205話
(何がどうなってるのっ!?)
両手を上げたまま、何が何だか分からずキョロキョロと辺りを見回す。少し離れた入場口に居る人たちが、何事かとこちらを見ていた。僕にも分からないけど、あまりこっち見ないで~!!
「おい、坊主! 何か隠し持ってやがるな!」
「え? 痛っ!?」
もう何がどうなっているのか分からなくて泣きそうになる僕に、いきなり若い憲兵さんが足を掛けてきた。そして足を払われた僕は、地面へと押し倒される!
「ユウっ!」
「嬢ちゃんは離れてな! おい坊主、動くなよ! 動いたら、撃つからな?」
近寄ろうとしたアカリを手で遮ると、背の高い憲兵さんが怖い顔をして、いつの間にか取り出した銃を僕へと向けてきた。
「い、痛い! ちょ、ちょっと何するんですか!?」
「悪いな坊主。金探が反応したから、ちょっと手荒になっちまったが許してくれ。なに、こっちの質問に答えてくれればそれで良い。分かったな?」
「し、質問……?」
「それじゃ坊主、質問だ。お前さん、何か金属で出来た物を後ろのポケットに入れてないか?」
「き、金属……?」
腕を背中へと回されて、その上から足を乗せられた僕は全く身動きが取れないまま、後ろのポケットに何か入っていたかを思い出す。コンクリートの地面に押し付けられた頬。そこから伝わってくる冷気が焦りを奪って行ったせいか、すぐさま思い出した。
「……あ」
「ん、心当たりがあるのか? それは危ない物か?」
「い、いえ、危なくはありません」
「そうか。じゃあ、俺たちが取り出すが、良いな?」
「そ、それは……」
答えに詰まる。後ろポケットに入っている物。それは、昨日アラン兄が僕に渡してきた、一本の鍵だった。
(確かアラン兄は、大事なカギだから無くすなよ!って言ってたよな)
渡された時の言葉を思い出す。アラン兄は『トップタウンで使う鍵だから、無くすんじゃねぇぞ!』と、僕に渡してきたのだ。なんでそんな大事な物を僕に渡したのか、理由も言わずに。
「危なくないなら、俺が取っても問題無いだろう?」
「そうですけど……」
「おい、まさか嘘を言っている訳じゃないよな、坊主。もし危ない物が入っているのなら、俺はお前を捕まえなきゃならん」
「そんな!?」
背の高い憲兵さんの言葉に、僕は慌てる。ここで捕まってしまったら、ノインちゃんを助けに行けなくなってしまうじゃないか! だからって、トップタウンで使うと渡された大事な鍵を、憲兵さんに渡す事も出来ないし、一体どうすれば!?
「ほら! さっさと出せ! お前みたいな汚いガキが、危ねぇ物なんか持っている訳ねぇんだからよ! せいぜいが、どっかでくすねたアクセサリーか何かだろ!?」
「そ、そんな事しませんよ!」
「──ちょっと、良いかしら?」
グイグイと、僕の背中に乗せた足に力を入れる若い憲兵さん。僕が何か盗んだと思っているらしい。そんな事、僕がするわけ無いだろ!と、動かせない顔で精一杯睨んでやろうとした時、シーラさんが近付いてきた。そして横まで来るとしゃがみ込んで、いきなり僕のズボンの後ろポケットに手を突っ込んだ。 ちょっと、シーラさん!?
「あ、危ないっスよシーラ階長!」
「大丈夫よ。それに私が連れてきた使用人だもの。私が直接、検分するわ。……これね、金属探知機に反応したのは」
「あ、ちょっと!?」
ガサゴソと、ズボンの後ろポケットに入れた手を動かすシーラさん。お尻を触られているみたいで、くすぐったいから止めてほしい。
すると、何かを見つけたシーラさんがスッと、後ろポケットから手を抜く。そのシーラさんの手に握られていた物、それはアラン兄から渡された鍵──では無く、見た事の無い、一枚の銀色の硬貨だった。
「1トイコインだな……」 シーラさんが僕のポケットから取り出した硬貨。それを見た背の高い憲兵さんが、僕に向けていた銃を下ろす。と、僕を取り押さえていた若い憲兵さんも気の抜けた声で、「ったく、たかだか1トイコインで、俺たちの手を煩わせるんじゃねぇよ……」と、乗せていた足を退かした。
「……え? あれ?」
何でポケットから硬貨が出てきたのか分からない。硬貨という事は、この世界のお金だと思うけれど、僕はこの世界のお金を持った事も無ければ、見た事も無かった。それが何で僕のポケットに?
