前に置く。僕とサラが並んで座り、母さんが僕の対面に座った。
これから僕たちに今までの事を説明する、その話は長くなると母さんはそう切り出し、お茶を一口含んで、喉を潤した。
「……まずは二人に心配掛けた事、改めて謝ります。本当にごめんなさいね」
母さんはその場で深々と頭を下げた。そして、
「さっきも言ったと思うけど、お母さん、急にやらなくてはいけない事が出来たの」
顔を上げた母さんは深刻な顔をしていた。
「それってお母さんじゃなきゃ駄目なの?」 サラが問う。
「……そうね、お母さんがやらなくちゃいけない事なのよ」
「―何日も帰って来れなくなる様な、そんな大変なことなの?」
サラが続けて問う。母さんは困った様に笑いながら、答える。
「今やらなければ駄目なのよ」
「それって何なの?」
このサラの質問に、母さんは答えあぐねてしまった。
「……それは言えないわ。今は言えない」
「何で?」
サラの問う言葉には、段々と咎める様な気色が含まれていった。
「……全てが終わったら話せるから、それまでは待ってちょうだい」
母さんは軽く俯き、目を瞑って請う。このままでは埒が明かないと思った僕は、僕の中で考えていた疑問を口にする。
「―それって、僕が魔法を使えた事と何か関係があるの?」
昨日から考えていた、考えない様にしていた事を口に出した。母さんは一瞬──ほんの一瞬だけビクッと体を震わせたが、声音は変わらず、
「……全てが終わったら話すから」 と繰り返すだけだった。
「じゃあ、何なら話せるの?」
冷たく棘のあるサラの声。苛立ちを隠せない様だ。もはや隠す気も無いのかも知れない。
「……そうね、取り合えずお母さんを信じてちょうだいとだけ―」
「何も話せないのに、信じられると思う?」
「……」
「お母さんが居なくなった時、凄く不安だった。心配でたまらなかった。やっとお母さんを見つけて家に帰ってきて、帰って来なかった理由を聞いても、何も言えないなんて。……そんなの勝手すぎるよ!」
サラは、我慢の限界とばかりに母さんに詰め寄る。十二歳の女の子が、ここ数日で抱えた怒り。それをまっすぐに母さんにぶつけたのだ。しかしそれでも、「後で必ず言うから」と、母さんの答えは変わらなった。
「もういい! お母さんなんて大嫌い!!」
ガタッと大きく椅子を鳴らしてサラは勢いよく立ち上がると、そのままリビングを出て行ってしまう。
後に残された僕と母さん。気まずい空気に包まれる。だけど、僕だって母さんに聞きたい事はたくさんある。あるんだけど、
「……母さん。その、言える様になってからで良いから、僕たちに全て話してくれると約束してくれる?」
このまま母さんに同じ質問をしても、今は答えてくれる気がしなかった僕は、母さんに確認の意味を込めた質問をした。
「えぇ、必ず。……必ず、すべて答えると約束するわ」
母さんは俯いていた顔を上げ、僕をしっかりと見つめて言った。
「……分かった。母さんを信じるよ」
「……ありがとう」
それっきり話は終わってしまった。後に残ったのは、決して小さく無い蟠りと、すっかり冷えてしまったお茶だけだった。