生まれる不安
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
次の日の朝、母さんはリビングに姿を現わさなかった。サラと一緒に寝たから、部屋には居るみたいだけど。こんな事は、今まで一度も無かった事だ。一体、どうしたんだろう?
母さんが起きて来なかったので、僕とサラは昨日の夕飯の残りを温め直して食べると、家を出る。家を出る際に、白い息とともに「行ってきます」と母さんの部屋に一声掛けたが、返事は無かった。まだ寝ていたのかも知れないけど、母さんの部屋からは、何の音もしてこなかった。
今日はかなり寒い。いつもよりも早い時間に家を出たからか、空も少し薄暗い。本格的に冬が来るのだろう。普段なら朝から元気な鳥たちも、急に寒くなってきたからなのか、今日はその鳴き声がほとんど聞こえてこなかった。
「……お母さん、どうしたのかな……?」
隣を歩くサラが、不安げに尋ねてくるが、僕も、なぜ母さんがこんな行動をするのか分からない。しかし、兄として妹を不安にさせる訳にもいかない。
「―母さんの事だから、僕が魔法を使えた事に驚き過ぎて、どうしたら良いのか分からないだけじゃないかな、きっと」
そんな事は無いと自分でも分かっていたが、全く心当たりが無い僕はそう言ってサラを、なにより自分を無理やり納得させていた。
「そうだよね……」
サラもあまり納得がいっていない様だが、それ以上は何も言ってはこなかった。
いつもよりも早い時間に学校に着き、サラと別れて自分の教室に入る。すでに教室に居た生徒から一瞬視線を感じるが、僕と分かるやすぐに視線を逸らし、仲の良い友達と語り合う。教室には、アーネの姿は無かった。アーネは遅刻する事はないけど、登校してくるのが遅い方なので、この時間には居ない。
ちょっと早いけど、いつもの教室の光景。母さんの態度がいつもと違っていたので、僕はその変わっていなかった日常に、少し安心していた。
──だからだろうか、カールが朝から絡んできても、あまり忌々しさを感じなかったのは。
「おい、無能。今日学校が終わったら、教会の裏に来い」
椅子に座った僕の正面に立って、カールが睨みつけてくる。こうしてたまに、学校が終わってから教会や広場の陰に呼び出され、戦士の技の練習台とばかりに暴力を振るわれる。前もやられたイジメだ。
「来なかったらどうなるか分かっているな?」
黙っている僕を見て、確認するかの様に問うカール。他の生徒はそれを見て、ざわつきはするものの、決して助け船を出そうとはしない。ただヒソヒソと、僕たちを見ては、巻き込まれない様に必死になるだけだ。
以前、同じ様に呼び出された僕は、痛い目に遭いたくなかったので、言われた場所に行かなった事があった。そうしたら次の日、買い物に行った母さんは手ぶらで帰って来たのだ。なんでも、村にあるお店から何も売って貰えなかったという。それを聞いてすぐに察した。村長の息子であるカールが、村の店に何らかの圧力を掛けたんじゃないかと。ほんと卑怯な奴だ。
行かなかったらまた同じ目に遭うか、それ以上の嫌がらせに遭うのは目に見えている。本来なら僕に、行かないという選択肢は無い。
しかし、母さんの様子が気になる僕に、カールに言われた通りにするという考えは無かった。
「―僕は行かない……」
「……何?」
「僕は行かないと言ったんだ、カール」
はっきりとカールの目を見て言う。早く家へと帰って、母さんに僕が何かおかしな事をしたのか確認しなければならない。正直、カールに付き合っている暇は無いのだ。
話はこれでお終いだという様に、僕は授業で使用する教科書やノートの準備をする。すると──
「……そうかよ。なら、今言った事、後悔させてやる……」
カールはそれだけを口にすると、自分の席に戻って行った。カールが何をしてくるかは分からない。また母さんに迷惑を掛けるんじゃないかと不安になる。
しかしそれ以上に、母さんの事の方が重要だ。 父さんの時の様に、母さんが急に居なくなってしまうかもしれない。そんな根拠も無い不安が頭をよぎるのだ。
不安で圧し潰されそうな僕の耳に、授業開始を知らせるチャイムが響いた。