200話
★ ユウ視点 ★
「……ぅ……」
「──!? アラン兄!?」
ベッドで横になっているアラン兄が呻く。僕が呼びかけると、もう一度浅く呻いた後にうっすらと目を開けた。良かった! どうやら気付いたみたいだ。
「アラン兄! 大丈夫!? どこか痛い所とかない!?」
「……なんでぇ……。地獄じゃねぇのかよ……」
「アラン兄?」
ベッド脇に置かれている椅子から立ち上がり、体を起こそうとするアラン兄に手を貸す。すると、上体を起こしたアラン兄はベッドの白いシーツを見つめて、意味の分からない事を口にした。
「……なんでも無ぇよ。それで、ここは?」
「──気付かれましたか?」
アラン兄が、介助した僕の手を煩わしそうに叩いた時、プシュっと後ろで音がした。誰かが入って来たみたいだ。
「……誰だ、テメェ?」
「もう、アラン兄! そんな事を言っちゃダメだよ! この人は──」
「良いのです、ユウ君。私から説明しましょう」
部屋に入って来た、白いブカブカのローブを羽織った男性が、アラン兄の居るベッドへと近付くとペコリと頭を下げる。
「申し遅れました。自分の名は、バックと言います」
「……バック……?」
「アラン兄! このバックさん達がね、僕たちをここまで連れて来てくれたんだよ!」
自己紹介したバックさんの事を、胡散臭そうに見るアラン兄。少し険悪な空気を出し始めたアラン兄に気付いた僕は、アラン兄からバックさんを隠す様に前に立つと、アラン兄に説明し始める。
「連れて来てくれた、だって?」
「うん! アラン兄は気を失って倒れたから覚えていないだろうけれど、あの廊下でバックさん達に会ったんだ。アラン兄は倒れて起きないし、これからどう行動したらいいのか分からなくて困っていた僕たちを、ここに連れて来てくれたんだよ! 最初、黒服の追っ手が来たのかと思って慌てちゃったけどね」
「……黒服って、もしかしてギャズの兵隊が着ているスーツの事か? そうか。んで、ここは一体どこなんだよ?」
「ここは──」
「ユウ君、アランさんには自分から説明しましょう。ここはミッドタウンに建つビルの一つ、──我々“裏”のミッドタウン支部ですよ、先輩」
「……テメェ……!」
バックさんの説明に、さらに険悪さを増していくアラン兄。その顔はすでに、バックさんを睨んでいる。
「教えろ。なぜ俺らがあそこに居た事が分かった?」
「それは簡単です。“大回廊”へと続くあの通路に入る際、先輩が使用した解除キー、それをこちらが把握したからです」
「……ちっ、ぬかったぜ」
舌打ちをしたアラン兄が、手を顔に当てる。だがそれも一瞬だけで、何かに気付いたアラン兄は、今度は僕へと手を伸ばして服の胸倉を掴むと、自分の方へと引き込む。
「な、なに!?」
「何じゃねぇ! おい、ノインはどうした!?」
「──!? アラン兄、それは!?」
「……ノイン? 誰です?」
黒服の追っ手たちに連れて行かれたノインちゃんの事を思い出したアラン兄が、僕に問う。だけど、それに答える前に、バックさんがノインちゃんについて質問してきた。
「……もしかして、こいつらには?」
「言ってないよ。アカリとノエルさんと相談して、取り合えずは話さないでおこうかってなって」「……ちっ! やっちまった!」
「あのぅ、ノインちゃんってどなたですか?」
「お前らには関係無ぇ! 良いから忘れろ! 分かったか!?」
ビシッとバックさんを指差すアラン兄。すると、両手を上げたバックさんが「分かりました」と口にすると、クルリと体の向きを変え、
「……何故かアラン先輩は機嫌が悪そうなので、自分はひとまず失礼しますね。何か御用があれば呼んでください」
「それじゃ」 そう言い残し、部屋を出ていくバックさん。その後ろ姿が消え、ドアがプシッと閉まると、僕はアラン兄に抗議した。
「もう! ダメじゃないか、アラン兄! せっかくノインちゃんの事は内緒にしておこうって決めたのに!」
「知らなかったんだからしょうがねぇだろうが! 過ぎた事は気にすんな! ──それよりもだ」
「なにさ?」
アラン兄がチョイチョイと手を招く。ハァと肩を落とした僕は、アラン兄に耳を近付けると、アラン兄が僕の肩に手を回し、小声で、
「最終確認なんだが。坊主、お前は”裏“の人間じゃねぇのか?」
「……前も言ってたけど、僕はその“裏”の人間とやらじゃないし、それに“裏”っていうのが何だかも分からないよ」
