194話
「チッ! もう追っ手が来やがったか!」
踊り場に居たアラン兄が叫ぶ。そうして踊り場から駆け下りてくると、僕たちに怒鳴りつけてきた。
「おら! ボケっとしていないでさっさと上に上がれ!」
「アラン兄! あの人達は一体!?」
「バカ野郎! 俺達を追ってきた奴らに決まってんだろうが!」
「なに寝惚けた事言ってやがる!」と、アラン兄が僕の背中をバンと押してくる。「うわ、ととっ!?」とよろめいてしまうが、手すりを掴んで何とか転ばずに済んだ。こんな階段で転んだら、一気に下まで落ちちゃうんじゃないか!?
「ちょっと! ユウに何するのよ!」
「文句は良いから坊主を連れてさっさと上がれ! 上がった所に扉があるから開けて待ってろ!」
「えぇ!? そんなの開けた事無いのに?!」
アラン兄の命令に、怒っていたアカリが戸惑う。すると、ノインちゃんを背負ったノエルさんがやって来た。
「扉は私が開けますから、早く上りましょう! ここに居てもアラン殿の足手纏いになる」
「は、はい!」
「おい、奴らが逃げるぞ!」
ノエルさんと共に、階段を駆け上がる。その後ろからパン!パン!と何かが破裂する音が聞こえるが、振り向かない。
「おい、撃つんじゃねぇって言ってんだろ!」
「そんな事を言ったって、このままじゃ逃げられちまうぞ!」
「──んな事より、自分達の心配をしたらどうだ?」
「──狂犬!? ぎゃっ!」
階段下から争う声。アラン兄が、さっきの男の人達に向かっていった様だ。パッと見た感じ、追っ手の人は大勢居たけれど、ここはアラン兄を信じて、アラン兄の言われた通りに、この先の踊り場にある扉を開けよう。
狭い踏み板を踏み外さない様に注意しながら急いで階段を上ると、アラン兄の言っていた踊り場に辿り着く。その右側には、こちらもアラン兄の言っていた、ここに来るまでに何度も通り過ぎた扉と同じ造りの鉄の扉。
「アイツはこの扉を開けろって言っていたわよね」 アカリが鉄の扉の前に立つ。そして、細長い指を口元に添えながら、「えっと~……」と扉をまじまじと眺めた。
その鉄の扉には、今までの扉と同じ様に取っ手があるだけで、鍵穴も無い。これならば、さっきアラン兄が開けたのをしっかりと見ていたから解る。
「アカリ、多分この取っ手を下に下げれば開くと思うよ!」
「ほ、本当!?」
「ユウ殿の言う通り、取っ手を掴んで下げれば開きますよ、アカリ殿」
「ノエルさんがそう言うのなら、大丈夫よね」
「ちょっと、アカリさん!?」
僕の抗議に、「気にしないの」と苦笑いを浮かべたアカリは、恐るおそる銀の取っ手に手を伸ばす。そして、取っ手を握り締めると、ゆっくりと下に下ろそうとして──、
「……動かないわよ!?」
「え!?」
アカリが焦った声を上げながら、さらにグググっと取っ手に力を掛けていった。それでも取っ手は動かない。挙句の果てには、両手で取っ手を握り締め、上から体重を掛けていく。
「──ダメ! 動かない!」
「どうなっているのよ、これ!」と、ぐっぐっと反動を掛けながら取っ手を下に下ろそうとするが、全く動きそうにない。
「アカリ殿、ちょっと変わって貰ってもいいですか?」
見兼ねたノエルさんが、「ノインさ──、ノイン、降りてもらって良いですか?」と、背負っていたノインちゃんを下ろすと、親の仇とばかりに扉の取っ手を締め付けるアカリの肩に手を置く。そうして、「どうぞ」と渋々下がったアカリの代わりに取っ手に手を掛けると、「──フン!」と、力を一気に掛ける!
すると、アカリの時とは違って、少しずつではあるがアカリの時には動かなかった取っ手が、ズズズッと下に向いていった。
「……どうやら錆び付いているみたいですね。ですが、何とか開きそうです──」
「おい! なにトロトロしてやがるっ!」
「アラン兄!?」
ノエルさんの言葉に少しホッとしていると、怒鳴り声が飛んで来た。後ろを振り返ると、着ている服が少し乱れているアラン兄がそこに居た。
「何やってんだ! 奴らが来ちまうぞ!」
「そんな事言われても、この扉が錆び付いていて開かなかったんだから、しょうがないじゃない!」
アラン兄の文句に言い返すアカリ。
「ちっ! ツイてねぇ! しょうがねぇ! もう少し時間を稼ぐか──うぐっ!?」
「アラン兄!?」
舌打ちをした後、追っ手の下に戻ろうとするアラン兄。だけど、一つ呻くと膝を突いてしまった。
「どうしたの、アラン兄?! う!?」
しゃがみ込んだアラン兄に近寄ると、アラン兄は脇腹を押さえていた。その押さえていた手の隙間からは、赤い液体が滲み出ている。
「アラン兄!?」
「うるせぇ、騒ぐな。 ちっ、掠ってやがったのか」
「躱したと思ったんだがな……」 アラン兄はそう言うと、よろよろと立ち上がる。
「アラン兄、ダメだよ! ケガしてるんだよ!」
「うるせぇ! 俺が行かなきゃ、誰が奴らの相手をするんだよ!」
立ち上がったアラン兄に制止を求めるも、逆に怒鳴られてしまった。確かに、誰かが追っ手を食い止めなければ、ここで全員捕まってしまうだろう。アラン兄が怪我を押してまで、追っ手を食い止めようとする理由もそこにあった。
扉を見る。先ほどよりも取っ手の位置は下がっているけれど、ノエルさんの顔を見る限り、まだ開きそうも無い。
「おら、どけよ!」 アラン兄が僕の肩をグイっと押して、ヨロヨロと歩いていく。
(あのアラン兄じゃ、追っ手を食い止めるのは無理だよ!)
