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182話

 


「……んで、お前は誰だ、坊主?」

「え、えっと~……」



 銃と小剣の男二人を倒した青い髪の人が、ユラリと僕に近付いてきたかと思うと、ギロリと凄んできた。僕より背が高く、ガッシリとした体形。そしてその青い髪の下にある顔は眉尻が寄り、目を細め僕を睨んでいた。ハッキリ言って恐い。


 カールとは違うその威圧にたじろんでいると、「う、ぅ…ん」とその後ろから、微かな息づかいが聞こえてくる。


「──!? っと、こうしちゃいられねぇ! ミナ!!」



 ガバッと青い髪の人が血相を変えて振り返る。その視線の先には、二人の女の子が床に横たわっていて、さらに良く見ると、そのすぐ傍には僕より年下の男の子と、青い髪の人とあまり変わらない位の歳の男の人が倒れていた。



「ミナっ!大丈夫か、ミナっ!」



 青い髪の人が急いで駆け寄り、倒れている女の子の内の一人を抱きかかえる。戦う人が居なくなり、シンと静まり返った廊下に、青い髪の人が放つ悲壮の声が響いていく。どうやら、ミナと呼ばれた女の子はケガをしているようだ。



「おいミナ! しっかりしろ! ミナ!!」

「う、ぅん……。あ、アラン兄……?」

「そうだ、俺だ!! 気が付いたか、ミナ!!」



 ミナと呼ばれた女の子が弱々しく口を開くと、アラン兄と呼ばれた青い髪の人がガバッと女の子に抱き付く。何が何だか分からないけれど、女の子が意識を取り戻したみたいで良かった。



「い、痛いよ、アラン兄……。」

「おお、済まねぇ! それで、どこか痛い所はあるか?」

「うぅん。大丈、夫。それより、ノインちゃんは?」

「──そうだ! ジャン、ノイン、ノエル!?」



 女の子──ミナを抱きかかえたまま、倒れている他の人へと声を掛ける青い髪の人──アラン兄。

 だが、その呼び掛けに答える声はどこからも上がらない。



「クソ! 三人ともヤベェな。 こうなったら、ジャンだけでも助けて、他の二人は放っておくか?」

「だ、駄目だよアラン兄……」



 声は弱々しいが、そこには断固とした決意が感じられた。その声に少したじろいだアラン兄とやらは、



「し、しかしよぅ、俺の魔力もそんなに残っていねぇし、まだアイツ等が来るかもしれねぇ。あまりぐずぐずしてられねぇんだよ!」

「だからって、二人を、置いてきぼりにしたら、私、アラン兄を、許さない」

「そ、そうは言ってもよぉ──」



 あたふたしながら頭をガシガシと掻くアラン兄が顔を上げると、二人の様子を窺っていた僕と目が合った。すると少し間を置いて、ニタァと悪そうに口元を歪める。正直言って嫌な予感しかしない。



「──おい、坊主」

「は、はいっ!?」



 背中に何やら冷たいものを感じた僕は、本能的にその視線から逃れる為に顔を背けようとしたが、それよりも早く声を掛けられてしまい返事を返してしまった。(しまった!)と後悔する僕に、その声の持ち主は視線を外さずにすくっと立ち上がると、ニタリ顔を張り付けたまま僕に近付いてくる。



「お前、“裏”だよな?」

「う、“裏”?」



 さっきの男たちもそんな事を言っていたけど、裏って一体なんだ?! 裏という言葉に心当たりが無いし、何より何の事だか分からない。



「う、裏の意味が解りませんが、たぶん僕はその裏っていうやつじゃありません!」



 ブンブンと首を振って否定と、この後に訪れそうな展開を全力で拒否する。だが、ブンブン振るその頭をガシッと掴まれると、その恐い顔をピタリと僕のおでこにくっ付けて、



「じゃあなんで魔法が使えたんだよ? あぁ!?」

「そ、それは僕が召喚士だからであって──」

「召喚士ぃ? 良く分かんねぇが、良いからこっち来い!」

「うわわっ?!」



 今度は首根っこを掴まれる。そして、嫌がる僕を無理やり引き摺ろうとするアラン兄。い、一体なんだっていうんだ!?



