母の捜索
三日連続の一日二話掲載。
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
家に着いた僕たちは、まず玄関の鍵を確認する事にした。家の鍵は僕と母さんしか持っていない。もし母さんが帰って来ているのなら、玄関の鍵は、鍵を持ち歩いていないサラの為に空いているはずだ。
「じゃあ、行ってくるね」 硬い表情のまま、家の玄関へと向かうサラ。その足取りは重い。
そして、扉の取っ手をガチャリと下げたが──、力なく首を横に振っていた。玄関の鍵が掛かったままだった。という事は、母さんは家に居ないという事だろう。
「……お母さん、やっぱり帰って来てないね……」
玄関へと、サラへと近付いた僕にサラはボソッと呟いた。
「ほんとに、お母さんはどこに行っちゃったんだろう……?」
サラが、涙ぐみながら僕に問う。母親が二日も家に帰って来ないのだ。周囲から天才と言われてはいるものの、まだ12歳の女の子である。母親が居ない心細さを感じているのだろう。
しかし、僕もサラを慰めるべき答えを持ち合わせていなかった。
「……分からない。こんな事は初めてだから……」
正直に答える。嘘を吐いた所でなんの解決にもならないし、何の慰めにもならないのだから。
「村長さんの家から西にある家は、僕たちの家と、あとは……、お隣さんだけだな」
「お隣さんって、あのおじいちゃんとおばあちゃんの家?」
「そう。サラがいつもお菓子を頂いているお隣さん」
「いつもじゃないもん!」
頬を膨らませて否定するサラ。餌付けされている自覚はあるのだろうか。
父さんと母さんが、この村に来た時からお世話になっているというお隣さんは、筋骨隆々で白髪を短く刈り揃え、無精髭を生やしたお爺さんと、細身で背中が少し曲がっている、同じく白髪を肩までの長さで揃えた、常にニコニコとしているお婆さんで、僕も小さい時から何かとお世話になったりしていた。
母さんが家に居ないとなると、あとはお隣さんだけである。ここはお隣さんに母さんを見なかったかを聞いてみよう。
「……取り合えず、お隣さんに行ってみるか」
「……うん」
サラを連れ立って、お隣さんに向かう。僕たちの家とほぼ変わらない造りのお隣さんは、家から見える範囲の距離にあって、そんなに離れていない。だからといって、母さんがお隣さん家の近くを通っていたとしても、注意を向けなければ、人が通ったかどうかなんて気付かない距離だ。
だから、今僕たちが歩いているこの道を、仮に母さんが歩いていたとしても、お隣さんが気付かない方が高い。
そのお隣さん宅に着いた僕たち。大した距離じゃないのに、とても長く感じた。一縷の望みをかけ、というよりそれしか手掛かりが無い僕たちは、お隣さんが母さんの行方を知っている事に期待するしかない
「あの~、すみません~」 玄関外から声を掛ける。が、応答が無い。聞こえて無いのかな?
「すみません! 隣のシードルフですが、誰か居ませんか~?」
先ほどより大きめの声で尋ねる。しかし、返事が無い。お隣さんは年配だが、耳は遠く無かったはずだ。──ということは……。
「……留守かな?」
買い物に出掛けたのかも知れない。お年寄りではあるが、足腰が弱っている方達では無いので、
二人揃って買い物に出掛けている姿を良く見る。もしそうなら、タイミングが悪かったかな。
「お兄、もしかすると、裏の畑にいるかも知れないよ?」
クイクイと、僕の袖を引っ張るサラが、家の裏に視線を向ける。たしかお隣さん家の裏には、小さな畑と馬車が有ったな。
「そうだな、裏に回ってみるか」
玄関から離れ、「お邪魔します」と、家の周りを回る様に裏手に移動する。裏手には年老いた、それでも立派な馬が一頭見え、のんびりと草を食んでいた。
その裏手に行くその途中、微かに音が聞こえた気がした。
「ん? 今、何か聞こえなかったか?」 後ろを歩くサラに尋ねる。
「……んー、私は何も聞こえなかったよ?」
耳の横に手を当てて、周りの音に集中したサラが、少し間を置いてから首を振る。そこまでして聞こえないのなら、空耳か?
「そうか。なら聞き間違いかな」 再び歩き始めようとした時、
「──ぁ……ょ……」
また聞こえた! 後ろを振り向くと、サラも僕を見てうなずく。空耳では無かったのだ。
再び耳に手を当てて、周囲の音に集中するサラ。すると──、
「―—お兄! 声は家の中から聞こえているみたい」
「―という事は、家に誰か居るのかも」
裏手に回るのを止め、近くの窓から家の中を伺う。すると、奥の部屋に、お隣さんであるお爺さんの姿が見えた。良かった、留守じゃなかった。
お爺さんは、どうやらテーブルの椅子に座って、誰かと話しをしているようだ。お婆さんだろうか? しかし、今覗いている窓からはそれ以上見えない。どうしようか。
(まぁ、お爺さんたちが居るのが分かったし、もう一回玄関に行って、母さんの事を尋ねよう)
ここはもう一度玄関に回って少し大きめに玄関の扉を叩き、気付いてもらうしかなさそうだ。 そう考えた僕は、サラにその旨を伝えようとした。
「──サラ、もう一回玄関に──」
その言葉は最後まで出なかった。振り返るとサラは、大胆にも窓を開けて、そこから中に入ろうとしている最中だった。
「おいサラ?! 止めろって!」
「離してお兄! ここから入った方が早いよ!」
「いや、そういう問題じゃないからっ!」
さすがにそれはマズい! さらに大きく窓を開けようとするサラを止めに入る。ほんと、何してるんだ!?
