157話
「おい、ババァ! どうなってるっ!?」
俺はジャンを伴って、教会に走り込む。すると、俺と同じ孤児達に囲まれた、その体型に合わせた大きめの修道服に身を包んだババァが、礼拝の時にいつも座っている椅子に座り、項垂れていた。
礼拝堂に並ぶ長椅子の間をずかずかと歩き、項垂れているババァの元へと詰め寄る。
「アラン兄ちゃん!」「大変だよ、ミナが!」「大変、大変なのっ!」「え~んっ!」
詰め寄った俺に気付いた他の孤児が、俺の足に抱き付いてくる。そして、皆がそれぞれに訴えかけてくるので、五月蝿くてしょうがねぇ。
「おい、おめぇら! 解ったから今はババァと話をさせてくれっ!」
足に抱き付き、お気に入りのズボンに涙やら、涎やら、鼻水やらをベッタリと付けられながら、一人一人引き剥がしていく。だが、引き離したそばからまた抱き付かれるので、いつまでもババァと話が出来ない。
「おい、皆! アラン兄ちゃんがシスターと話をするから、離れてくれないかっ!」
そんな阿鼻叫喚な中、孤児の中では年長組のジャンが、抱き付いてくる自分よりも小さな孤児達を引き離していく。
そして、最後まで引っ付いて泣いていた、一番小っこいミニルを引き離すと、項垂れていたババァの前で膝をつき、肩を掴む。
「おい、ババァ——」
「——ババァじゃなくて、シスターと呼べと言っているじゃないの……」
いつもの小言、しかし明らかに落ち込んだ口調でババァ、この教会を運営するシスター、マリア婆がそう口にする。
その落ち込み様に、ただ事じゃ無いことがヒシヒシと伝わってきた
「おい、ババァ! 詳しく説明してくれ! ミナが一体どうしたんだよっ! なぁ!?」
「……一昨日、いつも頼んでいるお使いをミナに頼んだのよ。いつものお使いだから何も心配はしていなかったのだけれど、夜の時間になっても帰ってこなくて……。ジャンとシュウに頼んで捜してもらったのだけれども、見付からなくて……」
そこまで言って、ババァは手で顔を覆った。シュウとはジャンと同じ年長組の孤児の名だ。
「それで、ババァはミナに何の使いを頼んだんだよ!?」
ババァの肩を掴む手に、力が籠る。だが、ババァは顔を覆って力なく、「ミナ、許しておくれ……」と、呟くばかり。
「ババァ!」 たまらず、ババァの肩を激しく揺らすと、やっと手を外し、俺を見ているのか見ていないのか判らない目で俺を見つめると、
「……とこ……」
「あぁ?! 聞こえねぇぞ!」
「……ギャズさんの所、よ」
「——っ!?ギャズ、だと?」
俺はババァの肩から手を離すと、スッと立ち上がる。
「——ギャズ、か……」
ババァの口から出たギャズとは、この教会に寄附という名で資金援助している、このロワータウンで一番の金持ちである。
そんなに金が有るのに、何故このロワータウンに住んでいるのか、そして、何故このロワータウンでそこまで稼げているのかは知らないが、このロワータウンでは一番幅を利かせている奴だ。正直、俺はギャズを毛嫌いしている。幾ら教会に援助しているといっても、だ。生理的に合わないのかもしれない。
「ミナは、ギャズの所に行ったんだな?」
「……そうだよ。でも——」
「解った」
「アランっ!」
教会を、ババァの元を立ち去ろうと歩き出すと、後ろからババァが声を掛けてきた。
そのババァに振り向かずに、
「解っている。教会には迷惑を掛ける積もりは無ぇ」
そう言って、今度こそ教会を後にした。