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185話

 

 ★  アカリ視点   ★



「ここは一体、どこなのよ~!」



 一つも青い空が見えない上空に向けて、思わず叫んでしまった。こんな姿を見られたら、お姉様に怒られてしまうけれど、そんなの気にしていられない!だって、こんな所にお姉様は居らっしゃらないもん!



 日之出国では絶対に見られない灰色の壁で出来た高い建物。それらがまるで筍の様に天へと向けて伸びている。左を見ても右を見ても、そして見上げてもだ。


(なんで!? だって私、さっきまでユウやサラちゃんと一緒に居た筈でしょ!?)


 日乃出では見た事の無い家屋や建屋が並ぶ、異国情緒溢れる街を訪れた矢先に、私達は謎の襲撃者に襲われ、ユウとサラちゃんと共に追い払っていたはずである。なのに今、何処を見てもユウもサラちゃんも、そして襲撃者たちの姿は見当たらない。



(これもユウの言っていた“魔法”ってやつなのかしら?!)


 ユウの住む世界には、“魔法”という不可思議な力がある。その力をあの襲撃者たちが使って、私達を分断させたのだろうか?


(いえ、もしそうであるのなら、あのサラちゃんが気付かない筈は無いわ)


 ユウの妹であるサラちゃんは、魔法に関しては右に出る者が居ない程の強者だという。ならば、相手が魔法を使った場合、忠告なり対抗するはずだ。


(う~ん、私も魔法が使えれば、この状況が少しでも解るんだけど、私に使える魔法って、自分の体を強化する魔法だけなのよね……、──そうだ、魔力!?)


 そこで私は思い出す。自分の中に流れるもう一つの力の事を。


 “魔力”。日乃出には存在しえなかった、しかし何故か私に存在していたその力を、私は縋る思いで意識する。魔力も魔法も今一つよく分からないけれど、今はそれが正しいと、女の直感が訴えてきた。目を閉じ、心を空っぽにして集中する。それはまるで、弓を放つ所作に似ているかもしれない。


 すると数十秒の後、──ポワリ──と頭に浮かんだ暖かな光点。それがユウであると何となく解った。こういう時の女の直感は大体当たるのだ。


(取り敢えずユウが居る事は分かったわ。でもサラちゃんは感じない。どういう事かしら?)


 頭に浮かんだ光点はたった一つだ。そしてその光点はユウのものであるとしたら、サラちゃんは何処に?


(まさか襲撃者にやられ!? ……いえ、サラちゃんほどの強者がそう簡単にやられる筈は無い)


 あの襲撃者に後れを取るサラちゃんでは無い。だが、光点は一つだけだった。それはどういう事だろうか?


(う~ん、考えても分からない。ならば今は、ユウと思しき光点へと向かい、ユウに事情を聞きましょう)


 そう考えた私はそっと目を閉じては、浮かぶ光点の位置を確認すると目を開け、歩き始めた。


 ☆


 相も変わらず、とんでもなく高い灰色の建物が立つ間を、時折目を閉じ、光点の位置を確認しては歩く。ふと上空を見上げると、辺りを照らしているのはお日様などでは無く、何やら白い光を放つ道具だった。どんな仕組みで、どんなカラクリで動いているのか分からないが、その道具から発するその白い光は、ともすればとても冷たく感じる。たとえ雪が降ったとしても、それでもその厚い雲を抜けて優しく降り注ぐ陽の光の方が、断然暖かいと私は思う。


「ふ~ん……」と辺りをキョロキョロしながら、ユウの居る世界にはこんな場所があるのかと、不安半分興味半分の私。まるで城下の路地の様な細い通路を、取り敢えず光点に向かって歩き始める。

 もしかすると、魔法の使い方を熟知しているユウやサラちゃんが、私の事をすでに見付けていてこちらへと向かって来ているのかも知れないが、じっとしていても何も変わらないと思ったし、第一じっとしているだけなんて、私の性に合わない。



「……取り敢えずこっちかな?」



 代わり映えのしない灰色だらけの町並みと、細い路地。光点の位置は解っているのだが、行きたい方向へと素直に伸びてはなく、右に左へと曲がりくねりながら、何とか光点目指して歩みを進める私の目に、あのイサークと呼ばれた住人が着ていた服とはまた少し趣の異なる服を着た、かなりやつれた顔をした老婆を囲む男達。その手には、短刀らしきものが、冷たい白光を受けて鈍い光を放っている。その数三人。その男たちも何かの動物の皮で出来た様な、変わった服装をしていた。



「なぁ、婆さん。まだ生きていてぇだろ? だったら解るよなぁ?」

「アンタ達にやる金なんて無いよ! 憲兵を呼ばれる前にさっさとあっちに行きな!」

(強い老婆だな)


