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172話

 

 あちこちに作った擦り傷や打撲が、痛みを訴えてくるけれど、そんな状況じゃないから全部無視して走る僕。その前を、深い瑠璃色の光を放つ立派な杖を持ったサラが、時折何かをブツブツと呟いたかと思うと、そのグリューンリヒトの先に生まれた風の珠を、僕の後ろに向かって投げ放つ。


 その後方では、黒く長い髪を揺らしながら走るアカリが、時折その手に持つ愛刀の〔姫霞〕で空を薙ぐ。すると、宵闇の中、月の光に照らされ、一瞬だけその存在を主張した鉄灰色の何か——後ろから僕達を追っている襲撃者の投げたナイフだろう——が暗闇に消えていった。金属を弾く音が鳴っているはずだが、それも暗闇に溶けていく。と、同時にサラの放った、〈ウインド〉の風の珠が後方で破裂、何かが宙を舞うが、それが何かを確認しないまま、走る速度を上げる。それすらも全ては無音の世界で起きた一つの出来事に過ぎない。



 ボロボロに破壊された——というより、してしまった石鶏亭の部屋、その大きく壊れてしまった窓に走り寄った僕達は、窓から頭を出すと、急いで周囲を見渡す。そして、敵が居ない事を確認すると、窓から飛び降りる前に、ボロボロになったベッドの簡易マットを窓下に投げ込んで、着地の衝撃を和らげようとしたのだが、思いの外厚みが足らなかったみたいで、飛び降りた衝撃を完全に殺す事が出来ず、地面をゴロゴロと転がる羽目になった僕の体は、キズだらけのアザだらけだ。


 不格好に着地した僕とは違い、アカリはともかく何故かサラもキレイに地面に飛び降り立つと、改めて周囲を確認する。が、誰も居ない。襲撃者は僕達が窓から飛び降りるとは思っていなかったみたいだから、完全に裏を掛けた。追っ手が来ない内にと、取り合えず大通りの有る方へと向けて走り出した。

 だが、大通りに出る前に、裏口に回っていた襲撃者なのか、それとも僕達の部屋へと迫っていた襲撃者なのかは分からないけれど、追っ手に見つかってしまった僕達は、他の人を巻き込まない様に、大通りを目指すのを諦め、裏道へと向きを変えて走り出した。


 ちなみに、僕達が窓から飛び降りた時には、先にこの窓から外へと排出されたあのコンビの姿はその場には無かった。



 そうして、宵闇に包まれたイサークの街中で繰り広げられる、僕たちと襲撃者の鬼ごっこ。だけど子供の遊びとしての可愛らしさは、何処にも存在していない。当たり前か、相手は僕達を殺す気で追い掛けてきているのだから。

 裏通り沿いに建ち並ぶ建物の壁面に設置されている、魔道具で出来た街灯で照らされた街並み。さすがは石が特産だけあって、今走る裏道も、僕たちが最初に通った大きな表通りの様に、キチンと石畳で整備されている。その石畳が街灯の灯りや、建物の窓から漏れ出る灯りを鈍く反射して淡く光る中を、必死になって走っていく僕達。石畳みを蹴る音が周囲に響いているはずだけど、相変わらずの無音だ。



「全く! 街中でもお構い無しね! まぁ、サラちゃんもだけど」



 僕の後ろを走りながら、時折投げ付けられるナイフを弾くアカリが、そう愚痴る。愚痴りながらも後ろから投げられるナイフを叩き落としているのだからスゴイ。


 でも確かにアカリの言う通りだ。さっきもサラが放った〈ウインド〉によって、建物の前に置かれていた植木鉢が壊れ、破片が宙を舞うが、それすら気にせずに、僕たちを追って来る襲撃者。

 そこまでして僕達を追って来る、襲撃者の目的って一体?


(最初に襲って来たあのデコボココンビは、僕が割った壺の弁償を求めていたけれど、この襲撃者たちも同じなのか?!)


 逃げる僕達の後ろをピタリと追従してくる襲撃者たち。その恰好は、石鶏亭の部屋を襲って来たあの黒装束と同じ格好だ。宵闇に溶け込む様なその恰好では、実際に相手が何人居るのか見当も付かない。


(走りながらでも、〈サーチ〉の魔法が使えれば良いんだけどっ)


 生活魔法だからといっても、簡単だとは限らない。集中力を必要とする生活魔法だってたくさんあるのだ。アカリの居た世界から、元のこの世界に戻って来てからというもの、魔法や魔力が段違いにうまく扱える様になったとはいえ、まだまだ不慣れな部分もあった。


 上手く魔力を練れないもどかしさで、やきもきとした気持ちを抱えていると、その〈サーチ〉の魔法を常時発動しているサラが、後ろを振り返る事なく叫んだ。



「——分かった、お兄! もう一つの魔法はきっと〈スリープ〉だよ!」

「〈スリープ〉だって!?」



 思ってもみなかった魔法にの名に、僕は驚きを隠せなかった。

 サラには、後ろから追って来る襲撃者の数を把握する為では無く、相変わらず周囲に張られている二つの魔法の内、〈サイレント〉以外の魔法が何なのかを見抜いて欲しかったので、そちらに集中してもらっていた。そうして、サラが見抜いた、相手が使用している魔法の正体は〈スリープ〉。

 〈スリープ〉の魔法も、〈サイレント〉の魔法と同じく、兵隊の必要に応じて造られた魔法だと教科書に書いてあった。〈サイレント〉で音は消せても、大砲の振動や、進軍練習の振動、そして昼間の日の明るさで眠れない当直勤務の兵士の為に造られたとかで、〈スリープ〉の魔法内にいる人や生き物に眠気を与える魔法だ。込める魔力量によって、その効果範囲と効果の強弱が変えられる為、不眠症とかに悩む個人から、まとめてお昼寝してもらいたい、孤児院のシスターまで、この〈スリープ〉の魔法は幅広く使われている、馴染みの深い魔法の一つだ。