「あなた、この1トイをどうしたの?」
「え?」
寝転んだまま混乱する僕に、シーラさんが質問してきた。その声に反応して顔を上げると、その顔はとても冷たいものだった。
「ど、どうしたのと言われても!?」
「……そう、シラを切るつもりね?」
「シラ?」 シーラさんの言っている意味が解らず思わず聞き直した僕に、冷たい顔を浮かべたまま、いきなり僕を蹴り付けてきた!
「──うぐっ!?」
「──シーラ階長、何を!?」
呻く僕と、シーラさんの行動に驚く憲兵さん。だけど、シーラさんは特に感情を表す事無く、
「何をって、自分の使用人に仕置きをしているだけよ?」
「仕置きって……」
「ちょっと!? ユウに何しているの!?」
「あなた、メイドのくせに主に逆らうのかしら?」
「う……」
黙ってしまった憲兵さんと入れ替わる様に、今度はアカリが文句を言うが、シーラさんはそれを非難する。たしかに、どこの世界に主に対して文句を言う使用人が居るかって話だし、アカリだってお姫様だから、その辺りの事は良く知っているのだろう。
アカリがそのまま黙ってしまったのを見届けたシーラさんは、髪を掴んで僕の頭を持ち上げると、
「このお金はどうしたのかしら?」
「……し、知りません……。うぐぅ!?」
否定する僕の脇腹を殴ってきた。何のつもりでこんな事をするのか全然分からないし、それに痛い! こんなの作戦には書いてなかったよね、シーラさん!?
一人混乱していると、「まだシラを切るのね……」とシーラさんが僕の髪を掴んでさらに頭を上げる。首の骨がギシリと悲鳴を上げる中、シーラさんが僕の耳元に口を近付け、
「……ユウ君、あなた魔法が使えるのよね? ならば今すぐ身体強化の魔法を使ってちょうだい。良いわね?」
「──?」
周りに聞こえない様、小声でそう言ったシーラさんは、僕の髪を掴んでいた手をパッと離すと立ち上がって、
「良いわ、ならばここでペナルティを与えます。……ちょっと警棒を貸して貰えるかしら?」
「え? えぇ、構いませんが、まさかコレで?」
「当たり前でしょう? 主人である私に恥を掻かせた罰よ」
「ちょ、ちょっとシーラ階長! それはやり過ぎでは?! たった1トイじゃないですか!?」
「たった1トイでも、罪は罪です。あなた、さっき言ったわよね? 任された仕事をきっちりこなす。それで俺たちは金をもらっている、と。私もこの階層に住む住人から任された仕事をこなすからこそ、給金をもらい、そして住人に信頼されるのです。そこに例外は無いでしょう?」
「た、確かにそれはそうですが……」
「嫌なら見なければ良い。すぐに済みますから。では、警棒を」
シーラさんが手を差し出すと、「せめて、加減してやってください……」と、渋々といった感じで、腰に刺さっていた警棒をシーラさんに渡す。そして、クルリと振り返った背の高い憲兵さんは、呆然としていた若い憲兵さんの肩に腕を回して向きを変えさせると、入場口に並んでいる人に向けて、「見世物では無いんで、こっちを見ないでください!」と、注意していた。
「……あなたも見たくなければ、向こうを向いている事ね」
「いえ、私は大丈夫です」
「そう。ではユウ君、準備は良いかしら?」
「……準備?」
「は、はい! 〈自分に命じる。身体強化だ!エンチャントボディ〉!」
シーラさんに言われて、すぐさま練った魔力を使って身体強化の魔法を使う。杖が無いから少し魔力の効率が良く無かったけれど、何とか上手く身体強化の魔法が発動出来た。ちなみに僕の杖とアカリの刀は、アラン兄と共に大回廊へと向かったノエルさんに預けてある。「武士の命なんだから!」とアカリはとても嫌がっていたけれど、刀を持つメイドなんか居ないと皆に説得され、泣く泣く渡していたっけ。
僕の身体が魔力で強化される。〈エンチャント〉の魔法は、本来は戦士系しか使えない魔法なんだけど、何故か召喚士である僕にも使えた。その理由は未だに分からないんだけど。
身体が淡く光る。憲兵さんに見られたら、思いっきりバレちゃうけれど、今はこっちを見ていないから、バレないだろう。
(それにしても、この世界にもエンチャントがあるなんて知らなかった……。それに、シーラさんの言い方が気になる)
シーラさんは、魔法が使えるのなら身体強化も使えると言っていた。僕の世界では、魔法の使える魔法使い系は、魔力強化は出来ても身体強化のエンチャントは使えないというのが常識だ。やっぱりこの世界は、僕の世界とは違う世界なのだ。
「ユウ、それってまさかエンチャント?」
「さすがはユウ君、アランの言っていた通りね。それにしても淡く光るほどの身体強化なんて凄いわね……。これなら思いっきりイケそう!」
「ちょ、ちょっとシーラさん!?」
「大丈夫よ、その強化ならばダメージは無いわ。でも怪しまれちゃうから、適度に演技してね?」
シーラさんが高々と警棒を振り上げる。その目は怪しく光り、何故か唇を舐め上げた。正直、とても怖い!