「ほんとだな? 信じるぞ?」
「しつこいなぁ。ほんとに知らないって」
「あの嬢ちゃんもか?」
「アカリ? うん、アカリも違うよ。 ……ねぇ、アラン兄。”裏“って一体何なのさ?」
いい加減否定するのも疲れた僕は、アラン兄が口にする“裏”というものが気になったので、質問する。すると、顔を暗くしたアラン兄がベッドの上で体勢を整え、ギシッとベッドが鳴る。
「……そうだな、坊主には説明しておこう。良い機会だ」
アラン兄があまり見せた事の無い深刻な顔をする。その顔を見た僕は、無意識に喉を鳴らしていた。
「……“裏”というのは、簡単に言えば自然尊重主義の団体だ」
「自然尊重主義?」
「あぁ。昔は”裏“も教会の組織の一部だったんだ。元は教会の掲げる経典を、世間に認知させる団体だったらしい。だが、一部の人間がその経典に書かれている、”生き物と自然の繋がり“という一文を、過大に捉えてな。そいつらが掲げた主張。それが自然尊重主義だ」
「……」
「そいつらは、本来の存在理由を忘れて、経典に書かれている多数の教えの中のたった一文のみの為に、活動するようになっていった。だが別に、誰かに危害を与えていたわけじゃねぇ。せいぜいが、他の教えを軽く扱うくらいだったんだ。──奴が“裏”のリーダーになるまでは」
「奴?」
「あぁ。十年前に“裏”のリーダーに就任した男、その名もネイチャー。ったく、ふざけた名前だぜ。自然だからネイチャーだってか!?」
「ネイチャー……」
「そのネイチャーがリーダーになってから、“裏”の活動も変わっちまった」
「変わったって、どんな風に?」
「より過激になったのさ。それよりも坊主、自然尊重主義の反対は何だと思う?」
「え?」
突然振られた質問に、全然準備していなかった僕は、「え、えっとぉ~」と目を上に向けて考える。でも、答えなんて出てこない。そんな僕を見て溜息を吐いたアラン兄は、「お前、本当に何にも知らねぇんだな」と呆れながら、
「簡単だ。人工尊重主義。つまり、人の手で色々発展させましょうって事さ。そして、それの最先鋒にあるのが、“魔電気”だ」
「“魔電気”……」
「あぁ。現バクスター市長がその政治生命すべてを賭けて成し遂げた、魔力を電気に変える技術、それが魔電気さ」
「魔力を、電気に……」
「実際、魔電気はスゲェ技術だ。人類の長年の夢が叶ったといっても過言じゃねぇ。それまで、町で使う電気は、街の中心にある動力コアから生み出されていたんだが、その動力コアも永久機関じゃねぇ。使えば使った分、消費が激しくなる。その消費を抑えたのが、魔電気の技術ってわけだ!魔電気があれば、動力コアの消費を考えなくても、いつでも魔電気を使える。どこにでもな! それこそ照明から調理の熱源、水の浄化に暖房冷房、何でもござれだ!」
「……ど、動力コア……」
アラン兄の話からは聞き慣れない言葉がたくさん出てきて、頭が追い付かない。正直、想像すら出来ない物の言葉を聞くと、かなり頭を使うからとても疲れてしまう。もう勘弁してほしい。
それが顔に出ていたのか、アラン兄が僕の顔を見るなり、「ヤレヤレ」と呟く。
「んだよ、もう話についてこれなくなっちまったか? ったく、しょうがねぇな。ここからは簡単に説明してやるから、ちゃんと聞けよ?」
「ど、努力します……」
「といっても簡単な話さ。ネイチャーの野郎が”裏”のリーダーになった途端に人工尊重主義、特に魔電気の技術屋に対し魔電気の早期停止を迫り、有ろうことか恐喝、脅迫、あげくにはその家族を人質に取る、なんて事までおっ始めやがったのさ!」
「酷い……」
「それからさ。”裏”と市長が争う様になったのは。市長達、人工尊重主義からしてみれば、”裏”の人間は犯罪者集団みてぇなもんだ」
「犯罪者集団……」
犯罪は誰に聞いても悪い事だ。そんな事をここに住む人たち──バックさん達はしているというのだろうか。困っている僕たちを助けてくれたバックさん達が、そんな事をしているとは思いたくない。そして、それ以上に気になった事──
「一つ聞いていい、アラン兄?」
「……俺も”裏”の人間なのか──って事か?」
「……うん」
ここはその”裏”の支部だという。そして、ここに住んでいるバックさんが、アラン兄の事を先輩と呼んでいた。という事は、過去にアラン兄は”裏”の人間だったって事だ。
すると、アラン兄はアッサリと「あぁ、そうだ」と認め、
