193話
明けましておめでとうございます!
今年も楽しんで頂ける様、頑張りたいと思いますので、
宜しくお願い致します。
ビュウ!と吹き付ける強い風が、父さん譲りの黒い髪を巻き上げる。時折吹き付けてくる強い風だけど、周りが暗すぎてどこから吹いている風だか分からない。
非常灯とアラン兄が説明してくれた、薄ぼんやりとした橙色の灯りが微かに足元を照らす以外、なんの灯りも無い。そんな中を、アラン兄を先頭に歩く。
「うぅ、暗い……、怖い……」
「うるせぇぞ、坊主。良いから黙って歩け。見てみろ、ノインなんかガキのくせして、文句の一つも言いやがら無ぇぞ!」
「……私はガキではありません」
思わず愚痴を零す僕に、アラン兄が怒り出す。その際、引き合いに出されたノインちゃんだが、自分が子供扱いされた事に文句を言っていた。
「これは一本取られたわね、狂犬さん」
「……ちっ!」
アカリに揶揄われ、機嫌悪く舌打ちするとそのまま黙って先を進んで行くアラン兄。その足元は鉄で出来た幅の狭い階段だった。
~ ~ ~ ~
【大回廊】に行くと言ったアラン兄が僕達を伴って着いた場所は、ロワ―タウンの端に程近いビルだった。ビルでは無い、コンクリート造りの高い壁がそそり立つロワ―タウンの端。その周りに立つビルと比べても、何ら変哲も無いビル。そのビルの前で立ち止まったアラン兄は上を見上げながら、「着いたぞ」と口にした。
「……ここ?」
「おい、こっちだ、こっち」
ビルを見上げポカンと口を開けていた僕に、いつの間にか場所を変えていたアラン兄が手招きする。そこは、ビルの正面の自動で開く両開きの扉では無く、ビルの横、奥まった所にある一枚の扉の前だった。
鉄で出来た灰色の重たそうな扉。その正面には銀色の取っ手が付いているだけで、鍵穴が見当たらない。この扉、どうやって開けるんだろう? もしかすると、こっちからは開けられない様になっているのかな?
そしてその扉の横の壁には、僕と同じ目線の高さに何やら四角い箱の様な物が取り付けられていて、よく見ると、数字が書かれたボタンだったっけ?が嵌められている。
(ボタンがあるって事は、ここはもしかするとエレベーターなのかな?)
という事は、【大回廊】と言うのは、エレベーターの事なのかも。
「ここが【大回廊】?」
「あぁ。……ちょっと待ってな」
「あれ、何処やったかな?」と、独特な上着のポケットをガサゴソと探す。ん、あの身分カードでも探してるのかな? あんなキレイで薄い金属の板なんて、今まで見た事が無い。この世界の職人さんの技は、僕たちの世界よりもとても優れていると思う。そんな、とても貴重なカードをまさか無くしたなんて言わないよね!?
だけど僕の心配をよそに、「お、有った」 そう言って胸ポケットから取り出したのは、エレベーターシャフト前で見せてくれた、銀色の金属板で出来た身分カードでは無く、一枚の白い紙切れだった。
乱雑に折り畳まれた紙切れを広げると、それを見ながら扉の横にある数字の書かれたボタンをポチポチと押していくアラン兄。あれ? 前にエレベーターに乗った時、あんなに一杯ボタンを押していたっけ? 一回か二回くらいしか押していなかった様な?
