159話
「済みませーん」
エレベーターを下り、元は12階だったコンクリートの床を歩いて、目の前に建つ打ちっぱなしのコンクリートで出来た、四階建ての家の玄関に着く。そしてジャンが、家に向かって声を掛ける。しかし、誰も出てこない。
「ちょっとどいてろ」
ジャンを横に退けると、玄関横にある、カメラ付きのインターフォンを押す。
このロワータウンにインターフォンが付いている部屋なんて無い。ジャンがインターフォンに気付かなかったのも無理はない。しかもカメラ付きである。それだけでこの建物が異質だと言えるだろう。
そんな事を考えていると、
「はい、どちら様です?」
「うわっ? ここから人の声がっ!?」
「良いからお前は黙ってろ。——済みません、教会のモンなんですか、ギャズさんはおいでですか?」
出来うる限りの丁寧な言葉使いで、家政婦だろうか、インターフォンに出た女に、ギャズが在宅か聞く。
「……はい、ギャズ様はご在宅ですが、何か?」
「はい。すでにご存じでしょうが、ウチの教会のモンが、お宅のギャズさんの所に使いに出したっきり、戻ってきておりませんで……。何かギャズさんがご存知ないかと」
「……申し訳有りません。その件でしたら、すでに憲兵の方に報告致しておりますので、詳しくは憲兵事務所の方にお問い合わせくださればと」
大して申し訳無い感じで、受け答えする女。
「それは分かっているんですが、もう一度思い出して頂きたく」
「いえ、他にもう言う事は……。——」
「……どうしました?」
「……」
急に応答が無くなった。どういう事だ?
「アラン兄ちゃん……」
ジャンが不安そうに俺を見上げてくる。しかし、そんな顔で見られても、俺自身分からないのだ。取り合えず、ジャンに肩を竦めてみせると。
「……済みません、お待たせしました。ギャズ様がお会いになるそうですので、どうぞ」
と、インターフォン越しに伝えられると、玄関の鍵だろう、玄関ドアの内側でガシャシャン!と、音が複数なった。
(ちっ! 一体どれだけの鍵を掛けてんだよっ)
鍵なんて普通は一個、無いしは二個位だっていうのに、この玄関ドアから響いてきた音は、その数倍は有ろうかという程の解錠音が聞こえてきた。どんだけ用心深いんだか。
(うちの教会なんて、便所にすら鍵なんて付いてねぇってのによ)
ギィっと重い音と共に、白塗りで鉄製の両開き扉が開く。
「おい、行くぞ」「……うん」
まるで、アンダーグラウンドにでも足を踏み込んで行く様な感覚。
(いや、まさにそうなんだろうな)
知らず気合いを入れる。
ここに住むギャズに付いて、その悪名は俺の耳にも届いている。
曰く、街の役人に、尋常じゃない額の賄賂を渡して、色々な悪事を見逃してもらっている。
曰く、殺人以外のありとあらゆる犯罪に手を染めている。
曰く、アンダーモストに送る人間を選別出来る権利がある
(ま、全部だろうな)
じゃないと、このロワ―タウンにこんな物は建てられない。まるで、ロワ―タウンの王者の様に、このジ・エンドの中にこんな物は。
「気を付けろよ」
俺は少し後ろを歩くジャンに注意を促した。