「俺には妹が居たんだ。名前はサラ。どうやら坊主の妹と同じ名前らしいな」
「サラ!? 妹!?」
思いがけない言葉に、思わず聞き直すと、アラン兄は寂しそうに笑いながら、
「あぁ」
「アラン兄に、妹が……」
「おい。今失礼な想像をしていやがらねぇか? 言っとくが、サラは俺とは違ってとても出来の良い、自慢の妹さ。もう、居なくなっちまったがな……」
「アラン兄……」
「言っておくが、死んじまったわけじゃねぇぞ。……攫われちまったのさ。もう何年も前に、な」
「攫われた?」
「そうだ。だが、別に珍しい事じゃねぇ。俺の住んでいたアンダーモストではな。それで俺は、居なくなったサラを探すために、”裏”に入った。一人で探すより、組織として探した方が、効率が良いからな」
「そうだったんだ……」
「だが、俺以外の人間──俺の居た実働部隊の連中の大半は、騙されて”裏”の活動をしていたのさ」
「騙されて?」
「あぁ。さっきも言ったが、”裏”の目的は自然尊重主義。つまりは自然を取り戻しましょうってことだ。お前、ロワ―タウンを見て、自然だと感じた物を見たか?」
「自然……」
アラン兄にそう言われ、僕はロワ―タウンの町並みを思い出す。教会、エレベーターシャフト、そして大回廊へと向かっている時。そのどこにも自然──木や草、土や葉がほとんど無い。そもそも、この町には空も無ければお日様も無い。全くの自然を感じられなかった。そして、人以外の生き物もほとんど居なかった。たまにネズミらしい小動物を見かけた事もあったが、僕の住む世界──アルカディア大陸と比べれば、それはゼロに近い数だ。つまり、この世界、この町では自然を感じる事は殆ど無かった。
「お前が考えている通り、この町にはほとんど自然が無い。いや、この町だけじゃねぇ。この世界には全くといっていいほど、自然は残っちゃいねぇのさ」
「この世界?」
「そうだ。そして俺は、この世界に自然を戻したい。サラが、妹が花を好きだったからな」
アラン兄は再び、悲しそうに笑う。きっと、アラン兄の中に居るサラちゃんの事を思い出しているのだろう。
「サラがな、公営放送の画面に映る花を視て、キレイって笑ってやがったんだ。それから、あいつは大の花好きになったもんだ」
「……」
「だからだろうな。俺はアイツに、画面に映る花じゃなく本物の花を見てほしいと思った。アイツが帰ってきた時に、アイツの大好きだった花をたっぷりと用意して出迎えてやろうってな。だから俺は、”裏”の活動を続けた。最初は、サラを見つける為だったんだがよ」
「知ってるか? 花ってやつは良い匂いがするらしんだぜ?」 アラン兄が自慢する様に僕に言ってくる。だけど僕はそんなアラン兄に、「知ってるよ」とは返せなかった。ただ、「そうなんだ」と言うのが精一杯だった。
「ネイチャーの野郎がよく言ってたよ。“この世界に自然を復活させる為には、純粋な魔力が大量に必要”だってよ。その為には、魔電気に変換されちまう前の魔力を集める必要があった。その為には、魔電気の変換器を襲う事も躊躇わなかったさ」
「……悪い事、一杯したんだね」
「そうだな。何せ俺は、指名手配される様な悪人だからよ」
ニカッと笑うアラン兄。そこには一体どんな感情があるのか、僕には全く想像が出来なかった。
「それで、なんでアラン兄は僕の事を”裏”の人間だと思ったのさ?」
もう一つ気になった事を、アラン兄に聞いてみることにした。今の話を聞いても、なんでアラン兄が僕の事を”裏”の人間だと思ったのか分からなかったからだ。
「確かに僕は自然が好きだけど、誰かに迷惑掛けてまででは無いし、それに誰かを害した事も無い。そんな僕になんで?」
「……お前が魔力を、いや、魔法を使ったからさ」
「え?」
「さっきも言ったが、この町の魔電気は、魔力を元に作られている。魔電気は人々の生活にとって、もはや無くてはならないシロモノだ。対して魔力ってやつは、生きていく上でそれほど必要なモンでも無ぇ。ここまで言えば分かるか?」
「……ゴメン、分かんないや」
素直に分からないと答えると、「だろうな」と返ってきた。確かに僕は頭が良い方じゃないけれど、それはそれで、なんか悔しい。
「つまりな、このバクスターの街では、魔力のほとんどは魔電気へと変わっちまうって事さ」
「え?」
思わず声を上げてしまった。 という事は、自分の中にある魔力をその魔電気ってやつに変えちゃうって事!?