「これで最後だ、な」
僕たちが見つめる中、アラン兄が最後にポンっと一際強くボタンを押すと、その箱からポーンと高い音が出る。そして少し間を置いてから、カチャっと扉から音が鳴った。
「お、開いたな」
そう言って、アラン兄は取り出した紙をまた雑に折りたたんで胸ポケットに仕舞うと、扉の取っ手に手を掛けて引いた。
「おら、とっとと行くぞ。憲兵の奴等に見つかると面倒だからな」
ガチャリと扉を開けて、中へと入るアラン兄。確かにこのまま外に居ても、憲兵さんに見つかるだけだ。
「お、お邪魔しま~す」 アラン兄の後に続いて中に入ると、細長いただの部屋だった。部屋の入り口付近はまだ外の明かりが入るから分かるけど、奥の方は真っ暗で、どこまで奥が続いているのか全く分からない。
「何よ、ここ。真っ暗じゃない」
「うるせぇな。ちょっと待ってろ。えぇっと、どこだったかな?」
僕の後に続いて入ってきたアカリが、あまりの部屋の暗さに文句を言うと、コンクリートで出来ている部屋の壁に手を沿わせるアラン兄。と、
「お、こいつか?」 何かを見つけたアラン兄。パチッと何かを押した音がしたかと思うと、真っ暗だった細長い部屋にパパパッと灯りが一斉に点いた。
「きゃっ、何!?」
「うっ!?」
急に明かりが点いて驚いたアカリ。僕も、いきなり部屋が明るくなったから目が慣れていなくて、思わず腕を上げて光を遮る。そうして、眩しさに慣れた目で見たのは一直線な廊下だった。細長い部屋に見えたのは、廊下だったのだ。その廊下の奥まで灯りが点いてはいるが、行き止まりが見えない。
「ここが大回廊?」
「いや、正確には、大回廊へと向かう通路だな」
「通路……」
「んじゃ、さっさと行くか」 穿いている黒のズボンのポケットに手を突っ込んだアラン兄は、明かりの灯った廊下を奥へと歩き始める。その後ろを、ノインちゃんとノエルさんが続いて行った。二人は僕達と違って、明かりが点いた事に驚いていないみたいだ。
それに比べて、ただ明かりが点いただけで盛大に驚いてしまった僕とアカリは、お互いに顔を見合わせ、
「ぼ、僕たちも行こうか」
「そ、そうね」
気まずそうに、皆の後に付いていった。
~ ~ ~ ~
“ケイコウトウ”という魔道具が照らし出す細長い廊下を、ひたすら進む僕達。白い壁紙で覆われた天井と壁、そして同じく白い床。そのせいか、同じ所を歩いている様な錯覚に陥る。だけど、確実に進んでいたみたいで、暫く進むと、入ってきた時に開けた扉と同じ様な扉が、僕達の行く手に現われた。
「お、着いたぞ」
アラン兄のその声に、ホッと溜息を吐く。その僕の吐いた溜息とは別に、もう一つ聞こえた溜息。前を見れば、ノインちゃんの耳が少し赤くなっている。きっとノインちゃんも飽き疲れてしまったんだろうな。
鉄色の扉の前まで来た僕達。その鉄の扉には入って来る時に開けた扉とは違い、取っ手があるだけで、横の壁には何も無かった。その取っ手に手を掛けるアラン兄。そして、ガチャリと扉を押し開けながら言った。
「待たせたな坊主、ここが大回廊だ」
~ ~ ~ ~
──【大回廊】──。そこは、上にも下にも伸びる階段だった。
淡い橙色の非常等の灯りが、暗闇に近いこの空間の上にも下にも無数に散らばっている。足を乗せている階段の踏み板は、コンクリートの壁に突き刺さるように設置されていて、その壁の反対側には鉄で出来た手すりがあった。その手すりの先はただの闇。試しに手すりから少し体をはみ出させて手を伸ばしても、何も触れなかった。伸ばした手が短くて届かないだけなのか、それとも何も無いポッカリとした空間なのかは、足元を頼りなく照らす淡いオレンジの光だけでは判断できなかった。
手すりから顔を出して見上げても終わりは見えず、下を覗き込んでも端が見えない。
(暗闇がまるで大きく口を開けて、誘い込まれた人を飲み込みそうだ)
そう思うと、急に怖くなってブルルと体が震えた。
「おい、そんな事をしたら落ちちまうぞ!」
「ご、ごめん!?」
そんな事を思っていると、いきなりアラン兄に怒られてしまった。恐い事を考えていた所に怒られたものだから、ビクッと体が弾んでしまう。
「ちっ! ったく、ガキじゃねぇんだから、はしゃぐんじゃねぇよ!」
「ちょっと! そんな言い方しなくたっていいじゃない!」
「うるせぇ! ガキの遊びで来てるんじゃねぇんだ!」
「なんですって!?」
「アカリ、もう良いよ。ぼうっとしていた僕も悪いんだしさ」
僕が怒られたというのに何故かすぐさま言い返すアカリに、アラン兄も負けじと言い返す。そこにアカリがまた反論するものだから、言い争いになる前に止めた。
「ユウも言い返しなさいよ!」 背中越しにアカリが文句を言ってきたが、今の僕にはそれよりも気になる事があった。アラン兄の態度だ。あの指名手配の一件以来、どこかアラン兄の様子がおかしい。常にピリピリしているというか、不機嫌なのだ。
(なんだろ? 何もしていないのに疑われたから怒っているだけなのかな?)
