178話
△ ユウ視点 △
「……ん、ここ、は?」
ふと目を開けると、そこはどこか無機質に感じる硬い床だった。その床に腹這いになって寝転んでいるようで、白色に淡く黄色を混ぜ込んだ様な色をしたその床から頬に伝わるのは、固い石の感触、ではなく同じ様に硬いが、どこか冷たい印象を与える様な肌触りだった。
そのせいだけでは無いが、いつまでもこうして寝転んでいたいとも思わなかった僕は、その冷たい床に手の平を付けると力を入れて起き上がる。
「ここは、一体……?」
憶えているのはイサークの街での事。サラとアカリと一緒に、迫り来る襲撃者の攻撃を防ぎながら、隠れているであろう相手の魔法使いを探し出して——
「そうだ!? サラっ! アカリっ!」
辺りを見渡すが、どう見てもあのイサークの街で襲撃者に追い詰められた行き止まりには見えない。それどころか、屋外ですらない。
「まさか、僕たち捕まったんじゃあ……!?」
今、僕が一人でここに居る理由として考えられるのは、襲撃者方に居た魔法使いによる何かの魔法によって、捕まってしまったって事だ。だけど、
「もし、相手の魔法使いがそんな魔法を使ったら、サラが気付くはずだ。なら、アカリが相手にしていた襲撃者か?」
魔法使いの仕業じゃないのだとしたら、アカリが相手にしていた黒装束の襲撃者たちだ。あの襲撃者たちは、逃げる僕達に対してナイフを投げて来た。その軌道は正確に僕達を狙っていて、アカリが叩き落とさなければいけない程。そんな正確な投擲が出来るのならば、アカリと戦っている時であっても、アカリはともかく僕やサラに対してならナイフ、それも身動きを抑える様な毒が塗ってある様なナイフを、投げ付けてくる事も出来るはずだ。
「……いや、それこそ無いか。もし襲撃者がそんな素振りを見せたら、流石にアカリが警告するだろうし」
あれやこれやと考えても、納得のいく答えが出て来ない。それに、もし僕たちが捕まったのだとして、なんで僕一人がこんな所に寝ていたのか? 分からない事ばかりだ。
「う~ん、ダメだ。分からない事が多すぎて、何も考えられない」
あまり考えるのが得意じゃない僕は、早々に諦めると、改めて周りを見渡す。
「どこかの建物の中、なのか? 見た事も無い灯りだな……」
廊下とおもしき通路、それを照らす灯りが天井に等間隔に設置されていて、少し眩しく感じるほどの白い光で床や壁を照らしている。そこにも冷たさを感じる。
「この灯り、見たこと無いけど、魔力を感じるって事は魔道具の一種なのかな?」
白い光を発するその灯りに向けて手を伸ばし、【魔力感知】の魔法で調べたら、確かに魔力を感じる。だが、少し異質な感じのする魔力だったけど。
「……中に入っている魔石のせいかな? こんな強い光を発する位だから、きっと良質な魔石でも使っているんだろ」
そう結論付けた僕は手を下ろすと、前後に延びた廊下を交互に見る。前後ともに特に変わりはない。同じ様に白い光を灯す照明が等間隔に続いていて、白い壁と床を照らしているだけ。そしてどちらも中ほどまで行った所で曲がり角になっていた。
「……どっちも同じ様な感じだなぁ。どっちに進んだら……、ん?何かあるな?」
前と後ろを交互に見る。すると、前方の床に何かが落ちているのが見えた。
「何だろ、あれ? 行って見るか」
僕がここに居る理由、その手掛かりが少しでも欲しかった僕は、床に落ちている物が気になり、取り敢えずはと、前へと進む。そして、
「あっ!! 僕の杖だっ!」
そう、それはとても普通の木杖。でも見慣れた僕だから分かる、あれは父さんが残していった僕の杖だ。
それに気付いた僕は、急いで駆け寄ると拾い上げる。この手に馴染む感じは、間違いなく僕の杖だ。
「良かった~。でも、どうしてこんな所に?」
相棒を見つけたと同時に、新たに生まれた疑問。なぜこんな所に無造作に僕の杖が置かれていたのか?
「……う~ん、ダメだぁ! 全然分からん!」
こうして杖まで落ちているって事は、どうやら捕まった訳じゃないらしい。さすがにあそこまでやる襲撃者が、捕まえた僕をこんな廊下の真ん中で寝かせて、尚且つ武器であるこの杖まで近くに置くなんて事はしないはずだ。
「……あのどこか抜けてるデコボココンビならば、考えられなくもないけれど」
僕達の泊まっていた部屋に最初に襲撃を仕掛けてきた、昼間に会った詐欺コンビならば、あるいは、と考えたが、さすがにそこまで抜けていないだろうと、考え直す。
「答えの出ない考えをしていてもなぁ。取り合えず、サラとアカリを見つけなくちゃ!」
分からない事だらけの中で、数少ない判明している事。それはこの場にサラとアカリが居ない事だ。ならば、二人とも僕と同じ様な境遇に置かれているのか、あるいはどこか檻の様な所に容れられているのか。
「助けられるのは、僕しかいない! サラ、アカリ、待ってて! 今、僕が助けに行くから!」
拾った杖をギュッと握る。脳裏には、牢屋の様な場所に容れられて泣いているサラとアカリだ。
こうして自由に歩けるのならば、二人を見つけて助けようと決意して、先を進んだ。
☆
見慣れない廊下を進んで行く。途中に部屋らしき扉が複数あったが、開ける様な事はせず、扉に近付きそっと耳を当てて中の様子を窺うだけにした。もし、扉を開けて中に人がいて、僕が捕まったら、サラもアカリも助ける事が出来なくなってしまうからだ。
そうして、警戒しながら廊下を進み、途中にある扉に聞き耳を立てるという事を繰り返していると、僕の耳に不意に物音が聞こえた。
「……何だろ? 騒いでいる様な、何かがぶつかり合っている様な?」
なんの代わり映えもしないこの廊下を歩いてきたが、今まで音らしい音は聞こえなかった。それがここにきて、何かの手掛かりを得られそうな音が聞こえてきたのだ。ならば、音の正体が何かは分からないけれど、その音が発せられる場所に行ってみるしかない。
「よし、行ってみよう!」
今も聞こえるこの音は、この先から聞こえてくる。ならばと、杖を握る手に知らず力を籠めながら、音のする廊下の先に進むのであった。