広がる憂慮
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
結局僕は、カールに呼び出された所には行かず、サラと一緒にまっすぐ家に帰ってきた。
また嫌がらせを受けるかもしれないが、その時はその時だ! そう自分に言い聞かせて。
「「ただいま」」
玄関を開け家の中に入るが、リビングに母さんは居なかった。学校から帰ってくれば、必ず出迎えてくれる母さん。そして、「おかえりなさい」の言葉。それが無いだけで、こんなにも家は空っぽになってしまうのかと、無性に寂しくなってしまう。
「……お母さん、自分の部屋に居るのかも。ちょっと見てくるね」
サラが母さんの部屋に様子を見に行く。
僕は昼食の準備をする為台所に向かうが、リビングにあるテーブルの上にサンドイッチがあるのに気付いた。バケットの中には手紙も入っている。見ると、母さんが書いた物だった。
『母さん、村長さんに用事があるので出掛けます。サンドイッチを作ったから、お昼に食べてね』
どうやら母さんは留守らしい。バケットの中を確認していると、ちょうど部屋に様子を見に行ったサラが、リビングに戻ってくる。
「母さんは、村長さんの所に出掛けているみたいだ。母さんが昼食を用意してくれたから食べよう」
戻って来たサラにそう声を掛け、洗面台で手を洗うと、二人だけで昼食を食べる。二人だけで食べるサンドイッチの味は寂しさもあり、あまり美味しくはなかった。母さんの作った料理が美味しいのは、味だけじゃなくて家族揃って食べる、あの雰囲気も大事だったんだ。
昼食を食べ終えた僕は、昨日の続きである畑仕事をする為、サラと一緒に外に出る。サラは今日も魔法の勉強があると言って、教会に向かって行った。サラだってとても不安だろうに、文句一つ言わなかった。いつもは甘えているサラだが、こういう時は強いんだなと感心した。
畑に着いた僕は、昨日様子を見た腐葉土を改めて確認する。
「―ん?」
腐葉土は昨日より悪くなっていた。一部が黒くどろどろとしており、異臭を放っていた。とても畑に栄養を与えるとは思えない。逆に栄養を吸い取りそうだ。
「一日で、ここまで悪くなるなんて……」
スコップで少し掬って見たけど、中まで腐っていた。今まで畑仕事で何度も腐葉土を作ってきたが、こんな状態になる事は一回も無かった。
「……やっぱり、また一から作り直しか」
来春の小麦の収穫時期が遅くなってしまうけれど仕方が無い。明日、学校から戻ってきたら腐った腐葉土を処分し、裏の森に落ち葉を拾いに行こうと予定を決めた僕は、昨日掘った穴をさらに掘り下げると、畑にポツポツ生えている雑草を抜いて畑仕事を終える。
家に戻り、昨日と同じ様に水汲みをする為、家から水桶を持って井戸に向かう。そして、いつもの様に井戸に釣瓶を落としたのだが、
「あれ?」
落とした釣瓶が水面に着く前に、反対側の釣瓶が一番上まで上がってしまった。これでは水は汲めない。
「なんだこれ? こんなに水が減っているのか?」
試しに上から小石を落とす。少し経ってからピチャンと音がしたから、水は有るみたいだけど。
「……参ったな。家から余ったロープを持ってきて足すか」
一度家に戻り、余ったロープを足して、水汲みを再開する。何とか落とした釣瓶が水面へと着き、水が汲める様になった。それにしても……。
「昨日より水面が下がるなんて。こりゃ、雨なり雪なり降ってくれないと辛いぞ」
万が一、家の井戸が枯れたとしても、お隣さんの井戸を借りる等をすれば良いだけなので死活問題にはならないが、それでも家より遠い場所に水汲みとなると、今より重労働になる。
ちなみにお隣さんには老夫婦が住んでいて、サラを孫の様に可愛がってくれる。親切な人たちなので、井戸を借りてもきっと嫌な顔をする事は無いだろう。
これ以上水が少なくならない様願いながら水汲みを終えた僕は、休憩する為に家に入り、リビングでお茶を淹れて休んでいた。学校から帰って来て結構経つけど、母さんが帰ってくる様子は無い。村長さんとの話が長引いているのかな?
ボケっと玄関の扉を見る。すると、扉の取っ手がガチャリと下がり、「ただいまー」とサラが帰ってきた。いつもより早いな。
「お帰りサラ、いつもより早いな」
「うん。教会に行ったんだけど、神父さんは急用が出来たみたいで居なかったの」
「そうなんだ。まぁ、神父さんだって用事位あるんだし、しょうがないな」
サラはリビングの食卓の上に持っていた鞄を置くと、手を洗いに洗面所へと向かう。
「お母さんは帰ってきたの?」
「いや、まだ」
「そう……」
洗面所で手を洗ったサラは、リビングの椅子に座ると、僕の答えを聞いて浮かない顔をする。サラにもお茶を淹れ、自分もサラの向かいの椅子に座る。マグカップを受け取ったサラが、お茶を一口飲んだ後、顔を俯かせて聞いてきた。
「……お兄。お母さん、何か私たちに隠してる事でもあるのかな?」
サラの目には、不安の色が浮かんでいる。昨日の夜からの母さんの態度を見れば、不安になるのは当然だ。しかし僕にも見当が付かない。サラになんて答えればいいのか。
「……あの母さんが、僕たちに隠し事なんかする事ないだろ?まだ帰って来ないのは、きっと話に夢中になっているからだよ」
──嘘である。母さんが村長さんに話しをする事は稀に有るが、長い時間話す事は今まで一度たりとて無かった。サラの為に吐いた嘘であるが、自分に対しても吐いた嘘でもある。完全なお為ごかしだった。
それが伝わってしまったのか、サラは納得いっていない顔でお茶をクイッと飲み干すと、「部屋に居るね」と言い残し、リビングを後にする。
残された僕は考える。昨日の僕の言葉に、母さんがこうなる理由が無かったか、を。しかし、幾ら考えてもそれしか考えられなかった。僕が魔法を使えたと言ったそれ以外に。
(僕が魔法を使えた事が悪かったのか……?)
そんな事は無いはずだ。この世界の人間は、生活魔法を含めれば、誰だって魔法を使う事が出来る。生活魔法に限れば、すでに僕は何度も魔法を使っているし、それを母さんは知っている。
(じゃあ、何が原因なんだ……)
分からない。でも、母さんの様子がおかしくなったのは昨日、それも、僕が魔法に関しての話をした夕飯の時からだ。ならば、僕が原因だというのは、間違いないはずだ。だが、心当たりが全く無い。その事が、僕を堪らなく追い詰める。
(また自分が原因なのか?父さんが居なくなった時の様に?)
僕のせいで、母さんまで居なくなってしまうかも知れない。学校でも感じ、圧し潰されそうになるまで膨らんだ不安が、再び襲ってきた。
―その不安が的中したかの様に、その日、母さんが家に帰ってくる事は無かった。