195話
「……え?」
「──なっ!?」
驚く僕と、倒れた追っ手の仲間の人達。一体何が起きたのか、全く分からない。
(いや、何が起きたのかは解る。アカリが黒服の追っ手を倒したんだ。──でも、どうやって!?)
アカリを見る。追っ手に向けて〔姫霞〕を構えたその姿に、全く変化は無い。でも解る。アカリの足元で、ピクピクと体を震わせて気絶している追っ手を倒したのは、アカリだと。
見えたのは、その姿がブレた事だけ。そのブレた瞬間に追っ手の人を倒したのだ。
(アカリの動きが見えなかった……)
レベルが上がった事で、以前に比べて速い動きにも目がついていける様になった。それは、あのイサークの街で襲われた黒装束達との戦いでも認識している。その僕の目でも、今のアカリの動きは目で追えなかったという事だ。
「……ユウ、御免なさい」
「!? な、何!?」
「私、何故だか分からないけれど、とても調子が良いみたい。まるで自分の体に羽根でも生えているよう。だから御免なさい。ユウの出番は恐らく無いわ!」
そう言うなり、アカリは〔姫霞〕を構えたまま、階段を駆け下りる!
「わわっ! 待って、アカリ!!」 急に追っ手に向かって行ったアカリに置いていかれてしまった僕は、慌てて追いかける。
「テメェ! 良くも殺しやがったな!?」
「安心しなさい、峰打ちよ。 あんな男、殺す価値も無いわ。──もちろん、あなた達もね!」
一気に追っ手のもとへと向かって行ったアカリは、追っ手の一番前に居た、非難を口にする黒服の男に向かってそう言い返すと、真っ直ぐに構えていた〔姫霞〕を振り上げ、その男に向かって振り下ろす! このまま〔姫霞〕が黒服の男の頭を捉えると思った次の瞬間、男は手にしていた銃で、〔姫霞〕を迎え撃った。
ギィン!!
「くっ、重ぇ!?」
「あら?」
対照的な物言いの二人。苦し気に文句を言う追っ手が、ギリギリの所でアカリの攻撃を銃で防いだのだ。それを見たアカリが、軽い驚きを示すと、一歩引いた。
「本気では無いとは言え、私の打ち下ろしを初見で防ぐなんて、あなた、意外とやるのね」
「ガキに褒められても嬉しくは無ぇがな。これでもギャズ様の兵隊隊長だからよ」
痺れているのか、銃を持つ手をプラプラと振りながら、アカリの挑発を軽く流す黒服の男──兵隊隊長。そのまま一歩下がると、
「おら! グズグズしてんじゃねぇよ! テメエ等もギャズ様の部下になりたいんだろうが! だったら、あのクソ生意気なガキを殺りやがれ!」
「あのガキ共を、ですか?」
自分の後ろに居た憲兵さん達に対して怒鳴る。どうやらあの三人の憲兵さん達は、あのギャズさんの部下になりたいらしい。僕だったら、憲兵さんの方がずっと良いと思うけれど。
「あぁ、そうだ! 殺ったヤツの事は、俺がちゃんとギャズ様に報告してやる! 今回の仕事は、ギャズ様の仕事の中でも、かなりのヤマだ! ここで活躍すれば、覚えが良くなるぞ!」
「お、おお!!」
どこか弱腰だった憲兵さん達に、これでもかと檄を飛ばす兵隊隊長。するとやる気になったのか、一歩前に出た憲兵さんは銃を懐に仕舞うと、腰に差してあったサーベルを抜き放つ。残りの憲兵さんは相変わらず僕達に向けて銃を向けていた。兵隊隊長の黒服の人は、銃を構える憲兵さんの後ろに引っ込む。
「あら? 私と戦うつもりですか?」
「舐めんなよ、嬢ちゃん。これでも俺は、今年の憲兵刀剣大会で準優勝してんだ。嬢ちゃんの動きは確かに速い。だがさっき、お前さんがそこで寝ている奴を伸した時の動き、俺には見えているんだよ!」
「おおお!」 雄叫びを上げ、アカリに向かって行く憲兵。後ろに居る二人の憲兵も、手に持った銃をアカリに向けて威嚇する。
(あの二人の相手は僕がやろう!)