そう思うと同時に、違うだろうなとも思う。それだけで、こんなに怒るとは思えなかったからだ。
少し重くなった空気。その中、カンカンと階段を上る音だけが響いて行く。アラン兄に怒られるのが嫌なのか、皆黙って階段を上る。上を見ても、ずっと同じ様な鉄の階段が続いていたから、これはさっきの廊下と同じ感じになるのかなと思っていたけれど、そうはならなかった。
「ん? あれって踊り場?」
黙って階段を歩くと、少し広く平らな場所が見えてきた。そして踊り場に着くと、折り返す様にさらに上へと上がる階段と、壁側には、この【大回廊】に入って来た時と同じ扉がある。もしかして、この扉が目的地かな?
「ここで終わり──」
「んな訳ねぇだろ。おら、さっさと上るぞ」
壁側にある鉄の扉には一切目をくれず、折り返しの階段を上って行くアラン兄。そうだよね、一個上の階層に行くって言っていたんだし。
その姿に、「はぁ~」と肩を落とす僕は、黙ってアラン兄の背中の後を追うのだった。
~ ~ ~ ~
あれからどれ位階段を上がっただろう。どれ位階段の踊り場を、鉄の扉を過ぎて行っただろう。
踊り場に着くたびに、新たな鉄の扉の前に立つたびに、ここが目的地であってくれと何度もそう思った。だが、そのどれもが目的地では無かった……。
皆、俯きながら黙って階段を上がっていく。今までの、アラン兄に怒られるから黙っているのではなく、疲れて、或いはまだまだ上へと伸びる階段を見ては呆れて黙っているんじゃないかと思う。どこまで上れば良いのか分からないこの状況は、体だけでなく心までも疲れさせてしまうのだ。
そういう僕もさすがに疲れて来た。レベルが上がって身体能力は上がったけど、何かを我慢する忍耐力までは上がっていないみたいだ。
そんな重たい空気にさすがにマズいと思ったのか、黙って前を歩いていたアラン兄が振り返ると、そのまま僕の横に並ぶ。そして肩に手を回して来た。
「な、何!? アラン兄!?」
「何って、なんか疲れているみたいだからよ。一つ励ましてやろうかと思ってな」
「そ、そう? ありがと」
「まぁ、お前はそんな簡単にへばったりしないだろうけどよ」
「なんで?」
正直かなり疲れていたので、アラン兄のその言葉はとても意外だった。振り返ると、階段を上り過ぎて限界が来たノインちゃんを背負うノエルさんと、まだまだ平然としているアカリの姿。二人の方が断然平気に見えるのだけど。
すると、さっきまであんなに不機嫌だったアラン兄は、少しお道化た口調になって、
「何でって、ババアはああ言っていたけどよ、お前も本当は“裏”なんだろ?」
「……“裏”?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き直す僕。昨日のギャズさんの家でも言われたし、さっきのエレベーターシャフトに向かう時にも言っていたけれど、その“裏”っていうのは何なのだろうか?
「“裏”って一体何の事だか──」
「いいって、誤魔化さなくてもよ。実は言うと、俺も──」
「ちょっと、あなた、ユウになれなれしく近寄らないで!」
内緒話をする時みたいに顔を近付けて来たアラン兄。そこにすかさずアカリが注意する。
「おっと、恐ぇ。なぁ、あの嬢ちゃんも裏なのか? だとしたら、もう少し目立たない格好の方が良いぜ?」
「アラン兄、何を言って──」
「お、見えてきたな!」
アカリの注意に両手を上げるアラン兄。そのままヒョイっと先頭に戻ると、カンカンと階段を上って行く。すると、ようやく目的地に着いたのか、一番聞きたかった言葉を口にした。
「良かったぁ。ようやく着いたのかぁ~」
フゥっと一息吐いてから、手すりに手を掛ける。まぁ、“裏”に関しては後で聞けば良いかな。取り合えず今は少し休みたい。
手すりを掴んで、一段一段上がっていく。思った以上に疲れていたみたいで、腕の力も使って頑張って上っていくと、先の踊り場には腕を組んで僕を見下ろしているアラン兄。
「ほら、しっかり上がって来い」
「はいは──」
ヂュイーン!
「──え?」
僕の掴んでいた手すりの少し先で、ナニかが赤い光を放ちながら飛んで行った。
カーン! チューン! チュン!
その後も飛んで来たナニかが、赤い光を残しながら僕を追い越していく。そして──
「居たぞ、あそこだ!!」
「一人も逃がすな!」
「おい、商品も居るんだ! 無闇に撃つな!」
複数の男の人が叫ぶ声。その声が聞こえた方を見ると、さっき通り過ぎた一個下の踊り場、そこの扉から、憲兵さんと黒い服を着た男の人が数人、僕たちに黒い武器──銃を向けていた。