動けはしているものの、あれで戦えるとは思えない。あの傷で激しく動けば、出血で動けなくなってしまうだろう。
(アラン兄に〈ファーストエイド〉を掛けるか? いや、治す前に追っ手がここまで来る方が早い!)
僕が使える治癒魔法は〈ファーストエイド〉しかないけれど、それであの傷を癒すにはかなりの時間が掛かってしまうだろう。ならばどうするか──。
チラリと扉の方を見ると、アカリがこっちを見ていた。そして、僕と目が合うとコクリと頷いてくれた。
(さすがは相棒。考えている事は同じだったな!)
それがとても嬉しくて、少し恥ずかしかった。
「アラン兄!」
「……あぁ?!」
だからだろうか。アラン兄を呼び止める口調が大きくなってしまったのは。
呼び止められたアラン兄は、不機嫌そうにこちらを見る。そのアラン兄の肩に、今度は僕が手を掛けた。
「アラン兄はここで休んでいて!」
「あぁ!? 何言ってやがる! 扉が開く前に奴らがここまで来ちまうぞ!」
肩に掛けられた手を払う事もせずに、アラン兄は怒鳴った。年下な僕が肩に手を回しても払いもしない所を見ると、もしかすると、このやり取りでさえアラン兄には辛いのかもしれない。
そんなアラン兄に、僕は持っていた杖を胸の前に掲げると言い放つ。
「僕達があの人達を食い止めるよ!」
☆
傷付いたアラン兄に、追っ手を食い止めると言い終わると同じくして、僕の隣にアカリが並ぶ。
「アカリ! 僕達であの人達を抑えよう!」
「そうね! ここにいても何も出来ないし!」
頷き合うと、僕は父さんの杖を構え、アカリは腰に差していた〔姫霞〕をスラリと抜き放った。
「おい、お前等どこに!?」
「アラン兄はここに居て! 追っ手の人達は僕達に任せて!」
「あ、おい!?」
アラン兄が呼び止めるのも聞かずに、僕たちは上って来た階段を降りて行く。すると、憲兵さんと黒服の男の人が合わせて五人、階段を上って来ていた。
「おい! 誰か来たぞ! あん、ガキだと!? おい、アイツ等が例の商品か!?」
「あぁ!? ──いや、あのガキ共は例の商品じゃねぇ! 構わねぇからやっちまえ!」
僕たちを見た追っ手の人達が、物騒な事を言ってくる。うぅ!? お願いだから、僕たちの事はほっといて欲しい!
だが、チラリと見えた一個下の踊り場には、憲兵さんと黒服の男の人が一人ずつ、グッタリと倒れていた。恐らくアラン兄がやったのだろう。いや、間違いない。
(仲間をやられて、黙って帰る様な人達じゃないよね……)
それを見て諦めた。この人達は僕達の事を捕まえるまで、帰らないだろうなと。
「ユウ! 何ボサっとしているのよ! 来るわよ!」
「う、うん!」
アカリが抜き身になった〔姫霞〕を構えて僕の前に出る。僕はアカリの背中を守る様にして、杖を構えた。後ろから追っ手が来る事は無いけれど、何となくこの並びがしっくりした。
「なんだ、あのガキ? 変わったなりをしてやがる」
「もしかすると、上の階に住むお偉いさんのお気に入り(おもちゃ)なんじゃねぇのか!?」
「本当か!? そうだとすると、少し厄介な事になるぞ!?」
アカリを見て──正確にはアカリの着物姿を見て、慌てる追っ手の人達。確かにアカリと同じ格好をしている人はこの世界に来てから一人も見ていない。という事は、アカリの着ている着物は、この世界には無いのかも知れない。
「いや、あのガキの女は見た事がある! 確か、狂犬の居るあの教会の前で、暴れていたガキだ!」
「──!? ほんとだ! なら、お偉いさんのお気に入りって事は無ぇ! 構わねぇ! やっちまえ!」
追っ手の中に居た黒服の人が、アカリを見てそう叫ぶ。その黒服の人達は、昨日教会の前でアカリと争っていた人達で、アカリにやられたのかもしれない。
一番前に居た黒服の男の人が、着ていた黒い服の内側に手を入れて、何かを取り出す。その手に握られていたのは、ナイフだった。
「オラァ! 昨日はよくもやってくれたなぁ! ガキだからって容赦しねぇぞ!」
ナイフを握り締め、階段を駆け上がってくる黒服の男。だがアカリは、迫ってくる男を見ても身動き一つせず、ただ黙って〔姫霞〕をスッと男に向けるだけだった。
「アカリ!」
「おら、死ねや!」
アカリの目の前まで迫った男が、階段を上った勢いのまま、ナイフを突き出す! だけど、自分の腹部に向かってきたナイフを躱そうとする気が無いのか、アカリが動く気配は無い。
(マズい! 魔法で──!)
何でアカリが動かないのかは分からないけれど、このままだとアカリはナイフで刺されてしまう! それを防ごうと、練った魔力を杖に通そうとした時、アカリの体が一瞬ブレた! そして次の瞬間には、
「くはっ!?」
アカリにナイフを突き出していた男が呻き、そして、ガクリと崩れ落ちていた。