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164話

 

「おう、昼間以来だな、花瓶の小僧」

「いや、花瓶はそっちの物じゃあ……」

「うるせぇっ。こちとら、テメェが割った花瓶のせいで、兄貴と一緒に店長に叱られたんだぞっ!」



 と、唾を飛ばしながら叫ぶ口髭の男。いやいや、そんな事知らないし。



「そんな事を言ったって、難癖を付けてきたのはアナタ達の方でしょう!?」

「うるせぇ! そんな事はどうでも良いんだよ。落とし前を付けてさえくれればなぁっ!」

「お、落とし前って……」



 そんな、騒ぎ立てる口髭の男とは別に、ニヤニヤとはしているものの黙って僕達、正確にはアカリの事を見ている禿頭の大男。

 アカリは攻撃されても対応出来る様に体勢を低くしながら、そのニヤニヤとした笑いが気に食わないかの様に言葉を鋭くして、



「アナタ達。この宿の店主や女将さんはどうしたの?」

「——あっ!?」



 確かにアカリの言う通りだ。こんな怪しい二人が、まだ営業時間内であろう時間にやってきたのに、階下からは、騒ぎはおろか声一つ聞こえては来なかったのである。



「ま、まさかっ!?」

「安心しねぇ。ちょっとお寝んねしてもらっただけだ。騒がれると厄介だからよお」

「……さすが外道、ね」



 アカリがそう言って、チラリとこちらを、正確には自分の愛刀である〔姫霞〕の場所を確認する。僕達が部屋へと持ってきた荷物は全て、アカリの隣にある使わないベッドの上に置いてあって、アカリの〔姫霞〕や、僕の杖、そしてエマさんから借りてきた、サラの〔グリューンリヒト〕も置いてあった。



「お褒め頂いてありがてぇなぁ。ならばご褒美としてアンタと、そこのベッドでグッスリ眠っているお嬢ちゃんには、俺達にご同行願いたいんだがよぉ」

「それはちょっと、お断り願うわね」

「なぁに、そんなに時間は掛からねぇさ……」



 そこまで言うと、その大きな背中から、ヌウっと片手斧が現れる。大男が大きいせいでその斧はとても小さく見えるが、もしかすると普通の人では片手で扱える代物では無いかも。



「……なによ、やる気充分じゃない」

「いやぁ、お嬢さん方が素直に一緒に来てくれるとは思えなかったからよぉ。ちっとばかりオイタをしなくちゃダメかな、って!!」



 そう言うや否や、一歩踏み込んで片手斧を叩き付けてくる禿頭の大男。



「くっ!」



 ドガァッ!と片手斧とは思えない威力で、アカリの避けた床に大きな穴を開ける!



「おらぁ! またちょこまかと逃げんのかよぉ!」



 ブンブゥンと、まるで木の棒でも振り回す様に軽々と振るう片手斧が生み出す風が、部屋のなかで木霊する。そんな旋風を起こす様な攻撃を必死に避けていくアカリ。



「アカリっ!?」

「——おいおい、お前の相手は俺だよっ!」

「くっ!?」



 立ち上がってアカリの援護に行こうとした僕の前に、口髭の小男が立ち塞がる。そして、持っていた小剣を顔の前に持って行き、



「さっきは良く避けれたなぁ? 初見でコイツを避けれたなんて、さすがは冒険者って所、か!」

「うわっ!?」



 シュッシュッと目の前を通り過ぎていく小剣。部屋を照らす灯りが弱い為、その刃先が良く見えない!



「うわ、うわわっ!?」

「小僧、良い目をしていやがるな!? ならこれはどうだっ!?」



 すると、顔を狙っての軌道から、胸付近への刺突に変わる小剣の軌道。その突然の変化に、対応するのに必死で、周りを見る余裕なんてないっ!



