152話
△ ユウ視点 △
「美味しかったねぇ~♪」
隣を歩くサラが、お腹を叩きながら満足そうにはにかんだ。
「そうね~。初めてあんなに柔らかいお肉を食べたわ」
両頬に手を添えて、アカリも賛同する。
僕たち三人が教会を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
照明の魔道具で広場はライトアップされ、街の人達が足を止めて、照明によって色付いた教会を眺めていたり、広場に設置されたベンチに座り、談笑していた。
冬前の冷たい風が吹いてはいるが弱く、広場に居る人達は、薄い外套を羽織ってそれぞれ過ごしていた。
イサークの街も今年の冬は暖かいのかな。
その様子に、女子二人が「綺麗」だの、「素敵」だのと騒いでいるが、僕のお腹の虫の方が騒いでいるので、二人に適当に返事をしながら、僕たちが泊まる石鶏亭の方向に歩き出す。
恐らくは夜の七時を回っていると思うが、流石はイサーク。通りにはまだまだ人通りが多い。仕事帰りだろうか、男性数人が飲み屋のお店を物色していたり、家族連れが雑貨屋で何やら買い物をしていたり、はたまた恋人同士だろうか、若い男女が手をしっかりと握り合いながら、肩を寄せ合って歩いていたり。
そして、それらの人達を受け入れる為に、まだ多くのお店が営業しており、夜の街を盛り上げていた。
「さて、何を食べようか?」
雑貨屋もあったが、営業しているのはほとんどが飲食店である。石積造りの建物の一階部分のお店から、昼間にお昼ご飯を買った様な屋台まであって、売っている物、提供している物も様々だ。
肉や野菜が香ばしく焼かれる音。食欲をそそる香辛料の匂い。楽しいお酒なのだろう、賑やかな喧騒。どれを取っても食欲をそそられる。
「二人は何か食べたい物、あるかい?」
後ろを歩く二人に、何か要望はあるかと聞くと、
「別に無いよ。お兄の食べたいのにしなよ~」
「特に無いわね。ユウの食べたい物でいいんじゃない?」
と、言葉は違えど二人とも同じ事を言っていた。
「僕の食べたい物、ねぇ……?」
後ろで二人がぐぬぬっと唸りあっているのを尻目に、通りにあるお店を物色していると、
「お、これなんか良いかな?」
通りに立て掛けられた、お店の小さな案内板に、「イサーク名物! 噛みつきネズミの石焼」と書かれていた。
噛みつきネズミとは、このイサーク近郊にある、採石場に生息している魔物である。
魔物といっても、昔の大災害の時、噛みつきネズミがその採石場を棲み家として棲み始め自然繁殖したという、云わば半魔物、半動物みたいな存在だ。
アイダ村にもたまに行商人が噛みつきネズミの肉を薫製にした物を持ってくる事があるが、かなり美味しかった。
「二人とも、ここで良いかな?」
看板の置いてあるお店を指差すと、二人は了承してくれたので、お店に入る。
「いらっしゃい! 何人だぃ!?」
石鶏亭の女将さんと同じような体格の良い、エプロンを掛けたおばちゃんが、四人掛けの席に案内してくれた。
「はいよ、メニューねぇ!」
席に付いた僕たちに、接客のおばちゃんが、メニューをテーブルに置くと、すぐさま他の客の相手をしに行く。
お店の中は人が一杯で、とても繁盛している様だった。席が空いていてラッキーだったかもしれない。
メニューに目を通していると、目の前に座っているアカリが、
「結構高いわよ、ユウ?」
と、メニューに載っている値段を指差した。
オススメと書かれた、噛みつきネズミの石丸焼きの値段は500リル。確かに高い。行商人が村で売っていた噛みつきネズミの燻製肉は、身は半分だったが75リルで売っていたはずだ。それでも高いと思ったけれど。
オススメのメニューを三つ頼むと1500リル。石鶏亭の一泊分を超えてしまう。だけど、
「大丈夫、今日位は良いよ」
今日は初めてのレベルアップ、初めてのスキル獲得である。今日位は少しだけ贅沢してもバチは当たらないだろう。
「今日はお祝いを兼ねて、美味しいものを食べようよ。それに明日から冒険者として稼ぐんだ。英気を養う意味でも、良いんじゃないかな?」
ね?と、アカリを説得すると、
「——そうね、今日はお祝いしたい事もあったし、こういう時くらいは素直にお祝いしましょうか」
アカリも納得してくれた。
「よし、サラもそれで良いかな?」
「うん!」
「じゃあ、これに決定! 済みませーん——」
と、僕たちはオススメメニューを頼み、程なくしてテーブルに置かれた、大きなウサギ位はある、噛みつきネズミの石丸焼きに目を奪われ、香草がたっぷりと効いた匂いに鼻をひくつかせ、香辛料と、程よく乗った油に舌鼓を打ちながら、ペロリと平らげてしまうのであった。
そうして、お会計を済ませ外に出ると、まだまだ夜はこれからだと、主にお酒の入った人達が店から溢れんばかりに笑い声を上げ、乾杯の発声を機に、木の杯を空けていく。 違う店では、どこかの地方の楽器だろうか? 音に合わせて、女性の綺麗な歌声が耳に届く。
晩御飯を食べた後に、サラは寝てしまった。お腹一杯になったのと、今日一日歩き通しだったので、疲れてしまったのだろう。仕方無しに背中に背負う。サラの髪の毛が鼻にかかってくすぐったくも、サラの髪からは、お日様の様な匂いがした。
「良い街ね……」
「そうだね……」
石積造りの建物の間を通り抜ける冷たい風に、黒髪を弄ばれないよう押さえながら、アカリが口にした。
アイダ村の惨状が無ければ、きっと違って見えたと思う。
「アイダ村も、その内きっとこうして笑いあえる日が来るさ」
「……そうね。きっと……」
来年の春、村の鎮魂祭の時は、こうしてお酒を酌み交わしながら、死んでしまった人達の話で盛り上がってくれるだろうと期待しながら、夜の街を宿に向けて歩いて行った。