 思っていたよりも烈しい老婆の口調と態度に、助けに入ろうとした私は調子を崩す。老婆の一歩も引かぬ―それどころか逆に一歩、二歩と踏み込んで行くその迫力に、たじろぐ三人。だが、



「う、うるせぇババァ! たった10トイ、いや5トイ程度で死にたくはねぇだろ!? 良いからさっさと出すんだ! じゃねぇと、明日の朝光は拝めねぇぞ!?」



 男の一人が短刀を老婆の顔に近付けると、その頬をペシペシと叩く。これには流石の老婆も怖気づいたのか、「ひぃっ!?」と短い悲鳴を上げた。



「ひっひっ! オラ、死にたくなければさっさと──」

「そうね、さっさと退いた方が良いわよ、あなた達」

「──!? 何モンだ、テメェ──!?」



 流石に限界と見た私は、老婆を脅す男たちの背後へと近付き、警告する。思わぬ第三者の登場に、慌てる三人。急いで振り返ると同時に、各々が手に持った短刀で私を脅そうとしてきたが──、


 ットン! トッ! トン!

「がっ!?」「げっ!?」「ぐぇ!?」



 それよりも早く首元を私の手刀で叩かれ、意識を刈り取られた三人は、汚い声を上げて通路に突っ伏す。


 私の突然の登場に、呆然とする老婆へと近付き、「大丈夫ですか?」と声を掛けると、無言で首をコクコク縦に振る老婆。良かった、短刀は老婆を傷付けてはいない様だ。



「あ、あんた様は一体……?」

「え、私? い、いえ、名乗る程の者ではありませんよ。と、とにかく、気を付けてくださいね?」

「は、はぁ……」



 知らない町で騒ぎを起こす事は無いと思った私は、「名乗る者でもありませんよ」と、昔読んだ草双紙に出ていた主人公の台詞でその場を誤魔化すと、未だ少し呆けている老婆に別れの挨拶をし、その場を後にしたのだった。


 ☆


「もう! どうなっているのよ、ここは!?」



 思わず口から出た愚痴が、灰色の天井へと消えて行く。だが、突き抜ける様な青い空で無いせいか、幾ら口を言っても、私の心は晴れる事はなかった。


 路地で恐喝されていた老婆を助けた後、ユウであろう光点の元へと歩いていた私は、この町の異常さに、頭を抱えたくなっていた。

 というのも、光点目指して歩いていた私自身が、今度は色々と面倒事に巻き込まれたからだ。


(強請、たかり、スリに拐かし……。一体この町の与力や十手持ちは、何をしているのよ!?)


 絡まれた数は既に両手を大きく超え、最早数える気すら失くしてしまった。お父様の統べる日之出国では決して有り得ない! 日乃出城の城下町、その最端にある貧民窟でさえ、ここまで酷くは無いだろう。


 今も、「よお、美人の姉ちゃん、幾らだ?」と声を掛けてきた下賤な男に、冷たい視線を投げ飛ばして追い返した私は、段々と好奇心よりも心細さが勝っていった。


(もう!ユウもサラちゃんもどこに居るのよ!)


 決して、自分があの二人から(はぐ)れた訳では無いと、誰にともなく主張していると、「……っ──!」と何やら言い争っている様な、そんな声が聞こえて来た。


(何かしら?)


 そちらに耳を向けると、明らかに揉め事だろう、かなり大きな声で言い争っている感じがした。私の脳裏に、私自身に降り掛かった数々の面倒事が蘇る。といってもついさっきの事だったけれど。ほんと、この町ではこれが日常だとも言うのだろうか。


 呆れると同時に、馴染みある二人の顔が浮かんでくる。それは私の大事な人達。


(もしかして、ユウとサラちゃんが襲われているんじゃ!?)


 さっきまで、全身黒つくめの襲撃者に襲われていた事を思い出す。そこまで腕の立つ刺客達では無かったが、それでもユウやサラちゃんには分が悪い。基本的にあの二人は、弓矢取りと同じ様に相手から距離を取って戦う型なのだ。接近戦を挑まれたら、かなりマズい戦況になるだろう。──私が居なければ──!


(待ってて!今行くから!!)


 おそらく戦闘になるだろうと、走り出す前に腰の姫霞をそっと撫で付けると、それに応える様にチャリと鳴った。


 ☆


 喧騒のした方へ近づくにつれ、音がハッキリと聞こえてくる様になった。男の恫喝、子供の怯えた声、そして、老婆の呻き。明らかにただ事ではない。


(声の感じからすると、ユウやサラちゃんでは無さそうだけど、放ってなんていられない!)


