154話
△ ギルム視点 △
「支部長、頼まれていた件、終了しました」
机の上の書類に目を通しペンを走らせていると、控えめにドアがノックされ、少し疲れた顔を見せるルー君が、数枚の用紙を持って部屋へと入ってきた。
「ご苦労様です。遅い時間まで仕事をさせてしまいましたね。済みませんでした。明日、遅出でも構いませんよ?」
部屋の中にある時計は8時過ぎを指していた。あと二時間で日が変わる。そんな遅い時間まで、職員を働かせてしまった事を詫びる。
「いえ、問題有りません。家も近いので大丈夫です。それよりもこちらが頼まれていた物ですが……」
と言って、持っていた用紙を私に渡す。
「どれどれ……」
ルー君から手渡された用紙に目を通していく。
「——はい、問題有りません。さすがはルー君、短い時間でよくこれだけ纏まられましたね」
用紙から目を離し、ルー君を見上げる。出来る上司は部下を褒める事を忘れてはいけないと、前任の支部長から、教わっていた。
「いえ、簡単な仕事でしたので」
しかし、机を挟んで目の前に立つルー君は、顔色一つ変えなかった。普段のルー君とは少し雰囲気が変わっているが……。
「コホン、……では、上がってもらっても大丈夫です。遅くまで有難う御座いました」
と、こちらも前任の支部長から教わった、部下へ労いの言葉を掛ける。
「……支部長、少し質問しても宜しいでしょうか?」
だが、目の前のルー君は部屋を出て行く素振りを見せず、逆に私に質問をしてきた。
「ふむ、何でしょう? 答えられるものでしたら良いのですが」
「有難う御座います」
深く椅子に座り足を組んでルー君に答えると、軽く頭を下げ、お礼を述べるルー君。
「では、先程支部長にお渡ししました、私がご用意した、彼らに斡旋する初依頼に関してなのですが」
「……」
そう言って、ルー君が乱雑に書類や封筒、便せん等が散らばっている私の机の上から、先程自分が作成し、私に手渡した用紙を手に取る。
そう、今ルー君が手に取った用紙は、昼間の彼ら、ユウ君たちに斡旋する初依頼を、このイサークの冒険者ギルドに持ち込まれた数ある依頼の中から、彼らの初依頼に相応しい物を、ルー君に見繕って貰ったのだ。
「支部長の指示を受け、ギルドに持ち込まれた受注依頼から私が選んだ物の中に、何故これが?」
「……」
私がルー君に、彼らに相応しい依頼を選んで欲しいと指示を出した。そして、それとは別に一件だけ、私がどうしても調査してほしいと、ルー君に頼んだものがある。今、ルー君が手にしているのがそれだ。
「支部長。これは、どうみても初依頼に相応しいとは、ましてやFランクの冒険者に相応しいとは思えません」
言って、それを私に見せる。
それは数年前、このイサークで起きた数件の殺人事件。老若男女問わず7人が殺された事件だ。
この街の衛兵が総動員したが、未だ犯人はおろかその手掛かりでさえ掴めておらず、街の役人が依頼をしてきた。
別に犯人を捕まえてこいっという依頼では無い、それに繋がる様な情報なり証拠なりを見つけて欲しいといった依頼で、ランク問わず、情報及び証拠によって支払われる依頼達成料が変わる、特別依頼だ。
「——そうかね? 特段、危険度が高い訳でも無い。その割に依頼達成料が破格だ。こんな旨味のある依頼は中々——」
「それは、この事件を追っていた衛兵や冒険者が次々と行方不明になっているからですよね?」
私の言葉を遮ると、ルー君は怖い顔をして私の机をバンと叩くと、
「危険ですっ、どう見ても! あの方達でさえ、この依頼から手を引いたのですよ!? それなのに、今日冒険者になったばかりの彼らにこの依頼をやらせるんですかっ!」
「……私にも考えがあってね」