「おらぁ、お前の男がヤバいぞ!? 助けに行かなくて良いのかぁ!?」

「くっ、この!」



 そんな僕の様子をアカリに伝えながら、執拗に片手斧を振り回す大男。体に見合わない斧捌きに、アカリも躱すのがやっとの様だ。


(このままじゃ、いつかヤラれるっ! どうにかして、武器を手にしないとっ)


 小男の繰り出す小剣を必死に、時にみっともなく躱していく僕は、ベッドの上に置いてあるそれぞれの武器に目をやる。僕のはともかく、アカリに〔姫霞〕さえ渡せれば、この状況をどうにか出来るはずである。


 ニタニタと笑いながらシュシュッと小剣を突き出す小男と、ドカドカと片手斧を振り回しながら立ち回る大男と、それを避けながら、何とか反撃の糸口を見出そうとするアカリと、なりふり構わず必死に逃げながら、何とか武器をと考える僕。すると、



「うるさぁいっ!! 静かにしてっ!!」

「——っ!? アカリ、伏せろっ!」「え、何っ!? きゃあっ!」


 四人の騒動が部屋を包み、今まさに闘乱の行われている部屋に、突然場違いな程の可愛らしい怒声が響く。その声が耳に入るや否や、考えるよりも先に体が動く。そしてちょうど近くにいたアカリを体ごと引き寄せると、声を発した本人が寝ているベッドを横目で確認する。

 そこには、ベッドの上に立ち上がったサラが、両手を前に突き出していた。その様子を見た僕は、アカリの体を強引に抱き込むと慌ててベッドの下に潜り込む様にして身を伏せた。次の瞬間、



「〈世界に命じる! 風を生み出せ! ウインド!!〉」



 サラの突き出した両手に風の珠が生まれ、解き放たれる! その二つの風の珠は、お互いがお互いの周りを回る様にして部屋の天井付近にまで上がると、破裂する。そして珠の内側で暴れていた風が一気に噴き出した!屋内でそんな魔法(モノ)を放ったらどうなるかなんて判り切っているし、マトモな考えを持つ人ならまずそんな事はしない。でも、そんな常識は睡眠を邪魔されたサラには通じない。



「うわぁ!?」「ぐふぅ!?」



 僕達の様に身を低くする暇も無く、サラの魔法の直撃を受けた二人は悲鳴とも呻き声ともつかない声を上げる。そして突如生まれた暴風に耐えられる様になど、設計どころか想像さえされていない部屋の窓はアッサリと割れると、逃げ道を得た暴風がそこに殺到する。



「うわっ!? うわぁ!?」

「お、おいっ! 掴むんじゃっ!? うわぁぁぁ!?」



 割れた窓に殺到していく暴風は、まず小柄な小男の体をいとも簡単に持ち上げると、一気に外に放り出そうとする。が近くにいた、吹き荒ぶ暴風に何とか抗っていた大男の服の袖を何とか掴んで、放り出されまいと必死に抵抗する。しかし、サラの放ったほとんど手加減の無いウインドはそんなに甘くない!

 小男に掴まれた事により暴風の影響が大きくなった事で、身を低くして何とか耐えていた大男も次第に風に体が浮き始めると、完全に体が宙に浮いている小男と共に、割れた窓から外に放り出された。



「くっ、そぉぉ!!」



 しかし諦めの悪い大男は、(すんで)(どころ)でガシッと窓枠を掴むと、何とか落下を免れようとする。



「へ、へへっ! 外に出ちまえば、部屋の中ほど風の影響は感じねぇ! 待ってろよ! 風が収まったらお前等——」



 だが、その言葉も途中で途切れる。窓枠に掛かっていた大男の手はそこには無かった。そして、



 ゴシャアァア!!



 と、派手な音を立てて、宿に面した道路に落下していった。暴風によって窓から放り出された丸いテーブルと共に——


 やがて、暴風の収まった部屋のなかで、ポツリとサラが呟く……。



「ふぅ、やっと大人しくなった……」


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