「や、止めてください! い、一体何なんですか!? 僕はその“裏”ってヤツの事なんてこれっぽっちも知りませんよ!?」

「裏だろうがなんだろうが、お前は魔法が使えるんだよな!? ならこいつらの治療を手伝え!」

「て、手伝えってどうやって!?」

「あぁ!? んなもんヒールだろうがハイヒールだろうが何だって良い! とにかく治癒魔法だ!」

「ち、治癒魔法!?」



 空しい抵抗をする僕に、アラン兄は無茶苦茶な事を言ってきた。治癒魔法だって!? 第一位格の〈ファーストエイド〉ならともかく、ヒールやハイヒールなどの高位な治癒魔法は、司祭や神父などのジョブの人しか扱えない。あとは聖騎士等の一部の戦士職だけだ。そんな高位な治癒魔法は魔法使い職には使えない。可能性が有るとしたら魔導士だけど、それにはかなりの才能と努力が必要だと聞いた事がある。あのエマさんでさえ、第三位格の〈ヒール〉までしか使えないみたいだし。魔法使い系で完全に治癒魔法が使えるとしたら、それこそサラの様なスペルマスター位だろう。召喚士である僕が使える訳が無い!



「ぼ、僕には無理ですよっ!」

「何言ってやがる! いいからやるんだよ!」

「ち、ちょっと!?」



 必死に否定する僕。しかし今度はぐいと胸ぐらを捕まれると、強引に引っ張られる。そして、突き出された先には、アラン兄と同い歳くらいの男の人が床に倒れていた。



「お前はコイツを治してくれ。 良いか? “出来ない”とか“無理”なんて言葉はもう聞き飽きた。次に俺が聞きたい言葉、つまりお前が発して良い言葉は、“分かりました”と“出来ます”だ。いいな?」



 そう言って最後にドンと背中を押すアラン兄は、スタスタともう一人の男の子の元へと駆け寄って行く。


(そ、そんな事を言ったって……)


 泣きそうになりながら、床に倒れている男の人を見る。


 さっきまで戦っていた小剣や銃を持っていた男とは違う恰好──どちらかというと、イサークの街に居た衛兵さんが来ていた服に似ている──をした銀髪の男の人は、苦しいのか荒い呼吸をしていた。この男の人もミナって女の子と同じ様にケガをしているのかも知れない。


(仕方ない。取り合えず診るだけ診よう。ケガ人かも知れない人をこのまま見過ごす事は出来ないしな)


「だ、大丈夫ですか?」と、倒れている男の人にそっと声を掛ける。キレイな銀色の髪が、額に浮かんだ汗のせいでおでこに張り付いていた。そのキレイな銀髪の下にある、端正な顔は苦痛に歪んでいる。明らかにどこか痛む様だ。



「だ、大丈夫ですか──」と、体に触れようとした時、床面が赤く染まっているのに気が付いた。これはマズい! どこかにキズを負っている! それもこの血の量からして、かなり大きなキズだ!



「この人、大きなケガをしてます! 今すぐ治さないと!」

「んな事は分かってるんだよ! そいつの治療はお前に任せたんだ! お前が何とかしろ!」

「そ、そんな……」



 銀髪の男の人が負っているケガが思った以上に大きくて、僕には手に負えないと抗議したが、アラン兄はすでにもう一人の男の子の対応に追われ、手が離せそうにない。今、この場でこの人を治せるのは僕しかいないとい事だ。


(と、取り敢えず〈ファーストエイド〉で何とかするしかない!)


 とりあえず僕にも扱える治癒魔法である〈ファーストエイド〉を唱える為、魔力を集中させる。応急処置程度にしかならないけれど、掛けないよりかはマシだ!



「〈世界に命じる! 偉大なる神の加護をここに!〉」



 体を巡る魔力をおへその下辺りに集中させながら、使い慣れない治癒魔法の詠唱を始める。


(治癒魔法なんて、いつ以来だろう? もしかすると、サラがまだ小さかった頃か?)