「どんな考えがあったら、こんな危険な依頼を彼らに任せようってなるのですか!?」
「す、少しは落ち着きたまえ、ルー君。一体なにをそんなに怒っているのかね?」
「当たり前ですっ! 彼らの担当は私なんですからっ。担当している冒険者を危険から守るのが私の役目だと、支部長もご存知のはずですっ!」
「は、はい。そうですね」
「ならば、彼らにこんな依頼をさせようとしている支部長に、怒っているのは当然だと思うのですがっ!?」
フゥフゥと、息を荒げるルー君に、まぁまぁと手で制すると、
「さきほども言った様に、私にも考えがあるのですよ」
「……どんな考えでしょうか?」
怒鳴った事で、多少溜飲が下がったのか、ルー君は少し落ち着いてくれた様だ。机を叩いたままだった手を引っ込めると、そのまま後ろ手に組んだ。
「私の考えは二点あります。一つは、彼らは今日この街に着いたと聞きました。ならば、この街の地理に疎い筈です。ならばこそ、この依頼をこなす事で必要な地理感覚を養ってくれれば、他の、例えばルー君に選んで頂いた、彼らに適した依頼をこなす上で役に立つかと」
私が調査をお願いした依頼は、この街に住む住人への聞き込みや調査が必ず必要となる。という事は、知らずの内に地理感覚が培われる筈だ。
「……もう一点は何ですか?」
最初の考えに納得したのか、ルー君は特に突っ込む事も無く、次の考えを聞いてきた。
(もう一点ですか……)
ルー君を説得する為とはいえ、こちらの考えは出来れば良いたくは無かった。だが、今さらその考えを示さないというのは許されないだろう。
深く座っていた椅子から身を乗り出し机に肘を付け、組んだ手に顎を乗せる。座っていた椅子がギシリと鳴った。
「……」
「支部長?」
「……ルー君には、私が召喚士に会った事があると言いましたかね?」
「……いいえ。私は初めて会いました。それ以外では、あの七英雄しか知りません」
「そうなのですね。少ないですが、私はお会いした事があります」
(もう何年位前になるのですかね……)
少しだけ、過去を思い出す。あれはまだ私が冒険者をしていた頃。各地で今よりも多くの魔物が跋扈していた頃……。
依頼で寄ったとある地方の町で、ふらりと寄った食堂に、彼女はいた。
黒青の長く艶やかな髪をかき上げながら、グラタンを口に運ぶ彼女の横には、一匹の純白の狼。
(……そう言えば結局、あの狼とは決着をつけれませんでしたね)
「支部長?」
自分の中ではそんなに長い時間、回想に耽っていた訳ではないのだが、実際はそんな事は無かった様だ。無言になった私を心配したのか、ルー君が怪訝な表情を浮かべていた。
「……これは済みません。少し、昔を思い出していまして。 で、どこまでお話しましたか?」
「……昔、召喚士にお会いした事があると」
「あぁ、そうでしたね。その召喚士の持つスキルの中に、その依頼に有効だと思われるものが有るかもしれないのです」
(あのスキルが彼女特有の物で無ければ、ですがね……)
「……そうなのですか。 ですが、それを知らない私には、彼らにこの依頼を任せられるのかの判断が付きません」
「大丈夫ですよ。明日、彼らはここに来るのですよね?」
「はい。恐らくですが」
「であれば、彼らが来た時に私が直接ユウ君に問うてみます。そのスキルを覚えているのか、を」
(もし、あのユウ君がそのスキルを覚えているのなら、あの事件に関する有用な情報が手に入ると思うのですが……)
「分かりました。では支部長にお任せ致します。質問にお答え頂き、有難う御座いました。……では、私はこれで」
「はい。遅くまでお疲れ様でした。明日もお願いしますね」
「はい」
失礼します、とルー君は礼をして部屋を後にした。
その背を見送りながら、さっきまでの回想を再び思い起こしていた。