向かってくる憲兵はアカリに任せ、僕はその後ろの憲兵の相手をしようと、魔力を練る。レベルアップしてからというもの、魔力を練るのはかなり上手くなり、すぐに体の中心で魔力が練り上がった。
「うおお!」 駆け上がりながらサーベルを振り上げた憲兵。階上に居るアカリを攻撃するのなら、振り下ろしだとかなり無理があると思うけど、それは、僕が剣に対して素人なだけなのか。
それを見たアカリは、構えていた刀をゆっくりと下ろす。その後ろ姿から漂ってきたのは、明らかな失意だった。という事は、僕の考えは合っていたんだな。
アカリが明らかにやる気を失っているのに気付いているのかいないのか、アカリの二段下まで来た憲兵は立ち止まると、サーベルを振り上げたままジリジリと近付いていく。階段だから、ゆっくりと間合いを詰めていく憲兵。その足が、アカリの一段下の階段に届いた次の瞬間!
「食らえっ!」
「え!?」
階段に掛けた足に力を込めた憲兵が、飛び跳ねる! その高さは、一段上に居るアカリを越えていた! そして、落下しながら振り上げていたサーベルを、真下にあるアカリの頭上に振り下ろす!
「アカリ!」
「──しっ!」
思いもよらなかった憲兵の攻撃に、しかしアカリは一つも驚く事無く、下げていた刀を頭上に跳ね上げる!
ギィイン!
振り下ろされたサーベルと、それを迎え撃った〔姫霞〕が高い音を奏でる。憲兵の攻撃をアカリが防いだ音が、薄暗い空間に響いて行く。
「くっ! 今のを防ぐか!?」
防がれると思っていなかったのか、サーベルを振り下ろした憲兵は、その攻撃を防いだアカリの〔姫霞〕に弾かれて空中でバランスを崩しながら、アカリから少し離れた所に着地しようとして──、
「──だが、まだ終わりじゃないぜ!!」
階段の踏み板に足が乗ったと思った次の瞬間にはその足で踏み板を蹴り付け、アカリへと再び襲い掛かる!
「まだだ、アカリ!」
「──!?」
低い姿勢になった憲兵は、グググっと体を伸ばしながら、サーベルを突き出す。階段を蹴り付けた勢いからの刺突だ!
「俺はこの技で、準優勝まで行ったのさ! お前にこれが躱せるかな!」
「おおぉ!」と、さらに体を伸ばして、アカリへとサーベルを突き出す憲兵。それに対し、アカリはやっと体の正面をその憲兵へと向けている所だった。
「アカリ!」
「もう遅い!」
サーベルの刃先がアカリの脇腹へと向かい、その刃先が着物に触れる。「もらった!」と憲兵が興奮した声を上げた!
だが、そのサーベルはアカリに届く事は無かった。刃先が触れた着物が、フッと消える。それと共に、アカリの姿もサーベルの先から消えて居なくなっていた。
「なっ!?」 サーベルを突き出したまま、驚きの声を上げて固まる憲兵。指し届いたと思ったアカリの姿が消えてしまったのだから、無理もない。では、アカリは何処に消えたのか──?
「──ここよ」
「──なに!? ぐわっ!?」
アカリの声は、憲兵さんの頭上から聞こえた。憲兵がその声に気付き、顔を上に上げた時にはもう遅い! アカリが腕を振るうと、〔姫霞〕が憲兵の後頭部を捕らえる!
ドガッ!と重い音。後頭部を強打された憲兵は、悲鳴を上げると白目を剥き、その場で崩れ去った。
少し離れた所に居る僕からは、アカリの一連の動きはちゃんと見えていた。憲兵の突き出したサーベルが、アカリの着ていた青色の着物に触れた瞬間、アカリは階段の踏み板から跳んで、憲兵のサーベルを躱したのだ! そして、空中にその身を投げ出したアカリは、憲兵にわざわざ声を掛けて自分の方に向かせると同時に、その手に持った〔姫霞〕で、憲兵の後頭部を叩いていた。
「す、すごい……」
何と言う早業、何という動きだろうか。確かにあの憲兵の動きはそこまで速くは無かったし、剣速も早くはなかった。だが、憲兵のサーベルの刃先は、アカリの着物に触れていたのだ。そこから躱すなんて!?