そして振り下ろされる警棒が、僕の肩に当たる! ドガっ!という激しい音に、思わず目を瞑ってしまった。でもエンチャントのお陰で痛みは無い。その後も、ドカッ!ドスッ!と警棒で叩かれ続ける。さすがに衝撃は消せないので、殴られるたびにあまり聞きたくない音が辺りに広がる。
「どうしたの? 痛みで何も言えないのかしら?」
「はっ!? い、痛いっ! 痛い~っ!!」
シーラさんが僕を見下ろす。その目が、「演技はどうしたの?」と言っていたので、急いで痛みを訴える。
「痛い~! 止めて下さい~! シーラ様~!」
「止めて欲しければ、正直に吐きなさい!」
連続で警棒を振り下ろすシーラさんと、止めて~! 痛い~!と、訴え続ける僕。我ながら完璧な演技だ。だけど何故か、僕たちを見るアカリは肩を落としていた。まるで「あなた達、何してるのよ、ほんと……」と呆れている様に感じるのは、気のせいだと思いたい。
そうして、肩で息をし始めた頃、やっと止めに来た憲兵さんに説得されたシーラさんは、僕を殴るのを止めたのだった。
☆
息を整えたシーラさんが、乱れた服を整えながら、警棒を背の高い憲兵さんに返す。その警棒をとても嫌そうに受け取った憲兵さんは、あまり見ない様にしながら警棒を腰に差し直した。
シーラさんに叩かれ続けた僕は、アカリに肩を借りながら、通用口の近くの地面に座り込む。エンチャントが効いていたから全く体は痛くないのだけど、さすがに少しは痛がらないと不審に思われるので、こうして休んでいた。着ていた服の一部が少し破けて、その部分が少し赤くなっていた。これは後でサラに縫い直してもらわないとな。
「それにしても、普段より警備が厳重だけど、何かあったのかしら?」
「それが、憲兵長からの指示で、エレベーターシャフトの警備を強化する旨の指示があったのです」
「何か聞いていませんか?」 背の高い憲兵が、通用口で休む僕をチラチラ見ながら、シーラさんに尋ねると、シーラさんもその視線を追って、チラリと僕とアカリを見た後に、
「さぁ、私は何も。治安に関しては憲兵長に一任していますから」
「そうですか」
(多分、僕たちを探しているんだ)
警備が強化された理由はきっと、僕たちを捕まえる為に違いない。
シーラさんと背の高い憲兵さんが話しているのをボーっと見ていると、シーラさんがクルリと体の向きを変え、僕たちの方へと歩いてくる。若い憲兵さんは休憩を取ったらしいけど、たぶんシーラさんが怖くて、こっちに来たくないだけじゃないかな。
「それでは先を急ぎますので、これで。引き続き警備の程、お願いします」
「はっ!!」
離れていくシーラさんに敬礼する背の高い憲兵さん。その視線を受けながら、シーラさんは僕たちの元に来ると、
「さぁ、早く行くわよ。いつまでも休んでいないで、早く立ちなさい」
「は、はい」
冷たく言い放つと、スタスタと入場口を通る。その後を僕の心配をしながら続くアカリ。そして演技でヨロヨロと立ち上がった僕が、鞄を二つ持って付いていく。その僕の肩にポンと手を乗せた背の高い憲兵さんが、「シーラ階長をあまり怒らせるなよ?」と、ゴニョゴニョと助言してきた。
僕はそれにペコリと頭を下げる事で答えると、通用口を通り抜ける。こうして、何とか僕たちは、エレベーターシャフトの中まで入る事が出来た。