 だけど、この〈スリープ〉はその効果から、犯罪に使われる事が多かった為、今では教わるのに教会の許可が必要になった魔法である。しかも教わる際は何に使うのかという事も申請しなくてはいけないし、自分の身分も証明しなくてはならない。

 しかも、生活魔法の中ではかなり難しい魔法らしく、生活魔法の中でも上位に位置する程の魔力使用量を誇り、尚且つその制御も相当に難しいとされていて、馴染みも深いが敷居も高い魔法。それが〈スリープ〉という魔法だ。ちなみに、もちろん僕は使えない。


 そんな、教わるのに色々と条件が複雑な〈スリープ〉を、襲撃者が使ってくるとは思えなかったのだ。善人しか使えないって訳じゃ無いけれど、誰でも使えるって訳でもない。それこそ、他人を傷付ける様な悪人に、決して教会が教えるとは思えないのだ。


 教会という言葉で、村の神父さんと、今日僕を鑑定してくれた女の人を思い出す。村の神父様は優しい顔をしたおじいちゃんだったし、僕を鑑定してくれた女の人は、顔こそ知らないけれど声の感じから、とても朗らかで優しい人だと思う。そんな人が街に迷惑を掛けているこの襲撃者の誰かに、〈スリープ〉を教えるとは到底思えなかった。


 だけど、実際にサラの〈サーチ〉によって、相手が〈スリープ〉の魔法を使っている事が判明している。しかも広範囲に。


(だからサラは中々起きなかったんだな。 それでも起きたって事はスペルマスターとしてのスキルなのか、掛けられた魔法に対して耐性があるのか。それにしても、なんで僕とアカリには効かなかったのかな?)


 色々と分からない事もあるけれど、今はこの状況にしっかりと対応しなくちゃ!なんとかここを抜けて、衛兵所まで逃げればきっと!



 幸い、後ろから追って来ている襲撃者の投げるナイフは、アカリがしっかりと跳ね返してくれている。ならば後ろから追われているこの状況のままなら、奴らがナイフを投げ続ける限り、僕たちに大した脅威は与えられない。このまま裏道を抜けて大通り、たしか僕達が入って来たイサークの街の外門に備わっていた衛兵所まで、無事に辿り着けるだろう。——だが、相手はそんなに甘い相手では無かった。



「お兄っ! 前からも来たよっ!」

「何だってっ!?」



 先頭を走るサラの警告を受けて前を見ると、変わらぬ暗闇の中に、フッと揺らめく様な人影が見えた。裏口にいた奴らか、それとも僕らの部屋へと襲撃を仕掛けて来た奴らかは分からないけれど、別の道から僕達を追い抜いた襲撃者が、挟み撃ちをするかの様に前からも襲って来たのだ!


 地の利は圧倒的に相手にある事をすっかり忘れていた! 相手には僕達が衛兵の所に行く事なんて分かり切っているのに、そのまま後ろからただ付いて来るだけなんて事をする訳が無かったんだ!今、前から迫って来ている別動隊が追い付くまで、僕たちを適度に刺激して、時間を稼いでいたに過ぎなかった!


 まんまと乗せられていたんだ!と今さら失敗を悔やんでも遅い。ここは一先ず挟み撃ちだけは避けないとっ!



「サラっ! そこの十字路を曲がってくれ! 挟み撃ちだけは避けようっ!」

「うん、分かったっ!!」



 後ろから出された僕の指示通り、先の路地を左に曲がって行くサラを確認すると、



「アカリ! この先を左に曲がるよ! この先を曲がったら、前から迫って来ている奴らの分も、投げてくるナイフの数が増えるけど、何とかなりそう!?」

「どうかしら!? 奴らの力量と人数によるかもっ! でも、今後ろから追って来ている刺客位の腕ならば、その数が倍になったとしても、まだ何とかなるわっ!」

「ゴメン、頼むっ! 多分もう少しで、僕たちが入って来た外門に辿り着くハズだから、それまで何とか頑張ってっ!」

「任せてっ!」



 とても頼りがいのある返答を背中に受けて、いつかアカリに守られなくても良くなる程に強くなろうと決心して、路地を曲がる。



「——うわっ!?」



 曲がった先で突然目の前を何かが視界を塞ぐ。その何かにぶつからない様に咄嗟に身を捻るも、バランスを崩して、思わず尻餅を付く僕。

 痛ててっと、打ったおしりを撫でながら、恥ずかしいやら、後ろから(せま)っている追っ手の事を思い出して焦るやらで、急いで立ち上がると、何にぶつかったのか確認する為に前を見る。


 するとそこには、先に曲がっただろう、この旅で少しだけ伸びた濃い茶色の髪をした少女、サラが立ち尽くしていた。



「えっ!? サラ? どうした——」



 そこまで口にして、僕は言葉を失い、サラと同じ様に立ち尽くす。



「きゃっ!?」



 後ろから可愛らしい、短い悲鳴が聞こえる。当然アカリの悲鳴だ。アカリもさっきサラにぶつかりそうになった僕と同じ様に、今度は立ち止まっている僕にぶつかりそうになった。だけど、アカリはその高い身体能力のお陰で、僕の様に倒れる事無く、ぶつかる前にピタッと止まった。



「ちょっと、ユウっ! 何ボサっと突っ立っているの!? さっさと、逃げ——」



 と、そこでアカリも言葉を切る。多分、今僕の目に映る物を見ているからだろう。


 十字路を曲がった僕たちの先には、イサークの街の名物である、固い石で出来た壁がそびえ立っていた。


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