(それを、こんな足元の狭い階段でやるなんて……)
頬に汗が流れる。相棒の成長が凄すぎて言葉を失ってしまった。日之出国で、アカリの父親であるお殿様の命を狙ったあの侍と戦った時、アカリはここまで凄くは無かった。それが、僕の世界に来てレベルアップした事で、アカリの強さは確実にあの二人の将軍の域に近付いているのではないだろうか。
(しかもアカリには、【忌み子】化がある。あの強さに【忌み子】化が加われば、下手すると両将軍の域はまだしも、東夷将軍の部下だった石塚さん位の強さはあるんじゃないか!?)
石塚さんとは、東夷軍の三番隊を任されていた女性の侍だ。アカリの世界で経験した、合戦という戦争で一緒に戦った石塚さんは、的確な指示出しで味方を統率していた。それだけでもシンイチさんから隊長を任せられるのに相応しいのだけど、それだけじゃない。石塚さん自身の強さも相当なものだった。
(合戦前にした手合わせの時、アカリのやつ、手も足も出なかったもんな)
思い出したのは、合戦前の隊分け時に行った手合わせ。
「お護りするにしろ、戦力として扱うにしろ、まずはアカリ様とユウ殿の実力を知っておきたいっす」
石塚さんの提案で一方的に始まったその手合わせで、僕はともかくアカリでさえ、なす術も無く負けてしまった。休憩無しで僕達と戦って、一つも息を乱さなかった石塚さんに、「強すぎますよ!」と文句を言ったが、返ってきた言葉が、「そうですか? 私よりししょ──シンイチ様の方が、圧倒的にお強いっすよ」
「そりゃもう、泣いて逃げ出したくなるくらいに」 石塚さんは何故か頬をひくつかせながら言っていたっけ。
(あの時とは比べ物にならないくらい強くなってるアカリなら、勝っちゃうかもな……)
「そんな事無いっすよ!」 頭に浮かんだ石塚さんがブンブンと頭を横に振る。心の中で想像した石塚さんは、とても負けず嫌いだった。
「これで準優勝? 私の相手をするのなら、優勝者を連れてくる事ね」
階段に突っ伏して動かない憲兵を見下ろしながら、アカリは〔姫霞〕をそっと下げると、チャリっと〔姫霞〕が鳴った。まるでアカリの言葉を肯定している様に感じてしまった。
「おい、大丈夫か!? くそっ! 良くも仲間を!!」
アカリとサーベルの憲兵が戦っているのを銃を向けながら見守っていた憲兵が、佇むアカリに向かって怒鳴る。
「貴様! 憲兵にこんな事をして、只で済むと思っているのか!」
「何をそんなに怒っているのかしら? あなた方は、その黒い物をこちらに向けているだけで何もしてこなかった癖に。本気で私を捕縛したいのであれば、あなた方も掛かって来ても良かったのですよ? その黒いのは武器なのでしょう?」
「バカ野郎! 仲間が居るのに銃が撃てるか! 間違って仲間に当たったらどうすんだ!」
「そう、それがあなた達の実力なのですね」
「やはりユウの出番は無さそうね」 そう言うアカリの口調は、少しも悪いと思ってはいない感じだ。そんなアカリに、僕は「はぁ」と溜息を吐きながら反論する。
「別に良いんだけどね、戦わなくても。僕はアカリ達と違って、戦わないと落ち着かない人間じゃないし」
世の中には、戦いを好む人間というのが居る。身近な所ではアカリやイーサンさんがそうだ。人間だけじゃない。妖精族のドワーフも、戦いが好きなのだと教科書に書いてあった。魔物にもバーサーカーという、常に武器を振るいながら大暴れするのも居るらしい。魔物の世界でさえそんなのが居る位だから、戦い好きというのは人間・妖精・魔物問わず一定数居るみたい。僕には一生理解出来ないけれど。
「そんな事を言って。たまには戦わないと腕は鈍っていくだけよ。もっと腕を磨かなきゃ!」
「あいにくと僕は争い事が嫌いだし、それに剣で戦う事も殆ど無いからね。問題無いよ」
「そんな事無いわよ、ユウ。あなた、筋は良いもの。鍛えたら鍛えた分だけ、腕は上がるわ! それに、私の相棒なのだから、もっと強くなってもらわないとね?」
振り向いたアカリは、本気なのか揶揄いなのか分からない笑顔をしていて、思わず見惚れてしまった。そんな時──、
「おい、開いたぞ! さっさと戻って来い!」
上の踊り場から、アラン兄の声が僕達に掛けられた。