サラと押し問答を繰り広げていると、サラの開けた窓の隙間から、中の話し声が聞こえてくる。
「―ついに、この時が来てしまいましたな……。こうなる前に、何かしらの手掛かりが見つかると思っておりましたが……」
このしゃがれた声、たしかお爺さんの声だ。しかし、いつもの飄々とした感じとは違い、かなり深刻な口振りだ。
「私も、この人も色々と調べておりましたが、やはり時間が……」
続いて穏やかな声が聞こえる。この声はお婆さんだろう。お婆さんの声はいつもの穏やかな声だが、やはりお爺さんと同じく深刻な口振りだった。
サラを止めるのも忘れ、盗み聞きは良くないと思いつつも、つい、耳をそばだてる。サラも会話が気になるのか、むりやり開けようとしていた窓から手を離して、僕の隣で一緒になって耳をそばだてていた。
すると、
「……分かっております。二人には本当に苦労を掛けました……」
(!?今の声は、母さん?!)
サラにも母さんの声が聞こえたのか、目を見開いてこちらを見たので頷き返す。なぜ母さんがお隣さん家に?
そんな僕たちの疑問をよそに、三人の会話は続いていく。
「そんな! もったいのうございます、殿下」
(殿下? 殿下ってなんだ?)
「あの日、【占星術師】に言われた時から、こうなる事は重々承知しておりました。しかし、私達はそれが嫌で城を抜け出したのです。すべてはあの子を守る為。そして世界を守る為……」
「「……殿下……」」
「―二人には感謝してもしきれません。ですが、もう一度あの子の為に力を貸して欲しいのです」
「殿下、なんという勿体ないお言葉! 殿下の為、そして二人のお子様の為、この老骨、出来うる事全てを掛けまして、これまでと変わらず、力添えしたく思います!」
「ありがとう……」
中の様子を窺い知る事は出来ないが、どうやら話がひと段落したようだ。
さて、どうしよう。中に母さんが居る事は分かった。ここでもう一度玄関から声を掛け、母さんを呼び出してもらうか? しかし、今聞いた話からすると、母さんは何やら難しい問題を抱えているみたいで、家に帰ってこない理由もその辺りにありそうだ。だとすると、その問題が解決しない限り、母さんは家に帰って来ないのでは無いだろうか?
あれこれ逡巡していると、サラが「どうするの?」といった顔でこちらを見てくる。僕がサラに何か言おうとした時、中からまた会話が聞こえてきた。
「―ところで殿下、さすがに家へお帰りになりませんと、お二人が心配されますぞ?」
(……いえ、お爺さん。すでに心配しています……)
「そうね。さすがに三日も家に帰らないと、昔の誰かさんみたいに、不良のレッテルを貼られてしまうものね」
そう言った後、母さんがふふっと笑う声がした。つられる様にお婆さんも笑う。
「では殿下、何か判明しましたら、ご連絡致しますわ」
「はい、宜しくお願い致しますね」
話が済んだ様で、椅子の引く音の後に、複数の足音が聞こえた。どうやら玄関に向かっているらしい。
「―お兄!」
「うん!」
急ぎ玄関へと向かうと、僕たちが玄関に着いたと同時に扉が開き、中からお婆さんが出てきた。
「あら? ユウ君にサラちゃんじゃない。こんにちわ」
僕たちが居る事に驚く事無く、普段と同じ、穏やかに挨拶をしてきたお婆さんの後ろには、母さんが立っていた。
母さんは僕たちを見ると一瞬目を見開いたが、すぐにしゅんとした顔になり、
「―ユウ、サラ、心配掛けてごめんなさい。母さん、ちょっとやる事が立て込んじゃって、お家に帰れなかったのよ……」
と、僕たちに心配を掛けた事を詫びる様に頭を下げる。すると、隣に立っていたサラが俯きながら、
「……ほんとに心配したんだからね。お母さん、どっか行っちゃったんじゃないかって、そう、心配したんだからぁ!」
嗚咽交じりにそう言ったサラは、勢いよく母さんに抱き着く。
「なんで帰って来なかったのよぉ~!」
本格的に泣き出したサラは、母さんの背中を叩く。母さんはされるがままサラの頭を撫で、ごめんね、ごめんねと繰り返していた。
その様子を見ていたお婆さんは、「あらあらどうしましょう」と、さして困っていない口調で顎に片手を当て二人を見守り、お爺さんはサラの鳴き声が聞こえるやいなや、ワタワタと家の中に戻る。あれは、いつもサラにあげているお菓子を取りに行ったな。
そして僕は、サラに先を越された感を必死に隠す様腰に手を当て、大げさに溜息を吐きながら、サラが泣き止むのを待つのだった。