 二人の危機だと思っていた私は、ほんの少しだけ安堵の息を吐いた。だが、私のやるべき事は変わらない。そこに困っている人が居て、こんな私でもその人たちの力になれるのだとしたら、やらない理由は無いのだ。


(もし、二人に会うのが遅くなったとしても、許してくれるわよね)


 実際にあの二人がそんな事で怒るとは思わない。逆にサラちゃんには、「ユウとの二人きりの時間を邪魔しないで」と怒られる可能性はあるだろうけれど、それだって表向きだ。……と思う。なんだかんだで私に会えた事に安堵し、私も二人に会えた事にホッとするのだ。


(その時間がほんの少し遅くなるだけ。それだけだわ)


 より喧騒が大きくなる中、私はその事を思い緩んだ顔になる。だがそれも、通路の角を曲がった先の喧騒の元──急に開けた場所に辿り着くまでだ。



「──なっ!?」



 桁外れに高い周りの建物と同じ色と造りをした、ボロボロの平屋である現場は、色んな意味で修羅場と化していた。全員が同じ上下黒服を来た男たちが、年端も行かない子供達に対し、脅し文句を叫んでいる。その脅し文句を受けている子供達。その中でも幼い子供達は一つに固まって泣き叫び、その子たちよりも若干年長だろう子供が、恫喝する男たちから幼い子供を守る様にして両手を大きく広げて立ち向かっていた。よく見れば、固まって泣き叫んでいた子供達の真ん中には、大きな黒い羽織の様な物を被った老婆が、自分の胸を押さえて蹲っている。明らかに異常な光景だ。



「良いから狂犬を、アランの野郎を出せって言ってんだよ!!」

「だから何度も言ってるだろ! アラン兄はここには居ないんだよ!」

「んな訳あるかっ! 少し前にギャズ様と会った後、教会(ここ)に戻るって言ったんだからよ!」

「そんな事を言っても、居ないもんは居ないんだ! 居たら、お前等なんかとっとと追い払っているよ!」



 年長の男の子に向けて叫ぶ男。どうやら人を探している様だが、明らかに人にものを頼む態度では無い。



「良いからさっさと出しやがれ! じゃねぇと──」

「──うわ! なにすんだよ!?」



 グイっと男の子の胸倉を掴み上げる男は、ニヤリと口許を歪めせると、



「家探ししても良いんだぜ? そりゃもう、そこら中をひっくり返す位になぁ?」

「な!?」

「そんな事になったらどうする、ん? 今日寝る所どころか、あのシスターを休ませる所も無くなるぞ?」

「──クソが!」



 ドンと掴んでいた胸倉を放すと、そのまま尻餅を付く男の子。地べたに座り込みはしたが、キッと男を睨み返す。その態度が気に喰わなかったのか、男の子に向けて唾を吐き棄てると、



「良いからさっさとアランを出せ! さもないと──」

「──さもないと、どうなるんだ?」

「ん? なんだ、テメェ?」



 とっくに限界を迎えてはいたが、状況を推し量る為に我慢していた私は、もう耐えられないと男に近付き、その肩を掴む。



「──お、なんだ、嬢ちゃん。俺と遊びてぇのか? まぁ待ってな。今、事を片付け──痛たたっ!?」



 肩を掴まれた男は私に振り返ると、一瞬呆ける。だが、私が女だと解ると途端にニヤついた顔となり、有ろう事か、私の胸へとその汚い手を伸ばしてきたので、簡単に絡めとると、そのまま捻り上げた。



「な、何しやがる!? 俺らが誰の子分か知らねぇのか!?」

「知らないし興味も無いわ」

「おい、女ぁ! お前、自分が何をして──」

「解っているわよ。子供を脅して泣かし、尚且つご老体に無体な事までして。あまつさえ、私に触れようとしたわよね?」



 腕を捻られ、動きの取れない男の同僚だろう、傍に居た別の男が私を睨み付けてくる。その男に睨み返しながら、私の言葉は続く。



「コイツ、何言って!? おい! 良いから、この女をやっちまえ!」



 睨み付けられた男が、さらに周りに居たお仲間に声を掛けつつ、胸元へと手を伸ばす。そうして出て来た短刀を握り締めると、



「おい、嬢ちゃん。謝るのなら今の内だぜ? 今なら、一週間、俺らの相手をすれば許して──」

「──もう良いわ」

「うお!?」



 まだ下世話な事を言おうとする男に向けて、腕を捻っていた男を突き返すと、私は腰の愛刀へと手を伸ばし、鯉口を切る。



「それ以上、下らない事を言う前に、さっさと掛かって来なさい!」



 スルリと姫霞を抜き放つと、やっと解放されたとばかりにキラリと光を放つ。頼りになる愛刀をチャリと正眼に構えると、姫霞を見てたじろぐ男たちに向けて駆けた!


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