「それって、この町に住む全員がしている事なの!?」
「いや、上の連中はあまりしねぇな。坊主も知っていると思うが、魔力は一定の量が無くなると、酷い倦怠感に見舞われるだろう? だから、上の連中はやらねぇんだ。そこまで無茶をするのは、ロワータウンより下の連中の役目さ」
「役目……?」
「そうだ。このバクスターの街は、下はアンダーモストから上はトップタウンまで、四つの階層町で出来ている。その中でも、魔力供給の役目を課せられているのは、ロワ―タウンから下の階層に住む連中だけさ」
「ってことは、教会に居たあの子達も!?」
「いや、ロワ―タウンに住む奴らは強制じゃねぇからな。幼い子供や、年老いた奴は免除されている。だが、強制的に魔力を毟り取られている所がある。それが──」
「……アンダーモスト……」
「そういうこった。この街全体の魔電気のほとんどを、あのアンダーモストで賄っているんだ。だから前に言ったろ? アンダーモストの連中は“奴隷”だってな」
「あ……」
確かにアラン兄は言っていた。ノインちゃん達の事を、商品と呼んでいる理由について聞いた時の事だ。あれはそういう意味で言っていたのか。
「そんな貴重な魔力を魔法にしちまったんだからな、坊主は。だから俺は、お前が”裏”の人間なんじゃないかって踏んだわけさ」
「それだけを聞くと、僕が魔法を使ったってだけじゃあ、”裏”の人間かどうかなんてわからないじゃない。もしかすると、僕はミッドタウンより上の人間かもしれないよ?」
「そんな事は無ぇよ。ミッドタウンより上に住む人間が、そんなナリをしているとは思えねぇからな」
アラン兄は僕を指さして笑う。今僕が着ているのは、いつも村で着ていた、汚れてはいないけれどあちこち継ぎ接ぎしてある、シャツとズボン姿。
「それにな、坊主にはもう一つ特徴がある。それがそこの“杖”だ」
「杖?」
アラン兄の視線の先にあった物、それは、部屋の片隅に立て掛けられていた僕の杖だった。
「なんで杖が?」
「杖は、自分の魔力を増幅する物だ。だが、普通の人間には過ぎる物さ。何故だか分かるか?」
「……魔電気に変換しちゃうのに、増幅させる意味は無いって事、かな?」
「お! 正解だ! ちとヒントをやり過ぎたかな?」
ケラケラ笑うアラン兄。だけど、お腹に巻かれた包帯、その下にある傷が痛んだのか、「痛っ?!」とお腹を押さえる。
「笑うからだよ、アラン兄」
「悪ぃ。坊主が初めて正解したからな、笑うってもんだ。じゃあ、正解したからもう一つ質問だ。なぜ、杖を持つ奴が”裏”だと思われるのか?」
「そんなの簡単だよ。自分の魔力以上の魔法を使いたいからだろ?」
「ん~、半分正解で半分不正解だ。それじゃあ、俺の質問の答えになってねぇ。もっと良く考えてみろ」
「えっと……」
僕は腕を組んで考えた。確かに、魔力以上の魔法を使いたい=”裏”の人間って事にはならない。普通の人だって、自分の魔力以上の魔法を使いたいって思うかもしれないからだ。
「……いや、違う。普通の人は魔法を使う必要が無いんだ。だって、普段の生活は魔電気ですべて賄えるんだから!」
「そう、正解だ!」
嬉しそうに笑うアラン兄。その顔を見ると、さっきまで寂しそうに笑っていたのが嘘だったんじゃないかって思えてくる。
「”裏”の人間、その中でも俺が所属していた実働部隊は、戦う機会が多いからな。杖を持っている奴も多かったさ。だからだろう、杖を持つ人間=”裏”って認識になっちまったのは」
「でも僕は何も言われなかったよ? 杖を持っていたけどさ」
「そりゃあ、こんな情けないガキが、”裏”の人間だなんて思う奴は居ないだろうさ」
ケラケラ笑うアラン兄。ほんと、良い性格してるよ。
「……”裏”に関しては大体分かったけれど、それで、これからどうするの?」
「もちろん、連れて行かれちまったノインを助けるに決まってんだろ?」
「ノエルがうるせぇからな!」 僕の質問に、すぐさま答えたアラン兄は、ここには居ないノエルさんを引き合いに出して言う。
「でもどうするのさ? もう【大回廊】には居ないよ」
この”裏”の支部に来てから、おそらく一日以上は経っている。すでにノインちゃんは、あの追っ手たちが住処としている所に連れて行かれてしまっただろう。
「あぁ、居ねぇだろうぜ。おそらくノインの奴はここより上の階層、【トップタウン】に連れて行かれたと思うからな。それに、【大回廊】はきっと奴らが見張ってやがるだろうし」
「じゃあ、どうするの!?」
なぜノインちゃんが、【トップタウン】という所に居ると思うのか聞きたかったけれど、それよりもその場所に行く方法が気になった僕は、アラン兄に問い詰める。するとアラン兄が、僕の肩に手を回しグイっと引き寄せる。そして陽気な口調で言った。
「心配すんなって。ちゃんとアテはあるんだからよ!」