 普段あまり使わない魔法だったからか、深く集中出来なかった僕は、サラがまだ幼かった頃の事を思い浮かべていた。


 あの頃のサラは僕にピッタリくっ付いて来て、いつも一緒に遊んでいた。冒険ごっこや駆けっこ、釣りなどに夢中になっていた僕に、その小さな体で必死になって付き添っていた。村に住む、同じ位の歳の子の女の子とは一切遊ばず、僕としか遊んではいなかったんじゃないだろうか。


(──いや、アーネとは遊んでいたっけ)


 小さい頃の僕はアーネと良く遊んでいた。だから自然とサラもアーネと遊ぶ様になっていた。だけど、おままごとやお人形遊びなどの、女の子らしい遊びは一切せず、外で駆けずり回っていた記憶しかない。まぁ当時のアーネは、男の子顔負けのわんぱくな子供だったから、あまり参考にはならないか。


 だからだろうか、サラは良く小さい傷を幾つも作っていた。その度に、魔法を覚えたてだった僕は得意げに、それこそお兄ちゃんとしての威厳みたいなものを示したくて、よく〈ファーストエイド〉を掛けて上げたものだ。


 そんな懐かしい記憶を辿りながら、練られた魔力を杖へと通す。そして、



「〈ファーストエイド!〉」



 詠唱を終えた僕の手に、杖によって増幅された緑色の魔力が宿り、暖かみのある弱い光を発していく。


(よし!) ひとまず発動出来た〈ファーストエイド〉。それをそっと意識の無い、それでも苦し気に顔を歪めている銀髪の人に掛けていく。


(頼む。これで何とかなってくれ!)


 両手を翳し、〈ファーストエイド〉が体全体に広がっていく様に意識する。本来なら〈ファーストエイド〉は小さい傷等に当てて治療する応急処置的な魔法なので、こうして全体に広げる魔法では無い。だが、この銀髪の人が負っているケガがどこだか分からないので、取り敢えずはこうして体全体に掛けてみる事にしたのだ。


 使い慣れない〈ファーストエイド〉。だが、昔取った杵柄なのか、思いの外うまくいっている気がする。その証に、苦し気だった顔が、少しずつ落ち着いたものになっている、気がする。


(良かった。何とかなりそうだ)


 その様子に、ホッと胸を撫で下ろすのだった。



 ~  ~  ~  ~  ~



「アラン兄、あの子、大丈夫、なの?」



 ジャンに駆け寄り〈ヒール〉を掛けていると、後ろからミナが心配そうに声を掛けてきた。あの子とは、怖々(こわごわ)とノインの容態を見る坊主の事だ。俺はそっちを見る事無く、



「あぁ。お前は見ていないだろうが、あの坊主はあそこで寝ている黒服に向かって、あろう事か攻撃魔法をぶっ放しやがった」

「ま、魔法を……?!」



 ミナが唾を飲み込む。だが、それも仕方ない。俺達の様な教会の孤児院で生活する者にとって、【攻撃魔法】がどういった意味合いを持つのか、それを嫌と言う程知っているからだ。攻撃魔法を使う人間=裏の人間、という事を。

 俺達みたいな孤児院で暮らす子供は、色々なルールに則って生活をしていた。朝の御祈りは欠かすな。年下の面倒は年長者が見る。シスターの言う事は守る等々。その中にあるのだ。“裏には逆らうな”というルールが。



「そ、それで、ジャンはどうなの? それとノインちゃんは?」



 ミナもその事を覚えていたのだろう、それ以上あの坊主の事には触れず、話題を変える。俺も特にそれを指摘する事無く、答えてやる。



「ノインの方はただ気を失っているだけさ。どちらかと言うとジャンの方が重傷だからな。先にジャンのヤツを診る。ノインの嬢ちゃんはそれからだ。良いな?」

「う、うん。アラン兄がそう言うなら」



 納得してくれたミナの様子を見ながら、ノエルのヤツに〈ファーストエイド〉を掛け始めた坊主を見る。その表情は年相応の少年そのものだ。


(本当にあんな(なり)の坊主が裏なのか──?)


 ジャンの容態に注意を向けながら、俺の心は収まりの悪い疑問に満ちていた。


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